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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第一編 月が香る。
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三話④終

 夏の冬龍山(とうりゅうざん)を登る一行。

 夏以外の季節は冬龍(ふゆのりゅう)と呼ばれる竜種が幅を利かせているため、魔物がのさばることはない。ということは今の季節は魔物が跋扈(ばっこ)しているわけであり、一行の頭上で索敵を行っている。


 翼人の里のない両領地には、翼人笛での意思疎通ができないため、上空からの情報は適時降り立って報告することとなっていた。

 しかし、全ての状況で降り立てるわけでもない、故に魔物の上で旋回し、笛を雑にならして警告を行うほうが早いと、やり方を変えていくのであった。


 地上を歩む騎士と下働きの行軍速度は遅い。足場の悪い山路、少なくない人数、重い荷物と悪因を積み重ねた結果であるのだが、これは必要不可欠な物量であると素楽(そら)は判断する。

 運が悪ければ数日は山荘から出られない、とのこと。ならば物資が必要になったからと、山を降りることも敵わないためだ。


 一日掛かりの行軍によって、なんとか日暮れ前には山荘に到着する事ができた。


 ある程度近づいてからは、一旦素楽が離脱し掃除などを行っていた。

 この山荘は貴族の別荘などではなく、秋の始めから冬龍が現れるまでの、観測所となっている。

 冬龍にはいくつかの形状があり、それによって次夏までの天候が決まるといわれている。場合によっては麓の街道を封鎖し、雪足の村人も避難する必要が出る。


 そんな恐ろしい冬龍、今年はどんなものだったかといえば、鱗の代わりに純白の羽毛が生え、鳥のような四本脚が付いた大蛇らしい。この姿をしているときが一番おとなしく、天候も安定しやすい期間となる。


 今年に冬神の忘れ物を採取する計画が立ったのも、冬龍が大蛇の姿であることが確認できたからである。前回からおよそ三十年ぶりとのこと。千載一遇とはいかないまでも、貴重な機会である。


 他には大猫、大鳥、大蜥蜴(とかげ)と様々な姿をするのだが、どれも大蛇と比べると危険度が跳ね上がるとのこと。避難が必要になるのは大猫と大鳥、これらも姿を取ることはすくなく、基本的には近づかなければ危険の多くない大蜥蜴だ。


 山荘の本棚に置かれている記録書などに好奇心が向くものの、他領の重要な情報だ。おいそれと手を出すわけにもいかず、そわそわとした態度で、山荘の換気と簡単な掃き掃除を行うのであった。


 その夜。びゅうびゅうと風の騒乱に驚き、雨戸を薄く開けて確認してみれば、真夏に関わらず外は吹雪が渦巻いている。


 直様雨戸を閉めてから、一枚多く布団を用意し包まり眠りにつく。

(いやー、順調に山荘までこれてよかったー。こんな中、野営なんて凍え死んじゃうよ。うー、さぶ)


―――


「香月姫、こちらをお持ちください。防寒の魔道具です。魔力を込めれば半時ほど、温い空気が体を纏います。ふふ」

「ありがとうございます」

 翌日、裾と袖の長い衣服で身を包み、上から外套を着込んだ素楽は、芒原(すすきはら)の騎士から魔道具を受け取る。


 どうにも傍から見ると、(ふくろう)もしくは北方の珍鳥こと人鳥(ぺんぎん)を彷彿させることから、人に会うたびに微笑ましい視線を向けられていた。その程度で気を悪くすることもなく大人な対応を行う。


 ちなみに外套にある頭巾を被れば、木菟(みみずく)になる。


「あまり使いすぎると、魔力が枯渇する可能性があるため、暖を取れるところでは、そちらを優先してくださいね」

「はい、親切にありがとうございます」

 素楽が愛らしい笑みを向ければ、騎士の顔は華やぎ嬉しそうな様子で除雪へと向かう。


 窓から覗く景色は一面の雪化粧である。こんな真夏にと思うが冬龍山ではよくあること、らしい。

 初めて見る雪に大はしゃぎし、除雪を手伝おうと外へ出たところ雪で足を滑らせ転倒した所で、総次郎に摘み上げられ山荘へと押し返され、今は暖炉の前にて本の頁を(めく)っていた。


 任務の要が除雪作業で怪我をしようものなら、本末転倒というもの。加えて、翼人というのは足の形状から、靴を履くことがない。純人などと比べれば、温度差に強い作りをしているのだが、他人からすれば寒々しいことこの上ない。満場一致の退場であった。


 松野の珍鳥こと素楽は、一人暖を取りながら知識欲を満たしていく。

 『冬龍形態記録書・二』一から読み進めて今は二冊目へと指を伸ばしている。一〇〇と数十年の記録と時折同行する学者の考察と、なかなかに読み応えがある書物となっている。


 細かな調査などできる対象ではないために、数々の推論考察が並べられているのだが、総じて冬龍は不可思議物であると行き着くようだ。いや、迷い着くといったほうがいいだろう。不可思議物は学者が匙を投げた対象たちへの分類だ。


