表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三十路俺、バ美肉おじさんになる

作者: ろたつー

推しの卒業が続いて悲しい。

「美少女になりてえ……」


 仕事を終えて帰宅した直後、ベッドに倒れ込んで出た第一声である。


 俺は疲れていた。


 昨今衰退の激しい印刷業に勤めているとはいえ、納期が重なれば連日遅くまで残業が続く。

 特に俺の所属する部署は、印刷機を動かす印刷業の花形ともいえる現場担当なので一番遅くまで働いていると言っても過言ではない。

 一昔前は二交代制で夜中も機械が動いていたらしいが、今は朝から晩までだ。

 というわけで夜遅く職場から帰宅して即寝て朝起きては仕事に行くというサイクルを一週間ほど繰り返した結果、それはもう疲れ果てていた。


 だいぶホワイトな企業であるうちの会社でこれなんだから、世間で呼ばれるブラック企業とやらはとんでもなくやばいんだろう。

 聞いた話では会社で寝泊まりしたりする上に残業代も出ないらしい、想像もつかねえ。


 そう、世の中には自分よりもっと大変な人がいることを考えたらこのくらいのことで弱音を吐くなんて情けないことなんだろう……うるせえ知るか!!!俺が疲れていることに他の人間は関係ないだろいい加減にしろ!!!!


「美少女になりてえ……!」


 美少女になってチヤホヤされて優しい世界で甘やかされてえ……!


 実際の美少女にも色々苦労はあるんだろうがそういうリアルな話は関係ない。

 俺はファンタジーな美少女になりたいのである。


「なんで俺はおっさんなんだ……」


 ついこの間まで十八歳くらいだったと思うのに、気付けばアラサー。

 そのアラサーも来月の誕生日を迎えると三十路にクラスチェンジする。


「このままでええんか、俺……」


 色々やりたいことはあったはずなのに、適当な大人になって、適当に生きて……。

 日々を無為にしたまま生きて、何者にもなれないまま死んでいくのだろうか。


 否。


「美少女に、なりてえ……ッ!」


 もう一度言おう、俺は疲れていた。


 ◇


「やあやあ、こんローラ~! 夜明けの魔女、アウローラだぞ~!」


 その結果がこれである。

 結論から言おう、()()()()()()()


 パソコンの画面に映る配信画面には、非の打ちどころのない美少女のアバターが満面の笑みを浮かべていた。

 どことなく夜明けを彷彿とさせる赤みがかかった金髪に、大きなアホ毛が揺れている。

 ルビーのような赤い瞳は、まばたくたびにキラキラ輝く。

 胸元が大きく開いた魔女服に身を包んだ長身の女――【夜明けの魔女アウローラ】


 うわ、俺のアバター可愛すぎ?

 高い金で依頼しただけあったわ。


 女性アバターで配信する男性、いわゆるバーチャル美少女受肉おじさんに俺はなった。

 

 〈待ってた〉〈生きがい〉〈こんローラ~!〉〈相変わらず可愛い見た目〉


 少ないながらも流れるコメントにニヤつく。

 このコメントひとつひとつが生きた人間の手によって書かれている事実に感動する。

 俺のような木っ端を見てくれてることに感謝の念が尽きん。

 大事にしよう……。


 だがそれはそれとして承認欲求も満たされてえ。

 もっと褒めろお前ら! もっとチヤホヤしてくれ!


「可愛いって何回言われても嬉しい~!せーんきゅぅ!」


 〈()()()()()()()()()()()()()()()()


「うるせえ!!!!!」


 おっさんがボイチェン使ったところで可愛い声になるわけないだろ!!!

 世にあふれる可愛い声のバ美肉おじさんが本当は美少女って常識だから。


 そう、俺はこんなに可愛い美少女になれたのに声だけはおっさんなのである。

 ボイチェンに適性がなかったよ……まあこんだけ見た目が可愛かったら声くらいおっさんじゃないと釣り合い取れんしな、妥当やろ(鼻ホジ)。


「でもそんなおっさん声が好きなんやろ? ギャップがええんやろ?」


 ツンデレだからな、お前らは。わかってるって……。


 〈いや別に…〉〈調子のんな〉〈早くゲーム進めろカス〉〈まあ正直声は普通やな〉〈アウローラちゃんの配信を見ないと生きていけない体にされちまったが声は普通〉〈甘やかされたかったら赤ちゃんになるくらいの気概見せておしゃぶり咥えて〉


「冷たくない?」


 辛辣やん。

 なんかやべぇのもいるし。


 〈でも最高に面白くて好きだぞ〉


「……」


 ()()()()6()()……大手配信者と比べるとあまりに少ない。

 でもこいつらは顔も知らない他人だが、確かな俺の支えだ。


 声と中身がおじさんなのに美少女ムーブする俺や、そんな俺を推すこいつらを、正直『気持ち悪い』と思う人たちもいるだろう。

 というより、そう思うのが当たり前だ。

 俺たちのほうがマイノリティだ、わかってる。


 だが。


「んっふっふ、それじゃあ今日も元気よくゲームやっていくぞ~い!」


 だが俺は、そんな『気持ち悪いこと』を何一つとして厭ってはいなかった。


 〈その言葉を待ってたんだよ!〉〈楽しそうにプレイするの見るのが何よりの楽しみ〉〈はよ〉〈酒あけたわ〉〈体がアウローラちゃんの悲鳴を求めている…〉〈今日こそバブってほしい〉


「ああ、今日も楽しいなあ!」


 それが俺【夜明けの魔女アウローラ】の中の人――【新町(しんまち)遥斗(はると)】という人間だ。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