⑦
チーム登録には過不足なく五名のメンバーを選出する必要がある。
これは北カントー学園創立者である烏山神蘭が「なんかぁ……キリよくね?」という言葉を残したことに起因する。
この五名は幹部としてチームを引っ張っていく顔になるわけであり、それなりの力が求められる。
それはどんな力でもかまわない。
唯一つこれだけは負けないという力を、チームをさらに上へ押し上げる為の力を持つことさえできれば自然と道が開けてくるはずだ。
えっ……俺の力は何かだって? そんな事を知りたいのか? 仕方ない。ならば北カントー学園運営委員会会長まで上り詰めた俺様の力を教えてやろう。
……ただちょっと時間をくれ。急に聞かれたから少しビックリしてるんだ。言っておくが、思い付かないから時間稼ぎをしているわけじゃない。そこは勘違いするなよ、バァカ!
基本的にはアドリブに弱い 烏山 炎羊
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「やぁ野木さん。一緒にお昼でもどうだ?」
信介は軽く声をかけると、野木胡桃の意向を聞かず、そのまま流れるように自分の机を持ち上げた。
「別に構わん」
「どうも、悟史も一緒にどうだ?」
「野木さんが良ければ……」
野木胡桃が小さく頷いたのを確認した後、悟史は申し訳なさそうに机を動かした。
三台の机を不揃いに合わせると、それぞれ昼食を取り出した。
勧誘禁止の規定が適用されるのは、あくまで一年八組の教室と隣接する廊下までの範囲で、それ以外の場所では今でも執拗な勧誘活動は続いていた。
特に勧誘が活発に行われる昼休みは教室から出ることすらできずにいた。
だが信介にとってはそれこそが最高の状況であり、そこに付け込むように昼食を誘ってみると、野木胡桃はいとも簡単に首を縦に振った。
いざ話してみると、野木胡桃は見た目は異常なのだが、基本的な性質は一般人と大差は無く、比較的話しやすい。
性格だけをみれば、信介よりも充分にまともだと言う事に悟史は気付いた。
こうして五日経った今、自然な形で三人で昼食を食べるようになるのが習慣となっていた。
「ところで鴨志田悟史。お前が今飲んでいるそれは何だ?」
野木胡桃は重たそうな頭を傾げて、悟史の顔を覗き込んだ。
「これ? レモン牛乳だけど」
「レモン牛乳? 聞いた事ないな」
「そっか。野木さんはイバラキから来たから知らなくても普通だよね。一応ウツノミヤの名産品だよ。……飲んでみる?」
悟史がレモン牛乳を差し出すと、野木胡桃は少し戸惑ったような仕草を見せ、なかなか受け取ろうとしない。
「どうかした?」
悟史がわけも分からず、レモン牛乳を宙にさまよわせていると、
「レディーに向かって自分がくわえたストローごと飲み物を渡すなんて、無神経がすぎるぞ。この鈍感男」と信介が注意した。
「あっ! そうかそうか、ごめん野木さん。俺が無神経だった」
「いや……気にしないでくれ」
外見がクマの着ぐるみだから、女性という認識がいにくいが、よくよく考えれば無神経だと悟史は反省した。
「じゃあ今からレモン牛乳買ってくるよ。購買にも売ってるだろうしさ」
「そこまでしなくても大丈夫だ。少し気になっただけだから」
「でも、せっかくトチギまで来たんだから飲まないと。すぐ戻ってくるから待ってて――」
「なら! そのレモン牛乳を頂こう!」
すぐさま席を立とうとする悟史の腕を、野木胡桃は掴んで制止させた。
「……野木さんがそれでいいのなら」
悟史はレモン牛乳をそっと手渡し、席に座り直して正面から野木胡桃をみつめる。
「では、いただきます」
野木胡桃はレモン牛乳を持った右手を高く上げると、今度は余った左手でクマの着ぐるみの黒く丸い瞳をくりぬいた。
そしてそのまま目薬でも差すかのようにレモン牛乳を流し込んだ。
ゴクッゴクッ、とクマの着ぐるみの頭部から、喉に液体が通る音が聞こえる。
「……あまりレモンの味はしないな。普通の牛乳を少し甘くした感じだ」
空になったパックを机に置いて、野木胡桃は率直な感想を述べた。
ストロー関係なくね? 何で目から飲むの? つーか全部飲むなよ。
悟史は瞬時に三つのツッコミポイントを頭に思い浮かべたが、やっぱり言葉にはしなかった。
「野木胡桃はほぼ落ちたな。まったく珍獣使い様様だ」
