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カモネギッ!  作者: 袋小路梟
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 入学式が終わり、クラス分けの通りに教室に戻った悟史を迎えたのは、美少女先生繭美ちゃんだった。


「えぇっと今年一年間、一年八組の担任を務めましゅ、玉田繭美でしゅ! よろしくお願いしましゅ」


 サ行をうまく喋れないらしい繭美ちゃんは黒板に愛らしい丸みを帯びた字で名前を書いた後、満面の笑顔で生徒の顔を一人一人じっくりと見回した。

 その天使の笑顔で男女問わず数人の新入生が魅了され、中には意識を失う者もいた。その視線に中に悟史と信介はいるのだが、両者とも何とか持ち堪えている。どうやら二人にはロリ属性はないようだ。


「一年生だけでも三〇もクラスがあるのに、同じクラスでしかも隣同士だなんてすごい偶然だな」

「そうですね……はははは」


 メガネのフレームをおさえ含み笑いをする信介の姿に、背筋からゾッと寒気が上ってくるのを悟史は感じた。

 もしかしたらコイツが裏工作したんじゃないのか? などという想像が頭をよぎったが、仮にそうだったとしてもどうする事も出来ない。


「しょれでは……簡単にでしゅが、自己紹介をお願いしましゅね! 名前と趣味と、あとは抱負かな……それと異名も教えて下しゃい」


 そう言うと繭美ちゃんは席順でも出席番号順でもなく、ランダムに生徒を名指しして自己紹介を進めた。

 自己紹介をする生徒の異名の多くは、無理やりとってつけたようなもので、その殆んどが入学の為に異名を作ったのが明白だった。

 そこまでして入りたい学校なのか? と、奨学金目的で入学した悟史には疑問であった。


「では次に……野木胡桃しゃんお願いしましゅね」


 その名前が呼ばれると、クラス中がざわつきだした。すると背後から、椅子とフローリングが擦れる音が耳に届いた。身体をひねり背後を確認すると、どうして今まで存在に気が付かなかったのかが不思議でならない奇異な生命体がそこにいた。


『クマの着ぐるみ』だ。


「名前は野木胡桃。趣味は着ぐるみ製作。抱負は特に無い。異名は……数が多く面倒なので省略する」


 抑揚の無い声が教室中に響くと、野木胡桃は再び席に着いた。悟史の視線とクマの着ぐるみのクリっとした瞳が交差する。


「……何だ?」

「いえ、何でもないです」


 悟史は身体を元に戻し、一旦頭の中を整理する為に目を閉じた。

 クラス担任が自分より明らかに幼い美少女で、クラスメイトの一人がクマの着ぐるみを着ている。

 なんて意味不明でシュールな世界なのだろうか。


 ここは冷静にツッコむべきか? それとも放置して流されるままにするべきか?


「……野木胡桃。今期の新入生の中で最高の四個の異名を持つ女生徒だ」


 考え込む悟史の横から、信介が小声で語りかける。


「四個も異名を?」

「あぁそうだ。『千の着ぐるみを持つ少女』『中の人』『ゆるキャラ界の最終兵器』。そして『売れない鮮魚』の四個だ」

「三個目まではまだギリギリで納得できますが、最後の『売れない鮮魚』っていうのが意味不明なのですが」

「野木胡桃の父親が魚屋なんだ」

「なら父親の方を売れない鮮魚って呼ぶのが妥当じゃないですか!」

「声が大きい。……後ろに座ってるんだぞ」


 ハッとして後ろを向くが、クマは相変わらず目をくりくりさせたまま黒板を見ていた。

 リアクションがない為、聞こえたかどうかは判断できない。


「……野木胡桃に関しては私もまだ調査中だ。何か情報が入り次第教えよう」

「いえ、結構です」


 珍獣に巻き込まれるのはもう嫌だ、と悟史は声を出さずに訴えた。


 悟史と信介の自己紹介も終わると、残りはちょっとした学園生活の説明を聞いただけで、特に何事も無く放課となった。

 このまま学生寮に戻ってもよかったのだが、どうせ寝るだけなので悟史は校内を散策することにしたが、数分後、それが失敗だと言う事に気付く。


「この先を見えるのが図書館だ。少し小さめだが二階建てで、蔵書数は十万冊と豊富。自習机やパソコンも充実している。学生が調べ物をするには申し分ない施設だ」


 前方に見えるレンガ造りの小さな建物を指しながら、信介は丁寧な説明をする。このように伸介は放課後もずっと悟史に付いてまわり、学内施設を案内している。

 さすがは情報屋という異名を持つだけのことはあり、おかげでスムーズに構内を見て回れたのだが、そろそろツッコむべきだろうと悟史は切り出した。


「あの~根岸さん?」

「信介でいい。私もこれから悟史と呼ぼう。あと同級生なんだから敬語もやめろ」

「分かりま……分かった。じゃあ信介? なんでさっきからずっと……俺についてくるんだ?」


 信介はメガネを触り、その後悟史の両肩を掴んで正面に躍り出た。


「悟史と友情を育もうと躍起になっているんだ。こんなに積極的なアピールをしているのに分からないのか? 鈍感な奴だな」


 友情を育むなどという台詞を飄々と語る信介の態度に、逆に悟史が恥ずかしさを感じてしまう。

 例えて言うならば、のど自慢大会で、中学生辺りが拙いダンスを踊りながら音階を外して熱唱している姿を眺めている気分に近い。


「ひとまず図書館に入らないか? 友情を育むのは冗談として、話したい事はあるんだ」


 すぐさま前言を撤回する信介の真意を窺い知ることは出来ないが、ここにいてもどうにもならないので、悟史は提案に乗る事にした。

 図書館は二階まで吹き抜けになっており、外観の印象とは対照的に窮屈さを感じなかった。図書も日本十進法を元にアイウエオ順に分かりやすくに整頓されており、職員の仕事ぶりに好感が持てる。


「入学式当日だからか人気が無いな。まぁあまり他人には聞かれたくない話だからいいのだが」


 信介はそう言うと、窓際の四人がけの机に座り、悟史もそれに続く。


「それで話というのは?」

「……話というか、半分頼みごとに近いな。ひとまず聞いてはくれないか」


 悟史は経験上、こういう状況での頼みごとは自分にとって都合の悪いものだと理解していたが、蔑ろにするわけにもいかず耳を傾ける。


「北カントー学園に入学したということは、ここがどういった場所でどのような教育システムであるのかは最低限知っていると思う」

「それは『群雄割拠システム』の事とか……」

「あぁ。頼み事もそのシステムが大きく影響している。そこまで言えば私が言いたい事は分かるだろう?」

「……なんとなく」


 悟史の声のトーンが下がる。この学園にいるうちは、静かに穏やかな高校生活を過ごしたいと考えていた悟史にとっては、あまり喜ばしい事ではないとすぐに予想できた。

 なら話は早いなと、信介は机に肘をつき、顔の前に手を組んだ。鋭い視線が突き刺さり、言いようの無い威圧感がある。

 悟史は生唾を飲み込んでその視線を真っ向から覗き込む。ここで圧倒されて首を縦に振るなどあってはならない。

 悟史の気持ちを知ってか知らすか、信介は視線をずらした。正確にはずらしたのではなく、悟史の左後方に視線を移した。


「……なんとタイミングが悪い。こんな時に邪魔者が来るとは」


 信介の視線の先を追うと、そこには三つの人影が見えた。そのうちの一人が悟史を確認すると、嬉々として近づいてきた。

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