三話②
翼と尾羽を広げ体躯を立てるように勢いを殺して着地したのは、だいたい時半分経った後。中央軍と茶蔵軍、魔法部という実働部隊が慌ただしく準備をしている最中である。
「おはようございます、香月祭務長!」「杵島隊長ならあちらの天幕におりますよ」「こいつぁ今回の勝ちは約束されたようなもんだ」「ですね」
歩く側からすれ違う者らに声と挨拶をかけられ、返事をしながら天幕へと向かう。
幾度となく訪れた戦時、これらの尽くを勝利に導いたと言われる彼女は兵士から見ると、戦勝と出世の縁起者である。ここで験を担がずにどこで担ぐ、と言わんばかりに有難がっている。
天幕に足を踏み入れれば敏春を頭として小規模の隊を率いる長らとグニル、テオドル、眠気の抜けない千輝と一部の魔法師が詰め、作戦の最終確認をしている。
「おう、来たか香月の嬢ちゃ、香月祭務長」
「おはようございます、皆様。ふふ、今までと同じ呼び方でも構いませんよ」
「流石にそうもいかんさ。そんじゃ全員揃ったってわけで改めて作戦の確認だ、越路よろしく頼むぞ」
「承知しました」
参謀とでもいう立場なのだろうか、知的そうな軍人は周辺地図を指して話を始める。彼は中央から派遣されてきた追加の人員の一人だ。何かと物騒な今日この頃、素楽と翔吾の周囲を固めるために中央軍の人員が増員されている。
今作戦、先ずは地上を闊歩する大熊を討伐する事が第一段階。次いで迷界の門を潜り異界の制圧、核である魔石の破壊が第二段階。そして核の破壊後、迷界の消失するまでの四半日前後で調査を行う手筈となっている。
第一段階で要となるのが素楽の魔眼。障壁を意ともしない透視とすら言える異能で、山林の上空から索敵し笛の音信号で情報を伝達させる。
これに際し、いや少し前から素楽の扱う笛を理解しようと各隊長らにはお手性の資料が配られている。笛を吹くものが一人、複数の音を聞き分ける必要もなく、必要最低限でまとめられているので理解は早かった。
首にかかった紐を引っ張り、引き出した翼人笛を吹き鳴らしては音を聴かせる。練習を行う余裕はなかったため今回がぶっつけの本番、ゆっくりと確実に伝えるようにと素楽は心中で自身に言い聞かせる。
地上では上空から知らされる情報を素に大熊を誘い出し、簡易的な防壁の内から弓矢で応戦しつつ魔法の射程に入り次第仕留めるとのこと。
魔法師は二〇人で一隊、一つの防壁に三隊置くことで確実性を上げる。防壁の数は三箇所、つまりは魔法師だけでも二〇〇人気前後の人員がおり、過分と言われたのも頷ける程。
とはいえあくまで地上に這い出ている大熊の数に対して、であり迷界の内部によっては長期戦もあり得るうえ、攻撃を開始した途端に門の内から魔物が溢れ出てきた、なんていう話もあるくらいだ。気を引き締めるに越したことはない。
「てなわけだ、香月祭務長。その翼で一足先に様子を見てきてもらえるか?」
「おまかせください」
気を引き締めるように頷き、素楽は一人天幕を出て迷界の門がある場所を目指す。
「まぁ、なんだ、気を引き締めてあたってくれ。嬢ちゃん、じゃなくて祭務長が地上で戦うようなことがないのが理想だが…必要だと考えれば独自の裁量で動くお人だ。こちらの被害を最小限に抑えることを第一とする、いいな」
「「「応ッ!!」」」「わかった」「承知じゃ」「…ふぁ」
―――
中央魔法部の長、という意味を再確認させらたのは果たして誰か。会議の最中は眠そうに欠伸を噛み殺し、食料を食んでいる最中は舟すら漕いでいた千輝だが、戦闘が始まってみれば圧倒的と言うに相応しい戦果を上げて見せる。
「杵島、笛は何を告げている?なにか忙しないぞ」
「えっと、ありゃぁ…こっちに向かって熊が三頭、いや四頭向かってるって知らせです」
「そうか。丁度いい個別に撃破するのは面倒だ、一網打尽にしてしまおうか。二番三番は礫の連射を左右に角度を付けて、一番は私と共に正面へ特大の風刃だ。そちらの弓兵もこちらの攻撃開始と共に礫と同じ方向へと弾幕を張ってくれ、詠唱に取り掛かる故に指示を出せない、迎撃の開始はあの木を過ぎてから頼むよ」
「任せてくだせ。想定通り敵さんの大半はこっちに飛び込んでくる、ここが正念場だ、気合入れろよ!」
魔物は人や周囲の生き物を襲い食らう。一説では肉を食らうことで魔力を得ているのだとか。それ故に人を多く配属することで進行を誘導できる。
魔法師は三部隊ずつ配置しているが、兵士の数は敏春と千輝のいる地点が最多なので、全て向かってくる可能性すら考慮されていた。
「残り二匹は左右に割れたか。一頭ずつなら十分許容範囲内だろう」
「討ち漏らしたら出る。一対一ならなんとかなりそう」
重佩した三本の剣に手をかけ、正面に視線を向けたグニルは唯ならない闘気身に纏う。
(この姫さんなら大丈夫じゃろうが、一応のことワシも準備はしておくかのう。人も沢山おるし簡単なものを)
指先に魔力を集めては淡く彩られた炎が灯り、宙に文字を書いては図形へと組み立てる。それを一つ二つと構築し戦いの備えとする。