授業も終わり、寮に戻ってきた信介は、パソコンの画面を見つめながら軽快にキーボードを叩いた。
自分の計画が思いのほか順調に進んでかなり上機嫌だ。
「そういう言い方やめろよ。ホントに性格悪いな」
悟史は初めて信介の自室に招かれたのに、ずっとパソコンに向かったままの信介に苛立ちを感じていた。
信介の部屋はその六畳のスペースをほとんど機械類で埋め尽くしていた。
データ管理用、情報収集用、持ち運び用と用途別に三台のパソコンがあり、、複合機にスキャナー、デジタルカメラなども最新機器が揃っている。
他にも見た事もない機器が溢れ、悟史は触って壊してしまうのを恐れて、ベッドの上に座ったまま身動きが取れないでいた。
「私の性格が悪いのは、とうの昔に知っているだろう。今更何を言っているん……だ!」
タンッと大きな音を出しながらエンターキーをはじくと、身体を反転させて悟史を見た。
「実質カモネギCREWは、三人。チーム発足まであと二人か」
「ちょっと待てよ信介。野木さんはまだチームに入るなんて言ってないだろ? そもそも誘ってすらいないし、俺たちがチームを作るって事も知らないんだ」
「なぁに問題ない。今まで通り一緒に昼食を食べ、できる限り親密になっておけばいい。あと一、二週間もすれば、規定に賛成した奴らもどこかのチームに入って過半数を割るだろう。規定が無効になるタイミングで、野木胡桃をチームに誘えばいい。多少渋るかもしれないが、悟史が『せっかく一緒にご飯が食べられるようになったのに、また上級生達が来て騒がしくなるんだよな……』みたいな事を言えば一発だ」
入りさえすれば、あとはどうにでもなる。と信介は目を輝かせた。
「そりゃそうかもしれないけど……なんか騙してるみたいで釈然としないんだよな」
「野木胡桃にとってもカモネギCREWに入るのがベストなんだ。いずれこの学園を制圧するチームの発足メンバー……つまり幹部になるんだ。これ以上の名誉はないだろう?」
「いや、それだよそれ。ずっと疑問に思っていたんだが、どうして信介は、そこまでカモネギCREWに対して自信があるんだ? 俺にはその根拠がわからない」
もし無事に野木胡桃がカモネギCREWに入り、無事五人揃ってチームを発足したとしても、信介が言うほどには大きなチームにはならないと悟史は考えていた。
リーダーは珍獣に好かれやすい一般人で、副リーダーはプライバシー侵害を是とする変態鬼畜メガネ。
そして幹部候補の一人は万年着ぐるみ少女だ。
このメンバーがどうして全校生徒三千人超を誇る北カントー学園を治めることができようか。
「……仕方ない。馬鹿な悟史にも分かるように説明してやろう」
信介はデスクに置いてあった学生鞄から、持ち運び用のノートパソコンを取り出した。
電源をいれパソコンを立ち上げると、デスクトップにある『北カントー学園統一計画』というファイルを開く。
すると一番初めに悟史の目に飛び込んできたのは、見覚えのある三人の顔だった。
「妖虎様に……狸塚さんと、牛久さん。図書館で会った王女様軍団だ」
「そうだ。『ヤタガラス』の筆頭メンバーと言ったほうが正しいがな」
「確かヤタガラスって妖虎さんが作ったチームだよな。……で、何故この三人の画像がこのファイルに?」
その前に一つ質問だ。と信介は神妙な面持ちで悟史を見た。
「王女様をリーダーにしたヤタガラスならば、この学園を制圧できると思うか?」
口に手を置いて、悟史は考えを巡らす。
「……今すぐって話でなければできると思う。それだけの求心力がこの三人にはあると思う」
「ということは、ヤタガラスに勝ったチームにもそれは当てはまるよな?」
「――え?」
悟史は一瞬言葉に詰まった。信介が言わんとすることを察したからだ。
生唾をゴクリと飲み込み、大きく深呼吸をしてから悟史は口を広いた。
「つまり……カモネギCREWはヤタガラスを倒すって事なのか?」
「そうだ」
……えーとちょっと待て、冷静に考えてみろ。悟史は考え込む。
「それは不意打ちでか? それとも脅し?」
「群雄割拠システムに則り、正々堂々戦って勝つ」
……待て待て待て。これは聞き間違いか? 夢か? 悟史は一度頬をつまんでみた。
――痛い。じゃあこれは現実なのか? いやいやよく考えてみろ? 痛いからってそれがすぐに現実と考えるのは浅はかではなかろうか? 夢の中では痛みを感じないという科学的根拠はな――パチィン!
