22話
冒険者ギルドは《両塞都市ガダイ》における最大の組織だ。
王族や貴族といった地位が存在しない、成り立ちすら不明のこの都市において、これ程の戦力と人員を抱えた組織は他に無い。
そして、そのギルドの総指揮官とも言えるギルドマスターは都市で随一の権限を持っている。
国王とは違うが、平たく言えば『一番偉い人』だ。
そんなギルドマスターの部屋に1人の男が入っていった。
部屋の中には、仕事机に腰掛けているギルドマスターと、壁の隅で静かに控える男がいた。
「四番監視塔より報告があります!本日の昼頃、ガダイより北東の森で兵隊型ゴーレムを確認しました」
「ほう」
ギルドマスターの目が細められた。
「それで、ゴーレムはどうなった?」
「その場に居合わせた冒険者が討伐しました。接近前に討伐されたため、外壁への損害はありません」
丁寧に報告する男から視線を外したギルドマスターは、机の上に置いてある資料をパラパラとめくり、一枚の紙を引き抜いた。
「にわかには信じ難いが、確かに姿を現し討伐されているようだ。……君から見て、どこから出現したのか、何の目的があったのか、分かる行動はあったか?」
聞かれた男は視線を虚空に彷徨わせて思案顔になるが、思い浮かばなかったようですぐに首を横に振った。そして、ビクビクしながら言った。
「も、申し訳ありません。分かりませんでした」
「直で見ていた君が分からないのなら仕方ないさ」
ヒラヒラと手を振りながら何でもないように言うギルドマスター。
責める気はないようで、報告に来た男は内心で安堵する。
「一応、私も確認したい。記録映像は持ってきているかね?」
「は、はい。こちらになります」
男は腰のポーチから、40センチ程の四角い箱を取り出した。
これは《両塞都市ガダイ》の四方を囲うように建てられた監視塔に置かれている、魔術的な道具……魔道具だ。直近の数時間程度だが、記録することが出来る。
ギルドマスターはそれを受け取ると、壁に照射して映像を見始めた。
「ふむ……。ああ、忘れるところだった。君の仕事は終わりだ。もう下がっていいぞ」
「し、失礼します」
思い出したかのように言われた言葉を聞くと、報告に来た男は逃げるように部屋を出て行った。
その後、ギルドマスターは映像を巻き戻して何度も同じ部分を見返した。
映像はアキラとゴーレムが交戦する場面だった。
アキラが先制攻撃を仕掛けるが、ゴーレムはその対応よりも進行を優先している。交戦が目的ではないようで耐久力で押し通るつもりだと分かる。だが、手傷を負ったことでアキラを敵と認識して交戦する流れだ。
しばらく動画を見ていたが、ギルドマスターは部屋の端に立っていた男に話しかけた。
「ゴーレムの行動から見て二人についての情報は予想道理だが、少年については不明点が多い。何か情報はあるかね?バシカくん?」
部屋の端に立っていた男はバシカだった。
ギルドマスターは映像の中の少年……アキラを指差してバシカに聞いた。
「その少年には接触したぞ。んで会話してみたんだが……正直、良くわからない奴だ。言動は丸っ切り駆け出しなんだが、倒す相手が強すぎる。実力から見て二人の関係者のようだが、さっきの映像ではコイツに対してゴーレムは無関心だった。フェイクかもしれないが、無関係な強い駆け出しという線も捨てきれない。……そういえば俗世に疎い様子だったな。未到達領域からの来訪者かもしれないぞ?」
「関係者か、無関係か、ありえないが来訪者か。……決定的な証拠はないか。それなら仕方ないな」
ギルドマスターは紙とペンを取り出し、何かを書き始めた。それを見てバシカは慌てて声をかける。
「おいおい、いきなり排除とかはやめてくれよ?無関係だったら、将来優秀な人材を潰すことになるだろうしな」
「相手はもう動き始めているんだ。悠長な事も言ってられない。……それに勘違いしないでくれ。私は都市を守る為に動いているんだ。この都市に置いておくメリットがあるならば、どこの誰だろうと構わない。だから、デメリットを打ち消すほどの実力があるか、……ちょっとした確認のために依頼を出すだけさ」
「そうかよ」
肩をすくめながら言うバシカ。ギルドマスターのいう事をアテにしていない事が見て取れる。
