一話③
橋の上に陣取るように旋回し始めると、首魁と呼ばれた大狼は忌々しげに素楽を見上げる。
片割れが討ち取られたのだから、さもありなん。
(肉食みが群れを成して人里を襲うなんて)
畑食みと呼ばれる草食の魔物が群れをなすことは珍しくないのだが、肉食性の肉食みは共食いすら行う魔物の一類だ。群れを成す前に共食いを行ってから、他の生き物を食むのが常。
松野の物差しで図るのであれば、異常事態といって間違いはない。
強いていうならば、海閂の街以東に位置する珊晶大樹海では、度々魔物が侵攻することがあるが、強大な肉食みに追われた畑食みの群れが襲いくるものだ。
魔物の動きに不審を思いながらも、人の方へも思考を寄せる。
確かな数は数えられていないが多くの兵士、魔法師が砦を中心に魔物の群れと戦を繰り広げている。
砦が常設の物であれば、なんら不思議もない。然し農村と川を用いた仮説である。狼らの足を考えれば、砦など構築している余裕などないだろう、と素楽は考えた。
(というか兵士の皆、蜥蜴みたいな尻尾生えてるねー。何人だろう、鱗人とは違うし)
竜人、竜を祖とする人種なのだが、彼女が知ることとなるのは暫くの先にであろう。
思考を巡らせて旋回をしている間も、首魁の大狼は頭上の翼人から視線を外さない。そのうえで砦から飛来する魔法を回避しているのだから、とんでもない化け物だ。
先の攻撃が成功したのは、偏に奇襲が刺さったにすぎない。素楽も理解できているために攻め倦ねている。
体高が二間強もある巨躯だ、下手に寄ればパクリと胃袋に収まるのは目に見えている。
(試しに石でも)
足飾りのような魔道具を繰り、上空から石の礫を射出する。大岩でも出せれば違うのだろうが、礫では大狼に対して有効足り得ない。雑把狼であれば、致命傷になるのだが、敵の数を考えれば徒労に過ぎない。
現状、竜人と魔物の戦力は拮抗している。いや、首魁の片割れが討たれたので、やや竜人寄りに傾いているが小さな要因が逆転の芽になるので、悠長なことはしていられない。
(砦の内部から魔導銃か、弓を借りれれば弓の射撃で援護するくらいかなー。敵だと思われてないと良いけど)
敵の敵は味方と判断し、迎え入れてくれるならば万々歳だ。しかし、竜人がこの地の翼人と敵対している可能性を素楽は捨てきれない。松野では様々な人種が入り混じり、肩を並べて生活していたが、領外へと目を向ければ状況は変わるからである。
目下の状況を見ながら家屋の屋根へと降り立つと、やや驚きの色を見せる兵士らが口々に何かを言っているが、素楽の耳には理解が及ばない。
『白い鳥の人、魔物か?』『わからんが、攻撃はしてこないぞ』『あの子は側面の首魁を討つ協力をしてくれたんだ!導きの白烏に違いない!』『ならば我々に敗北はない!』
といった会話群だ。彼らは勝手に盛り上がり、勝手に士気を上げて狼へと挑んでいく。
「あの、弓と矢、借りたいです」
言葉が伝わらないことを素楽は理解しているが、相手方は同じではないので、態々言葉を出しながら弓を射る身振り手振りを行う。
自身らの言葉が伝わっている、と思われると後々、摩擦を生みかねないからだ。
『どこの言葉だ?』『わからん!あの動きはなんだ?』『櫓を指して、あの動きなら弓矢を必要としているのでは?』『『それだ!』』『もってくるから、ちょっと待っててくれ!』
無事に伝わったようで、兵士の一人が駆けていく。伝わったと信じることにした素楽は、体に装着している魔導銃、試作魔導銃雷目式(徹の名付け)を外し構える。
