第16話、皇帝陛下にお誘いされました。
「アリアン城! おっきいー!」
「やめてよマスター、田舎者丸出しだよ」
「だって、こんな大きな建物初めて!
神殿より大きい!」
「今日は観光に来たんじゃ無いんでしょ」
「そうだった。星の授与式、ね」
「ギルドに贈られる、星の、ね。
だからわざわざ礼服着たんでしょ」
と、ファイが着ている燕尾服引っ張る。
授与式はアリアン皇帝も出席される
格式ばった昼食会だ。
当然、ドレスコードがある。
私も、今日はドレス姿だ。
「僕まで正装する必要あったの?」
「すっごく似合ってる。カッコイイ」
「……本当に?」
「うん、今日はエスコートして
くれるんでしょ?」
「マスターだけじゃ。頼りないからね
でも、ちょろちょろしないでね」
「うん、お願いね。
あ、壁に魔法陣書いてる。見て良い?」
「だから、マスター!」
□□□□
会場には、十組ほどのギルドがいた。
「色んなギルドがあるねー。
人数が多い所も、小さいのも」
「でも2人だけなのは、僕らくらいだよ」
大きな扉が開いて、執事が入ってくる。
スーツ姿の執事は深々と頭を下げてから
「アリアン皇帝陛下の入室です」
よく通る声でそう告げた。
扉の奥から、皇帝が歩いてくる。
「あれが……アリアン皇帝陛下? え?」
勝手にオジサマを想像してた。なのに、
白の軍隊服を着て、金髪の、その人は
たしかに気品あるオーラを纏う、
細身の、若い男性なのだ。
「若い! そしてカッコイイ!」
皇帝は皆の前に立つと、
にっこりと笑って高説を始めた。
「日々、命をかけ、人々の為に戦う皆に
感謝します。その功績をたたえ、
星を送り、今後の活躍を願います」
拍手と歓声が上がった。
「すっごい澄んでて、綺麗な声」
「気を抜かないでマスター。
次、目録授与だからね」
順にギルドマスターの名前が呼ばれる。
呼ばれたら、皇帝陛下の元まで行って
目録を頂くのだ。
「ユリアーノ・フラウディア殿」
執事に名前を呼ばれた。
「じゃ、行ってくるね」
「シャンとしてよ」
ファイに送り出され、陛下の前に立つ。
「あなたの功績を讃えます」
皇帝はにっこり笑ってくれる。
笑顔も素敵だなと、
目録を受け取りながら思う。
「ユリアさん、聖龍勇者だと、
お聞きしましたが、本当ですか?」
突然皇帝から話しかけられた。
「へ? ま、まぁ……そう、です」
「すごいですね!
伝説の勇者。魔王を打ち倒す者」
いや、そんな無邪気に喜ばれましては、
いろいろ困ります。
周りがざわざわしてくる。
他のギルドが、聖龍勇者? あれが?
とか呟いてる、肩身が狭い。
もう、早く戻ろう、と頭を下げた時。
「聖龍勇者様は、なんのジョブを
なさっているのですか?」
皇帝は、たぶん悪意ゼロで聞いてきた。
「え? ジョブ?」
私の? ジョブ?
勇者、というジョブは存在しない。
それは人の為に命をかける者を
等しく総称する敬意の呼称。
私のジョブは……
「お……踊り子、です」
室内が、一瞬、静まり返る。
皇帝が少し、首をかしげる。
踊り子? 今、踊り子って言ったか?
すぐに辺りがざわつき出す。
あの肌露出して、守られるだけの?
聖龍勇者が? 1人じゃ戦えないのに?
なんだ、てんで弱いんじゃん。
他のギルドの声が聞こえて来て、
恥ずかしくて顔を伏せる。
「笑うな! マスターは誰より強い!」
ファイの声が響いて、
ピタリとざわつきが消えた。
ふり返ると、
ファイが真っ直ぐこっちを見ている。
あぁ、そうだね。恥じる必要は無い。
誰か再び立ち上がらせる為に、
命をかけて踊る踊り子が、
勇者じゃなくて、なんなのだ。
「踊り子ですわ。皇帝陛下」
私は、はっきりと、皇帝に伝えた。
「私も、あなたの踊りが見てみたいです」
にっこり、笑顔の皇帝に、
「もったいないお言葉です」
と、深々と頭を下げた。
ファイの所まで戻る。
次のギルドマスターの名前が呼ばれる。
「ありがと、ファイ」
「別に、本当の事、言っただけだし」
照れたファイの顔をみながら
仲間がいるって良いな。と思った。
□□□□
「以降は、昼食会になります。
立食にはなりますが。心ゆくまで
ご堪能下さい」
執事の言葉で、料理が並んでいく。
これは豪華だ! めっちゃ美味しそう!
「あんまりはしゃがないでよ、マスター」
「え、エビだ! でっかい! 食べたい!
