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女々しくても筋肉を  作者: 中田 伸英
7/25

7話

 馬車で雑談をしながら進んで行くと、目的地の拠点が見えて来た。

 そこは巨大な二つの岩が重なってできた空洞で、平原のように全方位から囲まれる心配がなく、相手は正面から直進で突っ込んでくるしかないので、防衛には向いている。

 ここを連絡や救護のための拠点にするのだ。

 その巨大な岩山を眺めているアキラに、バルドが話しかける。

 

「アキラ、ちょっといいか?」

「なんかあった?」


 荷馬車の中に向き直ったアキラに、バルドは少し間を開けて話し始める。


「いや、提案なんだが、とりあえず今日だけでもパーティーを組まないか? 無理強いはしないが、雰囲気を知っておくだけでもどうだ?」


 バルドの言葉に、リンは呆れた表情でいつでも首を絞められるように手をスタンバイしながら言う。


「あんた。本当に行儀悪いわね……」


 一日とはいえパーティーを組むという事は、少なからず手札を明かすという事だ。この期に及んでバルドは、まだアキラのステータスについて遠回しな詮索をしようとしていた。

 その事についてリンは、事実をぼかしながら指摘していた。

 だがバルドは、リンの行動を読んでいたとばかりにツラツラと言葉を並べる。


「まあ待てよ。まだ駆け出しのアキラに一人で行かせるのも危険だろう? それに今回の作戦は見た所パーティーで参加している奴らが多い。ギルド側が誰かのパーティーにアキラを飛び入り参加させるかもしれない。そんな見ず知らずの奴らに付いていくより、こっちの方が気分的に楽だろ?」

「まあ、確かにそうだけど……」


 リンとしてはバルドの思い通りになることは癪だが、屁理屈に近いとはいえ一応正論のバルドの言葉を否定できなかった。リーダーの言葉かつ、ある程度筋が通っているため、それを否定することは子供が駄々をこねているようなものだ。それだけはプライドが許さなかった。

 ナヒタはアキラの危険性が低いと分かり、特に肯定も否定もしずに黙っている。

 バルドは更に逃げ道を塞ぐようにアキラに言う。


「どうだアキラ? 会話もロクにしたことのないパーティーに組み込まれたくは無いだろう? 一緒に来ないか? 俺らと行動すれば先輩として教えてやれることもあるはずだしな!」


 バルドから見ても、アキラは少なくとも頭が回る方ではない。

 会話の意図に気付かないだろうがもし勘付いていたとしても、気分良く冒険が出来て、知識まで手に入るのなら、どちらにしても断る理由は無い。

 バルドの思惑通り、アキラは『運が良い』程度の考えで首を縦に振った。


「おお、それはありがたい! こちらこそよろしく頼むよ!」

「よっしゃ! 今日は5人パーティーだ!」


 本人がそう言うなら仕方ないと、リンも肩をすくめて納得した。





@@@





 拠点にアキラ達を乗せた荷馬車が到着した。

 薄暗がりの岩間は、湿度が高く冷たい空気が漂っていた。

 壁際には、ベッドや医療品を準備するギルド職員や、現地料金で消耗品などを売却する露店などが広がっている。そして中央には荷馬車が停車して冒険者が降りてきている。

 荷台から降りようとしていたバルドが、思い出したかのように振り返って言った。


「そろそろ行くぞ。ナヒタ、ダクサを起こしてくれ」

「わかりました、リーダー!」


 自然に流された会話にアキラは思わず疑問が浮かんだ。


「え!? ダクサさん寝てたの!?」


 会話には参加しないがタマキを触れる時に反応していた。その姿勢も、胡坐の上に両手を添える完全な瞑想の体勢のため、アキラは純粋に瞑想をしていると思っていた。

 ナヒタがダクサの体をゆっさゆっさと揺すった。ダクサが静かに目を開けて重厚な声で聞く。


「……着いたのか?」

「はい、付きましたよ。今から討伐に向かうところです」

「そうか……」


 ダクサは緩慢な動きで立ち上がると馬車から降り、その着地でフラリとよろける。

 近くにいたアキラが咄嗟に支えに入った。


「おっと、大丈夫?」

「……すまない。今日は娘のエリーにお弁当を作っていて朝早くてな……」


 アキラは思わず吹き出しそうになった。


(そんなゴツイ見た目でクッキングパパだった!?)


