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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第六編 門に迷う。
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三話③

 トットット、と軽い足取りで山を登っていく素楽そらは一度振り返り後続の様子を伺う。

 中央軍の者らは鎧を着込んでいることもあるが日々の鍛錬の賜物だろう、誰一人として音を上げることはない。グニルもこれに同じ。

 問題があるとすれば千輝ちあきとテオドルの二人である。前者は王族で登山など人生で初、加えて体型を維持する程度の運動が精々なために体力はほぼ皆無。後者も大体は同じだろう。二人は玉汗を流しながら息を切らして付いてきている。


「ちょっ、ちょっと休憩をせぬか?思った以上に体力がなくなっておってな、しんどいわい」

「私もだ、もっと動けると思ったのだが」

 出立してから時半分、既に休憩を三度してなお道程は半分といったところ、二人は完全なお荷物となっていた。


「様子を見に行くだけ、二人共下っていい」

 厳しい言葉を投げつけるのはグニルで、あまり表情の変わらない彼女にしては珍しく呆れている色が見て取れる。


「あとテオはもっと運動して」

 ブロムクビスト夫妻は長く長く旅をしており本来ならば体力がありそうなものだが、素楽に侍ってからは運動というものとは縁遠くなり一年ほど経った今、この有様だ。


「いや、少し登れば平坦な場所になるようだからそこまでは登ってくれ。迷界制圧ようの拠点を敷く場所になるからな。…ブロムクビスト夫人、千輝殿下を抱えて昇ることできるか?」

「わかった。落ちないように掴まって」

「それじゃテオドルは俺が。つかこの前はぴょんぴょん動き回ってたじゃねぇか」

「あの時は有事じゃったからな、火事場の馬鹿力みたいなもんじゃよ」

 翌日は筋肉痛になったわい、と小さくつぶやく。

 負んぶの形で背負われた千輝と、荷物か人質のように担がれるテオドル。二人は溜息を吐き出しては脱力する。


「香月祭務長は大丈夫ですか?」

「ふふ、全然余裕ですよー。体力には自身がある方なので」

 この中であればグニルに次ぐほどの体力馬鹿なので心配は無用の長物なのだが、こちらに来てから身長の一切に変化のない彼女は、彩鱗あやこけにおいて一〇歳とそこらの年齢に見える。それ故に兵士らが心配したのだろう。


「なにかありましたらお声掛けくださいね」

「ありがとうございます」

 ニコリと微笑みを向ければ彼らは親戚の子供でもみるような顔を向ける。


(彩鱗を守護した英雄なんて呼ばれもするが、上辺だけ見りゃ可愛い祭事のお姫様だもんな。…大人しくしている分には美少女だし、戦闘なんかに参加しないのが一番なんだがなぁ)

 武闘派で命知らず、そして悪辣な手段を躊躇なく使う彼女の一面を知っている敏春は、兵士らの夢が壊れないように祈るばかりである。


―――


 山の半ばにお荷物たち(ちあきとテオドル)を置いてきた一行はすんなりと目的地に辿り着いていた。

 眼の前にあるのは木組みの門、扉はないのだが不思議なことに門を通して見えるはずの景色がそこにはなく、目に映るものを寸分違わずに描写できた絵画を大きな額縁で鎮座させているように見える。


「前の、狼の迷界とはだいぶ異なりますねー。あれは地下に続く階段で…こんな不可思議な姿ではありませんでしたし」

「おんなじのは筒路でも見たことあるな。これを抜けて振り返ると抜けてきた方にこっちの景色が写ってるんだ」

「なるほど。試しに魔力視をしてもよいですか?」

 どうぞ、と言わんばかりに敏春としはるは手を向ける。


「へぇ、すごいですね」

 瞳を朱色に染め、同色の枝角を生やし目元には鱗模様を浮かべた竜人風な素楽は驚きを漏らす。


「なにか見えるのか?」

「ええ、遠くからだと魔力の渦と畝りなのですが…間近で視ると向こう側の魔力も視ることが出来ます。捉えられる範囲には…三個の大熊と同じ魔力がありますよ」

「視てみる」

 後ろから顔をのぞかせたグニルも天眼を使い瞳を漆黒に染め上げてからキョロキョロと見回すのだが、首を傾げては素楽に向き直る。


「視えない。どこにいる?」

「あの辺りにいるのが一番近いと思うけど、どう?」

「…むり」

 グニルの天眼は素楽の魔眼のように壁を透して魔力を視る力はない。


(そもそも魔力が膜のようになっているから、それが邪魔なのかな。というか異界に繋がるような物を介して魔力視が出来るっていうのはどういうことなんだろう。素楽の魔眼って結構不可思議、住む世界が違う種族っていうことだと思うけど。…人には過ぎたる力っていうか。行方不明になった時も白い烏が連れてきたって翔吾とかが言ってたし、あたしとかテオに近い存在だったり?)

