2話 ステータス……。
まあテンプレのやつです。
道行く人にギルドの場所を聞きながら歩くこと数分。周囲と比べると一際大きな建物に着いた。
その入口に設置された看板にはミミズの這ったような謎の記号が書かれている。
これが日本語とは似ても似つかないこの世界の文字だ。もちろんそのままでは意味など分からないが、アキラの視界にはその文字の上に、『冒険者ギルド』と翻訳された日本語が表示されていた。スキル【言語翻訳】の効果だ。
この世界語の会話を聞いている時も同様で、異世界語の会話に重なるようにして日本語の音声が聞こえる。テレビでよくあるアフレコされた外国の学者などの話を聞いているような感覚だ。
ここまでの道のりでこの世界の言語を何度も見聞きしているが、ギルドという単語に改めて非現実が現実になったのだと再認識して、これからの冒険にワクワクと心を躍らせながら、両開きのスイングドアを押してギルドに入る。
そこには多くの冒険者がいた。
掲示板の前で依頼用紙を見ている者。数人の集団で話し合っている者。言い争っている者。数人で酒を飲みながら大声を上げ笑う者。テーブルに座って暇そうにする者。突然歌い始めるキチガ……能天気な者。
皆、自由気ままな時間を過ごしているようだ。
(なんか、思ったより普通だな……)
それがアキラの第一印象だった。
冒険者と言えば日夜命のやり取りをする荒くれ稼業だ。そのせいでなにかと過敏になり、周囲を常に警戒していたり、必要以上に強く見せようとガラの悪い性格になったり。冒険者がそんな窮屈な存在の可能性を少なからず予想していた。
しかし蓋を開けてみれば張り詰めた空気など微塵も無く、自由奔放といった様子でアキラは安堵の表情を見せた。
ただしそれは表面上の話だ。
人付き合いに疎いアキラは気付いていないし本職の冒険者が気付かせる訳もないが、冒険者たちは会話に華を咲かせながらも、その水面下では視線でのやり取りや牽制を行っていた。その警戒網に表れた新顔のアキラに、さり気なく意識の矛先は向けられていた。
「初めて見る顔だな。新規か?」
「あの服、この都市の者じゃないな」
「見る限りかなりの素材を使ってるわね。あそこまで上質な物を作れる町なんてあったかしら?」
「魔法都市の出身かもしれねーぞ?」
「しかしあの身のこなし、スパイにしては実力不足だ」
「魔力は欠片も感じられんが……ふむ、違和感を感じるな」
「どうせ、どこかの村から追い出された流れ者だろう」
「犯罪者か……」
「お前ら感じねぇのか!? ヤベェ気配がビンビンするぜ!? 俺の股間にビンビ――」
「おいテメェ! 浮気する気か!? 俺との愛はどうしたんだ!?」
「そんなもん元からねぇよ! 俺が好きなのはお前の弟だけだ!」
「ちくしょう! ママに言い付けてやる!」
そんな内容の事が雑談の中や視線で、やり取りされている。そのアキラに対する印象は、警戒の念が多かった。
それは正体不明の新入りという印象に、守護霊に守護霊が怖がられているため伝わってくる意識外からの忌避が拍車をかけて、強い警戒となっていたのだ。
そしてその事に気付かないアキラは、滑稽な程浮かれた様子で受付カウンターに向かった。
カウンターは全部で3つで、女性職員が2人と男性職員が1人だ。アキラはその中の男性職員が受付のカウンターへ向かった。
わざわざ女性を避ける行為から、アキラの性格はなんとなく察せられるだろう。
「ようこそ《両塞都市ガダイ》の冒険者ギルド本部へ! 本日はどのような御用件ですか?」
営業スマイルで挨拶をするのは、如何にも仕事が出来そうなメガネをかけた青髪の男性職員だ。
「新規登録です」
「分かりました。それでは確認を取りますが、冒険者は依頼によっては命のやり取りをする危険な職業です。覚悟は大丈夫ですか?」
「もちろんです」
アキラが迷うことなく即答した。
