12話
『ア、アキラ……。本当にすまなかった。我も申し訳ないと思っているのだ。頼む立ち直ってくれ』
昨日は夜の街を縦横無尽に駆けまわて気を紛らわせようとして、暴走族の気持ちを理解してヒャッハーしていたはずだ。
だけど、どういう経路を走ったのかは全く覚えていない。
それほどまでに傷心中だったのかもしれない。
ステータスプレートを出して、スキルの欄を見る。
しっかりと【覇豪なる者】と書かれていた。
夢であってほしかった……。
「はあ、引きこもりたいなぁ」
『昨日のことは我の不手際だ!何でもするから許してくれ!』
今は昨日の報酬で、100万ちょっとある。
物凄い大金ではあるが、これで一生暮らしていけるかと聞かれると不可能だ。
結局、冒険者を続けていくしかない。
『無視しないでくれ。そんなに無視されると我も……あれ?なんか気持ち良くなってきた……。とにかく悪かった!』
【覇豪なる者】の効果は、筋力の大幅補正と、両方の振り分けるポイントの筋力への強制振り分け。
今後一切、筋力以外の基礎能力値が増えないし、スキルも新しく覚える事は無い。
「一撃でも食らったら終了で冒険者やるとか鬼畜すぎるだろ」
『それは無いぞ』
「そっすかぁ~」
どうせバカみたいなこと言っているだけだろうと思い適当に返事をする。
『まあそう邪険にせず聞くがいい。まず、生物によってHPは違うのだが、人間は500で固定だ。そして被ダメージの計算式は、相手の攻撃力-自分の防御力。攻撃力・防御力は、筋力・耐久力の5倍の数値だから、筋力100の相手と戦って初めて一撃でやられるのだ。それに防御できれば被ダメージは、先ほどの数値に更に自分の攻撃力が引かれるのだ』
「ふーん。で、どこ情報?妄想?」
『いや、アキラが寝ている時に調べた』
夜いなくなるのは、筋トレじゃなかったんだ……。
「だとしても厳しいよね。スキルつかえば僕でもソニオックスを一撃だから、倍率的に僕もワンパンじゃん!ゴブリンの時みたいに急所とかあるだろうし、武器とか防具とかの関係もあるだろ!」
『まあ、そうとも言えるが、まず知能を持つモンスターは少ないのだ。野生の本能のみではスキルは使えない。そういったモンスターと戦えば済むだろう?急所など技で防げるし、モンスターが武器や防具を持っていることは少ない。だから我もこのスキルを取ったのだ』
「な、なるほど……」
思ったより絶望的ではない……かな?
要は強い相手と戦わなければどうにかなるのか……。
『運が悪ければ負ける。そのような事、世の常であろう。男なら覚悟を決めるのだ』
「そ、そうだな。結局誰でも負けるときは負けるんだもんな!うん、そうだな!」
きんさんに丸め込まれたのは悔しいが、一応は理にかなっている……気がする。
せっかく異世界に来られたんだ。できる場所までやってみよう。
『では今日も依頼だな』
「え?行かないよ?」
『覚悟を決めたのではなかったのか!?』
「いやいや、覚悟を決めたうえで勝てる確率を上げるのがゲーマーでしょ!金が入ったんだし装備とか買いに行くよ!」
『そ、そうか……』
きんさんの口車に乗せられて、危うくクソザコ装備で冒険に出るところだった。
今の武器はギルドのレンタル品の片手剣。剣身もツヤなど無く濁った色。良品質とは言い難い。
それに装備のついでで、便利なアイテムがあれば買っておきたい。
爆弾とか重火器、呪いの道具とかあったら大量に欲しいな。
「じゃあきんさん、どこに売ってるか教えて。夜通し調べたんだから知ってるよね」
『それなら、西側の商業区だろう』
「……商業区?」
『この街は、用途に合わせて4分割されておる。その内の西側が商業区なのだ。道端の露店とは比較にならぬほどの店があるぞ?』
「それじゃあ、飯食ったら行くか!」
部屋を出て食堂に向かった。
******
ブラックペッパー効いた料理を食べて、宿屋を出ると西側の商業区へ向かった。
商業区は冒険者用の装備品はもちろんの事、衣服や食料品、家具に謎のお薬など、様々な物が売られていた。
「お!あれがそうじゃない?」
『そのようだな』
剣と杖が描かれたマークの看板が置かれた店。
多分武器屋だろう。
「へいらっしゃい!武器屋ライルへようこそ!」
店内に入るとおっちゃんが声をかけた。
そこには様々な武器が並べられていた。
「お客さんは、どの程度の価格帯をお求めだい?壁際にあるのが弟子たちの造った鉄屑。真ん中はある程度使える鉄屑。このショーケースの中身は、有名な冒険者の武器とも遜色のない性能の鉄屑だ!」
壁際で武器種すらごちゃまぜで雑に山にされて置かれているのは、レンタルと同程度の光沢。
中央は小奇麗に置かれた普通の武器。
そして会計カウンターのショーケースには見るからに煌びやかな武器が高い値段で売られている。
