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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
21/179

一話④

香月かづき素楽そら

 紙に描かれた家を指し香月、傍らに描かれた人と自身を指して素楽。文字も添えられている。食事を待つ間、絵と身振りを用いて自己紹介を行っていた。


『なるほど、香月家の素楽というのか。ならば…常磐ときわ翔吾しょうご、だよ』

 全く同じ行動をして、翔吾も自身の名を教える。


「常磐、翔吾様」

 桧井の言葉を割り当てて紙へと書き込んでいく。


(この文字って…やっぱ本や石門と同じ文字だよねー。表面の文字は覚えてるから、書いてみたら読めるかな?)

 物は試し。何かしらのキッカケになるのではないかと書き始める。言葉もわからない外つ国の者が、やや形の崩れた彩鱗語を書き始めたことで、場を同じくするものが注視する。


「翔吾様、翔吾様」

 書き終えた、と呼ぶ頃には難しそうな表情を見せていた。


『廃迷界(めいかい)の門、その記録。トキワゲンゾウ…?素楽、君は彩鱗(あやこけ)言葉を読よむことができるかい?』

「?」

 コテンと首を傾げてみせる。


『ならば…』

 『文字は読めるのか?』と紙へ記すが、芳しい反応は得られない。

 せめて文通が出来れば、言語化も難しくないだろうと思っていた当てが外れることになる。


(これって読めたってことでいいのかなー?なんとなく読めてる風ではあるし、持ってきて見せれば何かしら伸展があるかもしれない。ただ、何でもない本の可能性もあるし、…禁書の可能性すらある)

 表情から読み取れる情報は多くない。


(絵にして説明できる、かな?)

 うんうん、と唸りながら筆を握り、簡潔に自身の状況を描き表す。

 先ずは二つの石門。そして右には香月屋敷や家族、左には翔吾と兵士ら。


「香月。翔吾様」

『ふむ…?』

 左右のどちらにも自身を描いて、右から左へ門を通り抜けるような手振りを行う。石門を通り抜けたら彩鱗に居たということを表したいのだ。


 次に左から右への手振りを行い、門の上で手振りを止めて首を左右に振る。帰れない、そう伝えるために。


『なるほど…?詳しいことはわからないけども、帰れなくなった、と。そうか』

 門の間を手で塞ぎ、右へ行くのを堰き止めると、素楽は首肯したので翔吾は納得する。


『ならば茶蔵さくらの城で、素楽の面倒をみよう』

 言葉では伝わらないため、味のある画風で茶蔵城を描く。


『茶蔵、私、そして…素楽』

(言葉を教えてやらねば不便だ、お婆に頼むとするか。帰るための方法を見つけるか、居着くかはわからないが、進む道を決めるまでは面倒をみてみるとしよう)


「ありがとうございます、翔吾様」

 伝えたいことを十分に理解できた素楽は、パッと笑顔を輝かせて礼をいう。


『なに、助けてもらった恩だ。こちらこそ「アリガトウゴザイマス」だ』

 見計らっていたのか偶然か。簡素な食事が運ばれて来たので、二人は卓を囲み腹を満たす。


―――


「ふぅ…」

「お疲れのご様子。早くにお休みになられてはいかがでしょうか殿下」

 老年一歩手前といった風貌の竜人、本作戦の指揮官が翔吾へと声をかける。一瞥すると古強者たる指揮官にも疲労の色が見えている。


「…それは貴殿も同じだろうに。……お伽噺とぎばなしみたいだと思ってね」

「たしか、ソラ様でしたか。彼女が居なければ、こうして息をつく暇などなく、防衛に尽力していたでしょう。最悪の場合は…考えたくもありませんね」

 薄くなった頭部を擦りながら、しみじみと言葉を紡ぐ。実際のところ、首の皮一枚で耐えしのいでいたに過ぎない状況だった事は確かだ。


「ああ、感謝しきりだな。ただ、中央が騒ぎたて茶蔵の軍縮を進めた直後に魔物の侵攻、危機的状況に彼女が現れ私達を救ったとなれば、アレらもいい顔はしないと思ってさ」

「…困ったものですね。殿下には王位をどうこうしようという気はないというのに」


「甥御も育ってきたようだし、そろそろ継承権を返還して茶蔵に腰を据えるかな。恩返しもしたいからね」

「政の争いには疎くありますが…厄介な虫どもの取り付く先は、既に変わっていると私は考えますよ」

「……可哀想だけども、これ以上は誘蛾灯の役目も厳しいだろうからね。可愛い甥御と姪御たちは、兄上に似て賢いから虫を御してみせるさ」

 彩鱗を未来を担う次世代の新芽はすくすくと伸びている、と翔吾は相好を崩しながら話す。


「それで、態々《わざわざ》夜分に足を運んだんだ、何かしらの報告でも有ったんじゃないのかい?」

「はい。ソラ様の世話をした女人が、簡単な荷物の検分を行いましたので報告をと」

「続けてくれ」


「先ずは短剣、これに関しましては何の変哲もない代物です。多少値が張る程度、と。次に彫刻の施された魔石、周辺国のものではない文字と簡素な図形で構成されているようで、未知の道具だと考えるのが無難だそうです。ただ、足飾りにも同様の彫刻があるため、宝飾品として魔石を扱っている可能性も捨てきれません。最後に金属と木材、魔石を組み合わせた杖です。短い物と長い物の二本があり、短い物は大狼の頭半分を吹き飛ばし、長い方は砦内部から狼を貫く魔法を放った、と兵からの報告があります。……あぁ、あと小さな笛が二つ、首から掛けられるように紐を通してあるとのことです。大したものではないでしょう」

