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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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一話②

 涼やかな空気が頬を撫でる深閑しんかんな白樺の森林を、白髪を揺らす妖禽ようきんが草木を踏分け歩む。金の瞳には、蔦が這い苔が生した古びた家屋が映る。


 彼女の名前は香月素楽かづきそら。松野領、香月家の姫にして、領主の側近(休職中)。

 翼人と呼ばれる両の腕に翼をもつ種族に似た姿をしており、羽毛で覆われた腕、鱗で覆われた手と鳥のような脚をしている。


 三沢尾みさわおの村にて翡翠色の石門の調査をおこなっていたところ、魔力を流したことで見知らぬ土地へとたどり着いていた。

 明らかに人が住んでいる形跡のない家屋ではあるが、何かしらの糸口でも得られれば、と向かっているのである。

 扉の前へと立ち止まる。周囲には様々な草花が生い茂っており、もしも人が住んでいるのなら数年、数十年の間、外出していない引きこもりだ。


「こんにちはー」

 タンタンと扉を叩きながら声を掛ける。木製の扉だ、腐っている可能性があると控えめに叩いたようだが、案外のこと丈夫な様子である。

 よくよく観察してみれば、扉や壁、柱にも石門にあったような文字が彫り込まれている。


(こんなところにも、この国の文字なのかな)

 未知の文字、然しながら使っている国があるのならば、解読を行うための大きな一歩となる。見知らぬ土地に一人という変災の時にあっても、好奇心というのは抑えられないもので。猫をも殺す、ということにならなければ良いのだが。


(返答もないし、やっぱ誰も住んでいないのかなー?なら家探しするくらい問題ないよね)

 即断即決は美徳か、それとも。


 把手を握り扉を引けば、長年放置されていたであろう埃の匂いが鼻を突く。

 換気を行いながら家屋を調査してみれば、誰かしらが住んでいた形跡がある。とはいえ、それは長く久しく昔のことであろうが。

 不思議なことに、食べ物類は腐敗を通り越して、素楽の見たことのない塊と化しているのだが、家具類は老朽化した様子がなく、手入れを行えば再利用が可能に見える。


(これって)

 金眼が映す先、そこには一つの本棚が鎮座している。どうみても手入れのされていない古書、崩れないよう慎重に掴み、そーっと頁をめくる。


(おー、やっぱり同じ文字だー。つまり、周囲の街まで飛んでいければ、本の内容がわかるかもしれないってことだね。………問題は、確実に国交のない国ってところ)

 松野魔法局の長である(とおる)が調べて、成果を得られなかった以上、同じ大陸の言語ではないということ。外つ大陸となると、通詞に期待するのは難しく、一から言語を習得する必要があるうえ、松野へ帰還する難易度が跳ね上がるということだ。


 親の死に目、どころか生きて故郷の空を飛ぶことすら難しいかもしれない。


(やっぱ、石門を動かすのが現実的なのかなー。この本が松野にあった事実から考えると、不可逆の魔法でないことは確かなんだよね。なにかしら条件があるって考えるのが妥当かな。…とりあえず、ここにあたしが居たってことを書き残して、飛んでみようかな)

 手に抱えた本を机の上に置き、記録用に持っていた紙へと言葉を残して外に出る。


―――

 

 素楽が朱い魔力の翼を広げて、大空を羽ばたき周囲を見渡してみれば、それはそれは素晴らしい絶景が広がっていた。


 何度か視界に写っていたのだが大きな湖があり、畔に石門と家屋が建っていたのだが、湖というのがものすごく大きい。なにせ、陸地から見る分には内海が広がっているようにも見える程。一番長い差し渡しで、だいたい四里じゅうにきろめーとる、短いところですら一里半ろくきろめーとるはありそうな大湖だ。


 そして湖の周囲をぐるっと囲むように山壁が覆っている地形。所謂カルデラという地形で、太古に火山が噴火したことで凹地くぼちが出来上がり、長い年月を掛けて水が溜まり湖となる。ここもそういった歴史があるのだろう。


(わぁぁあ、すごーい!)