ハム、山盛り! 口に詰めたい!」
「もー」
すきなだけ食べて良いとの事なので、
すきなだけ食べていると。
「やぁ、聖龍勇者なんだって?」
他のギルドの戦士に話しかけられた。
「え? あ、はい、まぁ、一応」
「そいつぁ、すげぇな。
今度、一緒に、飯食いに行かねぇか」
え? これはもしかして……
デートのお誘い!
思えば良い男だわ。
腕とか太いし、相当鍛えてる。
戦い抜いてるのがよくわかる!
「郊外に闘技場があるんだ。
俺と1対1で勝負してくれよ」
……え?
「俺が勝ったら、『聖龍勇者より強い』
って、風潮していいかい?」
あぁ……そういう事。
踊り子だから簡単に勝てると思って、
事実、私の剣じゃあなたに敵わないけど
聖龍勇者倒したら、
箔がつくよね、欲しいよね。
「ねぇ、お兄さん」
男の後ろから、ファイが顔出した。
「うちのマスターと戦うなら、まず、
僕を倒してからじゃない?」
「おぉ、そうだな。でも僕ちゃんじゃ、
勝負にならないかもなぁ、はっはっは」
あぁ、絵に書いたような子供扱いだ。
これ、ファイ怒るんじゃないかなぁ。
が、意外にもファイは笑って、
「そうだね、勝負にならないよね。
僕に財布すられても、気が付かない、
お兄さんごときじゃ、ね」
と、ずっしりした布袋を上にあげた。
「は! それ、俺の!」
ファイが真顔で、その袋を投げ捨てる。
床にぶつかって、お金が散らばった。
「お前、なにすんだ!」
「拾いなよ。全部あると良いね」
吐き捨てる、ファイの顔が怖い。
あぁ、めっちゃ怒ってるんだ。
「てめぇ! この、ガキ!」
男が激高して殴りかかる。
「ちょ! やめて!」
慌ててファイの前に飛び出した時。
振り上げた男の腕を、誰かが掴んだ。
「え?」
「困ります。ここで乱暴されるのは」
神々しいほどの笑顔で、
腕を掴んでいたのは、
「あ、アリアン皇帝陛下!」
にっこり、笑った皇帝だ。
「今のは、あなたの方が悪いです。
分かりますね」
皇帝は男に諭すように言う。
「でも、陛下! このガキは盗っ人だ!」
「収まりがつかないのは、分かります。
……シャル」
「はい」
名前を呼ばれた執事の手に、
布袋があった。男の財布だ。
「銀貨137枚でした。相違無いですか?」
床に散らばったはずのコインが、
すべて袋の収まっていた。
この短時間で、床のコインを集めて、
数えたの? この人。
スーツ姿で、白髪を1つ結びにした、
長身の執事だ。
「あぁ、間違いねぇ」
布袋を受け取りながら、男が答える。
「全部あるなら、彼は盗っ人ではない。
引き続き、食事をお楽しみなさい」
皇帝の言葉には、
有無を言わせぬ圧力があった。
男は舌打ちをして、離れて行った。
「あ、ありがとうございます! 陛下」
「怪我はありませんか?
不快な思いをさせて、すみません」
「いやいや、そんな滅相もないです」
ほんと、助けてもらって感謝しかない。
「聖龍勇者というのも、大変なのですね」
そうなんです。
自覚も、実力も伴わないから、特に。
「それでもあなたは……
我々の最後の希望なのです」
その声はあまりに悲しげだった。
「あなたの話をもっと聞きたい。
聖龍勇者としても、あなたとしても」
へ?
「あなたさえよろしければ、
本日のディナーに、ご招待しても、
よろしいですか?」
は? え? な!
「わ、私、ですか?」
「えぇ。ギルドの主とではなく、
あなた個人に話したい事があるのです」
ふわと近づいた皇帝が、慣れた手付きで
私の手をとった。
「来て、いただけますか?」
そんな、神のごとき優しげな眼差しで
見上げられましては!
「も、もちろんでございます」
「やった。きっとですよ」
喜び方が無邪気で尊い!
「では。またお会いしましょう」
そう言って、自然な動作で、
私の手に口つけたのだ。
にゃあ! 陛下にそんな事されましては
頭が沸騰して溶けそうです。
皇帝が頭を下げて去っていくのを、
ボウと見送る。
なんか、怒涛のごとく過ぎ去った。
夢みたいだった。
「マスター、しっかりして」
「ファイ! 私、い、い、今、
陛下に誘われたよね」
「落ち着いてよ。デートじゃないから。
神殿も聖龍勇者をほっとけないでしょ」
「夢じゃないよね?」
「聞いてる? あぁ、もう。
皇帝陛下相手じゃ、止められない。
他の男なら、やめさせるのに……」
浮かれる姿を眺めて、
ファイは、はぁ、と息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「そんな浮かれて、どこ行くんだ?」
「ずいぶんとおしゃれしてるな。
俺が見たことないメイクだ」
「他の男の所に、行こうとしてんのか?」
「それを、俺が、許すと思ったか?」
次回も、お楽しみに!