それからギルドマスターは書き上げた依頼用紙をバシカに渡した。
「私は仕事があるから代わりに提出してきてくれ」
「しゃーねえな」
バシカは嫌々ながらも依頼用紙を受け取った。
だが、その内容を見て表情を硬くした。
「本当に2枚目の……冒険者パーティー『生命の灯火』にも必要なのか?」
「相手が相手だからね。戦争も視野に入れなければいけないのさ」
非難するようにバシカは聞くが、ギルドマスターはさも当然の事を言うように返した。
「だとしても、この人選は過剰すぎやしないか?」
少しだけだが付き合いがあるバシカはアキラの身を案じている。
だが、ギルドマスターは表情一つ変えずに答えた。
「問題ない。彼らに少し手加減してもらえば済むさ。……それにこの少年、関係者でも来訪者でもなく無関係だとしたら、【候補者】の可能性が出てくるからさ」
「なんだ?それは?」
「気にするな。こっちの話さ。それよりその依頼用紙、任せたよ」
ギルドマスターの態度を訝しみながらも、退出を急かされたバシカは部屋を出て行った。
***************
朝、目が覚めたばかりで働かない頭のままボーっと天井を見上げる。日中は適温なのだが、夜中はどうしても小寒くなってしまう。
それは夜の冷気が残る今の時間帯にも言えることで、冬ではないにもかかわらず布団から出たくないと思ってしまう。
このまま布団の心地よい温かさに身を任せて二度寝を開始しようと目を瞑るアキラ。
だが妙な違和感に気が付き目を開けた。
右半身が重い。いや、重いだけじゃない。柔らかくて暖かい。
「ん?」
一瞬で意識が覚醒した。まさか!?と思いながらカバッと布団を勢いよく取り払うとそこには……。
「……んぅ~」
優しい桃色の髪の女……シャノンが右腕に抱き着いていた。シャノンは布団が無くなった事で寒さを感じたのか、小さく可愛らしい声を上げて体を丸めた。
その姿は薄いネグリジェで、豊かな胸の膨らみと瑞々しい太ももが覗いている。どことなく漂ってくる甘い香りが鼻孔をくすぐり、アキラはシャノンの無防備な寝顔に視線を向けた。
そんな誰もが羨む場面に遭遇した引きこもり童貞のアキラは、どこか幼さの残る美女の魅力に逆らえるはずもなく。
――スワッと立ち上がると、窓を開けた。
そして、腕に貼り付くシャノンを引きはがし、ポイィーと庭に投げ捨てた。
「ふぅー、清々しい朝だー」
外の空気を肺一杯に吸い込んでスッキリした顔で言った。
遠くで『……へぐっ』と謎の声が聞こえたが、気にせず窓を閉める。
何事もなかったかの様に布団をたたみ始めると、キュピーンという謎の交換音と眩い光と共に、褐色の肌に筋肉ムキムキで褌一丁……タマキが出現した。
タマキはどことなく呆れた様子でアキラを見つめていた。
『相変わらず容赦がないなぁ』
「いや、そんなことないでしょ。朝起きて腕に男がくっ付いてたら誰だってこうすると思うよ?」
『こんな調子では、色気を出しているシャノンが可哀想になってくるな』
「僕はノーマルだ!ホモはいらんっ!」
どれだけ魅力的な肢体をしていようと、シャノンは男だ。アキラは男色家ではないのだ。
ちなみに、アキラはロリコンである。
「そういえば、きんさんなんで生きてるの?昨日潰したよね?」
その視線をタマキの股間に向けながら言った。
『確かに潰された……というか壊されたが、体の欠損程度、霊体ならすぐに直せるぞ』
「厄介な……」
苦虫を嚙み潰したような顔で言うアキラ。存在の根本から違うようで、何をしても無駄だという事を悟った。
諦めて朝の活動を再開することにした。
*********
リビングに行くと厨房からケイパーが顔を出した。その奥ではビターが器用に念動力を使って調理しているのが見える。
「おはようございます、ご主人様。朝食はどうなさいますか?一人で?それとも皆様とで?」
「うーん、せっかくだし皆で食べようかな」
「畏まりました。それではモーニングコールに行って参ります。少々お待ちください。……師匠!食事の配膳などをお願いします!」
『ああ、分かった。くれぐれもご無礼の無いようにするのだよ』
「はい、行って参ります」
と、フライパンをシャカシャカしていたビターに声をかけて、二階に上がっていくケイパー。
何があってこうなったのかは置いといて、もう立派な執事だ。
