三話①
「絶対に、無事で帰ってくるんスよ!」
夜明け程なく日の出きらない朝の頃。奈那子は諦念すら感じさせる風に素楽へと言葉を投げつける。
祭事部の仕事で領地内を回りつつ、迷界の制圧に向かう一行と連絡を取っていた彼女は、本日より戦闘を開始すると敏春から伝えられていた。
普段飛び回る時のように身軽な服装に小振りな剣を佩き、丁寧な作りの革鞄には魔石がいくつも収められている。
「りょーかい。わたしが出る幕なんてないと思うよ」
勝手に飛び込んでくるのがお前だ、と言いたげな顔を見せるのは何人か。必要とあらば命も惜しまず戦列に加わるのが彼女である。
「紫堂さん、匡弘さん。先の乱から昨日の今日、戦力の…戦力を小出しにするとは考え難いです。然し城の戦力が減った今、不届き者が現れない保証もないのでわたしたちの帰る場所を、お任せしますね」
「「委細承知しました!」」
居住まいを正すよう背筋を伸ばし声を張り上げる。二人は素楽の護衛という立場だが、優秀な人員を遊ばせておくほど城の守りが強固ともいえない。
「私の妻君の事をよろしく頼むよ。菅佐原夫人が城に残る都合、彼女の歯止めになれる人材は多くない。魔石魔法の研究から外す、とでもいえば頭を冷やすだろう」
顔から不安感が拭えていない男は千輝の夫、優建。彼女は野外での戦闘行為や調査などをする類いの者ではない研究職、こういった事は初めてで心配なのだ。
屋代の乱では即席の魔法師を率いて迎撃に参加、演習でもケチの付け所がない天才。心配するだけ無駄だろうが、彼は愛妻家だ心配するなと言う方が無理がある。
「頻度こそ多くないが迷界自体は珍しいものでないので姫殿下が興奮することもないでしょうし戦力としては過分、早船様が心配するようなことは起こりませんよ。では素楽さん気をつけて」
暖かな上着を羽織った晴子は欠伸を噛み殺しながら手を振っており、城の留守番を任されている。誰かしら魔石魔法に精通している者がいない状況は避けたいとのこと。
「では行きますねー。翔吾様にはよろしく伝えてもらえれば助かります」
城の主であり中央から派遣された政務官である翔吾の起床は見送りに間に合うことはなく、今尚寝台で丸まっているだろう。朝に弱い彼ならば仕方ないと素楽は諦めて、朱色の翼と尾羽を展開しては細い脚で地を蹴り飛び去る。
「…まったく…未来の妻を見送れないなど、翔吾くんを見損なってしまったよ」
眉を曇らせては目に見えて不機嫌な表情を見せた優建は、大きく溜息を吐き出して肩を竦める。
「まぁまぁ、彼は彼で多忙ですし。それに昨日は多くの時間を共に過ごしたとも聞きましたよ?」
「それはそれだ」
春も終わりを告げる頃とはいえ早朝は冷え込む。見送りの者らが各々戻ろうかという時、ドタバタと騒がしく走り寄る男が一人。
青みがかった黒髪はボサボサにハネて、目元には眠気が見て取れる彼は素楽の婚約者である翔吾だ。
「はぁはぁ、間に、合わなかった、か。…ふぅ」
額に手を当て朝空に朱い翼を探すも、振り返ることなく最大速度で飛び去ったため既に姿は見えず大きく肩を落とす。
「情けない姿だな、義弟殿。次があるのなら水でもかけもらうと良い」
「…返す言葉もありません」
「無事に帰ってきたのならしっかりと埋め合わせをすることだ。今更袂を分かてるような状況ではないが、亀裂が生まれれば寄ってくる虫は掃いて捨てるほどいるだろう、隙を見せるのでないぞ。誰にもな」
アレの価値がわからぬ凡愚でもなかろう、と小さく呟いては優建は自室へと帰っていった。
「…。」
「そこまで気を落とすことでもないでしょう、素楽さんなら笑って許してくれますよ。…それにしても丸くなりましたね、ここに来てから、いや素楽さんに出会ってから」
「私も自覚はあるよ、色に浮かれて馬鹿になったとね」
「いいんじゃないですか、一〇以上年下の女の子に振り回されている姿は好感が持てますよ。それに変わった者は他にもいますし」
「…なんであたしをみるんスか」
「いや、なにもないが。さて、私も戻るかな」
陽光が眩しく地上を照らす頃、見送りの面々は各々の一日をはじめる為に散っていく。