「普通の品質で、おすすめの両手剣を教えてください!」
どんな大きさや形が人気なのか分からないので丸投げした。
武器を両手剣に変える理由は、筋力が上がって使えるのなら大きくて硬くて太い方が良いと思ったからだ。
「両手剣だな!ちょっと待ってろ!」
おっちゃんは近くの箱を開けると、布に包まれた武器を出した。
「コイツなんてどうだ?」
僕は布を取った。
……ピッケルだった。
「両手剣でお願いします!!」
「なんだ、そっちかよ……」
何故ピッケルなのか意味が分からない。
おっちゃんは箱に手を突っ込み、……ゴトッと音を立ててカウンターに置いた。
さっきより大きな……ピッケルだった。
「なんでだよっ!?」
「え?両手用のが欲しかったんじゃないのか?」
「大きさの問題じゃないよ!ピッケルは採掘用の道具だろう!?」
「何を言っているんだ?ピッケルは最強の刺突武器だろう?」
「え?」
僕が間違ってるのか?
いや違うよね?
採掘用だよねぇ!?
当たり前のように言われると、自分が間違っているかと思ってしまう。
「いいかい、お客さん。ピッケルってのはただでさえ防ぎにくい刺突を、全く慣れてない上からで、しかも圧倒的な重さまで備えて打てるんだ。上からなんて初めての事で相手は対応が遅れるし、仮に弾こうとしても重さで軌道を変えられる事は無い!つまり、必中かつ防御不可能という属性を持っているんだ。魔剣なんだ。最強なんだ」
「な、なるほど……」
「おまけに剣なのに森の中ならフックとして使うことで三次元軌道を可能とする。魔剣であり、翼でもあるんだ!」
「な、なるほど……?」
剣なのかはさておき、言っていることは分かる……ような気がする。
だけど、ピッケルで殴り掛かる冒険者という光景は、あまりにもシュールすぎるの。
森の中を軽やかに飛び回ってピッケルで殴り掛かってくるのはちょっとな……。
おっちゃんはピッケル以外出してくれなさそうだし、自分で選ぶことにしよう。
色々と持ち比べてみるけど、そこまで重さを感じない。
どれでも使えそうだ。
「ううん。……これにするか!」
テキトウに取った。
どれでも使える。どれでもいいとも言える。
「お会計お願いします!」
「お客さん、ピッケルを買わないなんて正気かい?」
「アンタこそ正気かよ!?」
「しょうがない。今ならピッケルを3割引きで売ってやろう!どうだ?」
「いらんわ!」
「なら、おまけでもう一本追加してやろう!」
「いらないもの追加しないで!!」
おっちゃんは大きくため息をつくとバリバリと頭をかきながら言った。
「仕方ない。引き下がってやるよ……」
ようやく引き下がってくれるようだ。
「大剣とピッケルで合計10万チルな!」
「全然引き下がってないじゃん!!」
「ちっ、ばれねーと思ったんだけどな」
「流石に無理があるだろ!ていうかなんでそんなにピッケル押すんだよ!」
「そんなもの……。あの美しいフォルムと機能美に加えて、最強クラスの能力が付いた魔剣。強くて美しい女の子なんだぞ!添い寝もできるんだぞ!押さないわけがないだろう!?」
「もう剣じゃないって認めてんじゃん!」
なんとなく分かった。
コイツはただの変態だ。
「とりあえず剣だけ会計してもらっていい?ピッケルの話はその後でってことで」
「はあ、仕方ねぇなぁ!8万チルだ」
僕は金貨8枚を渡して、大剣を受け取った。
「まいどあり!それで、ピッケルの話なんだが……」
「あばよぉ!100年後聞きに来てやるよ!」
後で……つまり時間指定はしていないのだ。
会計も終わったし、ダッシュで店を出て人ごみに紛れる。
逃走成功。もう一生あんな店行いかない。
「さて、次はどこ行くか……」
『ぷぷぷ、アキラなんだそのストラップは』
きんさんの見ているバックを見ると、留め金に片手用ピッケルが引っかかっていた。
「あの野郎、いつの間に付けやがた!?」
ピッケルには、2枚の紙が張り付けてあった。
「なになに?……『初回記念に1本プレゼントだ。受け取れ!』。いや、いらねーよ!」
変な物を押し付けられた気分だ。
手紙にはまだ続きが書かれていた。
「ええっと……『追記、もう一枚の紙も御贔屓に』。もう一枚は、と。『ピッケル教入信書』?――やってらんねーよ!!」
ビリビリに引き裂いて道端にまき散らした。
「ピッケルどうしよう……」
『サブ武器に一応持っておいたらどうだ?』
「そうだな。確かに採掘に使えそうだ」
『我など眼中に無い!?でもその態度に何か感じr――』
「さーて、どこいこうかなぁ~」
通り沿いを進んで行く。
流石は商業区と言うべきか、店の種類が多い。
家具屋、パン屋、衣服屋、おもちゃ屋、魔道具屋、同人誌屋、……同人誌屋!?
