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女々しくても筋肉を  作者: 中田 伸英
21/25

21話

 アキラがゴーレムと戦い始め、木や土砂が飛び交い始めた光景を見ながら。

 ミリアは少し沈んだ物憂げな表情をしていた。

 そんな彼女にシャノンは優しく語りかけた。


「そんな気にすることはねえだろ。あいつらがこんな近くまで来ているなんて、誰だって予想できない。ただの不幸な事故だ」

「で、でも……」


 不安そうな表情でシャノンを見上げながら続けた。


「さっきだって、変な見栄なんて張らずに魔術を使っていれば、気付かれなかったかもしれないのよ!」

「そりゃそうだけどよ、いずれ気付かれることに変わりはないんだ。姐さんの計画とは少しばかり違うが、アキラみたいな予想外もいる。どうにかなるだろ」


 そこにはゴーレムと戦うアキラへの心配は含まれていない。

 アキラがサクリファイスタートルを倒せることは、その場面を実際に見ていた二人は知っている。ゴーレム程度、当然の如く倒せるだろうと考えているのだ。


「うーん……」


 思案顔のになるミリア。

 長い付き合いになるシャノンも何を考えているのか大体わかった。


「アキラの実力については、歪だとしか言いようがねえ。攻撃は大したもんだが、防御は全くない。素人臭かったし、レベルも相当低いはずだ。恐らく特殊能力かそれに近いスキルを持ってる」


 シャノンは壮絶な破壊音の轟く森を見ながら言った。

 サクリファイスタートルを一撃で倒せる事をかんがみても、攻撃は一流だと言える。

 だが一流の冒険者は、ミリアの【ファイヤーボール Mk.Ⅳ】で発生した余波だけで負傷するなどあり得ないのだ。

 そんな少ない情報から概算ではあるが、二人はアキラのステータスを見極めた。

 幼いながらも聡明なミリアはともかくとして、いつもふざけた態度のシャノンも、洞察能力、推察能力共に推して知るべしだ。


「それに、あの守護霊だ」


 二人は霊に関する知識を、少なからず持っていた。

 実はギルドで椅子から転げ落ちたのも、アキラすら知らないタマキの実力を見抜き、危険を感じたからだ。もちろんポーズの問題も少なからず起因してはいるが。


「あれほどの霊を守護霊に付けているなら、運命にだって縛られねえ。ついでにその近くにいれば、俺様達にもその効果は及ぶだろうよ」

「そうね……」


 そう自らの知り得た情報を述べたシャノン。その情報はもちろんミリアも分かっているだろうが、確認と少しでも気苦労が減るかもしれないと思って言ったことだ。

 シャノンはおもむろにステータスプレートを取り出し、見せながら言った。


「心配するな。できることが少ない現状、姐さんの判断は最善だった。これから先、どう転ぼうとそれが最善だ」

「そう……ね……。うじうじ考えていても仕方ないわね。うん、ありがとう」


 慰めてくれた事についてお礼を言いながら、ミリアもステータスプレートを取り出し視線を落とした。

 その2枚のステータスプレートには、違いはあれど大部分は同一の項目であった。

 それは……。


----------

レベル1

筋力 :1

生命力:1

知力 :1

俊敏 :1

運  :1

器用 :1


スキル

ーー

----------




**********




 時は少し遡る。

 アキラがギルドから出て行った頃、タマキは地中深くで目を覚ました。

 アキラに殴られて男の尊厳を失い気絶したタマキは、どこかの学者が人間の魂には21グラムの重さがあるといった通り、物理法則に従って落下していた。霊であるためギルドの床や、その下に続く地面には干渉することなく。ただただ、落下していたのだ。

 どれ程の時間、気を失っていたのかは分からないが、21グラムとはいえ空気抵抗がないため地中深くであると考えられた。

 タマキが急いで浮上しようと思った。

 その時であった。

 高速で落下するタマキは一瞬だけ視界が明るくなる事を捉えた。明かりがあるという事は空間があるという事。

 タマキは急いでその空間に戻ると、洞窟の中であった。壁には魔法式のランプが置かれ、薄暗く通路を照らしている。ゴツゴツとした岩に包まれた閉鎖的な空間ではあるが人為的な痕跡があった。