 中秋から晩秋の期間に発生し、地域的にみれば温暖な土地である冬龍山に大雪を降らして回る存在。食事や生殖活動など生き物足り得る行動はおこなわず、真夏前後で消滅するとのこと。


 記録を始める以前、所謂伝承などでは大蛇の姿をした冬龍は、人との意思疎通を行い、千里と未来を見渡す、とされているが、記録を始めてからは確認されていないようだ。このことから知性を持つ可能性が示唆されている。


(意思疎通するなんて、不可思議にも程があるねー。今年は既に活動を終えたって聞いてるけども、この雪を見る限り未だにいるのかな?見たい気もするけど…流石に冬龍はなー)

 ここ四半年のことを考えれば、ろくなことにならないのは火を見るより明らかだ。


「あー、目が痛い。雪ってのは日の光が反射して嫌になるな」「次に来る時は、曇り眼鏡でも持参するかな」

 幾人かのボヤキが聞こえる。


 休憩に戻ってきた騎士のために暖炉を譲り、素楽は再び手元の書物へと視線を落とす。


―――


 雪の積もる白銀の山肌、その上を飛び上がるは朱い翼の翼人で。

 不安定な天候に振り回されながら、三日後にようやく出立することとなった。


 真冬の松野よりも寒い冬龍山を素楽は、夏とそう変わらない服装で飛んでいる。腕から魔力の翼を作り出す体の構造上、飛行を行う日は袖なしの服を着用する必要がある。下半身は長い裾の衣服を履いているものの、他所から見れば寒々しいというほかない。


 芒原より貸し与えられている防寒の魔道具で、ある程度の寒さは緩和されているのだが、一度止まってしまえば一気に体は冷えてしまうだろう。適度に山肌に降りては、魔力が尽きて魔道具の効果が失われないよう、注ぎながらの強行軍。思った以上に大変だと素楽は苦心する。


 消費は度外視で魔力を推進力に変えながら、万年雪の山頂へと羽撃く。安定している日だと言われたのだが、山颪はなかなかに厳しく素楽の行く手を阻む。


(これ結構しんどいねー。標高が高いのもあるけど、松野の山々と比べると風が強いなー。そろそろ降りて魔力を注がないと)

 何度目の注ぎ直しか。標高が上がるにつれて木々がなくなり、降り立つ場所を見つける苦労は減ったものの、下手に凍った雪の上になど踏もうものなら滑落は不可避。確実に着地点を見定めてから素楽は山肌へと向かう。


 地面の見える山肌、滑落の心配のない場所で一息つく。額にはじんわりと汗が滲んでおり、羽毛の付いた腕で拭う。

 斜面を見下ろしてみても、既に山荘は見えず雪足の家々は小さく胡麻粒のような大きさだ。帯革に装備された革鞄から、当分補給のために持ってきた干琥珀を口に放り込んでから、水分も取る。


(結構な標高まで来たかな、さっさと採取を終えて戻りたいよー)

 桧井の中でも温かい松野で生まれ育った身からすると、この寒さは堪えるらしく郷恋しい気持ちになっていた。


 そろそろ飛び立とうという時、低木の茂みから茶色と白の羽毛に包まれた丸っこい雉のような鳥が顔を見せる。丸々とした姿はとても愛らしい。


 ひょっこりと現れたその鳥は、素楽と目を合わせてから、何事もなかったかのようにどこかへとトコトコと歩き去る。逃げたという訳ではなく、なんか知らない奴がいるなー、程度の感覚で離れていったのだ。


 生き物の少ない高所に生息するからか、警戒心が薄いのだろう。素楽にはお構い無しで、低木の芽を(ついば)み食んでいる。

 その愛らしさから、一瞬心を奪われかけたが、任務の最中だと気を取り直し山肌から飛び立つ。


―――


 山頂付近。岩や地面が姿を消し始め、雪に覆われた冬龍山。


 ある程度の高度を維持したまま、素楽は目を皿のようにして山肌を観察する。万年雪の山頂付近には冬神の忘れ物が生えるとのこと。


 氷を這うように青緑色の蔦があれば、冬神の忘れ物で間違いないのだが、それらしきものを見つけるのにも苦労をする。


 白い雪に反射する日光というのは、目を著しく摩耗させる。それは翼人でも例外ではなく、多少の耐性の有無もあるのだが、それでも空中で瞳を閉ざして小休憩が必要なほどである。しかし長い間、目蓋を下ろしていれば、墜落の危険が伴うもの。素楽の精神を削るのには十分な要因である。


(…あっ!アレかも!)