(アレは魔石魔法とも異なる異国の魔法か!くっ、もっと間近で見たい。さっさと蹴りをつけて話を聞かねば)
集中力を散らしながら顔を顰める千輝、ブロムクビスト夫妻はあくまで素楽の護衛であり、道中も馬車酔いで潰れていたため接点といえるものはない。加えて白髪の三人組ということもあり、彼らも魔石魔法を使う国の出身だと考えていたのだ。
眼の前の未知に歯痒い思いをしながらも詠唱を始め、確実に大熊を仕留めるべく改めて集中する。
「敵さんのお出ましだ。………今だ、放て!」
退路を潰し正面へと誘導する魔法と矢の弾幕。どちらも大熊相手では致命打となる一撃ではないが、突っ切るほど軽くもない。攻撃を嫌がり、千輝の目論見通りに誘導される。
戦闘において主流たる魔法はいくつもあるが、風を刃として飛ばす魔法は無類の強さを誇っている。詠唱の内容を調整することで槍のように一点特化、で飛距離を失うかわりに広範囲化、適正距離内かつ障害物さえなければ人を鎧ごと断ち切る事が出来るほどの威力。そして視覚での認識に難があることが主流たる理由だ。
ニーグルランドの魔法師素楽に向けて放ったのも同系の魔法、範囲が狭く翼を裂く程度の結果しか得られなかったが、妖禽でなければ致命傷だ。
そんな魔法をどういった形で放ったかといえば、極近距離のみに対しては無数の刃が襲い掛かり、大熊らは無惨にも肉片へと変わり果て血肉の池を作り出していた。
(わぁすごいね。やっぱ戦の手段としての詠唱魔法は、魔石と比べて桁違いだ)
上空から戦闘を観察していた素楽は、改めてその威力に脱帽する。
元々詠唱魔法は城塞を落としや、広範囲で敵を屠る事を目的とした手段であり、生活を楽にするために研究が進められた魔石魔法とは積み重ねが違う。
詠唱魔法も風を送り出して髪や衣服を乾かしたり、火を出して種火としたりは可能なのだが、習得難易度的に行える者はそう多くない。
ぐるりと旋回しつつ魔力の反応を確かめれば、残り二つも難なく終わっている。目視での確認を行えばどちらとも素楽に向かって手を振り、各々の無事を知らせていた。
敏春らのいる場所へ戻るも地上は降りられる場所は見当たらないので、丈夫そうな木の幹に趾の握力のみで留まる。
「敏春様ー、残りの二頭も無事に討ち取ったみたいです!」
「ん!?おっおう、わかった。撤退の指示を出してもらえるか?」
とんでもないところにへばりっついている姿を見ては驚き、そういえば前にも窓枠から姿を見せていたな、と思い出す。
二度、撤退の指示を笛の音信号で伝えれば、作戦の第一段階が終わったこと理解し、兵士らは防壁を片付け本陣へと戻る。
「とりあえず降りてきてくれるか」
山林ということもあり然程広くない場所だ。飛び降りる余裕がなかったのだと敏春は理解し、一旦場所を空けさせれば再度翼を広げた素楽は滑空し地に足をつける。
「他にはもういないよな?増えたりとか」
「…。はい、門までに大きな魔力の反応はありません」
「よし、そんじゃあ少数で敵さんの本拠地を見に行くとするか」
軍部からは敏春と数名、索敵と連絡役に優れる素楽と護衛たるブロムクビスト夫妻、魔法師は千輝のみ。残りの面々は迷界を制圧するため、本陣の移動作業を行う。
場合によっては数日がかりになる迷界制圧、本陣の位置を近くに移動し往復を減らし不測の事態へと常に対処できる布陣を敷くのだ。
そんな中、瞳を輝かせながら鼻息荒くテオドルに歩み寄るのは千輝。
「テオドルといったか、先程空中に文字を書いていただろう、あれは魔法なのかい?」
「ああ、そうじゃよ」
勢いに腰が引けているテオドルは千輝に質問攻めにあう。いくらか話をして、世を隔てる者の魔法は魔石という中間素材をなくしては行使できないと、という結論で締めくくられることになる。
「出立には少しばかり時間が必要そうですねー」
「だな。んでよ、迷界まではここからどれくらいの距離があるんだ?」
「うーん、だいたい一町ほど上った場所かと。歩いたらどれだけかかるかはわかりません」
「手入れはされているが、道と言える道はないから…時半分ってところだな。香月の嬢ちゃんは山登りの経験あんのか?」
「それなりに。ふふ、仕事を請け負って領地内の山を飛び回っては薬効のある植物などを採取していました」
「あー…そういう仕事があるんだっけか。わかってるとは思うが足元には気をつけてな。というか飛んでってもいいぞ?」
「魔力であれば壁でも透して視ることはできますが、地形などは木に覆われて目視できない部分もありますので動向しますよ」
「なるほどな、そんじゃ頼むわ。よいしょっと、お前らも休んどけ山登りはキツイぞ」
鎧を着込んでの登山だ。なるたけ体力は温存しておくのが吉、同行する兵士らも地べたに腰を下ろしては水筒の水を飲み一息つく。
「それじゃあわたしも」
岩を腰掛けにちょこんと座った素楽は、千輝とテオドルの話が終わるのを待つ。