「分かりました。では、冒険者になろうとしているんですから知っていると思いますが、改めて簡単な説明をさせてもらいますね。……まず、冒険者とは様々な方面からの依頼を請け負う、言わばなんでも屋みたいなものです。とはいえ冒険者に家の修理を頼むような人はいません。その道のプロがいるのですから。なので基本的に入手困難な物の調達や、人の営みに害をなす存在……モンスターの討伐が仕事となります。ステータスプレートは持っていますか?」
「持ってないです」
受付の男性職員は銀色の板をカウンター内から取り出した。手の平サイズの板を見てアキラは、コンビニのレジでピッとするカードを思い浮かべた。
「これはステータスプレートと呼ばれる魔道具です。本人の基礎能力や適性などを文字として表示することで、最適な戦闘スタイルの研究を可能とします。また冒険や戦闘や修練などからなる様々な成長を経験値として貯蔵して、一定値を超えるとレベルが上がり基礎能力を上げたりスキルを習得するためのポイントが貰えます。それを使用することで成長の方向性をある程度操作できます。またスキルや称号によって増減する能力値や、おまけとして依頼なども表示される機能が付いています」
これはアキラもよく知るレベル+スキル制MMOのもので、強くなるにはレベルだけでなくスキルや称号も重要になってくる仕様だ。
ただゲームの限られた狭い世界ではなく、現実の広く壮大な世界での自由度は非常に高く、行動パターンは際限がない。従って、スキルや称号の数も無数に存在しているだろう。
これから冒険心のくすぐられるような世界が待っていると改めて実感を持ち、アキラは心の底から沸き上がるような高揚感に笑みを浮かべた。
男性職員はカウンターの中から紙とペンを取り出した。
「それではこちらの用紙に身長、体重、年齢、特徴を書いてください」
アキラは【言語翻訳】を使用して用紙に記入を始める。
身長170センチ。
体重60キロ。
年齢17歳。
(特徴、特徴、特徴……)
思いつかなかった。
この世界に来てまだ一時間も経過していないが、大通りで黒目黒髪の人を見かける機会は少なくなかった。
このテンプレ回答を奪われると、目立たない事をモットーに生きて来たアキラには特徴などなかった。
そうして考えた挙句の果てに、『特徴が無い事が特徴』と書いた。
「はい、結構です。ええと、自分に自信を持ってくださいね!」
同情するように少し無理やり感が残る優しい微笑を向けられ、アキラは気まずくなり静かに視線を逸らした。
「……それではこちらのステータスプレートに血を垂らしてください。そうすることで個人登録が済まされて初期ステータスが分かります。その数値やスキルに応じた適正のある職業を選んでください」
そう言ってアキラに渡されたステータスプレートと針は緻密な幾何学的文様が施されている。
ステータスプレートはステータスを表示するための魔法的な物だと分かるが、針には必要ないハズなので装飾だろう。無駄に精巧で宝石のようなものまで付いている外観から、その価値は考えるまでもなかった。
アキラの様な日本の一般市民には、手に取る事すら躊躇する見た目だ。
(こんな良さそうな物を使っていいのか? いや、渡されてるからいいんだろけど、僕なんかの血で汚していいのか? いや、渡されてるし……。 でも弁償とかさせられないよね? いやでも渡され――)
そんな様子でアキラはステータスプレートに血を垂らした。
「そ、それでは、お預かりしますね」
僅かに引き攣った営業スマイルでステータスプレートを受け取ると、青髪の男性職員はカウンター内の装置に嵌め込み操作し始めた。
『アキラ……針を刺すのが痛いとはいえさすがに10分もかかるようでは先が思いやられるぞ?』
「……チキンで申し訳ないです」
指先とは言えケガはケガ。痛いものは痛い。
大層な理由で言い訳をしていたアキラだが、結局は勇気が無かっただけなのだ。
そんな会話をしているうちに男性職員が戻ってくる。