 霊であるとはいえ一人の男として、まだ見ぬ世界への興奮があった。

 冒険心に駆られて狭い通路を進んでいく。

 すると開けた大部屋に出た。

 天井や壁は整備されており平らな石を並べて作られている。壁際には機械や書物や生物の標本が置かれており、点々と置かれたランプの光が薄暗く照らしている。不気味な部屋だ。

 だが、その部屋をもっと不気味にしている要因があった。

 簡素な机に座る小柄な骸骨。

 否、骸骨は動いていた。アンデットだ。

 アンデットはタマキの方を向いた。音もなく浮遊し、姿も見えないハズのタマキを確実に認識していた。

 タマキを見たアンデットには表情は無いが、雰囲気から驚愕が伝わって来る。


「――貴様は……」


 振り向いたアンデットの姿にタマキは心当たりがあった。

 呆然とその名を呟いた。


『ヘルストラトス……』


 全裸で痛々しい局部のタマキと、外套を脱いだヘルストラトスが出会った。

 そこは魔王城の地下空間の一角。ヘルストラトスの研究室だった。





*****




 男としての尊厳を失ったタマキの姿を見て、ヘルストラトスは何があったのか事情を聞いた。


「そうか……。そんなことが……。その喪失感。分からなくもない感覚だ」


 伝わってくるのは同情。ヘルストラトスはスケルトンの上位種で骨だけの体だ。そのため何か共感できる要素があったのかもしれない。


『我に触れられるようになってから、アキラはすぐに暴力に走るのだ。会話にて解決することを知らぬのか……!?』


 本人がいないからと愚痴るタマキ。その場にアキラがいたなら、『ブーメランだ!』と言っていただろう。


「そこまで待遇が悪いならば、我ら魔王軍に来ないか?これでも貴様の実力は高く評価している。悪い待遇にはならないであろう」


 打算ばかりだが、本気で言っていることが分かる声音だ。その提案は双方が得する案ではあるのだが。

 タマキは首を横に振った。


『魅力的ではあるが、すまぬな、ヘルストラトスよ』

「理由を聞いてもいいか?」

『うむ。そう大層な理由でもないのだが、愛着のようなものがあるのだ。アキラが生まれた時から今に至るまで様々な事があった。我が助けたこともあれば、助けられたこともある。アキラは我が子のような親友のような存在なのだ。今は少し反抗期なだけで、それだけで切り捨てられる関係ではない』

「……そうか」


 迷いなく言い切るタマキを見て、少し残念そうな、羨ましそうな雰囲気で諦めた。人情を分からないわけではないようだ。

 ヘルストラトスは視線少し下げ、タマキの下腹部に視線を合わせた


「しかし、それはかわいそうだな」


 相当強く殴られたのであろう、ひしゃけた息子。機能は停止しているだろう。


「少し待っておれ」


 そう言うと、ゴソゴソと棚をあさり始めた。何かを探すように、手当たり次第に引き出しを開け閉めしていく。


「あったぞ」

『……それはなんだ?』


 ヘルストラトスの骨手に握られていたのは、金属光沢のある装置のようだ。

 丸みを帯びた円柱状で、少し反りが見られる。


「これは英知の結晶。我が研究成果を詰め込んだ、霊専用義性器だ。念動力学の応用で念動力を纏う事が可能だ。どれほど難解な穴だろうと突き抜ける。もちろん疑似神経も通っておるぞ。更にだ、込める霊力次第では力場装甲として使えて破損の心配も無い」

『な、なんだと!カッコイイではないか!』


 メカメカしいフォルムにタマキは心を打たれたような衝撃を受けた。


「これも何かの縁だ。一つ条件を飲んでくれるならば譲ってやろう」

『その条件とは!?』


 タマキは待ちきれない、といった様子だ。


「今後、できる限り敵対しないように心がけてくれ。最悪でもキメラ・アンデット・ゴーストを優先して倒すようなことはやめてくれ。致し方無い場合は許すが……。それが条件だ」