 筋骨隆々で静かな雰囲気の男が、エプロン姿で弁当を作る姿を思い浮かべてしまい、とてもシュールだった。


「大変ですね!」

「そうでもないさ。エリーのためを思えばこれしきのこと……」


(これが親子愛のなせる業ってやつか……)


 温かい親子愛を感じてアキラの心は穏やかになった。アキラは意図的に両親との関わり合いを絶っていた。こういった親子の絆はアキラにとって少しむずがゆいのだ。

 アキラから少なからず共感を得られてダクサは小さな笑みを浮かべて胸ポケットから写真を出して見せながら言った。


「ここに写ってるのが俺の娘。エリーだ。かわいいだろ!?」

「う……ん?」


 アキラはダクサの雰囲気から流れて肯定しようとしたが、し切れなかった。

 なぜならそれは老婆の写真だったからだ。

 アキラは少し申し訳なさげに言った。


「あ、あの……写真間違えてません?」


 ダクサは写真を自分で見て、不思議そうに眉をひそめて言った。


「いや、間違ってないぞ? そんな事より、他にもあるんだぞ! ほら……」


 ダクサはあろうことか更にヒートアップして、体中のポケットに忍ばせていた写真を取り出してアキラに見せる。


(さ、流石に無いよね……?)


 半分祈りながら、自身の直感を否定しながらアキラは写真を見た。

 全て老婆の写真だった。


「ただの婆専(ばばせん)じゃねーか!」


 婆専(ばばせん)……それは、40代50代が好きという熟女好きのさらにその上の存在。70代80代といった一般的に『おばあさん』と呼ばれる年代を愛する特殊なお方のことを刺す言葉だ。

 その生態は未だ謎に包まれている。

 ダクサは不服そうに言い返す。


婆専(ばばせん)ではない! 俺はあくまでエリーが好きなんだ。……あれは子供の頃。隣の家の窓の向こうで優しく微笑んでいるエリーを見かけたときから俺の心はエリーに釘付けだったんだ。それから何度も視線を交わすうちに、気づいたらエリーはうちにいたんだ!」

「ただの人攫いじゃねーかよ!」

「彼女の名はレニョールと言ってな、特に『じいさんや、わしゃ幸せじゃった』と言うときの顔が本当に愛らしくて、ここまで愛を伝えてきて本当によかったというものだ!」

「名前にエリー要素ないし、死期悟ってるし、ダクサさん眼中にすら入れてもらえてないじゃん!」


 激しくツッコミを入れるアキラに、ギルド職員から配置の紙をもらっていたバルドが話かける。


「おーい、アキラ―何やってんだ。そろそろ行くぞー」


 バルドの傍にはリンとナヒタもいる。

 その三人にアキラは驚きを隠さずに、ダクサを指差して話す。


「この人、婆専の人攫いじゃんか!」


 アキラの言葉に、三人は特に驚いた様子もなく返す。


「おう、知ってるぞ!」

「いつも道理だから気にしないでいいよ」

「【精神支配】と【精神汚染】の魔術でも治せなかったので、あきらめてますよ!」

「そ、そうか……」


 バルド、リン、ナヒタのそれぞれの言葉に、アキラは動揺で小さく返事をするしかできなかった。


(このパーティー、実は化け物飼い慣らしてやがった)


 魔術でも改変不可能なほど根深い婆専で、しかも人攫いの犯罪者。アキラには理解の及ばぬ化け物としか形容することはできなかった。


(あれ? でもなんか親近感沸くな。なんでだろう……)


『呼んだか?』


 タマキの言葉に疑問が一瞬に消し飛び、その事実に悲しくなった。


「呼んでねーよ! 成仏しろよ!」


 アキラは現れたタマキに吐き捨てるように叫びながらバルドの方へ行く。

 バルドは何も気にすることなく改めてアキラに言う。


「じゃあ行くか! アキラ、今日はよろしくな!」

「こちらこそ、よろしく頼むよ!」


 そうして、ギルド職員からもらった配置の方向へ向かう。

 少し進んだ時アキラはダクサがいない事に気が付く。後ろを振り向くと、先程と同じ場所で写真にキスをするダクサが見えた。

 バルド達3人は誰も気にすることなく放置している。

 やはり変人の扱いはどこでも同じのようだ。





@@@





 どこまでも続くような見渡す限り障害物の無い広大な草原は沈黙を続けている。時より流れる風音と、雑草交じりの小草を踏みしめる音が妙に大きく聞こえていた。

 なだらかな勾配の丘が無数に存在する光景は見晴らしが良いように感じる。しかし、丘の稜線を挟んだ向こう側などの死角は多い。それに大小様々な丘はスケールの違いも相まって遠近感が分かり難い。