「ええと、ヒラノ アキラさん。固有能力は無し。スキルは……【言語翻訳】と【精神衛生】……どちらも冒険者には役に立ちませんね。基礎能力は…………。さてと、それでは職業を選んでください。と言っても戦士しか選べませんが」
「あれ? 基礎能力飛ばされた!? そんなに悲しかった!? あ、あの……見せてもらってもいいですか?」
鉄壁の営業スマイルで無言の男性職員に渡されたステータスプレートを、アキラおずおずと受け取り内容確認する。
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ヒラノ アキラ
レベル1
筋力 :1
生命力:1
知力 :2
俊敏 :1
運 :1
器用 :2
振り分け:0ポイント
スキル
【言語翻訳】
【精神衛生】
振り分け:0ポイント
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「ああ、うん。なんとなく分かってたよ……」
落胆を隠し切れていない様子でアキラは呟いた。
先に神に言われて分かっていた事とはいえ、アキラも少しは期待したくなるお年頃なのだ。
「他に特筆するような技術はありますか? 言っておくだけでも有利になる可能性はありますよ!」
「ええと、例えば過去にどんな物がありました?」
「他人のステータスにも関わるので余り言えませんが、村で家畜の解体を行っていた為モンスターの解体が得意という事や、武術関連ですね」
当然ながら、アキラには家畜の解体などの経験は無いし、武術など体育でかじった程度。いや、クラスで避けられていたせいで柔道や剣道ではペアになってくれる人もおらず、見たことがあるだけだった。
それでも言うだけお得と聞いてオトクに弱い日本人の血が疼いたのか、アキラは必死に無い物を絞り出す。
(現代知識は……ほとんどないな……。キーボード操作で指先が器用とか? あ、FPSやってたし反応速度だけは自信あるな。いや、その前に暑苦しいのが憑いてたな)
アキラの中では残念な存在として雑に扱われ始めているが、唯一異世界らしい超常的な存在だった。
「守護霊が……ええと……何できるんだろう……?」
『くっくっく。我が力にかかれ――』
「まあ、なんか色々やってくれる守護霊がいる、というのは書けます?」
『お、おいアキラ。なんか我への対応酷くないか?』
「守護霊……。……珍しいですね」
そう言い、男性職員は含みのある視線を向ける。
「現世に干渉できる程の力を持った守護霊がいるのですね?」
「はい。変なのが……」
目元を押さえて涙を堪える様にアキラは悲しげな雰囲気で返した。
『変なのとはなんだ! 変なのとは! ちょっ、何でそんなに嫌そうなの!? 我、これでもすごい霊だぞ? 神霊のようなものなのだぞ!?』
「うーん、とりあえず神って入れるところとか、言い切ってないとことか胡散臭いなぁ」
手振り身振りで必死に伝えようとするタマキだが、アキラはやはり信じていないようだ。
男性職員にタマキは見えていない。そのためアキラが唐突に呆れたような雰囲気で独り言を呟き始めたようにも見える。
しかしそうではないと男性職員は思った。
彼はアキラの視線や無意識に出てしまう表情の機微を観察して真偽を確かめていた。『珍しいですね』とわざわざ褒めるような言い方をしたのも、アキラが自己顕示欲や自尊心から言っていれば何かしら反応があると思ったからだ。しかし無かった。あまりにも自然に、自分ではない誰かの言葉に感情が揺れ動かされていた。ステータスを見たため、それらがスキルによる偽りでも、称号から薬物などの副作用でもないという事が判明している。
それらの情報からアキラには本当に守護霊が見えていると判断した。
驚愕を押し殺しながら男性職員は質問する。
「記入するために守護霊の能力を窺っても?」
「そういえば、きんさんって何できるの?」
『そうだな……。まず、人の体を乗っ取れるであろう? 他には石を動かしたり、いきなり見えるようにして驚かせたり……』
