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カモネギッ!  作者: 袋小路梟
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『一年八組内における野木胡桃のチーム勧誘活動の禁止の規定について』

 北カントー学園運営委員会規約『絶対過半数制度』に則り、北カントー暦四〇二年四月一三日、一年八組のチーム無所属学生計三三名の賛成により、一年八組教室、及び当教室に隣接する廊下において、北カントー学園運営委員会に登録されたチームの野木胡桃に対する勧誘活動を禁じる。

 この規定によりチームに所属する学生は、直接、間接に関わらずチーム勧誘を一切禁止とする。違反者は北カントー学園運営委員会規約の下に、運営委員会会長が一週間の特別指導を行い、違反者の所属チームは無期限の活動停止に処す。

 この規定は北カントー暦四十二年四月一四日より有効となり、野木胡桃が自らの意思でチームに所属するか、この規定の廃止を求めた場合を除き、無期限に効力を有する。

 また、北カントー学園運営委員会規約『絶対過半数制度』に則している為、学園内全生徒の過半数、一学年生徒の過半数、一年八組の生徒の過半数がこの規定の廃止を求めた場合、及び規定に賛成するチーム無所属学生が一年八組の過半数を下回った場合も無効となる。


                      一年八組担当教諭  玉田 繭美


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 野木胡桃と上級生のいざこざがあった日の放課後、悟史は職員室にいる繭美ちゃんを訪ねた。


「野木さんが上級生の勧誘活動のせいで気が散って授業に集中できないと言っていたので、なんとかならないですか?」と相談をしにきたのだ。

 悟史があの時考えた案とは、『担任にチクる』というなんとも浅はかで幼稚なものだった。

 だがその浅はかな言葉に、担任である繭美ちゃんは心を大きく揺さぶられ、


「ふぇぇぇ……クラスメイトの為に、動けるなんて……鴨志田くんは、なんていい子なんでしゅかぁぁ!」


 と他の職員がいるにもかかわらず、大声で泣き喚いた。

 一通り泣いた後、生徒の友達を思う心に応える為、あらゆる方策を考えた繭美ちゃんは、絶対過半数制度を利用した案を悟史に提示した。


「じぇっ対過半しゅうしぇい度っていうのはね。学校、学年、クラしゅ毎に過半しゅうのしゃん成があれば、しょの範囲ならどんなことでも可能になるしぇい度なの。だからこのしぇい度を使って、クラしゅの皆に、野木しゃんに対しゅるチーム勧誘活動を禁止の署名を集めれば、八組の中だけなら有効にできましゅ」


 サ行が上手く話せない繭美ちゃんの説明は実に分かりにくいものだったが、辛うじてその内容を理解できた。

 ざっくりいうと、クラスの過半数の同意があれば、教室という小さな範囲であれば、上級生にも対抗しるるルールを作れるということだ。


「そんな便利な制度があるなんて、知りませんでした」

「知りましぇんでしたじゃないでしょ? このしぇい度が群雄割拠シしゅテムをしゃしゃえる根本。チームを作るしゃい大の要因なんでしゅから」

「群雄割拠システムをしゃしゃ……支える根本? チームを作るしゃ……最大の要因?」


 まったく鴨志田くんは勉強不しょくでしゅね~。と繭美ちゃんは頬を膨らませる。


「チームの代表者が所属する学しぇいの権利を、しゅべて掌握しゅるのは知ってるよね? つまり、所じょくしゅるしぇい徒が百人のチームだったら、リーダーは百票分の権利を得るわけでしゅ。では所属するしぇい徒が……例えば一学年の過半しゅうに達しているチームがあったとしたら、リーダーはしょの分の票を持っているわけでしゅ。となるとどういう事が起きるでしょうか?」


 眉間に皺を寄せて繭美ちゃんは、右手に持った指し棒をビッと悟史に向けて睨みつける。

 睨みつけるといっても、そこは見た目美少女の繭美ちゃんのことだ。

 ただただ可愛い。


「……ちゃんと聞いてましゅ?」

「あっ、すいません。……えと、過半数の票を持ってるわけだから、絶対過半数制度を利用すれば、チームリーダーはその学年においては自分の意思で好き勝手できる――――って、マジですかそれ!」

