19話
今日も依頼を受けようとギルドにやってきたアキラは、依頼掲示板に立ち寄ることもなく受付カウンターに向かった。もちろん受付担当はミアナである。
「おはよう、ミアナ母さん!安全な依頼ある?」
「アキラさん。おはようございます。安全な依頼ですか……。少しお待ちください」
ミアナはそう言うと、ペラペラと手元の用紙をめくり始めた。
「あら、アキラさんの所にパーティーの加入申請が来ていますよ」
「おお!ようやくか」
待ちに待ったその吉報に小さく感嘆の声を漏らす。
アキラのステータスは攻撃には向いているが、その他の能力は初期値のままだ。俊敏が低いため攻撃の回避は難しく、更に生命力も低いので一撃でも貰えば致命傷すらもあり得る。冒険者という戦闘の絶えない職業には余りにも不向きだ。
そこで、パーティーだ。一人でも盾役がいてくれればリスクは大幅に削減できる。最悪でも連携に組み込めれば行動の選択肢は広がる。
理想的な安定した戦闘が実現するのだ。
「それで、その人はどこに?」
「ええと、16番テーブルで待って……ああ、来てくれました!この二人です」
アキラが振り返ると、そこには旅装束を着た二人組の女がいた。
「よう!お前がアキラか」
そうフレンドリーに話しかけるのは、アキラと同じくらいの身長で、淡い桜色の髪を後ろで結んだ女性だ。余裕そうな、それでいて少し獰猛な笑みを浮かべ、真っすぐに夕焼け色の瞳をアキラに向ける姿は、どこか男勝りで颯然とした雰囲気を感じる。
「そだよ」
「なら話は早い。俺様はシャノン。こっちは姐さんの……」
「ミリアよ。よろしく」
言葉少なに言ったミリアは、まだ中学生くらいの少女だ。柔らかな金髪に、エメラルドのような翠玉の瞳。その態度から年相応のツンとした小生意気そうな雰囲気が見て取れる。
少し前なら、その特異な髪や瞳の色に興味を示したが、今のアキラはあまり関心はない。この世界の人の髪や瞳の色は基本的にカラフルで、大通りを見ればパレットをぶちまけたような光景を拝める。既にそれが常識になり始めているのだ。
「二人まとめて厄介になるが良いか?」
「それは良いけどさ、人数的に立場逆じゃね?」
アキラがパーティーメンバーを募集しているとはいえ、既に二人組のパーティーを一人のパーティーに組み込むのは違和感がある。
「なんだよ、そんな小さい事気にすんなって。もっと気楽にいこうぜー」
「お、おおお……」
そうテキトウな事を言いながら、シャノンは一方的にアキラと肩を組んだ。すると、アキラは物凄く慌て始めた。
初めて肩を組まれたから……ではなく、自らに押し付けられたシャノンの女性的な柔らかな部分に……。
初めての感触に動揺して何をしたらいいのか分からなくなり、あたふたする。
そんな様子を見ていたミリアはため息交じりに言った。
「……気を付けなさいアキラ。ソイツ、男よ!」
「…………。え!?」
アキラが確認するような視線を至近距離でシャノンに向けると、シャノンはニッと笑みを浮かべると離れていった。
「姐さん、そこで言っちゃだめだろ。こっからが面白くなるってのに」
「これからパーティー組むのに何でからかってんのよ、バカッ!仲良くする気あるの!?」
「おお、そういわれてみりゃそうだな!すまん、アキラ。俺様は男だぜ!」
そんなさっぱりとした態度のシャノンに、アキラは未だ困難気味だ。
「……え!?もしかして乳ハーフなの……!?」
「にゅーはーふ?よくわかんねえがこれは筋肉だぜ!」
「…………」
独りでにグワングワンと円を描くように動く胸の膨らみ。人類は未だかつてこのような挙動を取る胸を見たことがない。
アキラは静かに無表情になった。
「俺様だってこのレベルに至るまで苦労したんだぜ?硬い筋肉を柔らかく感じさせるために収縮させるタイミングとか、美しく見せるための研究は頑張ったもんだ」
「ホント趣味が悪いわね……」
しみじみと言うミリアを見て、アキラは両手で顔を覆った。
「もう、乙女の純情を返して……」
「乙女……?」
シャノンが聞くと、女々しくなっていたアキラにカバッと顔を上げた。
「違う!漢だ!」
「やっぱそうだよな!」
「「ハハハッ!」」
突然機嫌を直して笑い始めたアキラとシャノンの二人を見て、呆れるようにミリアは小さくつぶやいた。