 平坦ともいえなくない場所には、馬蹄のような形をした雪壁があり、中央には青緑色の蔦が茂っている。

 比較的広く開けている場所だったため、これ幸いと素楽は降り立ち、防寒の魔道具に魔力を注ぎながら近寄る。


 冬神の忘れ物、その茂みの中には薄花色の実がいくつも実っており氷床郁子(ひょうしょうむべ)である。


(見つかって良かったー。何度も往復しなくてすむよ)

 (すね)の中ほどまで積もった雪に阻まれながらも、掻き分けて進む素楽。ようやく目の前までたどり着いた時に、茂みを覆っていた雪壁が(うごめ)く。


 雪壁の内から現れた、というよりかは、体に積もった雪を振り落として立ち上がった生き物がいる。

 (わに)のような頭部、獅子のような(たてがみ)、立派な枝角、白い羽毛で覆われた大蛇の体躯(からだ)、鳥のような四本足。長い体躯は全長十間(にじゅうめーとる)強、立ち上がった高は、一間前後だろうか。そこいらの生き物とは一線を画する、この存在こそが冬龍である。


「っ!?」

 あまりの驚きに飛び立とうと考えた素楽であったが、足が地面に()み止められたように動かない。いや足どころか全身を分厚い氷に覆われたような感覚だ。どう頑張ろうが、指先一つ動かすことは出来ず、素楽の瞳は冬龍の太陽を思わせる橙色の瞳に()い付けられている。


 立ち上がった冬龍は長い体躯を畝らせて、伸びのような行動をした後に、素楽を見下ろし瞳の奥底を覗き込む。

 全身から冷や汗が滝のように溢れ出ていることに気づくこともなく、ゴクリと唾を嚥下(えんげ)する。


「――はぁっ」

 喉が動いたことで、全身の硬直が解け、忘れていた呼吸を思い出す。同時に体の均衡が崩れ、雪の中へ尻餅をつく。

 起き上がることすら諦め、ただ呼吸を行うだけの肉塊と化している翼人を見つめること、いくらか。冬龍は冬神の忘れ物の元へと戻り、鳥のような足を器用に使い、氷床郁子を摘み採り素楽の足元へと置く。


 目を白黒させて混乱しているところを横目に、冬龍は元の場所へ戻って大きな欠伸をして眠りに着く。


「あ、ありがとう、ございますっ」

 急ぎ氷床郁子を保管の魔道具へと詰め込んでから、一目散に逃亡を図る。何度か振り返ったものの、動く様子はなく眠ったままである。

 ぐちゃぐちゃな思考のまま、防寒の魔道具に魔力を注ぐことも忘れて、一心不乱に山荘へと素楽は羽ばたく。


―――


 夕刻よりしばらく前、放心しきった素楽が帰還し、任務自体は成功したと告げれば、山荘の面々は皆胸を撫で下ろす。


 何を問われても上の空だったことから、騎士らは何があったのかと首を傾げるも、夕餉(ゆうげ)の際に冬龍のことを話せば()に落ちたようで、無事に帰還できたことに対して再び胸を撫で下ろした。


 食後。今までは夏になると消滅しているものだと考えられていたのだが、冬眠ならぬ夏眠をしているだけではないか、という新説が生まれたため、頁の埋まってない『冬龍形態記録書』へと書き記す。


 何故に夏に消滅するかと考えられていたかといえば、定期的に形態を変えることに起因する。

 記録をしはじめたころ、大猫、大蜥蜴、大猫、大鳥、大蜥蜴、大蜥蜴と頻繁に形態変わっていたことから、夏に死に秋に生まれるという固定観念が生まれてしまったのだ。


 この記録と新説は、総次郎ら葦牙騎士が研究所まで持っていくとのこと。


 ふぅ、と記憶を記録として書き記した素楽は、ため息を吐き出す。


「終わりか?」

「はい、これ以上書くことはありません」

「そうか。にしても驚いた、大蛇の冬龍とはいえ生きて帰ってきたんだから、運のいい姫さんだな」

 高策は哄笑することなく、真面目くさった顔で言葉を吐き出す。先の話ではあるが、彼と素楽は縁戚となることが決まっている間柄で、娘の義妹となる相手だ。多く思うことがあるのだろう。


「今年はこんなことばっかりなんです。運がいいのか悪いのか」

「生きてるんだから、良いに決まってるだろう、何度もいうが無事で良かった。明日は早くに出立するのだから、さっさと眠るようにな」

「はい、心遣い痛み入ります」

「おやすみさん」

「おやすみなさいませ」

 記録書を閉じて本棚へと戻した後、両の腕を頭上に持ち上げ伸びをする。


 薄暗くなった景色には、薄っすらと星々が煌めきを始めている。


 用意された寝室で布団にくるまれば、自然と目蓋は閉じられ寝息を上げる。


―――


 時は少し(さかのぼ)り。

 朱い翼を羽ばたかせ急ぎ逃げ去る翼人を、日を移したような橙色の瞳がじっと見つめる。態々、首を向けてまで視線を向けている。

 何を思うのか、何を見るのか。

 翼人が視界から消え去る頃には、冬龍の体は雪塊となって崩れ去っていた。

 そう、毎年生じ死する、という今までの記録は間違っていなかった。ただただ、今年の龍が長く生じていただけである。

 葦牙の学者たちを困惑させる今回の記録が、否定されるまでは一〇〇を超える年月がかかるのだった。

第一編その三は以上です。

その四は長くないので、早めに投稿されると思います。

誤字、誤用などありましたら、指摘いただけると助かります。


誤字の修整 4/14

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