四話②終
魔法弾が軌跡を描きながら突き進み、畑食みの頭を吹き飛ばす。
数日の魔物狩りを終えた休日。素楽は村から離れた場所で魔導銃の試射を行う。結局のところ過剰戦力だったので彼女の出番はなく、時を改めて行っているのである。
木を背もたれに、片足を立てて胡座をかく姿勢、裳裾では決してできない格好だ。
銃先を別の畑食みへと向けて素楽は息を止める。
引き金を引けば、装填された消耗品の魔石に魔力が過剰に充填され、暴発寸前の所で弾となって魔法が射出される。畑食みの胴を撃ち抜くと同時に、銃の内部からパキンと魔石の砕ける音が響く。
消耗品の魔石は、数度魔法弾を放つと過剰な魔力に耐えきれず砕け散る。魔力の扱いが上手い人であれば長持ちし、下手な人であれば逆になる。
例えば徹。彼ならば同じ魔石、同じ魔導銃でも五から六回の使用に耐えうるのだが、素楽は二回が精々である。魔力を出すか、止めるか、翼を作るか程度の扱いしか出来ないため、魔石への負荷が非常に高いのだ。
「…ふぅ」
止めていた呼吸を再開し、砕け散った魔石を排出する。見事に粉々である。
「やはり二回でくだけるか、一回使い切りの品と比べればマシだけど、まだまだ難がありそうだ。試射した感想を貰えるかな」
細々と記録をしているのは徹。どんな情報であろうと見逃さず書き記す。
「核魔石の術式が変わったんだっけ?魔力の重点が早いのと、安定して二回使えるのは大きいねー。真っ直ぐ飛ぶし、速度も十分だから数を増やせば十分な戦力になるんじゃないかな」
「素楽もそう思うか、しかし量産するには素材と式がな…」
記録とにらめっこしながら徹はひとりごちりながら、思考の沼へと足を入れる。
「そうえば追尾弾の魔石とかって作れてないの?野盗が持ってたやつ」
「あー…。あれは魔導銃そのものと核を専用の物にする必要があるんだ。魔力もバカ食いするし、核そのものを消耗品として扱う代物でね。その腰の魔導銃よりも不良品だよ」
「使い捨ての魔導杖みたいな感じかー。あの威力と精度は脅威だけど、費用対効果は悪いね」
「そんなところだよ。翼人や鷲獅子みたいな相手を確実に落とせるものだけど、素楽相手じゃ相性は悪かったみたいだね。本体よりも翼の方が魔力が強かったせいで、飛行中はどう足掻いても翼に引かれてしまうんだ」
ふぅん、と納得した素楽は魔石を装填し、次の畑食みを狙う。
それから半日ほど撃ち続けた結果、試射にいくら浪費するつもりだ、と鬼の形相をした旭に叱られる兄妹であった。
―――
要職に就いている二人が、あまり長く街を離れているのもよろしくないため、本命である隕石と石門の調査へと向かう。
案内をおこなう村人は満面の笑みで先頭を歩く。調査のついでではあったのだが、魔物狩りを行ったため安全に農作物の収穫を行えると、村中から感謝されている状況だ。本日は弁当を贈られているし、調査が終わったら宴をしたいとのことだ。
貴族からすれば領民を守るのは義務であるため、ここまで感謝される謂れはないのだが、水を差すのは忍びないため有り難く受け取ることにした。
整備などされていない未開の地だ。重い歩みでやっとこさ隕石の落下地にたどり着くと、そこは小さな凹地となっていた。
「この内にあった石などを誰か持っていったりしたかな?」
「いんや、皆さ、おっかながって寄ってないだ」
「なるほど…ならこれが星かな?」
いくつかの石ころを手にとって徹と魔法師らは検分を行っている。同行した魔法師も研究者という立場、徹の同類だ。
「お前は見に行かないのか?ああいうの好きだろう」
遠目に眺めている素楽をみて、旭ははしゃいでいる三人を顎で指す。
「どれが本物か解ってからでいいかなー。違いなんてわかんないしー」
「そうか。…あの星でも星鉄剣は打てるのか?」
仏頂面をしようとも内心は興味津々であった旭が、隕鉄の剣を作れるかを問う。古今東西、隕鉄を鍛えた剣というのは宝剣足り得る。故に気になってしょうがない、関心の方向は違えども血の繋がりは確かにあるのだ。
