18話
ヘルシーから依頼を受けたアキラは、タマキを連れて静寂に包まれた深夜の街を走った。露店の喧騒もなりを潜めており、どこか寒々しい雰囲気を感じる。
依頼の内容を詳しく聞くと、報復対象である殺人犯の名前・顔・住所は既に特定されていた。
これは、ヘルシーがミール邸の除霊に来た冒険者に憑依して追い出す際、一緒に記憶も読み取っていたからだ。その記憶の中から、殺される寸前に見た殺人犯の顔と一致する者を探し出し名前を特定。芋づる式に情報を暴いたという。趣味や一日のおおまかな行動なども割れており、どれ程の数の冒険者がミール邸の除霊に来たのかが窺える。
「きんさん、あそこだよね」
『うむ。そうだ』
アキラがタマキの腹部に映し出された地図と眼前の家とを見比べながら確認を取ると、肯定を示す返事が返ってきた。
そこには何の変哲もない二階建ての一軒家があった。住んでいるのはケイパーという名の男で、冒険者をやっている。その実績はぱっとしない物ばかりだが、かなりグレーな仕事もやっていると一部の間では噂になっている男だ。
いまから2年半前、泥棒をしようとケイパーはミール邸に忍び込んだ。その時、偶然にも犯行現場を見られてしまったことで、証拠隠滅のためにミール一家とその執事を殺害した。
彼は曲がりなりにも冒険者。戦う力を持たない一家を殺すことなど造作もない。
「きんさん、中にいるか見てきて」
『了解だ』
タマキは言われた通り家の方に向かうと、壁をすり抜けて中へ入っていった。
しばらくすると、先ほどと同じように壁をすり抜けて出てきたタマキはアキラの元へ戻った。
『どうやら2階で寝ているようだ』
「そっか。それなら簡単そうだね。玄関から?窓から?…………直接行けばいいか」
アキラは考えるようなそぶりを見せたが、すぐにめんどくさくなり、屋根に飛び乗った。
「さてと、やるか……」
気分を入れ替えるようにそう言うと、アキラは背中の両手剣を抜いた。サクリファイスタートルに刃の部分を削られて切れ味は無いが、アキラは気にすることもなく薙ぎ払った。
打撃を受けた壁に大きく穴が開き、その破壊痕の端まで行き本来なら止まるはずの両手剣を、アキラは強引に膂力のみで押し切った
一部の壁が破壊されると、他の壁は荷重に耐えかねて大きな亀裂が入り、崩壊していく。工事現場のような騒音を立てて、壁に支えられていた屋根が崩落した。
そんな災害現場のような2階を見ながら、アキラは両手剣を正眼に構え真剣な表情で視線を巡らせている。
そこで寝ていたはずのケイパーは瓦礫の下に埋まった。だが、彼は冒険者だ。当然のごとく生きていて、今にも瓦礫を突き破って飛び出してくるだろう。
そう思い、警戒を続ける。
が、10秒が経過し、20秒が経過し、30秒が経過し、1分が経過し……。
「あれ?出てこないんだけど……」
すこし困惑気味にアキラは言った。
冒険者はステータスの恩恵で頑丈だ。いくら重い瓦礫に潰されようと大ケガには至らない。
そして前情報から、ケイパーは戦士系だと聞いていた。当然のごとく筋力も上げているため、瓦礫程度押しのけて出てくる。
そのハズなのだが……。
一向に出てこない。
「も、もしかして逃げられたんじゃない?」
嫌な予感が脳裏によぎり、アキラは顔をしかめた。
『我が見に行った時はもう寝ておったのだがな……』
「きんさん、見てきて!」
タマキは瓦礫を透過して中を見に行った。
すると、すぐに戻ってきた。
「ど、どうだった?」
緊張した面持ちでアキラが聞くと、タマキは瓦礫の一角を指差した。
『あのブロックをどけてみよ』
「…………?」
アキラは訳も分からずに言われた瓦礫をどけた。
そこには、首から下を瓦礫に埋もれさせた男がいた。
ケイパーだった。
「…………」
「た、たすけてくれ!瓦礫に挟まって……」