 ヘルストラトスはタマキの力が、以前戦った時より上がっている事に気が付いていた。

 その時点でタマキに負けたのだから、現時点での勝利など不可能だ。

 そんな天敵とも言える相手に、さり気なく一手打った。


『そんな事でよいのか。良かろう!アキラにも伝えておこう』


 だが、そんな難しい考えをタマキには読み切ることはできない。あくまでも、簡単な条件でラッキー、適度の認識しかない。


「交渉成立だな」


 ヘルストラトスがアンデットでなければ、今頃安堵のため息をこぼしていただろう。

 握手の代わりにブツを渡す。

 タマキは受け取った霊専用義性器をカシュッと音を立てながら装着した。その表情は、誕生日にラジコンを買ってもらった子供の様に嬉しそうだ。


『素晴らしいぞ、ヘルストラトス!今日から君は、我が心の友だ!ありがとう!友よ!』

「え!?あ、ああ……」


 無事に交渉を成立させることが出来て安堵していたヘルストラトスは、突然の事で戸惑いながらも返事をした。

 そこで、ふと思い浮かんだのか、タマキが疑問を口にする。


『ところで友よ。何故このような物を作っておったのだ?』


 その質問に、ヘルストラトスは少し疲れたような雰囲気を醸し出した。


「実はだな……。キメラ・アンデット・ゴースト……ヒロシは男色家なのだ」


 ピクリとタマキが反応を示した。


『……ち、ちなみに、そのヒロシ君は、今どこに?』

「……?そこの奥だが?」


 疑問に思いながらも、ヘルストラトスは金属製の扉を指さした。

 タマキはすぐに扉の方へ行こうとする。


「何をするつもりだ?」


 交渉した手前ではあるが少し警戒の色を見せながらの言葉に、タマキは興奮した様子で答えた。


『ちょ、ちょっとヒロシ君に用事がある事を思い出して……』

「……」


 タマキは霊専用義性器から再びカシュッと音を鳴らし、長さを延長した。

 その様子に何かを察したようでヘルストラトスは呆れの視線を向ける。


『それでは!行ってくりゅ~』


 扉の奥に消えたタマキを見届けて、ヘルストラトスは無言で机に戻った。

 すぐさま、隣の部屋から汚声が聞こえてきた。


「はぁ…………」


 一人残されたヘルストラトスはわざわざため息を呟いた。

 彼の心労は溜まっているようだ。





************





 森での討伐を終えたアキラ、ミリア、シャノンの三人は街に戻っていた。

 時刻は夕暮れ時。辺りはすっかり暗くなり、街灯が灯り始めている。通りには食事に出歩く人の姿が多く見られ、活気に満ち溢れている。


「ごめん、遅くなった。報告が思った以上に時間かかって……」


 ギルドから出てきたアキラは、外で待っていたミリアとシャノンの方へ駆け寄って申し訳なさそうに言った。

 そして、今日の報酬が入った袋を見せながら続けた。


「今日の依頼報酬……270万チル。数が数だけに時間かかったよ」


 あれからも討伐は続いた。

 お互いの実力も把握したところで今度は森の中に入り、襲い来るモンスターを討伐した。森の中はモンスターの領域というだけあって、その数も陰湿な奇襲も増えたが、シャノンの索敵能力とミリアの範囲攻撃、アキラの即席の開拓のおかげで討伐自体は問題なく終わった。

 そのせいで、帰るのが遅くなってしまったが、討伐数は多い。必然的に報酬の計算も時間がかかった、という訳だ。


「遅いわよ!今日は疲れたし早く帰りたいのに……」

「そう言うなよ姐さん。仕方ない部分もあるしな」


 疲れで少し不機嫌なミリアと、なだめるシャノン。そんな二人を目尻に、アキラは報酬を三等分する。

 一人頭、90万チル。

 命がけと言うだけあって、やはり冒険者の儲けは異常だ。この街のインフレもそう遠くないだろう。

 そんな事を考えながら、3つに分けた袋の2つをミリアとシャノンに渡した。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 ミリアが不満の声を上げた。


「どしたの?」

「報酬の分配はゴーレムを倒したアキラが一番多くなるはずでしょ!?なんで三等分なのよ!」


 ミリアの意見にシャノンも賛成のようで頷いている。

 ゴーレムはその質量で時間はかかるが城壁すら破壊してしまう。そんな大物に対する報酬も当然の如く高い。それは倒したのだから活躍に対する報酬として、アキラには色を付けるべきだと思っているのだろう。

