5話
今思えばヒロイン存在しないな。
とりあえず今はきんさんがヒロインってことで~
翌日。
熟睡から目覚めたアキラは上体を起こす。部屋に差し込む陽光の輝きに目を細めながら小さく伸びをした。
部屋の掛け時計を見ると7時半。10時間位に寝たと考えるとかなり寝ていた事になる。
銭湯の効能で疲労や筋肉痛は完治したが気疲れは癒せない。
日本とは異なる街並み。ゴブリンとの命の奪い合い。そして実際に死亡する経験は、想像以上にアキラの精神を摩耗させていたのだ。
しかしそのような感傷も悪い気はしない。
夢と希望の詰まった冒険者をやっている。そんな実感を得られてアキラは小さな笑みを漏らした。
そして今日はどのような冒険が待っているのかと、期待に胸を躍せる。心の底から溢れる居ても立っても居られないような気持ちを、童心に戻った気分を逆らわずに活動を開始した。
アキラは足を上げて下ろす反動を利用してベッドから飛び起きる。
「よっと」
しようとして、背中から落ちた。
気分が高揚していようとも、運動能力は変わらない。アキラがパッとしないのはいつも道理だ。
アキラは気まずそうに辺りを見回してタマキがいない事を確認するとホッと一息。
部屋を出て食堂へ向かう。食堂で部屋番号の書かれた鍵を見せて食事を受け取った。
メニューは、コーンスープとサラダと厚切りステーキとパン。デザートに謎の紫色のトゲトゲしたフルーツだ。
アキラは開いている席に着き、暴力的な空腹を訴える腹に料理を運ぶ。
サラダは酸味が強いドレッシングとブラックペッパーがかかっていて、酸っぱさを飽きずに楽しめる。
パンは少し前に焼いたのか、まだほんのりと温かく柔らかい。焼く前にかけられたブラックペッパーが良いアクセントになっている。
ブラックペッパーの効いたコーンスープにつけて食べると美味しさ倍増だ。
ステーキは薄味で非常に柔らかい。ブラックペッパーが刺激的で食欲をそそる。
最後にフルーツだ。トゲトゲした形状だが簡単に皮が剥ける。中の身は皮よりも、もっと毒々しい紫色。食用なのか怪しいレベルだが、アキラは覚悟を決めてかぶりつく。
シャキッとした触感。味は桃だ。
「あら? お客様、お忘れですよ!」
近くを通りかかった店員がアキラに言う。そしてアキラの持っているフルーツに何かを振りかけた。
黒い粒粒。全ての料理に使われていたブラックペッパーだ。
「ごゆっくりどうぞ!」
去っていく店員を横目に、アキラはフルーツを見る。
紫色に混じる黒点は、刺々しい形状と相まって毒々しさを更に際立たせている。
とはいえ料理として出されているので食用であることは確かだ。
アキラは勇気を出して齧り付いた。シャキッとした触感に、桃の甘味とピリピリした辛みのミスマッチ。しかしそこまで悪くないと思ったアキラは、釈然としない気持ちのまま食事を終えた。
部屋に戻る。
そして、アキラはカバンからステータスプレートを取り出した。
「さてと、どうなってるかなー?」
ゴブリンとはいえ多数討伐したのだ。少なからずレベルは上がっている事だろう。そしてギルド職員が言っていた振り分けで自身を強化できるはずだ。
振り分けと言えばRPGゲームの醍醐味の一つだ。どのような方向性に成長させていくかを、無数の可能性の中から選ぶ作業は楽しいものだ。
アキラはどれ程成長しているか、そしてどのような方向性があるのかを、期待しながら自身のステータスを見る。
ステータスプレートの裏面にある幾何学模様を光が通り抜け、表面にアキラのステータス表示した。
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平之彰
レベル6
筋力 :1
生命力:1
知力 :1
俊敏 :1
運 :1
器用 :1
ステータス振り分け:10ポイント
スキル
【言語翻訳】
【精神衛生】
スキル振り分け:10ポイント
称号
・ゴブリンシャーマン
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レベル6というのは、最初の戦闘にしては良い出だしだ。レベルが5上昇したため、ステータスとスキルの振り分けポイントが1レベルにつき2ポイントずつ。合計で10のポイントが溜まっている。
それから順に目を通していき、一番下に追加されていた称号の欄を目にとめたアキラは疑問に顔を歪めた。
「ゴブリンシャーマン?」
タッチ操作で称号をタップすると詳細が表示された。
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・ゴブリンシャーマン
筋力+10 知力-5
ゴブリンの次期シャーマンを決める決闘に参加して勝利した者に与えられる称号。
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「やっぱこの世界のシャーマン、呪文使う気ないだろ!」
アキラは思わず一人でツッコミを入れる。
シャーマンといえば怪しげな術を使う術師をイメージさせる。それなのに筋力を上げて魔術関係の知力を下げているのは、どう考えても物理で殴る気だろう。
筋力+10はアキラにとって都合がいい。筋力不足は現在の装備から身に染みる程分かっているからだ。
ただ知力-5だ。
(実はバカになってるとか無いよね……?)
