9話
グラブルのコラボにバルドさん出てきたんだけど。
先に言っておく!パクリじゃない!
魔王軍四狂星――魔軍ヘルストラトス。
そう名乗る化け物に完全に気圧されていた。
恐ろしい力を見たわけでもない。
外見からの感想でもない。
ただそこにいるだけの存在が恐ろしくて体が冷えていく。
「アキラ動けるか?」
そんなプレッシャーの中、バルドさんは落ち着いた様子で、小声で呟いた。
「一応、動けるよ」
「そりゃよかった。機を探って俺が煙幕を焚くから、その隙に全力で逃げるぞ。パーティーメンバーにはこういった場合の動きは相談済みだ」
「わかった」
さすがはベテラン。冷静だ。
バルドさんは一歩前へ出ると、ヘルストラトスと名乗った化け物に話し始めた。
「どうもこんにちは~!今日もいい天気っすね!」
「ほう、様子見か。何やら策があるようだな」
バルドさんが一瞬硬直したのを僕は見逃さなかった。
「そんなことないっすよ!ほら今日も美しい青空が広がってるじゃないですか!」
そう言って、敵の目の前だというのに上を向き始める。
それにつられて、ヘルストラトスも上を向き……。
「かかったな!アホがぁ!!【脱衣煙幕】!!」
投げられたのは靴下だった。
小さな靴下をまるで手裏剣のように回転をかけてぶん投げる。
空中で靴下は砕け散り、次の瞬間には小さな破片が煙へと変わっていた。
「よし!いまだ!」
「やっぱバルドさんって、脱げばいいと思ってるよね!?」
そう言いながら走る。
後ろに貼られた煙幕は、靴下から放たれたとは思えないほどの広範囲に広がっている。
あれではこちらがどこにいるか分かるはずもない。
だが……。
「【サモン】………………」
凍えるような声が聞こえたかと思うと、走っていた前方の地面から黒いモヤが上がる。僕たちから見て丁度半円を描くように。
そこからは様々な動物の骨モンスター……スケルトンが湧いてきた。
「なるほど、逃走に煙幕を使うと良いの作戦よのう。最善の手であろう。だがな、……姿が見えぬのなら、逃げ場をなくせばいいではないか!なぁ、冒険者よ?」
畜生!コイツ徹底してやがる。
「……ど、どうするのよ、バルド」
リンさんがスケルトンを警戒しながら下がってきた。
他の面々も集まって、いや、追い詰められている。
「そうだなぁ。リン!あのヘルストラトスとかいう奴に攻撃してくれ」
「わかったわ。【フレアカノン】………………!!」
リンさんの持つ水晶玉が赤く光を放ち、その中に複雑奇怪な陣を映し出した。赤々と輝く炎弾が宙に発生すると、目にもとまらぬ速さでヘルストラトスに飛んで行った。
――チュドーン!!!!
ソニオックスを何度も屠ってきた攻撃魔術は狙い通りヘルストラトスに命中すると、爆煙をまき散らした。
「どうだ?」
しかし、撃ったリンさんは苦々しい顔で呟いた。
「当たる前に……防がれたみたい……」
「ほう……、それが分かるとはいいセンスを持っている」
爆煙が唐突に四散すると中からは、無傷のヘルストラトスが出てきた。
見ると亀の甲羅のような、六角形をつなぎ合わせた半透明な闇色の障壁がヘルストラトスの周囲を包んでいた。
「あの壁、神様にするような崇拝の力で作られています!」
ナヒタさんが言った。
「如何にも。我が【最前線の奏手】は配下がいる限り展開し続ける。並の攻撃など通らぬぞ。さて、どうする?冒険者よ?」
高速かつ広範囲に配下を召喚できるうえに、その力で高性能の防壁まで使える。
強さの次元が違いすぎる。
そんな絶望的な状況だが、バルドさんは冷や汗を垂らしながら、笑みを浮かべて見せた。
「どうするかって?こうするんだよぉ!」
パシューー!!