「ふふふ……マジでしゅ。大マジでしゅ。だから皆チームを組んで、群雄割拠シしゅテムに乗っかるわけでしゅよ。無所じょくでいたらしょれこそ言いなりになるだけで何もできないでしゅから」


 なるほど、だから信介はチーム作りに執念を燃やしているわけだ。

 悟史は単純にチームを作って、無駄に抗争している血気盛んな学校という認識で北カントー学園に入学していた。

 だからこそチームに入りたくは無かったし、こっそり日陰に隠れて卒業しようと考えていた。

 だが繭美ちゃんの話を聞けば、チームを作らない事が一番の悪手なのだということは容易に判断できた。

 とはいっても、信介と一緒にチーム作りするのは嫌だという事実は変わらないが。


「鴨志田くんは今の所、どこのチームにも入っていないでしゅよね? 予定はあるんでしゅか?」

「あー……まぁ、一応」


 今まさにチーム作りに東奔西走しているとは言えず、悟史は曖昧に誤魔化した。


「そうでしゅか。あしぇってチームに入る必要もないでしゅからね。今は野木しゃんの為に、一緒に頑張りましょうね」


 下から上を覗き込むように無邪気な笑顔を見せる繭美ちゃんに、悟史は目をそらしつつ首を縦に動かした。


「――というわけだ。実際俺がやった事と言えば、繭美ちゃんに相談した事と皆の前で説明したくらいさ。面倒な申請やらは、全部繭美ちゃんがやってくれたんだあんな可愛い容姿でも、やっぱり先生なんだよなー」


 自信満々に事情を説明する悟史に、信介は最後まで黙って耳を傾けた。


「最終的には繭美ちゃん頼りだったかもしれないが、悟史が行動した事がきっかけとなったのは事実だ。自分から積極的に物事に取り組む姿勢……そこは素直に褒めてやる」


 信介の口からそんな言葉が出てくるとは想像すら出来なかった悟史は、どう反応すればいいか分からず、少し熱くなった頬に手の甲を添えて、顔色の変化を誤魔化した。


「だが、この方法はあくまで時間稼ぎに過ぎないという事はもう分かっているな?」

「あぁ分かってる。まさかもう七人もチームに所属しているとはね……」


 クラスメイトの誰もが、休み時間毎に訪れる上級生達に不満を持っているのを悟史は分かっていた。

 だから当然クラス全員の賛成票――四十票入るだろうと思っていた。だが既に七人がチームに所属しており、その分の票を自由に動かす事が出来なくなっていたのだ。

 今はまだその七人を除く三十三人の賛成者がいるが、彼らがどこかのチームに入って過半数を割ってしまえば、この規定も無効になってしまう可能性がある。

 入学からおよそ一週間で七人がチームに入ったのだから、単純計算で一日一人ずつ賛成者が抜けていくとして残された時間は――たったの二週間。


「それまでに、野木胡桃を我がカモネギCREWに引き入れなければならない」


 常に冷静沈着な信介だが、悟史の行動に勢いづいたのか普段より言葉の一つ一つに力がこもっていた。

 だがそんな信介の横で、悟史はしてやったりといった表情を作り、クッと笑いを堪えていた。


「意気込んでる所悪いけど、野木さんをチームには誘えないよ」


 悟史は紙のある部分を指した。


「ここに書いてあるだろ。『直接、間接に関わらずチーム勧誘を一切禁止とする』って。野木さんをカモネギCREWに勧誘するのは明らかに違反だ」


 悟史にとって、ここの文面は思わぬ副産物だった。

 あくまで上級生たちの勧誘活動を抑え、自分が野木胡桃と接触するタイミングを作り出す為に提案したものだったのだが、最終的には勧誘活動を禁止するというものに変わっていた。