 バルド達のパーティーに加わったアキラは、トリックアートの中にいるような不思議な気分で歩いていた。

 現在地は拠点から歩いて10分ほどの位置だ。振り返ったところでまだ近いとはいえ拠点は見えない。既に丘の向こう側に巨大な岩山ごと隠れてしまっている。

 物静かな雰囲気をぶち壊すように、バルドは少し声を張って言う。


「接敵はまだ先になりそうだ。さっき約束した冒険者の知識を教えてやろう! アキラ、冒険者ってのは個の力よりも、集団での力の方が重要視されるんだ。なんでか分かるか?」


 唐突に半ば強引に始められた話に、アキラは一瞬動揺を見せた後、即答する。


「わからん!」

「……今本当に考えたか? まあいいか。モンスターっていうのは人間とは体の構造が違って、基本的に大きくて硬くて力強いんだ。そんな奴に安定して少ない損害で勝とうと思うと、やっぱり集団での連携が一番なんだ」

「なるほど……」


 この世界にはステータスが存在している。その恩恵で人間は並外れた身体能力や特殊な力を得ることが出来る。しかし、それは人間だけではない。モンスターにも同じことが言える。

 条件が同じなら、より大きくより硬くより筋力量が多い生物……モンスターの方が優位に立てる。なので人間は1vs1の肉弾戦闘よりも連携を重視するのだ。

 アキラが興味深そうに頷くと、教えているバルドは上機嫌に続ける。


「まずは、相手が小型・中型の話だな。基本的な動きは、一人が防御に徹してモンスターの動きを封じて、その隙にもう一人が剣でも魔術でもいいからとどめを刺す。これが冒険者の鉄則ともいわれる動きだ。今日のソニオックスは小型と中型のだからこの動きだな」


(牛って防御したら止めれるんだ……。いや、まあファンタジーだしできるのか……な?)


「じゃあ大型はどうするんだって話だ。具体的に大型って言うのは、防御してもその上で潰されたり、吹き飛ばされたり、回避しても攻撃の余波で致命傷になるような相手な?」


 アキラはそれほどに巨大なモンスターを想像する。その脳裏には真っ先にゴジ〇が出て来た。


「それは勝てないし逃げた方がいいんじゃない?」

「もちろん、できるならそうした方がいいな。ギルドに報告して場合によっては今回の討伐レベルの大規模な討伐隊を編成するだろうな。それも一つの手だ。だがな……誰だって引けない時もあるんだ!」

「おお!」


 熱の籠ったバルドの言葉に、アキラが感嘆の声を漏らす。

 友のため仲間のためプライドのために、勝てないと分かっていても挑む精神は一端の男として尊敬に値する行為だ。

 バルドは尊敬の眼差しを向けてくるアキラに悪戯好きの笑みを浮かべて言った。


「……逃げ道が塞がれてたら逃げれないだろう?」

「いや、そっちかい! 普通に逃げ腰じゃん! 僕の憧れを返して!」


 バルド、リン、ナヒタは思わず吹き出して笑い声を上げた。

 バツの悪そうな表情のアキラを見て、バルドは冗談めかすように肩をすくめてから話を続ける。


「まあ、そういう奴を相手取るときは防御系スキル持ち以外は食らったら負けだ。だから、そのために服を捨てろ」

「……はい? 敵の前でいきなり全裸になるって……精神攻撃?」

「いや、だから、重い鎧を捨てろ!」

「そっちかい! 言い方が紛らわしいわ!」


 アキラは、実はバルドが露出狂かと疑ってしまった。またからかわれたのだろうと思い、バルドを見ると素の反応でキョトンとしていた。


「ああ、そうか……。誤解を生む言い方だったな。悪い悪い。俺は敵の前で服を脱ぎ出すような変態じゃないから安心しろ!」


 ある程度、熟練の戦士になると鎧も私服感覚感覚になっていくのかもしれない。

 そう思い安心するアキラに、バルドは当たり前の様に言う。


「脱ぐのは街中だけだ!」

「やっぱ変態じゃねーか!」


 その傍らで、女性陣が諦めの苦笑を浮かべている事から真実のようだ。

 今まで出会ってる男がほとんど変態だ。アキラはこの街と今後について心配になり始めた。


「ああ、そうだった。話の続きだな。まずは、鎧を捨てて軽くなることで、回避率を上げて、敵の攻撃を誘うんだ。攻撃の後は隙が生まれるから、そこに他のメンバーで攻撃。それを繰り返すんだ」