空に赤緑白の煙玉が上がった。
「周りの冒険者に緊急事態を伝える信煙弾だ。少しすれば冒険者が集まってくる。残念だったな、ヘルストラトス!」
「クックックック……」
返ってきた暗い嗤いにゾクッと背筋が凍り付くのを感じた。
「残念だ。ああ、残念だ。お前らを………………じっくりと嬲り殺すことができないからなぁ!【獄門・解放】……!!」
闇のオーラが集まり始め、神社の鳥井程の大きさの扉を形成する。ギイイイッ!と音を鳴らし、白煙を噴出しさせながら開くと、暗闇へと続く階段が姿を現した。その奥には赤く爛々と光る無数の目が見えた。
「チィッ!!リン、ナヒタ、ダクサ、スケルトン共を蹴散らして退路を作れ!アキラは俺と時間稼ぎだ!行くぞ!」
一瞬で判断を下し指揮を取る腕前は凄まじいの一言に尽きる。
だが、獄門からは大小無数のモンスターが溢れ出ている。
更にダメ押しのとばかりに、ヘルストラトスは右手の指輪を掲げた。
「来い!我が右腕よ!」
怪しい光を放つと、青白い触手を背中から生やす異形の巨人が、顕現し始めた。透明から半透明に変わり、……そこから変化することはない。
半透明な異形の巨人が顕現した。
「バルドさん、あれって……!?」
言葉は最後まで言えなかった。
巨人の触手が僕めがけて振るわれたからだ。
「【フルスイング】………………!!」
合わせられたのは奇跡。
自分でも驚くほどの反応速度で剣を振るっていた。
ガキンッッ!!
不定形の触手がぶつかったとは思えない音と共に、僕の渾身の攻撃と衝突した。
だが鬩ぎ合ったのは一瞬のみ。
踏ん張りも効かない程の膂力で、僕は根こそぎ押し切られた。
空が見える……。体の中身が浮く感覚があった。奇しくも先ほどと同じ光景。
だが、同じ轍は踏まない。空中で身をひねり地面を向くと、そのまま剣を突き立てた。
ガリガリと土を削ることで、すぐさま減速することができたが、戦線からは離れてしまった。急いで戻らなければ。
「ア、アキラ……。だ、誰にやられたんだ!?」
「え!?」
僕の心の中では、報連相よりも、驚きの方が大きかった。
なぜなら、あのバルドさんが慌てた様子で周囲を見ながらジリジリと後退していたからだ。
「誰って、そこの巨人だよ!」
「巨人?どいつのことだ!?」
「いや、あの触手が生えてる巨人だよ!」
「いったい何の話をしているんだ!」
「ええ!?いや、だから、そこに……危ないバルドさん!!」
巨人の触手が高速で振るわれた。
僕は急いで助けに入ろうと走るが、……遠すぎた。
バルドさんは困惑しているようで、防御の姿勢すら取っていない腹に触手の突きを受けた。
そして、完全に意識外の攻撃には使えないのか、【脱衣回避】も発動していない。
「カハッ……」
「バルドさん……!!」
僕はそのままの勢いで飛ばされてくるバルドさんをキャッチした。
少し前までは無理だったが、ステータスの筋力を上げたお陰で人一人程度なら容易に受け止めることができた。
「ウウ、ゴフゥッ……」
「バ、バルドさん!!」
息はあるし、脈もある。だが、血の塊を吐き出したところを見るに、相当深手だ。
「見えぬものに、人は酷く動揺する。他愛もないわい」
『アキラ……』
「うん、分かってる」
ナヒタさんを呼び、バルドさんを任せておく。
きんさんが出現し声をかけてくれなかったら、悪い考えばかりが浮かんで動けなくなっていたかもしれない。いや、確実にそうだろう。
恐らくだが、さっきのバルドさんの焦り方はあの触手巨人が見えてなかったのだろう。
その事から考えると。
「あの巨人もきんさんと同じ。霊なんだよね?」
『うむ、そうだ。だが、ただの霊ではないようだ。何やら改造が施されているようだ』