タマキが言うたびにアキラの表情から感情が消えて行き、遂に小さく頭を抱え始めた。
「しょぼすぎる……。うちの守護霊がしょぼすぎるよ。いったい何から守護できるんだ……」
『あと筋肉の振動で電波を起こしたり』
「なんで筋肉から怪電波出せるんだよ!? しかも全く使えないし!」
アキラは男性職員に使えそうなものをまとめて言う。
「えっと、人に乗り移ったり、石を動かしたりだそうです」
「……そうですか」
その男性職員の声音には疑心が含まれていた。それから少し思考するような雰囲気を見せるが、追及することなく話を進める。
「分かりました。それでは低級ゴーストレベルで登録しておきますね」
「ぷぷっ。神霊(笑い)のきんさんが低級ゴースト判定だって」
『ままま、まあ良い。わ、我のような真の強者は結果を持って語るからな。実戦で語ってこそ真の強者なのだ!』
笑いを堪えられず思わず吹き出しながらのアキラに、タマキは慌ててまくし立てた。
ただ、盛大に焦っている事から、アキラはタマキの実力をなんとなく察した。
「職業についてですけど、先程言った通り戦士しかありませんね。もちろん武器や防具はレンタルできますよ」
アキラにも魔法を使ってみたいという思いは存在していたが、適性が無いなら仕方がないと諦める。
「問題ないです。戦士でお願いします」
「分かりました。これで登録完了です。すぐに依頼を受ける場合はあちらの掲示板をご利用ください。それではお疲れ様です」
こうして妙にソワソワしたタマキを連れた、アキラの冒険者生活は幕を開けた。
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掲示板に向かったアキラを見送り、青髪の男性職員は神妙な面持ちで思案する。
「守護霊か……」
守護霊について知られている事は一般的に少ない。基本的に実態を確認できない以上、アンデッド系モンスターのゴーストに似た存在としか言いようが無いのだ。
だが、その男性職員は違った。知り合いに霊に関する研究者がいたのだ。
その知り合いから聞いた話では、守護霊とは全ての生物に憑いており魂の守護をしているという。そして基本的に姿を現すこと有利になる点は何一つ無い存在だった。姿を現すために力を使い、会話するために力を使い、おまけに存在が露見することで一部魔術での攻撃を可能としてしまう。それは全ての霊体に言えることで、生者への憎しみのみで行動するゴースト以外が顕現することは非常に稀だ。
それでも姿を現す霊というのは存在する。それは何者なのか。
有名所は、悪魔種、湖畔の艶花・サルフリック、聖教教会主神・インバース、妖精の森の守護者・ラプロス、そして全霊の頂点・霊王が挙げられる。
それらすべてに言えること。それは単純明白、ただ途方もなく強いという事だ。
どれだけデメリットがあろうとも、その全てを意に介す必要が無い程の強さを持っているのだ。
男性職員はアキラの守護霊が姿を見せている事から、それらと同格とまでは行かなくとも、かなりの格があると推測していた。
そしてアキラの言った守護霊の能力は、低級ゴーストでもできる程度の物でどう考えても正しくなかった。つまり、何かしらの策なのだろう。
その利点はいくつも考えられる。だが最も問題なのはそこではない。それを行っている者が、アキラの様子から見て守護霊自身だということだ。
強い力で暴れるだけでなく、そこに人間の専売特許とも言える知恵が加わればどうなるか……。
「すいません。急用ができました」
まだ僅かな可能性の話ではあるが、警戒に値する人物だと判断した男性職員は同僚に一言告げると返事を聞くこともなく足早に歩き出した。
その向かう先はギルドの奥ではなく出入り口だった。
これ男性職員の行動が、逃走とか街の住民に広めるとか捉え方で変わるけどいいのかな?
なぞぉな雰囲気としては良いのだろうけど、もっとスマートにならんかね