アキラは自身の脳に問いかけるが、反応などあるはずもなくこれといった実感はない。いつも道理、冴えていない思考回路だ。知力の数値も下限の1であることから、アキラは問題ないと判断して深く考えることなく流して振り分けを始める。筋力の数値も変化していない事には気付かずかずに。既に知力-5が災いしているようだ。
ステータスポイント。アキラは考えるまでもなく筋力に全て振った。武器を剣に変えて防具も纏った時により軽く感じられた方が、精神的にも機動力的にも楽になる。それに攻撃は最大の防御とも言うからだ。これで筋力の総計は20となった。
次はスキルだ。
スキルの欄を押すと、現在取得可能なスキルが表示された。
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アクティブスキル
【フルスイング】
3ポイント
隙は大きいが強力な一撃。
【瞬歩】
2ポイント
短距離移動用スキル。
パッシブスキル
【一撃必殺の心得】
3ポイント
弱点への攻撃成功確率とダメージが上昇。
【隠密機動】
2ポイント
気付かれにくくなる。
【気合】
2ポイント
気合が出る。
【覇豪なる者】
20ポイント
筋力に大きな補正が付く。ステータス・スキルの振り分けポイントが全て筋力に入る。
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合計6つが表示された。
アキラはなんとなく本人の経験から取得可能スキルが表示されると思った。
【瞬歩】は驚いて硬直しているゴブリンに近づく時。【一撃必殺の心得】と【隠密機動】はゴブリンを暗殺したからだと推測できる。
そうすると、【フルスイング】【気合】【覇豪なる者】だ。これについても心当たりがあった。タマキだ。ボディービルダー並みの筋肉の鎧を纏うタマキの姿と、これらのスキル。特に【覇豪なる者】はタマキの見た目とベストマッチだ。
アキラの中で、タマキの評価がまた下がった。
アキラはスキルを見ながら苦笑を浮かべる。
(流石は初心者だな。使えそうなスキルが全然ない……)
唯一実用性がありそうなものは【瞬歩】だが、この世界のアクティブスキル……動作を伴うスキルに、アキラの知っているゲームの様な技後硬直が存在するかもしれない。つまり、【瞬歩】は敵に近づくことはできるがその後硬直がある非常に使い辛いスキルかもしれないのだ。
初めてのスキル取得という事もあり、そのあたりの事を調査や検証を行ってからでなければ、小心者のアキラは動かない。
とはいえ、次に勝てないのでは意味がなくなってしまう。あのような例外的な蘇生は、おじさんの言う最低限の仕事をこなした今は無くなったと言っていい。
「どうするべきかなぁ~」
アキラが最善の方法を無い頭で思案していると、部屋の壁からタマキが生えてきて話す。
『いまもどったぞ、アキラ』
「うわ……。お、おかえりー」
タマキ由来のスキルから、彼の精神性を更に理解したアキラは思わず表情を歪めて返事をする。タマキはアキラの様子に仏頂面になって言う。
『そんな心底嫌そうな顔をされると、爽やかなイケメンである我でも傷付くのだが』
重厚な筋肉に血管の紋様を浮かばせた強面のハゲ頭で、さも当然の事の様に言うタマキにアキラは表情を引き攣らせる。
そんなアキラの様子など気にすることなくタマキは続ける。
『まあいいか。そんなことより、何やっておったのだ?』
「切り替え早いな!? ああ、いや、ステータスを振り分け終わって、今はどのスキルを取得するか選んでる所」
『ほう見違えるほど強くなったと思ったらそのせいか』
スッと細めた目で何かを観察するような表情のタマキに、アキラは感心する。
「すごね。わかるんだ」
『うむ。筋肉の事なら任せろ』
(コイツはもうダメだ……!!)