「どうなんだろうね、混ぜものをすれば短剣くらい作れるんじゃないかな?」
話し合いをしている魔法師らの手中にあるのは、こぢんまりとした石ころだけである。
「そうか、使い道は虎や父上も交えて皆で話し合わなければな」
(大変なことになりそうだ)
帰ってから起こるであろう“話し合い”を考えて、素楽は苦笑いを浮かべる。
はたして魔道具の素材になるのか、宝剣の素材になるのか。そもそも本当に隕石は落ちていたのか。
―――
本命たる石門の調査は素楽が瞳を輝かせながら、はしゃぎながら先陣を切る。
武装とは別に、読むことの出来ない本も帯で装着している。留め具を取り外し、空き時間で書き出した文字の一覧とともに本を広げる。
事前情報の通り、翡翠色の石材で出来た石門の表面には、本の内に書かれていた文字と同じ文字が見られる。
二本の石柱、その上に横たわる石柱と三本で構築されており、あからさまに自然に出来たものではないことが窺える。周囲にある自然石には蔦や苔が生えているのだが、石門にはそういった類いがなく、風化しているようにもみえない。どことなく不思議な佇まいだ。
「石門の素描は四方から、なるべく文字も書き込んでくれると助かるよー。時間があったら文字列を別途書き出してくれれば、なにかと捗るからよろしくー」
立っているものは親でも使え。素楽は最低限の警備を置いて、騎士、魔法師、傭兵団、村人問わずに指示を出して記録を行う。
同じ文字が有ったからといっても、桧井言葉に変換する表があるわけでもない。未だに何が書かれているかはわからない状況であるが、嬉々として作業をすすめる。
「…前に立たないでくだせえ」
渋々といった様子で側面から素描していた聡耳は、目の前に立っている問題児へと苦情を入れる。手元に描かれている絵は非常に精度のいいものだ、才能があるのだろう。
「ああ、ごめんねー。よっとっと」
張本人は本を片手に石門を潜り、内側からペタペタと表面を触って感触確かめる。
温暖な気候の松野では、冬になるまでは夏とそう変わらないので、初夏くらいの気温がある。しかし石門は季節と反し、ひんやりとしており心地よさがある。
下から一旦離れ、視線を上げてみれば青空が広がっている。つまり、木々の枝葉で覆われ木陰になっているわけではない。それなのに冷涼な感触が伝わってくるのだ。
(ふむ、もしかしたら不可思議物のひとつなのかな)
そう、よくわからないものはとりあえず不可思議物。
「徹兄ちゃん、これもしかしたら不可思議物かなにかかもしれない。ちょっと魔力を流してみるから、よく見てて」
「ああ、変化があったら離れるんだよ」
「りょーかい」
不可思議物、というのは生き物の形状をしていなくても魔物であるのが通説。だいたいは魔力を流すと変化を見せる。
例えば雷目。大気中の魔力を吸い込むことで、電気を放っている。
石門へ再び潜り、天板の下で魔力を流す。
素楽の兄らは失念していた。ここ半年、彼女が波乱の渦中にいたことを。
最初は何も変化はなかった。ならばただの石材か、と徹へ向けて肩を竦めて見せたその瞬間、翡翠色の石門は確かな光を放ち、門下にあった素楽は消え去っていた。
「…は?」
―――
石門が光を放ったと思えば、素楽の視界は真っ白に塗りつぶされていた。
一瞬間だったか、数刻だったか。硬直した全てが動き始めた時には、一つを除いて見慣れない風景が広がっている。翡翠色の石門を除いてだ。
「どこ、ここ?」
先ずは植生の違いだろうか。明らかに素楽の知る三沢尾、いや松野の植生ではない森林に、彼女と石門は立っている。
目につくのは白い樹皮をした木々であろうか、白樺というものだろう。寒冷地によく見られる樹木なので、素楽が見るのは初めてである。
「徹兄ちゃんー!旭兄ちゃんー!」
同行者の名前は一人一人呼んだ所で返事はない。
なんとなく状況が飲み込めてきた素楽は、翡翠色の石門へと瞳を向ける。