 白樺の群生する大湖を瞳を輝かせながら見下ろす素楽は、帆翔しながら観察をする。


 残念なことに人里と呼べるものは存在しなかったが、湖から流出する河川を見つける事ができた。

 人の生活から水というのは切っても切り離せない存在だ。河川を下っていけば、いずれ農村や街を見つけることもできよう。大きく確かな指標だ。


 湖の上を飛び回っている素楽の瞳が、山壁の一角から煙のようなものが上がっている場所を捉える。

 どっからどうみても人気のない場所なので、焚き火などではないことは確実なのだが、山火事であれば大変だと翼を羽ばたかせ向かう。

 上空から観察した結果、それは煙ではなかった。正しくは水蒸気、そう温泉の源、源泉である。地面から噴き出し源泉の柱を作り出している噴泉というものだろう。


 いくつもの噴泉は川を成し、湖へと流入している。


(温泉ってやつだ、初めて見たー。昔に嘉政よしまさ小父様が話してくれたっけ)

 流石に地面から十尺弱の高さを誇る噴泉などは存在しないが、桧井にも温泉と呼べる土地は点在する。残念ながら松野の地には、素楽は話に聞いた温泉に瞳を輝かせる。


 川べりに降り立って、鱗で覆われた趾を川水に浸けてみれば、ほんのりと温い。温泉としては温度の低さを感じるが、あくまでも川だ、源泉を引けば掛流しの温泉になるだろう。


「あったかーい。すごいところだなー」

 いくつもの噴泉を眺めながら、素楽は感心した呟きを零す。だが心の片隅は寂寥せきりょうの思いでかげる。


 どんなに凄い土地であろうと、愛している松野の地ではなく。帰れる保証すらないのだ、里恋しさは膨らむばかり。

 一度、石門に戻ったところで変化はなく。三沢尾の村人が渡してくれた弁当を食み、夜を無人の家屋ですごしたのであった。


―――


 川を沿うように上空を駆ける翼人が一人。


 目下に広がるは人っ子一人住んでいない大地。山の麓であれば、と考えたものだが当ては外れ大空を滑るように進む。幸いなことに、翼竜のような天敵はおらず、快適な移動となっている。


 どれだけ進んだだろうか。日が昇り朝早くから行動していた素楽は、ようやく河畔に農村を見つける。

 飲まず食わずだったため、腹の虫からは何度も催促を受けている。手持ちの銅貨か銀貨は通貨としては通用しないだろうが、銅と銀としては扱えるだろう。物々交換という形で食糧を得られれば十分、と素楽は農村へと向かう。


 さて、農村の上を飛び回ってみると、些か不審な点が目立つ。時間にして四つ時、本来ならなにかしらの仕事に精を出している時間帯だ。なのに人っ子一人見当たらないのだ。


 廃村かと思えば、農地には青々とした作物が風に靡いており、激しい違和感を覚えるのだ。

 警戒色を顕にしながら降り立った素楽は、声を上げながら村を歩く。やはりというか返事はない。

 いくつのかの家を覗いてみても、生活感のある家々が殆どだ。村人がいれば、見慣れない建築様式だと興味を持てたものだが、残念ながらそんな余裕はなく。手当たりしだいに家屋を見て回る。


(最近まで人がいた形跡はあるし、廃村ではないねー。畑も手入れをしっかりしている)

 ぐぅ、と腹に住まう虫は状況を考慮しない。盗人のような真似は好ましくないが、状況が状況だ。家屋へと入り、パン二つと中銅貨を交換する。言葉が伝わらない可能性が非常に高いのだが、紙にお詫びを書き添える。


「ごめんなさい。今度正式に謝罪にきます」

 井戸水を飲み、パンを食べ終えた素楽は再び川を下る。


―――


 それから二つほどの村を経過したものの、結果は同じく廃村とは思えないが人のいない状況。

 異常事態が起きているのではないか、という不安に駆られながら進むと、川の両岸に跨る大きな村が見つかる。


(なにあれ。狼の群れと…大きな狼?)