 それは冒険者の中でも常識だ。荷物持ちや雑用に、報酬が少なくなるのは当然といえば当然といえるだろう。

 だが、アキラは気にしていなかったようだ。


「そうなの?でもまあ、いいよ。倒したモンスター毎に計算するなんて、面倒くさいし」


 万単位でお金が掛かっているのなら普通は動くが、アキラにとっては面倒くさい方が勝っているようだ。

 別にお金に困っているわけでもないし、儲かる冒険者なら誤差だろうと思っているのだ。


「そうはいかないわよ!私がやるからちょっと待ってなさい」

「いや、疲れたんじゃないの!?帰ろうよ。めんどくさいし」


 ミリアは律儀な性格のようだ。

 どちらも引き下がらなそうな雰囲気を見てシャノンが提案する。


「それなら、今後の報酬も貢献度云々の話は関係なく全て三等分ってことでどうだ?それなら後腐れないだろう?」

「よし!そうしよう!」


 この話を早く終わらせれると思い、アキラは即答する。


「仕方ないわね。アキラも不満がないならそうしましょう」


 ミリアも渋々といった様子で承諾した。

 そこで、ふと疑問に思ったのか、アキラが質問する。


「そういえば、次の依頼っていつ行くの?というか、どうやって連絡するの?」

「それを決めるのは、リーダーのアキラなんだけど……。連絡については知らないわよ」

「俺様も知らねえな」


 二人とも知らない様子。


「そうか。まあ、聞けばわかるよ」


 そう言うと、アキラはギルドの中に入っていった。怪訝に思いながらも、その後をミリアとシャノンも続く。

 こういう時に頼れる相手と言ったら、もちろん一人しかいない。


「やあバシカ」

「お?アキラじゃねーか。どうしたんだ?」


 情報屋?のバシカだ。

 アキラは彼の事を引きこもりと思っているため、ギルドに居ることを疑っていない。


「一つ聞きたいんだけど、依頼に行く日をパーティーメンバーに伝えるにはどうしたらいい?」

「お前さん。パーティー組んだのか……」


 バシカはその視線をアキラの後ろにいる二人に向け、何かを推察するように目を細めながら続けた。


「大体のパーティーは同じ宿に泊まってすぐに会えるようにしている。それが無理なら、ギルドで待ってるしかないな」

「そうなんだ。分かった。ありがとう」

「気にすんなって」


 お礼を言いバシカから離れると、アキラは二人に向き直った。


「さっき聞いた通りだけど、これは同じ宿にするしかないね。一人寂しくギルドで待ってるとか嫌だよ」


 急用で片方が来れない日は、座っているだけで一日が終わってしまうと当然の判断だった。


「じゃあどっちに寄せる?私たちはどっちでもいいけど」


 シャノンの意見すら聞かずに答えるミリア。シャノンも異論はないようだが、聞かれすらしなかったことで苦笑している。

 そんな二人に、アキラはおずおずと答えた。


「それなんだけど……、うちの屋敷に泊まらないかな?」


 十数歳とはいえ女の人相手に、うちに来ないか?と言っている為、アキラのチキンハートではビクビクしながら聞くのが限界だった。

 断られたら例外なく引きこもるだろう。


「屋敷?」

「うん。成り行きで手に入って……。ああ、でも、人は二人しか住んでないから静かと言うか……」


 しどろもどろしなりながら言うアキラ。

 ミリアとシャノンは顔を見合わせた。無言で視線を交わすと、何か結論が出たのか静かに頷いた。


「それじゃあ、お邪魔するわね」

「邪魔するぜ、アキラ!」


 その返答に、アキラはホッと安堵しながら、ミール邸へ向かった。






*************







「ここがミール邸だよ」


 門前から見たミール邸は、何の変哲もない金持ちの敷地になっていた。枯れた庭木は入れ替えて整備されており、歪な形だった生垣も剪定せんていは終わっている。雑草だらけの道も平らな芝生に変わり、その中央に控える小さな噴水が水音を立てている。