「ここは現実だ。現実を見ろ悟史。逃避したところでなにも得ることは出来ないぞ」
信介のビンタのおかげで、危うく人として歩いてはいけない道にそれる所をなんとか免れた悟史だが、現実だとはっきり認識した今、信介のいう『北カントー学園統一計画』こそが夢か幻かのように感じていた。
「正々堂々と戦って勝つ? それは俺と、変態鬼畜メガネと、万年着ぐるみ少女とでか?」
「そうだ。その三人で、烏山妖虎と、狸塚剛健と、牛久鳴動を倒すんだ。あと変態鬼畜メガネとはなんだ。どうせなら天才鬼畜メガネにしろ」
鬼畜はいいのかよ! と突っ込む気にはなれなかった。
悟史はそれ以上のショックを受けていたからだ。
カモネギCREWが無事五名のメンバーを見つけ発足したとしても、その後集まってくるのは取扱注意の珍獣ばかりだろう。
そんな珍獣軍団が本物の北カントー国王女率いるヤタガラスに勝てる訳がないのだ。
どうせ戦っても勝てないのだから、わざわざ戦いを挑んで王女様の心証を悪くするのは得策ではない。だったら――
「王女様の誘いに乗るのもありだな」
――ビクンッ! 心の一歩先を読む信介の言葉に、悟史は全身に雷が打たれたかように身体が撥ねた。心臓の鼓動が普段の二倍も三倍も速くなり、冷や汗がどっと溢れる。
「確かに今の悟史は、チーム無所属の普通の男子学生だ。ヤタガラスに入ったとしてもそれを止める手段は私にはない。むしろ変態……天才鬼畜メガネと組むよりより素晴らしい学園生活を送れるかもしれないな」
だが……、と信介は声をいつもより低くし、圧迫するように語り始めた。
「もし今私を裏切るのならば、それ相応の覚悟はしてもらわないとな……。ここで悟史を失ったら、計画は総崩れ、私の野望は一気に潰えるだろう。その代償は命を以ってしても償えない」
信介は思い切り悟史の腕を掴み、爪を立てる。
「悟史はもちろん。家族親戚に至るまでとことん追い詰め、『もう殺してくれ』と言わせるくらいの生き地獄を味あわせてやるからな……」
信介の瞳が深く黒く染まる。この男は本気で追い込みをかけるつもりだ。
「……わかったわかった、俺の負けだ。ここまで関わった以上最後まで付き合うよ。でも俺のせいでチームが悪い方向に流れたって知らないからな」
「最初から悟史を戦力にはいれてない。お前はただカモネギCREWの看板として私の指示に従い、堂々としてくれればいい。後のことは任せておけ」
信介そこまで言うのだから、悟史は黙って従うだけだった。
カモネギCREWがどうなろうと、弱い自分ではなりゆきに任せ流されるがままに、この学園をユラユラと漂うだけしかできない。
「了解。じゃあもう後は信介に任せるよ」
悟史はそう告げると、そのまま背を後ろに倒し、ベッドに倒れこんだ。
それを確認すると信介は目線をパソコンに戻し、再びカチャカチャとキーボードを叩き始める。
「……話が逸れちゃったけどさ、信介は本当にヤタガラスに勝つ気でいるんだろ? しかも正々堂々と」
「当然だ。勝算のない勝負に打って出るほど私は愚かではない」
「どうやって勝つつもりなんだ? 一応代表なんだし、そのくらいは教えてくれてもいいよな」
「そうだな……教えておいてもいいか」
信介は手を休める事なく、淡々と口を開いた。
「ヤタガラスの構成メンバーの多くは権力のおこぼれを頂戴しようとする使えない輩ばかりで、実際のところは烏山妖虎、狸塚剛健、牛久鳴動の三名で持っていると言っていい。すなわちヤタガラスに勝つにはその三名を倒せればいいんだ。三人のデータはある程度パソコンの中に入っているが、見てみるか?」
いや、いいよ。と信介の提案を悟史はやんわり断った。
どうせ見たところで理解できないのだし、信介の言い分も理解できた。
悟史が知りたいことは三人のポテンシャルでは無い。
そんな三人にどうやって勝つのかということだ。