ケイパーは必死の形相で助けを乞い……その途中でアキラが抜き身の両手剣を持っていることに気が付き恐怖に顔をひきつらせた。
「わわわ、悪かった。謝る!謝るから許して、はぐしっ……」
突然、叫び始めたケイパーをアキラは黙らせようと思い殴った。一撃で気を失って白目をむいてしまった。
そんなケイパーを見ながら、アキラは呆れたように言った。
「弱すぎる……。バルド達と全然違うじゃん」
『ううむ、そうだな……。だが、こやつが弱すぎたのではなく、バルド達が強いだけではないか?』
「それもそうか……」
アキラのような初心者を一人入れて討伐に行くようなパーティーだ。
逆に言えば、一人くらい役立たずが居ても問題ないという自身の表れでもある。
アキラもそうなのだろうと納得した。
「それじゃあ、コイツ運ぶかー」
ケイパーの上にある瓦礫を片方の手で持ち上げ隙間を作り、もう片方の手で本人を引きずり出す。予め持ってきたロープを取り出して縛り上げた。
ヘルシーの依頼は、報復行為全般で家の破壊や、本人……無理ならば親類縁者の殺害などなど様々だ。
だが、日本生まれのアキラには【精神衛生】のスキルがあるからといっても、殺人には抵抗があった。必要に迫られれば、仕方がない……で通す程度ではあるが、避けられる場合は避けるだけの理由には事足りる。
アキラは、ケイパーをヘルシーに届けるつもりだ。その後どうするかはヘルシー次第だが、アキラ自身が殺人を犯さない。
アキラは縛り上げたケイパーを肩に担ぐ。大人一人とは思えない体感の重さに、筋力値の成長を感じ嬉しいような悲しいような複雑な気持ちでミール邸に向けて走り始めた。
既に野次馬が集まり始めていたが、屋根から屋根へと飛び移り、その頭上を通り過ぎた。
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ミール邸に戻ったアキラを迎えたのはやはりと言うべきかヘルシーだった。
彼はアキラに担がれている男を見ると、怒りを鎮めるように小さく深呼吸をして、感情を感じさせない声音で言った。
『……わざわざ連れてきたのですね。感謝します』
「気にしないでいいよ。それでどこに持ってけばいい?」
『こちらにお願いします』
ヘルシーの後を付いて行き部屋に入った。
家具などが一切置かれていない寂しい部屋で、天井から垂れ下がる薄暗い照明だけが不気味に揺れている。
その部屋の真ん中に、まだ寝ているケイパーを下ろした。
『これでアキラ様の依頼は達成になります。この屋敷はあなたの物です。ご自由にお使いください』
「そうか。ありがとう」
アキラはお礼を言うと、スッキリとして緩みそうになる表情を引き締めた。
後腐れ無くして家を手に入れた事に喜びたいが、目の前で復讐のクライマックスに差し掛かった霊に遠慮したのだ。
「それじゃあ、僕はこの辺で……」
『ああ、待ってください』
緊張する空気から逃げるために部屋から出ていこうとするアキラを、ヘルシーは呼び止めた。
『私はここから離れることが出来ないので、他の3人を呼んできてもらってもいいですか?』
「…………スゥちゃんも?」
『はい。娘も何か思うところがあるでしょうから、お願いします』
「そう……だよね……。分かったよ」
まだ幼いスウィートが、ケイパーを痛めつける想像が頭をよぎり、できればそうならない未来を祈った。
部屋から出ると、残りの地縛霊3人を呼んでから自室に戻り、ガチャリと鍵をかけた。
「今日はもうこの部屋から出ない」
そんな決意硬く呟くアキラを見て、タマキは呆れたように溜息を吐いた。
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カーテンの隙間から覗く朝日を眩しく思い、アキラは目を覚ました。