そういえば、守護霊は特殊な者を除き、現世への干渉力が弱いと言っていた。
そういった類なのだろう。
「我が右腕――キメラ・アンデット・ゴーストが見えると思えばそういうことか。なあ、そこの守護霊?」
仮面の奥のヘルストラトスの視線は確かにきんさんを見ていた。触れて許可を得なければ見えないはずのきんさんを。
『何故見ている?』
「逆に聞こう。何故、……キメラ・アンデット・ゴーストという、大量の霊の合成体を従えながら、霊が見えないと思った?」
すると、突然きんさんが慌て始めた。
『ア、アキラ。まずいことになった。頼む!勝ってくれ!』
「いや、いきなりどうしたの!?」
『もし負ければ、我はあの霊に吸収されてしまう』
「おお、良い事じゃん!ようやく就職先が見つかったね」
『そうではないのだ!だが、頼むから勝ってくれ!』
珍しくきんさんの頭が低い。
こんな奇跡もあるんだな。
「それなら、きんさんが戦えばいいじゃん。霊同士だと強いんでしょ?」
『それはそうだが、あれは不可能だ。様々な霊を取り込むことで物理と霊力の両方を使えるようになっている。それでもお願いだ。勝ってくれ』
そこまで一点張りだと仕方ないと思ってしまう。
我ながら押しに弱いものだ。ノーと言える人だと思っていたのに。
「じゃあ、なんか策があるの?さっきも見た通り、早いし力も強いから勝てないよ」
『一つだけ案がある。アキラの体に憑依させてくれ』
「…………」
確かにきんさんに肉体があれば相手と同じ土俵に立つことができる。
だが、それで本当にいいのだろうか……?
そもそもの話、きんさんはよくわからない部分が多い。そんな奴に、勝敗を任せてもいいのだろうか……?
きんさんの方を向く。
いつもの下卑た目ではなく、真剣で純粋な目に見えた。
分からない……。コイツはいったい何がしたいんだ。
そう考えた瞬間。
様々な感情や思いが伝わってきた。
これは、…………きんさんの。
負ければ取り込まれる恐怖。無駄に強い筋肉への信頼。そして……。
――僕のことを心の底から心配する気持ち。
その感情が何よりも、一番強く伝わってきたのだ。
頭が混乱する。
だが、それでも、伝わってきた感情からなんとなく理解できてしまった。
人間には一人一体の守護霊がいるときんさんは言っていた。
どうやらそれがいなくなってしまうと、霊的に弱くなるようだ。その結果、どれだけ弱い悪霊だろうと、守護してくれる霊がいない為、見つかった時点で憑りつかれ廃人になることが確定するようだ。
だからこそ、必死になって僕に勝ってもらおうとしているようだ。
そうだ、この守護霊は――自分が取り込まれることよりも、その後の僕を心配しているのだ。
「きんさん……」
会話してすぐに分かった。コイツはヤバイ奴だと。筋肉と変態性で頭の中は埋め尽くされていて、案の定マトモではなかった。
だが……。
きんさんの目を見て話したのは今が初めてだった。
きんさんについて知ろうと思ったのも初めてだった。
思えば、きんさんと僕はお互いに思考が読めると言っていた。その時はどうせバカ言ってるだけだと思って相手にしなかったが違ったのだ。
僕が拒絶していたんだ。相手にする価値もないと一方的に拒絶して気にも留めなかった。
そして、その全てを分かって、そのうえでこんな気持ちを向けてくるのだ。
「いままでごめん」
自然と謝罪の言葉が出ていた。
後ろからは、リンさんの魔術による爆発音が聞こえる。前からは、ヘルストラトスの獄門から溢れたモンスターが迫っていた。
そんな状況でも頬が緩むのを感じた。
「信じてるよ!きんさん!」
『うむ。任せろ!』
その時、初めてきんさんが嬉しそうに表情を崩すのを見て……意識と体が乖離した。