17話
最近、自分がコミュ障かもしれないと思い始めた。
書いていると変な方に会話が進んで行ってしまう。
ヒョロガリと交渉をすると、僕が受けていた依頼は達成となった。過程はどうであれ家を売ることが目的であったため、ヒョロガリからしたら依頼は達成だったらしい。
依頼を取り消すと言っていたし、違約金を無くしてもらえるように便宜を図ってもらおうと交渉したのだが、思わぬ収穫であった。
そんなこんなで、ほぼ毎日サラリーマンの月収程の額を稼いでいる僕だが、現在の所持金は200万弱。
日本にいた時と比べると出世したものだ。
あの頃は、財布の中身に紙幣など存在しなかった。当然通帳もない。大抵は『お母さん、○○ギフトカード買ってきて!』でどうにかなっていたが、それでも高額の物は頼めないので不自由はあった。
今の僕を母親が見たらどういう反応を示すだろうか。
自分の事の様に喜ぶだろうか?
いや、そんな事は無いな。
『そんな危険な職業、母さんは許しません!養うからやめなさい!』などと言うのだろう。
子離れできない親というのも考え物だ。
そんな事を考えながら歩いているとミール邸に到着した。手入れを忘れられた庭と屋敷は、薄暗くなり始めた時間帯と相まって、より一層の不気味さが際立っている。
そのうち手入れしよう。暇なときに……。気が向いたら……。
雑草で、もしゃもしゃした庭を横断して玄関まで行くと、犬のグーイーがワンワンと吠えながら駆け寄ってきた。小さく尻尾を振っている所を見ると、敵意を持って排除しようとしているわけではなさそうだ。
とりあえず撫でてあげる。
手が貫通した。幽霊だし触れないんだった。
でも、尻尾をブンブンと振っている所を見るに嬉しいようだ。
まあいいか。
僕は玄関の戸を開けた。
「ただい……ん??」
言いかけて目を疑った。
廊下をタンスが浮いていたのだ。
『おかえり!おにいちゃん!』
「あ、ああ。スゥちゃんか……」
そのタンスの後ろからスゥちゃんが出てくると元気にそう言った。
どうやらスゥちゃんも念動力が使えるようで、体の5倍はあるタンスを運んでいる所だった。
『あら、帰ってきたのですね。おかえりなさい』
『お帰りなさいませ。お坊ちゃま』
声を聞いたのか4つのイスを運ぶフルーティと、欠けた皿や包丁を運んでいるビターが顔を出した。
いまにも射出されそうだ。
「ただいまー。ところで今何やってるの?」
『お家の片付けだよ!』
スゥちゃんは僕の方まで寄ってくるとそう言った。
タンスも付いてきているので迫力がすごい。
フルーティはスゥちゃんの言葉に補足するように言った。
『割れた皿や汚れた家具など使えそうにない物の処分と掃除です』
「……汚れた?あ、いや、何でもないです」
僕も理由を察して追及するのはやめておいた。
よく考えたらミール家がこの地で地縛霊になっているという事は、この家で殺されているという事に違いない。その時の血などが付いているから捨てるのだろう。
詮索は止そう。お互いに知りすぎないことも大切だ。
僕の様子を見て、フルーティも小さく頭を下げた。
『それではアキラさん。2階の一室を先に掃除しておいたので、そこを使ってください。屋敷の掃除と補修が終わり次第、好きな部屋を選んでもらうという事で良いですか?』
「それについては良いけど、やらせるのも申し訳ないし手伝うよ」
『いえいえ、あなたはこの家の主になったんです。もっとどっしり構えといてください』
「そうか……。申し訳ないね」
慌てたように言うフルーティを見て、僕は引き下がった。無理に手伝っても、いつも以上に気を遣わせる結果になるだけで余計に申し訳ない。
いつの間にか家の主にもされている。金を払ったのはヘルシーなのだが……。
居候の分際で少し申し訳ない気分だ。
『ビター、アキラさんを部屋までお連れして』
『畏まりました。こちらです、お坊ちゃま』
お坊ちゃま…………。
その呼び名に複雑な思いを抱きながら、僕は初老の老人……ビターに連れられて2階の角部屋に入った。
昨日までの宿とは大違いに豪華な内装だ。
僕は買ってきた掃除道具をビターに渡すとベッドに寝転がった。
数分そのままジッとしていたが、暇だ。
何もやることがない。
時刻は夜の6時頃。いつもは夕食の時間だが、露店で串焼きを食べたので満足している。
それ以外のやることと言えばステータスだが、残念ながら振り分けの必要がない仕様になっている。
かといって寝るにもまだ早い。
「……よし。書斎に行くか!」
やることもないので本を読むことにした。
****
カチャリと書斎のドアを開けると、中にはヘルシーがいた。
ヘルシーは自分であけた床の穴を補修している所のようで、木の板を床に置き釘を射出していた。