そして、枕元から聞こえる囁き声に気が付き、その方向を向いた。
『きんにく~!きんにく~!きんにく~!きんに……お、おはよう。アキラ』
少し焦った様子のタマキに、アキラはジト目を向けた。
「何やってるの?きんさん……?」
『い、いやー。……バードウォッチング?』
「嘘つけっ!?絶対洗脳しようと思ってたよねっ!?脳に筋肉を刻み込もうとしてたよねっ!?」
『そ、そんな事ないぞ。ほ、ほら、今日も美しい青空が広がって……』
シャーッと音を立ててカーテンが勢いよく開いた。
『……美しい中庭であろう?』
「さっきと言ってる内容違うんだけど!?」
『そ、そんな事は無い。あるはずがない!』
タマキは自信満々に言い切った。
アキラも追及するだけ無駄だと思い諦めた。
「そだね~。ところで、霊を殴るにはどうしたらいいの?」
『なに簡単な事だ!霊力を込めるだけで殴ることが出来る!こう、体全体から力を集める感じで……』
「おお!できた」
握りしめたアキラの拳には青白いモヤが掛かっていた。
それは拳の表面に流動系のモヤを薄く纏っているようで、手を開いたり閉じたりと動かしても一定の厚みで付いてくる。
『良い霊感を持っているだけあるな。これなら我が師匠として……』
「バッキャロ――ッ!!」
『ふぶへぇえええ――ッ!?』
アキラは霊力を纏った拳で、タマキを思いっきり殴った。
ベッドに座ったままの体制のため、あまり力は入っていないが、それでもタマキは壁を透過して向こうに吹き飛んでいった。
「素晴らしい力を手に入れたな……」
アキラは悪そうな笑みを浮かべた。
そんな一悶着あった後リビングに降りた。
『おはようございます、アキラさん、タマキさん』
『おはよう、おにいちゃん!おじちゃん!』
『おはようございます、アキラ様、タマキ様』
涙目で頬に手を当てて痛そうにしているタマキとアキラに、フルーティ、スウィート、ヘルシーが口々に挨拶をした。
「ああ、おはよう!」
『お、おじちゃん……』
アキラは普通に返すが、タマキは少しショックを受けていた。
そんなタマキを見流してから、アキラはソファーに座ると、家の中に視線を巡らせた。
掃除は終わっているようで、ホコリや汚れなどは見当たらない。窓ガラスは所々割れているが、念動力でも使っているのか、飛び込んできた虫を弾き返している。
霊は基本的に眠らない。アキラが寝ている間に掃除を終わらせたのだ。
「ご主人様、朝食の準備が出来ました」
「おお、ありがとう」
そんなナチュラルな会話と共に、食事の乗ったトレイがアキラの前に出された。
アキラは美味しそうな香りに空腹を感じ、スープを一口飲んだ。
が、疑問を感じトレイを出した人物の方へ視線を向けた。
その人物は、執事服を着た坊主頭の男であった。
「誰やねん!?」
アキラが下手な関西弁になりながら驚きの声を上げると、坊主の男は悟りを開いた仏のような笑みを浮かべた。
「お忘れですか?ご主人様。昨日会ったケイパーでございます」
「…………」
「本日より当家で働かせてもらうことになりました」
「そか……」
アキラは小さくつぶやいただけだった。どのような経緯で悟りを開いたのか考えたくなかったのだ。
だから、過去を振り返ることなく現在のみを見た。
新しい執事が入った。その事実だけを。
「よろしくね、ケイパー」
「はい、よろしくお願いいたします、ご主人様」
挨拶を済ませ、朝食を再開する。
「ご主人様。よろしければ献立の紹介を……」
「頼んだ!」
「はい。本日の献立は、ガーリックブラックペッパートースト、ブラックペッパー出汁のスープ、ブラックペッパーシーザーサラダ、ブラックペッパー…………」
そんなケイパーの説明を聞き流しながら、アキラはモグモグと食べる。
「美味しいね」
「ありがとうございます」
今日も一日が始まった。