「なんだろう……。ためになる話なのに、このやるせない気持ちは……」

『そう気落ちする事でもないと思うが?』


 変態その1の声にその方向を……いつも通り斜め後方を浮遊するタマキの方を向いた。


「どういう事?」

『人間など所詮、本能に従って生きる獣の名だ。なればこそ、己の股間を信じて指し示す道を貫き通してこそ人間なのだ。羞恥を理由に自らを偽るなど己を信じ切れぬ弱者の理論よ。自らを曝け出してこそ初めて人間足りえるのだ!』


 堂々と言い放つタマキにバルドが同調する。


「なんだよ、案外わかってんじゃねーか! そうだ、服を脱ぐことは悪い事じゃあない! 肌を見せ肉体を見せ、熱いパトスとそそり立つ男気を見せつける。そこに下心を見出す方が悪いんだ!」


 タマキとバルドが視線を合わせ、一部のズレもなく力強い握手を交わした。片や霊体だが、行き過ぎて重なることなく、まるで両者の手が触れ合っているかのようだ。男同士の熱い魂が感じられた。

 ただし、内容が内容だけにアキラは呆れた視線を向けるしかなかった。


(やっぱりこいつ等はダメだ。共感して共鳴してる時点で同類の類友だ!)


 アキラが軽く絶望していると、後ろからダクサが走って追いついてきた。

 ダクサは『服なんて脱いじまえ!』『そうだそうだ!』と騒ぐ二人を一瞥すると、不愉快さを表すように荒々しく鼻を鳴らした。


「フンッ、汚らしい。男の裸など見て誰が喜ぶ。これだからバカは手に負えない……」

「おお、分かってくれるか!?」


 理解者がいる事にアキラが思わず反応を示すが、続きがあった。


「……やはりマリーの裸が一番だな!」

「お前もバカじゃねーか!!」

「ああマリー、今日も美しい肢体をしてるね!」


 本名レニョールの写真を取り出して眺め始めるダクサにあまり近寄りたくない雰囲気を感じて、アキラは唯一の安全地帯である女性陣の方へ後退あとずさる。


「お互いに、大変だね……」


 同情の意志を込めて言ったアキラ。だが背後の雰囲気が少し騒がしい気がして振り返った。

 そこには――


「さあリンさん! 自らを偽らず、曝け出すのです! 早く服を脱いでください!」

「ちょ、ちょっと……やめてナヒタ! そういうのは家で……って何言わせてるのよ!?」

「お前らもかい!?」


 血走った目の神官服が、少女の服を脱がそうとしていた。ただしリンも本気で拒絶はしていないようだ。

 アキラは理解することを諦めて空を見た。


「空が青いな~」


 視界の先には1つだけ小さな雲が浮かんでいた。その雲も一面の蒼に溶けるようにゆっくりと霧散していった。澄んだ青空は広く広くどこまでも続いているようだった。





@@@






 紆余曲折あったが移動を再開した。

 見渡す限りの深緑を進んで行く。バルド達は流石と言うべきか、適度な緊張と脱力状態で進んでいた。そんな中、アキラだけ少々過剰気味に辺りを見回しながら進んでいた。

 目の前の稜線からモンスターが出てくるかもしれない。左右の丘下の死角からモンスターが出てくるかもしれない。死角を進んだモンスターが背後を取っているかもしれない。

 そういった相手の動きはゲームの経験で予想ができる。しかしゲーム内なら予想していようと確率が低いため警戒をすることなく必要経費として割り切れたが、現実ではそうもいかない。