魔導銃のみで応戦する手もあったのだが、消耗魔石には限りがあるうえ、生産できるとも限らない。
屋根の上で構え、首魁の大狼を狙う。全神経を集中し、浅く息を吐きだしながら。
空を貫く魔法の軌跡は、一直線に巨躯へと向かう。竜人の扱う魔法程度の速度だと考えていたのか、回避が遅れた結果、大狼の片耳が吹き飛ばされる。
(避けられちゃうかー。あの感じ、次は当たらないね)
完全に警戒されている状況、更なる追撃は意味を成さないだろう。
半端に使いかけの魔石を装填していると、いざという時に手が足りなくなる可能性があると、目についた狼を撃ち抜いた。
雷目式を帯で背負い、屋根から飛び降りると、兵士が弓と矢束を抱えて走り寄っていた。
『どうぞ!お使い下さい!』
弓矢一式を手渡すと、ピシッと敬礼をする。なかなかの好青年だ。
「ありがとうございます。私も彼の肉食みと討つため、貴方方に協力をします」
素楽は慇懃に、香月の名に恥じない礼を行ってから屋根へと飛び乗る。言葉こそ伝わらずとも、何かしらの意図は通じるだろうと。
(小さい弓。体格に合わせてくれたのかな)
一尺と半分も小さければ具合も変わるものだが、数度の試射を行い命中させる。
馬上ですら外すことのなかった腕だ、弓が小さかろうが屋根上だろうとお構いなし、というところだろう。
数的優位さえ取れればこっちのもの、側面の防衛部隊が勝利し正面の戦列に加われは、竜人の軍は勢い付き雪崩出る。しばらくして、敗北色が濃厚となると、大狼は群れを生き残った群れを率いて撤退をする。
『『うぉぉおおおおお!!!』』
一時の勝利に、自身の生存に雄叫びともつかない勝鬨を誰かしらがあげれば、伝播し大きく一つになる。
―――
「ふぅ…」
馬に乗っいても簡単に的を射るのだ、たかだか動くだけの狼を外すわけもなく。百発百中といっても過言ではない戦績であった。
追加の矢が尽きた頃、素楽は汗の滲む額を羽毛の腕で拭う。
賑やかな階下に瞳を向けると、手招きしているようで、戦勝を共に祝いたいのだろう、と判断し朱い翼を広げて屋根から飛び降りる。
竜人の兵士に囲まれて思うことが一つ。
(ここの人って皆大きいなー)
全景が人垣となって思うこと、桧井の民と比べると体格が大きく感じることだろう。平均身長、というものがあれば竜人らは、三寸前後大きいことなる。
特に囲んでいるのが兵士だ。体格に恵まれているものが多いこともあり、見上げなければ顔を拝むことが出来ない。
圧倒されながらも彼らの姿を見比べていれば、誰しも頭部に角と体の一部に鱗、そして腰部からは蜥蜴か蛇のような尾が伸びている。
(完全に鱗人ではないねー。なんていう種族なんだろう)
鱗人は鱗の比重が多く、角や尾は生えていない。近縁の可能性は捨てきれないが、素楽の知るそれではないことに、小さく落胆する。鱗人の国ショルツならば、船旅で帰ることが出来たからだ。
口々に何かを言っているのだが、微塵も伝わってこないため首を傾げていると、人垣を割りながら一人の竜人が現れる。
青みがかった黒髪、青紫色の瞳を宿した切れ長の目、若干の疲労が見え隠れしているが精悍な顔立ちに無精髭を生やした竜人の男。年の頃は三十歳前後だろうか、女性が放っておかない美丈夫だ。
常磐翔吾。今上王の弟で、茶蔵の領地を任されている政務官だ。
彼が歩めば兵士らは道を開き、慇懃に頭を垂れながら跪く。
(騎士って風でもないし、兵士を治める貴族かな?)