ビターの事を師匠と呼んでいる事から英才教育を受けたのだろうが、たった数日でこの変わりようは彼の努力もあるのだろう。そこには贖罪の意味合いが多く含まれているのだろう。いつか赦される日が来るといいな、と陰ながら応援するアキラだった。
厨房から大量の皿を浮かせて持ってきたビターが食事を並べていく。
バケットに入った種類豊富な焼き立てパン。旅館のようにキャンドルを使った小型の鍋料理。小奇麗に並べられたメインディッシュ。フルーツの盛り合わせ。
どれも栄養バランスはもちろんの事、見た目にも拘りが見られる、一捻り二捻りある手の込んだ料理だ。
アキラがそんな料理を見て感動していると、ようやくミリアとシャノンが降りてきた。
「とりあえず座って。さっさと食べようよ」
待ちきれない様子で、面倒な挨拶を抜きにしてさっさと座るように促すアキラ。ミリアは寝起きで眠そうに目をこすりながら。シャノンは『おぉ……』と料理に感嘆の声を漏らしながら座った。
「それじゃあ、いただきます!」
「……?」
「いただきます?」
喋る事すら億劫なのか眠たそうな目で静かに首を傾げるミリアと、疑問形で聞いてくるシャノン。
いつもの癖で言ったが、この世界にはそういった文化は無いようだ。
「いただきますっていうのは、この料理の素材となったであろう命に感謝と敬意を込めて言ってるんだよ」
「へぇ。じゃあ俺様も、……いただきます」
「……いただきます」
アキラの真似をして二人は両手を合わせた。命の認識が軽めな冒険者だが、理由を説明したら納得してくれたようだ。
「ところで、聞きたいんだが何で平然と幽霊が配膳してんだ?色々とおかしくないか?」
シャノンはパンを片手にビターを見ながら言った。ミリアもその言葉で思い出したのか、眠気も吹き飛んだ様子でビクッとビターの方を見た。
異世界だし大抵の事はあり得ると思っていたが、やはり違ったらしい。
「それを僕に言わないでもらいたいな。ほとんど成り行きでこうなったんだし」
完全に他人事のように話すと、眠気が飛んで行ったミリアは追い打ちをかける。
「そもそも守護霊が見えたり、殴ったりしてる人もおかしいわよ」
「ああ、そうだな」
と、『コイツ、頭大丈夫か?』とでも言いたげな、変人を見る目を向けられ、アキラはたじろぐ。
「や、やめろ。そんな疎外感を感じる目を向けるな。……そう、世界は広いんだ!こんな人がいたって何も不思議はないよ?」
「なんで突然、悟りを開いたようになるわけ!?」
「世界のように広く雄大な心を持てば、このような問題、問題の内に入らないんだ」
「いや、そんなスケールの話してないんだけど……。ねえ、シャノンも何か言ってよ!」
呆れた様子でミリアが、シャノンの方を向くと。
「……ん?(ごっくん)飯が美味しけりゃ良くないか?」
「なんで餌付けされてるのよ!!」
「姐さん、食べながら話したらどうだ?冷めちまうぞ?」
まだ何か言いたげな表情をするミリアだが、言われた通りふんわりと温かいパンにメインディッシュの肉を挟んで食べる。
「わぁ、本当だ!美味しい!この肉すごい柔らかいわ!焼き立てパンの香ばしさと合わせると最高で……この二つを引き立てる微かな香りは……ブラックペッパ!……って、違あああう!!」
いきなりヒステリックに叫び始めるミリア。今度は、ミリアに二つの『コイツ、頭大丈夫か?』という視線が突き刺さる。
「なんで私がそんな風に見られなけきゃいけないのよ!違うでしょ!問題が違うでしょ!」
「ああ、そうだったな」
シャノンは思い出したように突然真剣な顔ではなし始めた。
「人は食って、寝て、騒げれば満足する生き物だ。アキラ、この屋敷で騒いでもいいか?」
「うん。周りに家もないし問題ないよ」
「なら問題無しだ!さあ、食おうぜ!」
「なんでそう男っていうのは単純なのよ!!」
「ところで、この小さい鍋どうするんだ?」
「ああ、それはね……」
鍋の下に取り付けられたキャンドルにアキラが指を近づけた。その指先からはボッと鬼火が生まれ、キャンドルに火をともした。
「これは画期的だな」
「温かくって良いよね」
「誰か常識人を連れてきて!!」
何事もなく指先から青い火を出すアキラを見て、遠い目をするミリアだった。