第14話、上司系魔王に唇を求められました。
地下道から出ると、
街の外の森の前だった。
なんとか、外に……出られた。
と、息をついた時だった。
「マスター、レイの様子がおかしい!」
ファイの叫びで振り返る。
タドリの体のレイが
苦しそうに顔をふせて。
「レイ? 大丈夫?」
ピクリ体が反応した。そして、
「あぁ……わっちの体を乗っとるとか、
いい度胸でやんすね」
え? まさか!
バチンッとタドリの体から、
龍石が飛びだす。
それは最短距離で、私の手に戻る。
「た、タドリ……」
目が通常色に戻って、その疲れたような
独特の表情で、こっちを見た。
「やってくれやすね、聖龍勇者様。
ですが、逃がす訳にはいきやせん」
フラと、タドリが距離をつめる。
私に向かって。
「させないよ」
私の前に、ファイが立った。
短剣を構えて、随分と頼りになる顔で。
「おやおや、裏切者が
なに味方面してんでしょうかね」
「うるさい! お前1人なら、
僕でもなんとかなるからね」
「1人? 何言ってやがるんですかね」
「1人だろ?
ここにはお前の仲間はいない!」
「あぁ、あぁ、これだから……
騙されるんすよ」
タドリが両手を広げた。
ブワと風が吹き荒れて、空気が代わる。
「──死土傀黒宴」
ボコと地面が盛り上がった。
「へ?」
ボコボコといたる所が盛り上がって、
それが人になってく。
真っ黒の格好の、男達になっていく。
それは、いつもタドリの指示に従う、
盗賊団の、その姿。
タドリが笑っていた。
独特の疲れたような笑い方。
嘘でしょ、これは、まさかの
──傀儡人形使い!
「嘘! 十数人の盗賊団じゃなくて……」
あなた一人だったって事?」
「そう。わっちが、エインジェル。
ただの雇われ盗賊でして」
と、タドリが笑う。
ざわと、周りの人形たちが一斉に
こっちを向いた。
こ、これは流石に厳しい……
ギリと歯を食いしばった時だった。
「ねぇ、マスター」
ファイが振り返った。
「僕が食い止める。マスターは逃げて」
え? あなたそんな事
言えるようになったのね、すごい成長。
でも──
「それはダメ」
「なんで?」
私は笑って、ファイの肩に手を置く。
「言ったでしょ。私は仲間を見捨てない。
ファイもレイも大切な仲間だからよ」
「マスター……」
「私もですか?」
龍石──レイが飛び上がって、言う。
「そうよ。だからお願い、手をかして!」
これは流石に、私達だけじゃ無理。
「やっとですね! やっと本来の用途を
どうぞお使い下さい!」
飛んできたレイを、パシと手に握った。
「ま、マスター、何が起こるの?」
「……私も知らない」
「へ?」
「さぁ! 力を! お受取りください!」
レイの声に押されて、叫ぶ。
「光、あれ!」
龍石が光る。
同時に、私の体も白い光を放ち、
全身が包まれた。
「な、なにこ──」
言おうとしたファイが、吹き出した風で
倒れて、尻もちをついた。
「な、なんでやんす?」
タドリが呟いた。
光が収まっていく。
その中心に、真っ白、大きな龍がいた。
「は? あれは、聖龍?」
「我を煩わすのは、お前か、人間」
龍の声はあたりに響いて、
生き物全てを震わす。
「ははっ。聖龍変化とは、またえらい力
引っ張り出しやしたね!」
タドリの叫びで、土人形の男達が
一斉に襲い掛かる。
「あぁ、愚かなり。愚かなり人間」
白い龍は体をくねらし、そのしっぽが、
真横に振られ、男の一団をかき壊す。
グルンとしっぽは弧を描き、
地面に振り下ろされる。
ズンっと地響きがして、地面と尾の間で
潰れた人形が土に帰る。
「ひっ!」
と、ファイは声をあげた。
「アレは誰? マスターじゃないよね!」
「我に歯向かう者、塵と化せ」
龍の声が辺りに響く。
体をくねらせて、龍が飛び上がる。
「マスター!」
ファイの声は届かない。
宙に浮かび上がった聖龍は、
空中に浮遊したまま、
グルリと首をもたげた。
「殲滅せよ。愚かなる雑徒よ」
開いた口に光が集まり始める。
「ありゃ、シャレになりやせんぜ……」
タドリが顔を引きつらせて呟いた。
ぎぃやあああああああああああああ!
悲鳴にも似た咆哮は、耳をつんざき、
同時、聖龍の口から地面に閃光が放たれ
地面が爆発するように四散した。
「は?」
遅れて、爆発音と衝撃波が
タドリを吹き飛ばす。
ファイも吹っ飛んで、地面に転がる。
すべての土人形が霧散した。
ファイは、なんとか顔をあげ、
えぐれた地面と、倒れて動かない
タドリの姿を見た。
「なに? これは? なに?