 必然的に悟史は、野木胡桃をチームに誘い断られればいい、という煩わしい作業を堂々と省けるようになったのである。

 あとは野木胡桃が自分の意思で気にいったチームを選んでくれれば、それで万事解決なのだ。


「こんな風に書かれちゃ勧誘活動なんて出来ないよ。運営委員会の会長さんの特別指導なんて受けたくないからね!」


 胸を大きく張った悟史は満面の笑みを浮かべたが、そんな悟史の顔を信介は呆れ顔で見ていた。


「悟史……よくそんな根拠のない馬鹿みたいな事を恥ずかしげも無く言えるな」


 ここをよく見てみろ、と信介は先程悟史が指した一文の一つ上から指でなぞり始めた。


「『北カントー学園運営委員会に登録されたチーム』の野木胡桃に対する勧誘活動を禁じる。この規定により『チームに所属する学生』は、直接、間接に関わらずチーム勧誘を一切禁止とする。どういう意味か分かるか?」


 悟史は何も答えず首を傾げた。


「いいか……? この規定は、『北カントー学園運営委員会に登録されたチーム』と『チームに所属する学生』の勧誘活動を禁止しているんだ」

「そのくらい俺だって分かるよ。だからそれが何なんだよ」

「……では今度は、私達の今の状況を考えてみろ」


 悟史は顎に手をつけて、言われたとおり信介の語る今の状況を考えてみる。

 約一分間、脳に全神経を集中させ入学から現時点までを思い返し、情報を整理する。

 だが結局、「分からん」と悟史は考えるのを放棄した。


「仕方ない。では一発で分かるように簡単な質問を二つさせてもらう」


 悟史は曖昧に頷いてみせた。


「一つ目。今現在カモネギCREWは、運営委員会に登録されたチームか?」


 悟史は迷わず「NO」と答えた。

 今はまだメンバー集めをしている段階で、登録されているどころかチームとしても形にもなっていない。


「二つ目。私と悟史はどこかのチームに所属しているか?」


 これも迷わず「NO」と答える――つもりだった。

 だがその前に、「あっ」と声をあげてしまった。

 信介の言いたい事はこういう事だったのかと、悟史はやっと気が付いた。


「カモネギCREWはまだ名前だけの自称チームだし、そのチームを作ろうとしている俺と信介は、傍から見ればチーム無所属の学生だ。カモネギCREWにも私達にも、この規定は適用されない。つまり、私達がカモネギCREWに野木胡桃を誘うだけなら、規定文には抵触しないということだ」


 考えてみれば誰でもすぐに気が付くことだった。


「勧誘活動自体を全面禁止にしてしまえばよかった……」

「全て繭美ちゃん任せにした悟史が悪い。まぁ、たとえ全面禁止にしたとしても、いくらでも抜け道はあるがな」


 そもそも、クラスでこんなにも堂々と署名活動をした事時点で、チームを作りたくないという悟史の意図とは逆方向に進んでいるんだよ。

 信介は口には出さなかったが、カモネギCREW発足に追い風が吹いているのを感じた。

 そしてその追い風はすぐに目に見える形で現れた。


「……おい」


 落ち込む悟史の背後から、高圧的な女性の声が聞こえる。

 声のした方向に振り向くと、昨日までは近づくどころか人垣で姿を見る事すら出来なかったクマの着ぐるみがそこにあった。


「鴨志田悟史……お前のおかげで、久しぶりにのんびりと休憩時間を過ごさせてもらっている」


 ――感謝する。野木胡桃は頭を下げた。


「えっ……え! ちょっと野木さん! 頭を上げてくださいよ!」


 予想外の事態に悟史は慌てふためいていた。

 その脇で信介は笑いを堪えるのに必死だった。

 悟史の無意識の行動が、結果的に珍獣の心を掴んでいる。

 『珍獣使い』の異名は伊達じゃない。


「……想像以上だ」


 悟史には聞こえないよう、小さな声で信介は呟いた。

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