(魔力を流したことで、どこかに繋がった、のかな?なら、もう一回魔力を流してみれば)
早く兄らと合流しなければ、何が起こるかわからない。急ぎ魔力を流しながら待機したところで、うんともすんとも言わない石の門。
「拙いねー…」
待機し一度落ち着いたことで、冷静になった結果、自身の置かれている状況が非常によろしくないと理解する。
見ず知らずの土地に一人、植生から判断するに北方の土地だ。桧井北部というのは純人至上主義を掲げており獣人亜人に当たりが強い。加えて香月の姫であれば人質として価値は高い。何をされるかなど考えなくともわかるというもの。
それ以上、桧井以北はギジェンという国だ。こちらは純人の単一種族国家なのだが、どちらかといえば多種族にも温厚な対応をする。神の元、全ての種族は平等という教えを信じているからだ。
ギジェンにいるのであれば、言葉も片言で話す事が出来るため、魔道具などを対価に助けを得れる可能性が高い。
他にも小国群があるのだが、それらの知識というのはどうにも疎くなるのが常。
脳内でいくつかの仮説と対策を立てた素楽は深呼吸を行う。その後、順繰りと視界を一周させると、近くに一軒の家屋を見つけることができた。
(お金は多くないけども幾らかある。有り金全部差し出してでも安全を買えれば重畳、最悪の場合は…。いや、民に手を出すわけにはいかないね、おとなしく逃げて北上しよう)
考えは違えども、同国の民に違いはない。非のない民を手に掛ければ、家族に合わせる顔がなくなるだろう。そう覚悟をして、足を踏み出すのであった。
―――
香月の末子が行方不明になってから、季節は真冬となり年は明けていた。香月屋敷の空気は重く、誰しもが顔を伏せている。
「もう年も明けた。あの翼で帰れないのであれば、近辺にはいないのだろう。悪いとは思うが、これ以上は捜索に人員を割くことはできない。親父と閣下の手勢が情報の網を貼っているが、なにもない以上は国内にはいないのだろう。……諦めろ、とは言わんが気持ちを切り替える方へと舵をとってくれ」
捜索打ち切り、そう伝えるには松野の領主にして、素楽の仕えるべき主の長束文虎だ。
彼も辛いことには変わりない、赤子の頃から知っている妹分だ。少しして冒険者稼業を引退した後には、側近として腕を振るって貰うつもりだったのだがら。
「あれで悪運が強い、いつかひょっこりと土産でも持って帰ってくるさ。その時に、家が荒れていれば悲しむだろうから。…まあ、なんだ、前を向いてくれ。どこかの空の下で元気に飛び回り仕事でもしているんじゃないか」
結局の所、今の今まで素楽は姿を見せていない。屋敷にも共同住宅にも、石門にも。
最初こそ、石門と本は罠で以北貴族が素楽を捕らえ、人質として何かしらの交渉ごとの接触を行ってくるかと考えたものだが、なんの音沙汰もない。そもそもの話、罠にしては不確定要素が多すぎる。
時間を掛けて石門を調査した所で、得られるものはなく。魔力を流した所で状況を再現することは敵わなかった。
捜索には縞尾を始めとする翼人の里が尽力してくれたのだが、身につけていた物品すら見つけることは出来ず。生死の確認すらできていない。
八方塞がりとなった現状の香月家は、お通夜といっても過言でない状態だ。素楽を非常に可愛がっていた愛理など、寝込んでしまったほどだ。
「そうさね、こんな状態じゃ素楽に顔向けできないよ。ほらほら、あの子は飛んで帰ってくるんだから、上を向かないと!」
パチパチと手を叩き立ち上がるのは鈴。未だに曇った表情な事に変わりはないが、家人を励まし立ち直らせるべく心を奮い立たせる。
「そう、ね。素楽はきっと帰ってくるわね」
次は百花へと伝播してく。
春には梢恵を迎えて家族が増えるのだ、いつまでも沈んでいるわけにもいかない。彼ら彼女ら、香月の者は一人一人立ち上がるのであった。
第一編その四及び第一編「月は香る。」の終わりです。
次回からは第二編ということで、宜しくおねがいします。