あれは……なに? 聖龍……」
その無慈悲で圧倒的力に、
震えが止まらない。
「許さぬ。塵と化せ、愚かなる人間」
聖龍が倒れたタドリを見据えて、
二発目となる閃光を集めだした。
──ダメ!
「なに?」
──やめて! ダメ! 死んじゃう!
「何を言う勇者なる者」
──ファイも無事じゃすまない、
とにかくやめて!
「人間1人や2人構わぬ、何も変わらぬ」
──は?
ビクンと、聖龍の動きが止まった。
「どうした……ぐっ」
聖龍が宙で体をくねらせる。
苦しそうにグオンと上空に跳ね上がる。
「止めろ! 我を拒むな!」
──人を、人だと思わない奴に、
「お前、なんで我を拒否できる?」
──命を、命だと思わない奴に、
「止めろ! 我は世界を……」
──話す言葉なんて、無ーい!
バチンッと聖龍から龍石が抜けた。
白い光と共に、急速に人間の姿に戻る。
私は、私の体と意識を取り戻す。
そして、そこが上空だと気づく。
「え?」
そして落ちる。
「ぎゃあああああああああああ!」
なんで空の上なの!
なんで空飛んでんの!
なんで落ちるのー!
すごい勢いで落ちながら、
絶望して空を仰いだ時だった。
ボスんっと、
柔らかい何かに受け止められた。
「った……な、なに?」
柔らかい、紫色の鱗状の肌。
紫色の大きな龍が、
空中で私を受け止めていた。
「へ?」
龍はとぐろを巻いて、私を抱きしめる。
光を放ち、その姿が人に変わっていく。
「やれやれ、お前は世話が焼けるな」
その声には、聞き覚えがあった。
私を抱き上げるその人は、
紫の髪を垂らして、その美しい顔で、
笑いかけた。
「ま……魔王様」
魔王──クレアが私を抱いて、
空中を飛んでいた。
その背中に、真っ黒の翼を生やして。
「た、助けてくれたのですか?」
「当然だ。お前は、俺の女だからな」
そう言って、ふっと笑う。
こ、この性格は何でしょうかー。
「聖龍を抑え込んだな」
「へ? え?」
あの、自分の意思で龍化から戻った奴?
「すごいな! よくやった。
誰でもできる事じゃない」
そう言って、私の頭をガシガシ撫でる。
今、褒められた? この性格って、
「さすが、俺が見込んだ事はあるな」
仕事の上司系!
「あ、あのクレア様」
「ん? なんだ?」
「あ、ありがとうございます」
「礼には及ばない。及ばないが──」
クレアは柔らかな笑みを作って
「お礼なら、
その口で支払ってくれれば良い」
……へ?
意味を理解して、頭が沸騰していく。
「い、い、い、今でしょうか」
「そうだな。今だ。下に降りると、
あの小さい子がうるさいだろ」
あぁ、ファイ。確かに。
「それに、時間もない。
少し、力を使いすぎた」
え? 龍になったから? 私のために?
「はい、あの……では──」
これはお礼だから。
お礼、助けてもらったお礼。
私は、クレアの首に手を回して、
優しく笑うその口に、
自ら、自分の口をくっつけた。
背中がしびれるのが分かった。
1番甘くて、そして優しかった。
ギウとその背中を掴む。
吐息をもらしたく無くて、飲みこむ。
地面につかなければいいのに、
と、しびれる頭で思う。
口が離れた時、私の吐息が
至近距離で伝わって、恥ずかしい。
真っ赤に濡れた私の顔を、
満足そうに眺めたクレアが、
「お前は可愛いな」
そう言って笑った。
「もっと……」
私が呟くと同時に地面に着いて、
優しく降ろされる。
「マスター!」
ファイが駆け寄ってくる。
もっと? 今、私なんで言おうとした?
「じゃあ、またな」
「はい」
優しい笑顔で帰っていくクレアを、
痺れた頭で見送る。
なんだか、頭が働かない。
「あの、魔王……また!」
クレアが帰った空間を睨んで
ファイが呟く。
「マスター、大丈夫?」
「え? なに?」
「顔、赤いよ! 何されたの?」
「へ? あ、いや。
それより、怪我無かった?」
「僕は無事。聖龍石もあるよ。でも……」
と、ファイがふり返る。
私はその残された惨状を、
改めて目にした。
「え? これ、私がやったの?」
えぐれた地面、巻き込まれた草木。
延びるヒビ割れと、吹き飛んだ土の塊が
散乱していた。
「とんでもない力だね」
ファイの呟きに、
私も乾いた返事を返した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「マスター、口あけて」
「無理しないで。僕ちゃんと出来るから」
「こっち向いて……向いて」
「今日は素直だね、マスター」
「僕。マスターと、一緒に……寝たい」