 たった一日でここまで整備したのは、他ならぬケイパーだろう。

 ビターという監視役件、指導者に、こき使われている姿が幻視できる。

 そんな金持ちの屋敷を見たミリアとシャノンは。


「いい趣味してるじゃない!」

「あれ?この都市って貴族なんてあったっけ?あれ?」


 と、好印象のようだ。

 ちなみに、この都市に王や貴族といった地位は存在しない。明確な秩序も指揮者もいないまま、住人同士が切磋琢磨して成長し合う。そんなある意味自由な都市だ。

 アキラが門を通って芝生の道を進んで行くと、ミリアとシャノンはその後を付いてくる。

 玄関前まで来ると、アキラはしゃがみこみ犬小屋から頭を出すチワワの番犬……グーイーを撫でながら振り返った。


「この子がグーイー。番犬だ」


 グーイーは気持ちよさそうにアキラの手に頭をこすり付け、ふとその背後の二人に気が付いたのかシャーッと威嚇し始めた。


「ねえ、アキラ、そこに何かいるの?」

「俺様には何も見えねえな」

「おっと、忘れてたよ」


 アキラは見えるから忘れがちだが、霊は基本的に見えないのだ。


「グーイー、この人たちは冒険者仲間だよ。今日からここに住むことになった。怖くないよ」

「あっ、見えた。可愛いチワワだ!」

「ていうか、それ霊じゃない?なんで霊がナチュラルに番犬やってるの!?」


 グーイーが警戒をやめて姿を見せたようだ。ミリアが触ろうとして触れずもどかしそうな表情をして、シャノンはツッコミを入れている。


「とりあえず、中入ろうか」


 シャノンのツッコミをさらっと流すアキラ。そのまま玄関から入っていった。二人も慌てて後に続き……。


『アキラ!遅かったな!』

『お帰りなさいませ、アキラ様』

「ただいまー」


 タマキ、ビターの2人が出迎えた。

 騒いでいたのを気が付いて出迎えてくれたのだろう。

 そして後ろの二人は。


「や、やばい。この屋敷、幽霊屋敷だった」

「なんで霊が執事やってるの!?おかしいよね!?なんで!?」


 現実逃避気味に視線を彷徨わせながらあわあわしていた。

 先に見えるようにしておいたのか、ビターの姿を見えるらしい。

 そんな二人を見てビターが聞いた。


『こちらのお二方は?』

「今日からパーティーを組むことになった二人だよ。連絡とか面倒だからこの家に住んでもらおうと思ってる。ダメだった?」

『それを決めるのはアキラ様です。私はその決定に従うまでです』

「そっか。なら色々と任せたよ」

『承りました。それでは混乱しているようなので、先に部屋を決めて休んでもらいます』

「ということだ。分かった?」


 振り返って二人に言うと、キョトンとした顔で見つめ返してくる。

 聞いていなかったようだ。


「部屋を決めるからビター……この執事について行って」

『ご案内致します』


 二人はコクリと頷くと、ビターについて行った。

 そんなしおらしい姿に、『異世界でも幽霊は怖いんだな』と思いながら部屋に帰ろうとして、タマキの姿が目に入った。


「あれ?きんさん!?なんで生きてるの!?」

『この我があの程度で消滅すると思っていたか!?』

「いや、さっき男として死んだじゃん」

『クックック……』


 突然、不敵な笑みを浮かべて笑い始めたタマキ。アキラはその行動に疑問を持ちながら。


「じゃ、また明日ね~」

『おい!ちょっと待て!!』


 完全にスルーして部屋に帰ろうとするアキラをタマキは止めた。


『そこは空気読んで、――ま、まさか!?とか言うべき場面であろう!?』

「いや、どうせロクでもない事やるだけでしょ!?」

『そ、そうなのだが……。あっ、いや、違う!』

「情緒不安定!?」

『う、うるさい。見ておれ』


 タマキは舞のようなマッスルポーズを見せ、鍛え抜かれた筋肉をこれによがしに見せて、……バサァと無駄にカッコイイ音を立てて腰のふんどしを取り払った。


「な、なに!?」


 思わず驚きの声を上げるアキラ。

 露わになったのは、滑らかな流線型のフォールムに美しい金属光沢を放つ霊専用義性器。

 タマキが見せつけるように腰を突き出し自慢げな表情を浮かべている。


「完全に破壊したはずなのに、なぜ!?」