 運が悪かろうとなんであろうと、死んでしまえば終わりだ。

 面と向かって負けるならまだしも、そのような事故では納得できないのだ。

 そんなアキラにバルドが懐かしむような視線を向けていく。


「肩の力を抜けアキラ。相手は所詮、あのソニオックスだ。一撃でやられる事はまずないし、こっちには治癒担当だっているんだ」

「確かにそれもそうだ……」


 そこでバルドはニヤリと口の端を釣り上げて言う。


「そもそも俺がいる限り何一つ問題なんて――ぶふぉ……」


 バルドが吹き飛ばされた。


「フラグ回収早いな!?」


 アキラの隣にはバルドの代わりに、ねじくれた白い角を持つ緑色の牛がいた。

 焦りながら武器を構えるが、その頃にはソニオックスはどこかへ走って行ってしまった。


「え、逃げた?」


 肩透かしを食らい呆気にとられる。そんなアキラの耳に『ううっ……』と、小さなうめき声が聞こえた。


「あ、バルドさん大丈夫!?」


 思い出して駆け寄り介抱しようとする。しかしバルドは何事もなかったかのように、自然に立ち上がってアキラの言葉に返す。


「ああ、問題ない。気にするな」

「いやいや、めっちゃ辛そうな声出してたよね!?」

「……。実はな……。コイツが犠牲になって悲しかったんだ……」


 そう言いながら、バルドが差し出した手に乗っていたのは白い布切れだった。


「これは?」

「俺のパンツだ」

「……」


 無言のアキラに、バルドが説明する。


「違う、そんな視線を向けるな。これはスキルだ。俺はスキル【脱衣回避】で、衣服を一枚犠牲にすることで相手の攻撃を無効化することができるんだ!」

「なるほど、僕はてっきり敵の前でも服を脱ぐ変態かと思ったよ……」


 街中で服を脱ぐことは変態じゃないらしい。

 アキラが後ろを見ると、皆武器を構えて周囲を警戒している。スキルがあると知っているから、誰もバルドの事を心配しない。


「ちっ。そのまま起きなきゃ良かったのに……」


 小さなリンの悪態が聞こえた気がするが、気のせいだと信じる。

 バルドが目を伏せて悲しげに話す。


「だがなコイツは俺のお気に入りで、履き心地も息子のポジションも最高だったから悲しくてな……」

「その呻き声かよ!? ていうかなんでこんな状況で、誰得話始めてるの!?」

「だがどうしてか、直に伝わってくるズボンの感触が妙に心地良いな」

「やっぱ変態じゃねーか!」

「そんなことよりアキラ。油断してていいのか?」


 『誰のせいだよ!』と言いそうになるところをグッと堪えてアキラも臨戦態勢を取った。

 バルドは冷静に指示を始める。


「俺とダクサはいつも道理、敵の引き付けと仲間のカバー」

「……了解だ」

「リンとアキラは俺とダクサが止めた敵を攻撃」

「はいはい」

「わかった」

「ナヒタは怪我人の回復と全体を見て報告と指示」

「わかりました!」


 先ほどまでの雰囲気はどこへやら、リーダーとして動く姿は別人のようだ。スイッチのオンオフで落差が激しいようだ。


「そろそろ、さっきのソニオックスが戻ってくる頃だ。みんな気を引き締めろ!」


 バルドはそう言うと何かを宙に投げた。

 それは白い布切れ……下着のシャツだった。

 バルドが叫ぶ。


「【脱衣索敵】!」


 宙に投げられたシャツは、声と共に空中で破れて四散した。布の破片がヒラヒラと落ちていく。


「3時の方向! 来るぞ!」


 釣られれその方向を見ると、高速で近づいてくる影が見えた。地面と同色の体は発見が難しく、むしろ影と白い角しか発見には役立たない。

 そんなモンスターを一枚脱いだだけで発見できてしまうのだ。性能は確かだろう。

 接近するソニオックスの方へ、ダクサが前に出る。不測の事態にいつで対応できるよう、そのすぐ後ろにバルドも移動する。

 ダクサが腰を落とし、両腕をクロスさせ防御姿勢を取った。


「【セーフガード】!!」


 ダクサが使ったのは防御系のスキルだろう。しかしソニオックスとの距離はまだかなりある。

 アキラがその事を疑問に思った直後、ソニオックスが加速した。元よりかなりの速度で駆けていたにも拘らず一瞬見失うほどの超加速。その速度を落とすことなく、ソニオックスはダクサに突撃した。

