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女々しくても筋肉を  作者: 中田 伸英
16/25

16話

「すいませんでした!」


 怯えた態度で床に額を擦り付けながらジャパニーズDOGEZAをするヒョロガリと、その傍らでまだ少し不機嫌そうな表情をするヘルシー。

 少しピリピリとした雰囲気が漂っている。

 そういえばきんさんは何やってるんだろう?

 僕はおもむろにきんさんの方を向くと……。


『……うむうむ。なるほど……。つまり、ここら辺に隠し扉が……(ガシャン)。ああ、花瓶が!……い、いや、バレてない。聞かれたら最初から壊れてました、だ。よしっ』


 どうやら屋敷を探索しているらしい。

 とりあえず放置しておこう。

 ヘルシーの方へ意識を戻す。とはいえ、何かをやるわけではないのだが。

 こういった時は、巻き添えを食らわないように静かにしているのが得策だ。怒りが収まるまでは、巻き込まれないようになるべく空気になろう。





****






『ヒョロガリさん。金額は足りているので、契約書をお願いします』


 とりあえず先ほどよりは落ち着いたようで、今は場所を変えて応接間にいた。

 ヒョロガリとヘルシーは対面のソファーに座って諸取引。僕とフルーティとスゥちゃんは部屋の端で観戦役だ。

 ヒョロガリはカバンを開けると、土地の利権書を出した。


「それではこちらにサインをお願いします。できればご存命の方で……あ、いえ、無理なら別に問題ないです。すいません……」


 別人のように丁寧になったヒョロガリを見て、僕は誰だよ!と思った。

 さっきまではオタクのヒョロガリだったのに、今では番長とかの後ろで威張る子分Aだ。

 紙を渡されたヘルシーは怪訝そうに聞いた。


『生きていなければいけないのですか?』

「は、はい。あ、いえ。もちろんヘルシー様は生きておられるのですが、他の人からは見えないのですぐに空き家と思われてしまって」

『ううむ……』


 ヘルシーは悩むように唸り声をあげた。

 もし契約主をヘルシーにした場合、地縛霊のヘルシーは他人から見えない。結局、契約者死亡ということになり、利権書は白紙に戻るというわけだ。


「ご本人が難しい場合は代理を立てるのですが……、ご親戚はいますでしょうか?」

『ミール家はうちだけだ』

「そうですか……。で、では、ご友人はどうでしょうか?」

『私が死んでから、水をやれなかったせいでミズモ草は死んでしまいました』

「え?あの、植物の名前ではなく……な、なんでもないです……」


 ヘルシーの哀愁漂う雰囲気にヒョロガリは察して口を閉ざした。


「そ、それではこのわたくし、ヒョロガリが名義人になるというのはどうでしょうか?」

『ぶち殺されたいのか?』

「出しゃばって、すいませんでしたぁ!」


 ヒョロガリがソファーの上で器用に土下座した。

 狭いソファーでは体の前半分以上が空中にあるというのに、良くバランスをとれるものだ。


「そ、それでは……。誰を名義者に立てますか?」

『今考えています』

「す、すいません……」


 ヘルシーは両手を組みながらうつむき加減になって悩み始めた。

 あれ?そういえばきんさんがいない。また何か壊してないといいけど……。


『それではアキラ様を名義人にしてください』

「んん!?」


 まさに寝耳に水。

 360度カーブくらいの変化球に驚いて変な声を出してしまった。

 ピッチャーが投げてピッチャーが取ってバッターアウト!無敵の戦略だ。

 いや、そんなこと考えている場合じゃない。


『アキラ様にとっても私にとっても悪い話ではないと思います』

「……?どういうこと?」

『私はこの屋敷を、アキラ様の住宅として提示します。アキラ様が住めばこの屋敷は空き家じゃなくなるため侵入者の対処もいらなくなります。つまり簡単な話、アキラ様は家が手に入り、私達は家が守られる。お互い悪い話ではないはずです』


 なるほど……。

 確かに悪くない。僕が住めば大体の問題は片付く。お互いWinWinな関係というわけだ。

 だが世の中そんなにうまい話があるのだろうか?実はなにか罠が隠されているとか……。


「ううん……」


 よく考えてみるが、隠された意図など思いつかない。

 そもそも、僕は頭がいい方ではない。それを自覚しているだけマシとは思うが、こういった腹の探り合いには不向きだ。


「二人は別にいいの?」


 僕はフルーティとスゥちゃんの方を向いた。


『悪い人ではないようです。私は問題ないかと』

『おにいちゃんもここに住むの?じゃあ一緒に遊ぼうね!』


 お兄ちゃん……だと…………。

 よし、ここに住もう。

 一応きんさんにも確認を取ろうと、姿を探し辺りを見回すが見当たらない。壁から頭が飛び出しているとかもない。

 僕の心を読めるとか言ってたし、分かっているだろう。もし分かっていなくても問題ないだろう。そういう所テキトウそうだし。


「それじゃあ、今日からお世話になります!」

『こちらこそお願いします』

『お願いします』

『わーい!いっぱい遊ぼうね!』


 歓迎されているようだ。

 僕が居候するからといって、この家族の関係をギスギスさせるのは心苦しい。そうならなくてホッとした。

 するとヒョロガリがズイッと紙を渡してきた。


「住所などはやっておくんで、名前だけお願いします」


 低い頭のまま、ヒョロガリはそういった。

 おお!ヒョロガリ……お前は優しな。

 僕の中でヒョロガリの評価が上がった。

 ささっと紙に、僕の名前を書いて渡した。


「そ、それでは失礼します!」


 権利書だけ置いて、僕が署名した紙をカバンに入れることすらなく走って行った。

 そういえば、君は早く帰りたいだけだったな。

 ヒョロガリの評価がまた下がった。


「あ、そういえば依頼の事、ヒョロガリに聞いてない。ちょっと出かけるよ!」

『はい。タマキ様にもお伝えください』

『いってらっしゃいませ』

『バイバイーイ!』


 見送られて応接間の扉を開けてる。するとそこにはきんさんがいた。


「きんさん、今日からここに住むことになったから、ヘルシー達と仲良くね」

『……。そうか……』


 ん?元気がない?