彼は僕の存在に気が付くと顔を上げた。
『おや、アキラ様。何か御用でしょうか?』
「用って訳じゃないけど、暇だから本を読みに来た」
『そうですかそうですか!どうぞ自由に読んでください。私も本を読むのが好きなので、よく妻と娘に読み聞かせたものです……。蔵書数だけなら結構自信あるんですよ?』
ヘルシーは上機嫌に言った。
宝物を自慢する感じだ。
「へぇー。ありがたく読ませてもらうよ」
お礼を言うと僕は最初に目に付いた本を手に取った。
背表紙には【ベイルダーの冒険】と書かれていた。それがタイトルだ。
この世界の言語は3文字程書いて、ようやくひらがな一文字に変換される。数行で一つの熟語の場合もあった。1ページの内容も必然的に薄くなってしまい、今見ているページなんて、『ベイルダーは道に仕掛けられた罠と、凶悪なモンスターに四苦八苦しながら進んだ』で見開きの1ページが終わっている。
辞典くらい分厚い本なのだが、10分もかからずに読み終わってしまった。内容は子供用の童話くらいのボリュームだった。
これには言語的な限界を感じる。
『えらく読むのが速いのですね。アキラ様も実は本が好きだったりするんですか?』
本をパタンと閉じた音で、ヘルシーは作業を中断して僕の方を向いた。
「まあそうだね。子供の頃から本は好きで結構買ってたよ」
『なかなか良い趣味をお持ちで』
同好の士を見つけた感じの気分なのだろう。
僕もラノベが好きでよく読んだものだ。彼も同じなのだろう。
『【ベイルダーの冒険】はどうでしたか?』
「うーん。最初は主人公が変人だと思ったけど、ヒリシキマ族が出てきた辺りからその行動の意味が分かってきて……」
『ですよね!最初の行動を振り返ってみてみると、ベイルダーが優しい人だと分かって……』
誤解が正されていく所の事を言っているのだろう。彼の事を煙たがっていた人が、とある一件から手のひらを返して尊敬し手を取り合い協力し始めるところは、頬が緩むのを感じながら読んだ。そして、なんといってもヒリシキマ族の存在が素晴らしかった。彼らは仮面○イダーなのだ。腰のベルト型召喚具を無駄に鮮麗された動きで操作して『変身!!』と言いつつ装備を呼び出したり、ライダ○キックしたり……。
面白かった。
それからはヘルシーと、個人的に好きな場面や良くわからなかったことを議論した。
彼とは気が合いそうだ。
少しだけ距離感が近づいた気がする。
その時、ふと思い出した疑問を口に出したてみた。
「そういえばヘルシー。みんながこの家の主を僕だというんだけど、何か知らない?自分だけ働かないのも申し訳なくってさ」
『いえ、アキラ様がこの家の主なので問題ないですよ』
「あれ?」
いつの間にか共通認識になっているようだ。
僕が何か忘れているのだろうか?
「確かに名義人として署名したけど、あれは代理としてで、実際はヘルシーじゃなかったの?」
『いえ、あれは不動産屋がしつこく自分の物と言い張るのを防止するためで、この家はもうアキラ様の物ですよ!』
いつの間にか、すごい物をもらっていた。
「いやいや、本人がまだいるのに、それは申し訳ないよ」
『そう言わないでください。私たちは過去の亡霊です。そんな私たちが家を使うよりも、生きているアキラ様が使った方が有意義です。ミール邸を寂れるだけの無意味な地にすることは私も望みません。それに、私たちより上位の存在であるタマキ様。そしてその主であるアキラ様に、そんな不義理はできません!』
真剣な顔でそういわれた。
つまり、自分たちの形見の家をまだまだ使ってほしいという事と、ヘルシーより少し強いきんさんを敬うという事か。
「いや、そんな理由でもらえないから。もうちょっと妥協案を探ろうよ」
彼にしたら重要なのかもしれないが、僕からしたらそんな理由だ。
居候は僕であって先住民のヘルシーではない。
『そうですか……』
ヘルシーは額に手を当てて悩んでいる。
だがすぐに何かを思いついたようで顔を上げた。
『それではこうしましょう。私たち……いや私個人的にやり残したことがありました。それについて依頼を出します。その報酬でこの家を出します。いかがでしょうか?』
悪くはない。
報酬としては間違えなく妥当ではないが、ただで貰えるのではなく仕事の対価としてなら後ろめたい気持ちも減るだろう。
僕にとって家はリラックスできる場所でありたいので、そういったわだかまりは残しておきたくないのだ。
「わかった。受けるよ。それでその依頼内容は?」
僕は依頼内容が簡単すぎない事を祈りながらヘルシーの言葉を待った。
ヘルシーは神妙な面持ちで僕の方を見ると、真剣な瞳で重々しく告げた。
『……家族を殺した相手に復讐を』
その依頼に僕はホッとしながらも気を引き締めた。