 ズンッと骨身に響く振動音と衝撃波。

 そこにはソニオックスの速度を物ともせずに受け止め、相撲すもうのように押し合っていたダクサがいた。


「トドメだ、行け!アキラ!」


 自分が呼ばれるとは思わず、アキラは慌ててソニオックスのもとへ走る。

 アキラが呼ばれたのは早い段階でその実力がどの程度なのかを確認するためだ。今度の行動にも関わるため妥当と言えば妥当だ。そこにバルドの好奇心も含まれてるだろうが。


「うおりゃぁあ!!」


 アキラが素人丸出しの動きで剣を振るう。畑でも耕すようつかの部分を両手で握りしめ体中力んでだ。剣筋はブレブレで刃も立っていない。

 当然切れる訳もなく、帰ってきたのはゴムでも耕しているような感触だ。


「硬すぎるだろ!?」

「ズモォォォォ!!」


 傷つけられたソニオックスが怒ったように暴れる。ダクサがソニオックスの両角を握り押さえ込む。


(あれだけ上げたハズなのに攻撃力が全く足りない。ここはお荷物になるようで悪いけど、応援を求めるべきか……)


 心が痛む。

 アキラにとって他人から期待される事は珍しい。ここまで他人と関わることも珍しい。

 数年ぶりか、十年ぶりか、もしくは人生初かはもしれない。いずれにせよ、簡単に失いたくはなかった。

 アキラは思いついた唯一の方法を実行する。藁にもすがるような思いでその名を叫んだ。


「【フルスイング】……!!」


 アキラの体が自身の意志を無視して動き出す。正眼に構えていた剣を、右の肩に担ぐように構え直す。その瞬間剣が鈍い赤色の光を纏った。そして、足、腰、肩、腕と全身を利用した渾身の逆袈裟斬りを繰り出した。

 その一撃はソニオックスを両断していた。

 アキラが無事に倒せたことを安堵する中、真っ先に口を開いたのはバルドだった。


「援護に行こうと思ったが、どうやらいらなかったようだな」


 バルドはそう言うとニヒルに笑う。

 リンとナヒタもそれに続き感心した様子で言う。


「二日目って聞いてたけど予想以上じゃない」

「そうですね。前衛が3人になったみたいで頼もしいですね!」


 三者三様の言葉を受けたアキラだが、こういった場面でどのように反応していいのか分からず困った挙句、話を逸らすことにする。


「あ、ありがとう。そんなことよりソニオックスって早いんだね。突撃するとき加速するんだね」

「もしかしてどんなモンスターか知らずにこの依頼に参加してるの?」


 半ば確信した様子で言うリンに、アキラはぎこちなく首を縦に振る。


「はあ、どうにかなったからいいけど、なんで心配しないのよ。これだから男ってやつは……」


 リンの愚痴にバルドが、『やれやれ……』とでも言いたげな様子で間に入る。


「まあそのくらいでいいだろ? アキラは駆け出しなんだ。そんなこと言っても仕方ないだろう?」

「アンタにも言ってんのよ! いつもいつも、どんな相手か知らずにクエスト受けてきて、毎回調べるこっちの身にもなってよ!」

「あはは……。今後も期待してます」


 改善する気の無いバルドの様子に、リンは首を絞めにかかる。

 背中にリンが張り付いたまま、バルドはアキラの方を向いた。


「ここからはリンからの受け売りなんだが、ソニオックスっていうのは略称で本来はソニックオックス……音速牛と呼ばれていたんだ」

「なんか安直だね……」

「成長した個体だと、加速時に音速にも達すると言われているからだろうな」


 バルドが青くなり始めた顔色のまま語る。


「だから加速する前に見つけないと、地面と同色で見落とすことが多いんだ。その場合は俺みたいになるから気を付け……ちょっ、ギブギブ。そろそろ限界。モンスターの反応もあるしヘルプ!」


 リンも切り替えてバルドを解放した。


「……ゴホッゴホッ。モンスターの反応が映った。ここから10時の方向。ん?」

「何かあったの?」


 リンが指をポキポキと鳴らしながら聞く。バルドは少し声音を低くして答えた。


「数が多い。6、7……全部で8体来ている」


 ゴブリンの群れと戦ったアキラは8体という言葉に多いのか、と疑問に思ったが周りの少し重くなった雰囲気を察して合わせておいた。

 ダクサが静かな理由は伏せておきます。

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