絶望するアキラを放置して、タマキはアキラの持つステータスプレートを覗き込んで話す。
『取得可能スキルが……ふむふむ。【覇豪なる者】一択であろう』
「いや、ポイント足りてないし」
『そんなもん気合でどうにかするのだ!』
「やっぱり【気合】はお前のせいかよ!」
アキラは思案する。今日の戦闘で役に立ちつつ、今後腐る可能性が低いスキルを選ぶ必要がある。
不確定要素は多い。だが保守的になり、何も取らないというのも賢い選択ではない。
悩み始めたアキラにタマキは言う。
『ほれ。早く【覇豪なる者】を取得するのだ!』
「そっすねー」
アキラは適当に相打ちをうちつつ、【フルスイング】を取得する。
アクティブスキルのような手札は多いに越したはないのだ。もしハズレスキルだとしても、その事実が逆に相手の不意を突くかもしれない。そう思ったのだ。
『なぜ【フルスイング】??』
困惑の表情を浮かべるタマキを放置して、アキラは荷物をまとめ始める。周りを飛び回りながら異論を述べるタマキを『そっすねー』で聞き流しながらギルドに向かった。
*****
「どれにしよう。名前を見てもさっぱりだな」
『これ! これが良いと、我の筋肉が言っておる!』
ギルドの掲示板の前でタマキが能天気に一枚の依頼用紙を指差す。
少々面倒くさそうに表情を歪めて、アキラは依頼用紙を見た。
《近くの森に住み着いた竜帝フレースヴェルグを倒してください。
報酬:2億チル》
「きんさん一人で行ってらっしゃーい!」
アキラは適当に答えつつも依頼用紙を眺める。
そして行き着いた先は――
「すいません。駆け出しでもできる依頼を教えてください」
受付に丸投げだった。
モンスターの名前聞いても強さなど分からないのだから仕方ないともいえる。
ちなみにモンスターの名前はアキラが寝ている間におじさんが紹介していたが、アキラには知る由もない。
アキラが諦めきった清々しい表情で言うと、受付は嫌な顔一つすることなく答える。
「駆け出し用の依頼ですね! よく聞かれるのでまとめてありますよ! どうぞ、こちらの紙です!」
アキラは今後も受付に頼ることを決めた。
受付は用紙を指差しながら話す。
「この中ですと、南のジスカ草原で大量発生しているソニオックス討伐がおすすめですよ! ギルドからの依頼で大規模な駆除依頼なので、人も多く安全かつ報酬も高くておすすめですよ!」
「なるほど。じゃあ、その依頼を――」
受けると言いそうになってアキラは慌てて止める。
その前にどれ程の強さなのか聞くためだ。
「そのソニオックスはどれくらい強いんですか?」
「個体によりますが、平均で3レアスくらいです」
(いや、何の単位だよ! あれ、でもレアスってどこかで聞いたことがあるような……)
アキラは昨日の記憶を呼び覚ますが、思い出せなかった。諦めて聞くことにする。
「もう少しわかりやすく言うと?」
「少し足が速い牛です」
「あっ、了解です」
牛が襲ってくるのならば危険ではあるが、武器と防具さえあればどうにかなるだろうという考えだ。
「じゃあ、その依頼を受けますね」
アキラはステータスプレートを受付に渡す。
「分かりました。はい、これで受注完了です。今日の9時に中央広場で全員集合して出発です。遅れないようにしてください」
「わかりました!」
受付からステータスプレートを受け取りカウンターから離れると、ギルド内の角にあるレンタルのカウンターで装備を借りる。
長剣と防具を身に着けたが、あまり重さは感じない。筋力の恩恵は大きいようだ。
カウンターから離れて、壁の掛け時計を見ると8時半を示していた。
アキラは急いで集合場所の中央広場に向かった。場所を聞きながらのため、時間がかかるのだ。