 まあいいか。

 きんさんの事は忘れて、僕はヒョロガリの事を追いかけた。




*****





 アキラが出て行った後、タマキは応接間に入った。

 それに気が付いたヘルシーが声をかけた。


『これはこれはタマキ様。アキラ様の言った通り、これからはよろしくお願いします』


 ヘルシーが友好的な態度で話かけると、タマキは不機嫌そうな顔になった。


『ヘルシー。お主、やりおったな……』

『はて、何の話でしょう?』


 ヘルシーが首を傾げた。


『惚けずともよい。これは我がアキラに言っていなかったせいでもある。まんまと策にはめられたわい』

『…………』


 実は、応接間でアキラが話し合っていた時に、タマキがいなかったのは偶然ではない。

 最後尾のタマキが部屋に入ろうとした時、謎の力場によって弾かれたのだ。そんなタマキのことなど気が付かずアキラは中に入っていった。力場は防音のようで、外のタマキがいくら大声を出そうと中には聞こえない。仕方なくタマキは破壊しようと試みたが予想以上の強度に手間取った。


 地縛霊のヘルシーは、この地と親密な関係にありこの地域内でしか活動できないが地域内では常に強化される。更に自分の死んだ場所に近い程に強化される。対して守護霊のタマキは、先ほどヘルシーが可視化できる程に力を渡したこともあり弱体化していた。

 だが、それでも勝負にならないと踏んでいたヘルシーはアキラ達が不動産屋に行っている間に、先んじて自分の活動範囲を応接間のみに縮小して地力を上げた。本来ならその地域から外に出ることはできなくなるのだが、元々親密な土地ではある。大きく弱体化するが辛うじて外に出ることはできたのだ。


 大きく弱体化したヘルシーを強化したせいで弱体化したタマキと、部屋に戻り本来以上の力を取り戻したヘルシー。

 騙し討ちする形になったが、その相乗効果によって本来では決して勝負にならないはずのヘルシーとタマキに拮抗を生んだのだ。

 その隙に、アキラの発言からこの地を守るという既成事実を作り、力場が消えたことで会話のフィードバックを受け取ったタマキも知ったのだ。


『今後とも仲良くしましょうね。仲良く!』


 タマキは、ぬけぬけと言うヘルシーを見た。

 彼の力はその大半を防壁維持につぎ込まれたせいで、元々半透明な体が更に薄くなっていた。

 行動範囲を狭めて大きく強化されているハズのヘルシーが成仏しかけていた。

 タマキは小さくため息を吐くと、不機嫌そうに腕を組んで言った。


『アキラが言ったことだ。仕方あるまい……』


 守護霊は守護対象の言う事に絶対服従だ。しかし、タマキレベルならば問題なく反抗もできる。

 守護霊に対して、何かを守るという事は非常に重要な意味合いを持っている。

 不機嫌ながらも、拒絶しないという事はアキラへの信頼か……はたまた、そうするほどでもないという事か…………。

 タマキは目を閉じ、意識を集中し始めた。やがて屋敷の範囲を認識し終わると、普段とは比べ物にならない厳かな雰囲気で告げた。


『――我、武田たけだたまきの名において、この地を守護する』


 そんな簡素な選句ではあったが、ヘルシーの薄くなっていた体が元に戻り始めた。

 守護霊とは、何かを守護する者だ。その性質を利用して、土地を守護対象としたのだ。実質的な主はアキラのため、サブの守護対象ではあるがその恩恵は十分だ。

 古来より、地母神のいる土地は豊かなものになる。地母神でもない、自称神のタマキだがその庇護下に入ったことにより屋敷には安寧と恩恵がもたらされた。その土地の地縛霊であるヘルシー等にも……。

 タマキはアキラの宣言通りにこの地を守護することになった。


『タマキ様。心より感謝とお詫び申し上げます』

『…………。これから人が住むのだ。まずは環境を整えよ』

『お任せください』


 ヘルシーの返事を聞くと、タマキも応接間から出て行った。

 すると、話を聞いていた二人は堰が切れたようにように、ヘルシーに駆け寄って声を上げた。

 二人は何も知らなかったのだ。


『あなた……』

『パパー……!!』


 ヘルシーは二人を受け止めると、優しく頭を撫でた。


『私、あなたが消されてしまうんじゃないかと思っ本当に怖くて怖くて……』

『大丈夫だ。パパは人を見る目だけはあるんだ』


 足に縋り着き涙を流すスウィートと、濡れた瞳を向けるフルーティに安心させるように語りかけて、言葉をつづけた。


『すべて計画通りうまくいった。問題ない』


 出会ったばかりのアキラとタマキの性格と関係性を、数少ない会話から把握し自分たちの求める結果のために策を練り布石を置く。

 そこには家族のために自らを犠牲にする覚悟で尽くす尊敬すべき父親の姿があった。

 

 これは全てアキラのあずかり知らぬ所で起きた話だ。

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