「その為にまずは、野木胡桃の存在が必要なんだ。彼女は私達には無い絶対的な暴力を備えている。悟史も見ただろう? 野木胡桃の右腕が青白く光っていたのを……」
悟史は天井を見上げながら野木胡桃を坊主頭の上級生が無理矢理勧誘しようとした時の様子を思い返していた。
あの時、もし繭美ちゃんが来ていなかったら、あの光を纏った右腕で殴りかかっていたら……。
「悟史なら今までの経験上分かるはずだ。あの光が危険で、かつそれを容易に引き出せる彼女の実力が本物である事を」
「……うん。野木さんは強いよ。多分並みの人間じゃ足元にも及ばないと思う。つか野生の熊にも勝てると思う」
「同感だ。だからこそその暴力をヤタガラス最強の男――狸塚剛健にぶつける。悟史と私では狸塚には勝てない。力には力で応戦するしか無いんだ」
地震や台風のような天災に人間が為す術も無いのと同様に、圧倒的な暴力の前に、弱者の抗いなど意味を為さない。
そういう理不尽さがこの世にあることは、一五年も生きていれば自然に分かってくるものだ。
「……それで残る妖虎様と牛久さんはどうするんだ?」
「牛久鳴動に関しては、私が引き受ける。彼女の権謀術数は半端なものではないが、この学園においてはその高い知能を使い切れないだろう」
「それはどうして?」
「学園内で出来る事など高が知れているし、戦いに参加できる駒はあくまでここの学生だけだ。いつも彼女が扱っている王国軍の精鋭ではなく、感情で好き勝手動く尻の青いガキばかり。それならばこの学園の情報をほぼ知り尽くした私の方が有利だと思わないか?」
「そんな気もしないでもないが、俺たちはその好き勝手動く学生すらいないんだぞ」
「その事なら心配するな。今日まで二週間もかけて使える幹部候補を探していた。おかげで有能な人材が一名、カモネギCREWに入ることが決定した」
ここ二週間程忙しくしていたのはその為だったのか、と悟史は改めて信介の行動力に感心する。
「で、その一人ってどんな奴?」
「明日になれば嫌でも分かる。それまでのお楽しみだ」
眼鏡のフレームをおさえ含み笑いをする信介。この表情は自分にとってよろしくないということを悟史は理解していた。
さらに面倒になるんだろうなぁ……と悟史は溜め息を吐いた。
「じゃあとりあえずは、狸塚くんと牛久さんは大丈夫ってことか……。じゃあ残った妖虎様はどうするんだ?」
「どうするもなにも、烏山妖虎に関しては悟史が最も適任だ。お前がなんとかしろ」
……はい?
「いやいやいや無理だって、だって彼女は王族だよ。女の子とはいえ、俺なんかじゃ相手にならない」
「そんなことは分かっている。烏山妖虎は幼い頃から次期女王として様々な教育を受けている。能力面でみたら悟史など話にならない」
「分かってるなら俺に任せるなよ。すぐにやられちゃうってば!」
「安心しろ悟史。なにもお前に烏山妖虎と戦えといっているわけではない。野木胡桃か私が行くまで、王女様の行動を制限するだけでいいんだ」
それこそどうやってやるのか分からない。
能力面で劣ってるのだから行動を制限することすら出来ないだろう。
「特に難しいことではない。烏山妖虎と対峙し、負けてしまいそうな時に――話をすればいい」
「一体どんな話をすればいい?」
「そうだな……可能なら情に訴えかけるような内容がいい。王女様だって思春期真っ盛りの女子高生なんだ。好きな人を傷つけたくないし、出来る限り長く話していたいと思うだろう?」
またそれか、と悟史はうんざりした。
好かれている自覚のない悟史にとっては、女の子の恋心なんて不安定なものに頼る信介の言葉が信用できなかった。
「――とにかく悟史は私の指示通り動け。悟史がカモネギCREWに乗り気じゃないのは私が一番分かっている。やることさえやってくれれば悟史に責任を問うことはしないし、対ヤタガラス戦を乗り切ってしまえば、あとは何もしなくていい。悟史が望むのんびりと平穏な学園生活を送らせてやる」
そこまで言われてしまっては悟史は首を縦に振るしかなかった。