一話①
「兵の支度は終えました、いつでも出立可能です」
飾りっ気のない質素な鎧を纏った男が、跪きながら報告を行う。鎧の上からでもわかる筋骨隆々さは、日々の鍛錬の賜であろう。
「そうか、ならば私も向かおう」
机に向かい書類仕事に勤しんでいた男は、立ち上がり外套を羽織る。
青みがかった黒髪、色っぽさすらある切れ長の目に青紫色の瞳、精悍な顔立ち、六尺強の身長、そして顎髭と非の打ち所のない美丈夫だ。
そんな彼の頭部には角、上頬には鮮やかな鱗、腰部からは蛇や蜥蜴を思わせる尾が伸びている。
この特徴は、報告を行った兵にもあり、彼らは竜人と呼ばれる種族だ。
「村民の避難状況は?」
「恙なく」
「北上の村を砦とする進行状況は?」
「八割程、我らが到着する頃には完成するかと」
「魔物の総数、それと勝ち目は?」
「五〇〇以上。首魁は出現しておりませんが、時間の問題かと。…我らに敗北は有りません」
嘘の苦手な軍人の表情から苦戦は必至と悟る。
「そうか。ならば私も砦へと赴き采配を振わなければ、王族としての示しがつかんな」
「っ!殿下は都へお残り下さい。御身になにかあれば」
「この茶蔵の地に何かあれば、兄上、いや陛下に合わせる顔がなくなってしまう。茶蔵を任された責務を果たさねばならん」
「……。いざというときはお逃げ下さい」
「ああ、そうするよ」
整った顔を曇らせる事なく、殿下と呼ばれた男は嘘を吐き出す。
正門へと到着すると、そこには竜人の兵が整列をしている。彼ら彼女らの表情は芳しく無く、死地へ赴く敗残の兵といった印象すらある。
「諸君、我々は茶蔵は今、苦境に立たされている。敵の総数は三〇〇を越え、今尚増え続けている。幸いなことに、首魁は現れておらず、主戦場となる北上も要塞化を終える。そう、我々には反撃の、防衛の力があり、志が折れることはない!そして、今まさに中央の援軍がこちらへと駆けている!」
嘘は言っていない。そう、嘘は。
それに援軍に関しては本当のことである。
「奴らが押し寄せるは茶蔵の街である。家族を仲間を隣人を、古都茶蔵を守り、魔物共の蹂躙を押し返すは我らが役目なり!しか、これは容易なことではないだろう。諸君の団結なくして戦に勝利はないだろう、故に私、常磐翔吾は最前線へと向かい指揮を執る。だから力を命を鱗を預けて欲しい、一丸となり勝利を掴もうではないか!」
王族から直々の鼓舞。そして自身も戦地へと向かい指揮を執るという発言に、兵ら一同は湧き上がる。
たかだか一人増えた所で戦況が大きく変わるわけでもないのだが、自らが仕える主が共にあるという高揚感に酔いしれ、士気が上がる。
「「おおおおおおおおおお!!」」
鬨の声は兵から民衆にも伝わり大歓声の中、彼らは出立する。
「翔吾様、ご武運を」
政務補佐が見送りに現れる。翔吾と同年代の男で、表情からは苦労と不安が見て取れる。
「城の、政務のことは任せるよ。帰ってきたら仕事が溜まっていた、なんて困るからな」
「わかりました、わかりましたよ。仕事は片付けておきますので、無事お帰りください」
「そう心配するな、どうにかなるさ。きっと白烏が導いてくれるさ」
気安い相手へと別れを告げて、翔吾は馬車へと乗り込む。
―――
北上の村、久瀬川という長河の上流に位置する村だ。川を挟むようにして西村と東村があり、どちらも川のめぐみを用いた農耕が盛んな地である。
茶蔵軍が到着すると頃には、北上の西村が久瀬川を天然の防壁として、砦を構築していた。東村には、魔物の進行を遅らせるための堀が点在し、戦に勝利しようとも復旧に多くの時間を要することは想像に難くない状況だ。
「村民もいるのか?」
「はい、故郷を守るため我らに協力を、とのことでしたので。お陰で砦化の作業は滞りなく終えることができました」
「そうか…、労いは必要であろうな。後で集めてもらえるか」
「承知しました」
すれ違う者へ労いの言葉を掛けながら、翔吾は本陣たる天幕へと向かう。
「状況は?」
「魔物の数が六〇〇強で頭打ちになりましたので、敗北はないでしょう。ただ、甚大な被害は避けられないですね」
「防衛に徹して中央軍を待つことは可能か?十日のうちには到着するだろう」
指揮官補佐の男は顎を擦りながら思考へ沈む。
「………。可能ではあります、が中央軍の規模によっては、反撃の為の戦力が足りなくなる可能性を念頭に置く必要があります」
「なるほど」
街の防衛に最低限の兵を残し、動員できるだけ用意を行ったが、十分とはいえないようだ。
「指揮官は――」
老年手前の指揮官に意見を求めようとした時、息を切らした兵が天幕へと駆け込む。
「首魁が現れました!大狼の番とのこと!」
「なっ!番、ですか!?」
「っはい!二頭の大狼が魔物を率いて進行を始めました!」
苦虫を噛み潰したような指揮官補佐が、重々しい口取りで言葉を紡ぐ。
「要塞に籠もり中央軍を待つ事を、私は推します」
残念な事に選ぶ側にはなれなかったようだ。翔吾は忌々しげな瞳を、天幕の彼方へと向ける。
それから数日、彼らの頭上には一風変わった朱い翼が飛び回ることになる。