 お世辞にも行儀の良い行いとはいえないが、王族が滞在している事を考えれば仕方のないことなのだろう。


「銭入れに大きさの異なる銅貨と銀貨が数枚ずつ、鳥が象られているので身元を探る糸口となるといいいのですが」

「追われたのでなければ、故郷に帰れるのが最善だろうからな。戻ったら調査を頼むよ。あとトキワゲンゾウという人物にも」

 机の端に置かれた紙には、トキワゲンゾウと描かれている。読みが正しければ、常磐の姓であり王族の一人となる。


「そろそろ隠居も考えていたのですがね、殿下に頼まれては仕方ありません」

「くく、重忠が引退?まだ早いのではないかい?」

「お戯れを」

 くつくつと笑う翔吾に対して、腹心たる男はため息を吐き出す。隠居は難しい、と。


―――


 朧気おぼろげな星の見える薄明。茶蔵の朝は松野と比べると幾分か冷えるようだ。


(完全に失念してたね…)

 今にも消え入りそうな星々を眺めていた素楽は、あるものを見つける。いや見つけてしまったというべきだろうか。


 最初は星の配置や月の軌道が合わないからと、遠い異国であることを覚悟したのだが、順繰りと視線を回した先には、小ぶりな月がもう一つ見えているのだ。

 警邏を行っている兵士を捕まえ、月を指差してみるも首を傾げられてしまったことから、特異な状況ではないらしい。


(…ここ、どこなんだろう)

『お早い起床ですね』

 どうしたものかと朝空を眺めていれば、腹心の男、八間川重忠やまかわしげただが傍らに姿を表す。


「オハヨウゴザイマス」

『はい、おはようございます。良い挨拶ですね』

 現在覚えた言葉は朝昼夜の挨拶と翔吾の名前くらいなもので、沈黙が二人の間に広がる。


(たしかこの人は翔吾様に侍っていたから、補佐とかなのかなー。魔導銃を預けたいんだけど大丈夫かな?その時はその時ってことで)

 自身を指差し素楽と言えば、重忠も自身を指差し名乗りを上げる。


「シゲタダ様」

『はい』

 体に身に着けていた雷目式らいもくしきを預け、砦と石門の位置を往復するような身振りを行う。流石に伝わりにくかったようで、地面に絵を描いてみれば、なんとか伝わったようだ。


『少しお待ちを』

 座っているようにと示されたので、おとなしくしていると重忠が食糧を詰めた包みを用意する。


 空路を用いた移動時間など知るわけもないので、一日分の食事を渡す事にしたようだ。


『お気をつけて』

「いってきまーす」

 元気に手を振り、陽光の煌めく朝空へと飛び去ってゆく。


(預かってしまいましたが…どうやって使うものなのでしょうか。杖とは異なる見た目ですね)

 物は試しと魔力を込めるが、うんともすんとも言わない。魔法弾とするための魔石が装填されていないのだから、当然といえば当然だ。


(…よくわかりませんな)


―――


 一日離れていたものの、なんら変化のない湖畔。石門へと魔力を注いでみようとも変化などなく、ただそこに鎮座するのみ。家屋も昨日のままである。


 「川を下った先の砦、もしくは常磐翔吾という人の許にいると思います」と書き置きに付け加えて、素楽は不思議な家屋を後にした。

 砦と湖までは、空路で時一つと半分。思った以上に時間的余裕が生まれたため、土地勘を得ることも兼ねて哨戒しつつ砦へ向かうことにした。


(そういえば紅葉してないし秋ではないのかな?)

 松野の感覚では中秋、そろそろ木々の葉が色めき出す時期なのだが、茶蔵の木々は青々と日光浴を楽しんでいる。


 今現在の茶蔵は夏真っ盛りである。素楽からすると非常に過ごしやすい温度感であるために、秋と認識しているのだが平均気温自体が低いのである。

 冬には雪が降り積もり、氷点下を下回る気温になる。もしも石門を潜った時に、茶蔵が冬季であったならば凍死は避けられなかっただろう。夏だったのは不幸中の幸いだ。


 適度に休憩と食事を挟みながら、飛び回り哨戒していれば、ちらほらと狼を見つけることが出来る。高度を上げて砦の位置を確認すると、昨日に群れが逃げた方向と一致する。


(砦と装備の修繕をしてたし、まだまだ戦うんだろうなー。大きいのを倒せば終わりなのかな?)

 相手は地上の生き物であるため、密集している方へと羽撃くと、片耳のない大狼がうずくまっている。眠っているようで動きはない。


(なんだろう、穴から狼が出てきてる…?)

 大狼が寝息を立てる直ぐ側には、地中へと続く大穴が口を開けている。よくよく観察してみれば、大穴には螺旋らせん状の階段があり、人工物にも思える。


 上空を旋回、帆翔していれば、次々に狼が溢れ出てくるではないか。


 一大事だ、と翼を翻し砦へと急ぎ飛び立つのであった。

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