『フハハハハハッ!見よ!この美しい輝きを!!終わりは始まり、とはよく言ったものだ。我はここに新生したのだ!』


 有頂天になって喜ぶタマキを見て、何故かアキラは悔しそうだ。

 そんな時であった。


『お兄ちゃん、帰ったの?』


 廊下の角からスウィートが、ちょこんと頭を覗かせていた。

 今からこちらに来るであろう幼女。目の前には全裸の男。

 アキラの判断は迅速だった。


「てめぇ。スゥちゃんにナニ見せようとしてんだ!!」


 霊力で青白く染まった拳を全力で突き出していた。

 だが、タマキは動かない。彼の反応速度なら容易に避けられるはずだが、腰を突き出したまま仁王立ちの姿勢だ。


『甘い!甘いぞアキラ!!』


 叫ぶタマキの股間と全力の拳が衝突する。

 いや、衝突する寸前で止まっていた。


「くっ、何をした!?」

『我が息子の隠された能力。力場装甲だ!念動力によって力場を発生させ、あらゆる物を弾く最強の盾だ!もうお主に破壊などさせぬぞ!』

「うおおおおおお!」


 アキラは裂帛の気合で押し切ろうとするが、タマキの膨大な霊力によって生成される力場装甲はびくともしない。

 その間に、『おかえりー』と無邪気な笑みで向かってくるスウィート。

 アキラの焦りが刻一刻と増していく。


『その程度か!他愛もない!今日から我の事を敬うと良い!』

「そんなことより隠せ!早く隠せよ!」

『人間は成長するたびに、心の内に闇を抱える。そうなる前に自分をさらけ出すことも重要だぞ?』

「そっちじゃない!もっと隠すべき場所があるだろう!自分の姿をよく見てみろ!」


 タマキの視線が下がった。


『筋!肉!美!』

「ふざけんなっ!くそっ。仕方ない!」


 アキラはいったん下がると、構え直し力強く拳を握りしめた。


「確か念動力と言ったな」

『うむ。そうだ』


 タマキの肯定を示す返事を聞き、アキラは覚悟を決めた。

 スウィートはタマキのすぐそばまで来ている。あと数秒の間に、幼女の蒼穹のように澄んだ心は汚されてしまうだろう。

 アキラはこれまでにない程集中する。

 次の一撃で決める固い決意を体現するように、青白い霊力の輝きが燃え盛る炎のように激しく拳を覆っていく。


「いくぞ!」

『こいっ!』


 そして引き絞られた拳が鋭い軌跡をえがき、股間に命中する。

 バジジィィッとお互いの力が鬩ぎ合い、まるで放電現象のように激しく不規則な光が漏れる。


『こ、これは……!?』


 余裕の表情を崩して、驚愕の声を上げたのはタマキだ。その声を聞き、アキラはニヤリと笑みを浮かべた。

 タマキの張っている淡黄たんこうの力場装甲が薄くなり始め、所々穴が開き始めていた。


「終わりだあああ!!」

『ちょっ、まっ。あふぅっ……』


 遂に力場装甲が粉々に砕け散った。

 そして、その奥にある霊専用義性器に拳がぶち当たり、体をくの字させながら機械部品を散らかした。


『……ま、まさか、念動力を使い中和した……のか、がふっ』


 最後の力を振り絞ったのか、その言葉を残してタマキは倒れた。

 タマキのいう通り、アキラは念動力で中和した。

 もちろんアキラは念動力の概要すら知らない。霊力で霊体に触れることが出来るだけだ。

 だが、その類稀な霊感によって今、この瞬間、念動力を使いこなしたのだ。

 1を知って1しか知らない人を凡人と言うなら、1を知って100を知る者は天才だ。

 アキラは霊力については紛れもない天才だった。


『おかえりー、お兄ちゃん!あれ?おじちゃん、どうしたの?』

「きんさんには逝ってもらいたい場所があったから行かせたんだよ。……そ、それより、冒険者の仲間が今日からここに住むことになるから挨拶に行こっか」

『う、うん。お兄ちゃんも一緒に来てくれるよね?』


 スウィートは不安そうに上目遣いでアキラを見つめた。

 人見知りのお年頃なのだ。


「もちろんだよ!行こう、スゥちゃん!」

『うんっ!』


 満面の笑みで答えるスウィートを連れてアキラは階段を昇って行った。

 アキラの脳内には、さっきまで壮絶な戦いを繰り広げていたタマキの事など、完全にに消し飛んでいた。

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