 狼を率いる大狼が二手に分かれ、村を利用した砦を攻撃している。


 砦の内部からは、時折炎で作り上げられた槍が、大狼目掛けて飛んでいく。残念ながら槍は当たらず地面に突き刺さり火柱を上げるのみ。木っ端な狼は焼かれ息絶えているのだが、夥しい数が駆け回っている都合上、焼け石に水である。


 高度を上げ、上空から観察してみれば、砦には多くの人間が詰めており、忙しなく侵入してくる狼の対処を行っている。


 橋を渡り砦に襲いかかる大狼の群れと、川を渡り側面から進行する大狼の群れ。

 橋上は拮抗しているのだが、側面は今にも突破されそうな状況で防衛が決壊し、群れが雪崩込めば敗北は必至だろう。


(手を貸すなら側面、今の装備で大きな狼をどうにかできるかなー…。いや、やるしかない、ここが何処だかわからないけど、恩を売れるし、それに見捨てたくないっ)


 翼を消し去った素楽は、自由落下の中、尾羽のみで体勢を整えつつ首に掛かった紐の一つを引っ張り雷笛らいてきを取り出す。


(ぶっつけ本番、試用もしてないけど、徹兄ちゃんが作った魔道具。なんとかなるでしょ!)

 地面に、大狼にぶつかるよりも少し前、朱い翼を広げて減速した素楽は、口に加えた雷目で作られた笛の魔道具へと息を吹き込む。


 ―――――――――ッ!!


 本物の雷鳴と言っても誰しもが信じるほどの轟音を響かせ、雷笛から放たれた衝撃波は大狼取り巻く雑把な狼の群れを吹き飛ばした。ほぼ直上からの轟音と衝撃波に、巨大な体躯の大狼は持ち堪えはしたものの、ヨロヨロとその場に横たわる。


(よしっ先ずは上手くいった)

 そのまま、横たわる巨躯に降り立った素楽は、腰に帯びた小型の魔導銃を大狼の頭へと向け、引き金を引く。


 装填された消耗魔石へ過剰な魔力が注ぎ込まれ、暴発崩壊寸前で魔法弾となり放たれる。銃口からは枝分かれ拡散した魔法弾が、標的へと向かっていき、厚い毛皮を肉を骨を吹き飛ばし、頭部の半分を木っ端微塵にする。


 射程こそ皆無の不良品であるが、至近距離では無類の威力を誇る魔導銃だ。魔導銃の内部から、パキリと魔石の砕ける音が響く。一度の射撃で砕け散ったのだろう。一長多短であるが、この場この時に大いに役に立ってくれた。

 脚下にある肉塊と思わしき物が、力なく、しかしながら確かに動きを見せる。


(まだ生きているの!?)

 急ぎ大狼から離れ、腰へと魔導銃を収める。


『誰だか何だか知らないが、今から魔法を撃つ!その場を離れよ!』

 素楽からすれば未知の言語、だが頭上に煌めく炎の槍を見て、上空へと飛び去る。


『放てーー!!!』

 二十人前後の魔法師、と思われる人々が、同時に叫び杖を掲げると炎の槍は大狼へと放たれる。頭の半分を吹き飛ばされたのだ、まともに回避することも叶わず、火槍によって貫かれた巨躯は燃え爛れ、内より出る火柱で爆ぜた。


 吹き飛ばされた影響か、率いる存在を失った影響か、雑把な狼の群れは兵士と魔法師らによって屠られていく。


『導きの白き友よ、協力に感謝するっ!!まだ、その力を借りられるのならば、正面に、首魁の方へ向かって欲しい!!』


(全く何言ってるかわからない…)

 偶然にも未知の言語を使う建造物があるだけの、北方の領地か諸国であればなどと都合のいいことを考えていたのだが、残念ながらそういうことはなかったようだ。


 大声を上げている兵士の長は正面を差しているため、意味合いは伝わった。頭上を旋回する素楽は首肯し、大狼の片割れが暴れる正面へと向かう。

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