「やっぱ男ってわかんない……」
そこには紹介されなくてタイミングを逃し、人知れず寂しそうにしているタマキの姿もあった。
****
テーブルまで移動したアキラ、ミリア、シャノンはそれぞれイスに座った。
腰を落ち着けてじっくりと話し合う様子から、真面目な話をする気だと分かる。
「さて、改めまして。僕はアキラ。職業は戦士。まだまだ初心者だ」
「私はミリア。魔法つ……魔術師よ。よろしくね」
「俺様はシャノン!職業は暗殺者だ!よろしくな!」
それぞれ、自己紹介を――
「あ、そういえば、もう一人いたわ」
終わらせずに、思い出したように後ろを向いた。
そこには救済を受けた者のような表情でアキラを見るタマキがいた。
「この人……というか霊はきんさん。僕の守護霊だ」
タマキは二人の間に飛んでいき、柔軟性を見せるように足を開脚し両手をつま先に当てるキメポーズをとった。そのまま二人を触れようとするが、両手はつま先を握っている。『……んん!んん!!』と唸っていたが諦めて、今度は背中からメキィィと音を立てて大量の触手が飛び出した。そして、その触手をわさわさと動かし二人の肩に触れさせた。
見えるようにするための行動だと分かるが、突然目の前にムサイ男の股関と大量の触手が現れた二人は、驚いて椅子から転げ落ちた。
「ひっ……。き、気持ちわる!?」
「う、うわぁ。誰だよ!」
『…………。ど、どうも。……初めまして。……武田 たまき。……気持ち悪い人です』
ミリアとシャノンに気味悪がられらタマキは、しょんぼりと小さな声で言った。
「きんさん、もうちょいマシな登場の仕方なかったの?」
『……ええ!?これ、我のせいなのか!?』
「い、いや、その……」
悲しげに背中の触手を引っ込めるタマキに、かける言葉が見当たらなかった。
二人に触れる時タマキはキメポーズをとっていた事から、とても張り切っていたことが他人目にも分かった。少し絵面は悪いかもしれないが、その小さな努力を糾弾することは憚られた。
(そ、そうだ!ズボンをはかせればいいじゃん!)
冷や汗を流しながら、降って湧いたナイスアイディアを口にする。
「服だよ服!もうちょっとマシなのにしたらいいんじゃね?」
『なるほどな……』
苦し紛れのアキラの言葉にタマキは頷いた。
『これなら良いか?』
タマキの褌から、ポンッと煙が上がった。煙が収まると、褌は白い無地から花柄に変わっていた。
そのズレた考えにアキラは微妙な表情になった。
「い、いやぁ、なんというか。そっちじゃなくて布面積の方を言ってまして……」
『なんだ、そんなのでよいのか……』
タマキがようやく理解してくれた事にホッと一息。その奥を見ると、ミリアとシャノンが若干引き気味で椅子に座りなおしていた。
ようやく話が再開できそうだ。……タマキも立ち上がり、邪魔にならない位置に移動するように……。
『――へーんしぃん!!』
移動しなかった。
ミリアとシャノン、アキラの間に立ち上がり、某仮面戦士のライダーのようにシュバッとポーズを取った。
すると、タマキから光が溢れ出しその姿を覆い隠した。
光が収まるとそこには……。
――全裸のタマキがいた。
「イ、イヤアアアァァァ」
「おおお、落ち着け姐さん!ちょっと黒いが、これは桃だ。これは桃これは桃」
プリッと尻を向けられたミリアが椅子ごと倒れかけ、シャノンがそれを必死に介抱する。
アキラの方には雄々しい象さんが姿を現する。
そろそろ我慢の限界だった。
フルフルと震える拳に霊力を纏わせて……。
「話が進まないから、ちょっと黙ってろ!!」
大下段のアッパーカットを打ち込み、黒光りする象を仕留めた。
泡を吹き白目になって倒れているタマキを掴んでポイッと投げ捨てると、疲れ果てた顔でミリアとシャノンの方を向いた。
「よし。話を始めよう……」
「…………」
「しっかりしろ姐さん……。姐さん?姐さああああん!!」
ぐったりとしているミリアと、それを根性の別れのような雰囲気で揺するシャノン。
全く話が出来そうにない様子を見て、アキラは大きくため息を吐いた。
「――やってらんねーよ!!」
こうして、アキラの不安しか残らないパーティーが結成された。