礼を欠かないよう居住まいを正す。協力をして魔物の群れを追い払ったが、勝手に戦列に加わっただけで、変に反感を買えば厄介なことになるだろう。
『天の御遣いたる白烏よ、此度の助力、深く感謝を述べる。貴君の加勢なくば、我々は見えることはなく、彩鱗の民は魔の者たる大狼に脅かされていただろう。祖虹鱗皇から始まりし彩鱗を見捨てることなく、翼を持ちて共に立ち向かい勝利を収められた事を誇りに思う。改めて感謝を述べさせて欲しい、貴君に敬意を』
丁寧な対応には理由がある。
この彩鱗国は、虹鱗皇と呼ばれる建国の王と王の知友たる白き烏が国の起こりとなっている。
長い間、竜人を率いて安住の地を求めていた虹鱗皇は、ある日、友となった白烏が肥沃の大地へと導き、一本の枝を地面に刺した。その地に集落を作り、繁栄し国にまでなったことから、白烏は天の御遣いとして扱われている。
つまりは困窮している状態で、縁起物が王族の許へ飛び込んできた結果、勝利。
建国の伝承を半ば再現したので、兵士らの浮かれようも納得がいく。跪いている彼らはソワソワチラチラと翔吾と素楽を見ている。
(丁寧な挨拶か労いでもしてくれたのかなー?全くわからないや)
王族が懇切丁寧に礼を述べていたのだが、残念ながら言葉は伝わっていない。偉い貴族が労ってくれた程度の感覚だ。
「屋は香月、名は素楽。遭難の身にあるが故、この地を踏んでおりますが敵愾の念はなく。言葉が交わりし時、友誼を結びたく加勢をいたしました」
異国の民であるということ、敵愾心がないということを表すために、桧井での最敬礼を行い翔吾の出方を見る。
(外つ国の言葉に、見知らぬ礼。どこか遠方の民、それも良家の者と考えるのが無難かね。建国の白烏が人の体を成して、一領地を救いに来たなどとは考えられんよ、神話じゃあるまい。…しっかしどうしたものかな)
『…ふむ。我は常磐翔吾、茶蔵主銀鶴公爵位成り。貴君、白烏人に褒美を与える、何か要する物はあるか?』
信賞必罰。功労者、特に伝承を擬えたような特異な存在へ賞を与えねば、王族としての求心力が落ちることは目に見えているため、言葉が通じぬとも労う姿勢を見せる。茶蔵の地に居着くのであれば、何れ正式に賞を与えることも可能であろう。
体面的に双方が各々言いたいことを述べ終えた状況、どう落とし込むかを考える時間である。
翔吾は王族としての、素楽は相手に最大の敬意を持っての対応を行ったため、態度を軟化させ身振り手振りで意思疎通を行う、というのが難しい状況になってしまった。生まれが良いというのも考えものである。
そんな深閑の空気を引き裂く物音が響くことになる。
ぐぅ、と素楽の腹に住まう虫が、空気を読んだのか読んでいないのか、絶好の場面で空腹だと訴える。昨日から十分な食事を出来ていない状況だ、腹の虫が腹を立てても何ら不思議ではない。
然し素楽は知らぬ存ぜんで通すことに決める。
((………))
『ふふっ、どうだろう。午餐というには遅い時間だが、共に食事を囲まないかい?』
天幕へと案内しようと、微笑み手のひらを差し出す。
本来であれば素楽が翔吾の手を取り、立ち上がってから天幕に向かうのが彩鱗での慣わしなのだが、礼儀作法の異なる桧井が出身となれば対応が異なるのが常。
自らの足で立ち上がった彼女は、真面目な表情で翔吾を瞳を見つめながら握手をした。
(…言葉が通じてなかったけど、滞在することの許しが得られたのかな?)
「これからお世話になります」
ニッコリと笑みを浮かべた素楽に、困惑で硬直する翔吾。
頓珍漢と言ってもいいやり取りに、誰かが吹き出せば、間の抜けた笑い声が響き始める。本人らは大真面目にやっている分、外野からすると面白くなってしまうものなのだ。
目を丸くしながら周囲を見回してみれば、何組かの兵士が正しい対応を実技を見せてくれている。
ああ、と納得し今までの失態はなかったことのように、素楽は鱗で覆われた四本指の手をそっと重ねる。