 きょとんとする白髪の翼人を見ては、本人も知らなそうだし考えるだけ無駄、と結論づける。


「目に違和感あったらテオに言って」

「うん、今のところは大丈夫だよ」

「んじゃ、ちと入って様子を見てみるか。前は俺ら、後ろは夫人が頼む」

 この中で一番の要人は素楽なので護るための陣で足を踏み入れる。


―――


 足を踏み入れた場所は緩やかな風に枯れ葉が揺れ落ちる常秋の異界。

 適度に木々が茂り地面には疎らな落葉の絨毯、茸でも狩りに来れば楽しそうな場所である。木々の天井を見上げ隙間から覗く日を見つければ時刻は外とほぼ同刻と思われる。


「周囲の索敵を頼む、後ろもな」

 一度振り返り背後に魔力の反応を探るも、大熊はおろか小動物すら見つけることの出来ない広大な虚無。


「後ろは…見当たりませんね、不意打ちを受ける可能性はないでしょう。……魔力の反応は正面方向に纏まっています、数は十五ほど」

「十五、なぁ。デカい相手は見えないか?」

「いえ、魔力は同等かと」

「んじゃ首魁は索敵範囲外かもしれねぇな。図体がデカけりゃ魔力も多くなりそうだしな」

 迷界の魔物には首魁と呼ばれる頭がいる。雑把な魔物より一回りも二回りも図体が大きく、高い知性と指揮能力を持つ。


「一旦引くとするか。今の人員で戦闘なんて避けたいからな」

 一同は頷ききびすを返す。


「…?」

(この門、何か違和感があるような)

 繁々と眺めても何に違和感があるかは気が付けず、コテンと首を傾げる。

「なにかあった?」

「門に違和感があって」

「…よくわかんない」

「調査は全てを終えてからでいいかな」


―――


 上空を旋回しながら哨戒する素楽が地上に降り立つ頃には、簡単な拠点が出来上がっており多くの兵士と魔法師が屯している。


「おーい春坊、こっちに湯を頼む!」

「うっす、今向かいますっ」

 様々な魔石を抱えて忙しなく走り回るのは魔石の知識がある魔法師ら、特に春生はるおは敏春の息子ということもあり兵士らからすれば何かと可愛がってきた相手であり、声をかけるのに丁度いい相手であり多忙を極めている。ここ半年ほどで生意気しきりな思春期を終えて、心身ともに成長したと評判の彼は優秀な魔石魔法師としての地位を固めつつある。


 今回の迷界制圧には七〇〇人ほどが動員されており、必要な物資もそれ相応となっている。特に水という必需品は嵩張かさばり重く、運搬確保に難のある物資だ。近隣の村々には井戸があるが汲み出せる量には限界があり、川の水を使用するにはひと手間かかる。

 ここで役に立つのが水成石だ。魔石を運搬し魔力を注ぐ必要こそあるが、水に比べれば軽く大きさも小さく済み、煮沸等の手間も省ける。行軍の最中にも使われたが、これだ好評で量産の暁には軍需物資として軍部にも卸してもらうように申請がされるだろう。

 兵士が魔法師に話しかけては湯を求める。これは湯成石で生成されたもので、城の浴場に使われている魔石と同じだ。手巾等を濡らして汗を拭うために使うのだろうが、気温が上がりつつあが夜は冷え込む季節の変わり目ということもありあちらこちらから求める声が上がる。


(受けはよさそうだねー。でもやっぱり魔力に難があるのかな)

 戦闘があったこともあり魔法師らの疲弊が見て取れる。これらは地道に底上げしていく必要がある面だ。

 筋肉のように使っていれば鍛えられ、使わないままであれば萎びていくのが松野では通説。魔石魔法が浸透し市井まで伸びれば、国として魔力の向上が望めるだろう。


「大変そうですね、魔力の提供でよければ力を貸しますよ」

「香月祭務長っ。朝早くに城からこちらまでお越しになり、上空でのお仕事をなさってお疲れではないのですが?」

「ふふ、お気遣いありがとうございます。ですが全然余裕がありますので、どんどん持ってきてください」

 あちこちに歩き回って供給するのでは時間がかかる、と魔石を用意させてはドカドカと水と湯を生成し始める。文字通り桁違いな魔力を保有している素楽からすれば、余裕といって差し支えない作業量。手の空いている兵士を呼び方々へと走らせる。


「先生でしたか、ありがとうございます。戦闘があると魔力が不足するみたいで」

 顔を見せたのは春生。魔力の提供により水が行き渡り始めてようやく戻ってこれたのだろう。


「今後は兵士の方々にも徐々に魔石魔法を使ってもらうのがいいかな?詠唱魔法とかと違って難しい手順はいらないし」

「手伝ってくれる人はいますし、親父に相談してみますよ」

「よろしくねー。いざとなったらわたしの名前をだしてもいいから」

 一家言を持つ素楽が後ろにいるのであれば、そうそう無下にはできまい。

 魔力の提供が終わるのは夕餉の準備が終わってからで、周囲は夜闇に覆われていた。

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