本屋みたいな同人誌コーナーじゃなく、専門店だ。
――行くしかねぇ!
やれやれ顔のきんさんを引き連れて、同人誌屋に入ると先客は一人だけだった。
異世界といえども、こういった場の客はスピーディーに事を済ませるのだろう。
「ん?」
こういった場でなおかつ思春期真っ盛りの僕だが、今だけは意識が先客の方へ行った。
子供くらいの身長と、ローブを目深に被り仮面を付けた人物。
僕には心当たりがあった。
向こうも僕に気が付いたようだ。
「もしかして、ヘルストラトス?」
「お、お主は……!?」
ビクッと体を硬直させるヘルストラトスを見て僕は確信した。
「なんだなんだ。そうだったのか!」
昨日はメチャクチャ怖い相手だと思った。
だけど、そんな事はない。
僕の心には温かいものが広がった。
片手に同人誌を持ち、なにより知り合いにバレた時の反応。
――こいつは僕と同じ紳士だ。
「僕達、今日から親友だな!」
「貴様がその気なら良いだろう……。そこの守護霊もよいか?」
『もちろんだ』
同好の士として手袋を付けた彼と熱い握手を交わした。
仮面の奥で赤く光っていた瞳も、静かに色を失っていった。
「ところで聞きたいんだけど、何かおすすめってある?僕ここは初めてなんだ」
「知るか。自分で考えろ」
素っ気なく言う彼を見ると、すべての種類を1冊ずつかき集めていた。
幼女から老人まで。GLやBLだけでは飽き足らず、少々マニアックなやつも集めている。
両刃使い程度ではない。全てを超越したオールマイティ。
だからこそ、これが趣味だ!と言えないのだろう。
ベテランだ……。
今日から先輩と呼ばせてもらおう。
「尊敬してます!先輩!」
「先輩……?フンッ……」
一瞬考える素振りを見せて、静かに作業に戻った。
呼び名に文句はないようだ。
先輩は、性癖だけでなく心まで広いご様子だ。
僕も一人の紳士として、興味のある本選びを始めることにする。
『アキラ、これも頼んだぞ』
きんさんが念動力で本を渡してきた。
BL本だった。
コイツと関わるのやめようかな……。
それから、先輩のように尖った趣味など持っていない僕は、マニアックでもない普通のを3冊選んで合計4冊を持ってレジに行った。
僕が会計を終えると、ちょうど先輩も選び終えたところだった。
見ると籠の中に山ができていた。
「先輩、多いんですね!」
「フンッ。貴様には分からぬ崇高な目的のためだ……」
「おお、精進します!」
女体の神秘を追い求める求道心の高さに、僕は頭が上がらない気分だった。
「会計は28万チルです」
先輩が支払いを終えると店を出た。
子供くらいの身長の先輩が、同人誌屋のマークが描かれた大きな紙袋を持っている姿に、R18コーナーに入ったエロガキの姿を連想した。
衛兵に見つかったら何か言われそうだ。
「先輩、街外れまで送っていきますよ!」
「フンッ。勝手にしろ……」
これで兄の荷物を持つ弟の様に見えるはずだ。
それからは無言で先輩の隣を付いていく。
先輩は何も話さないし、僕も何も話さない。
帰ってからのお楽しみに思いを馳せているのだ。
お互い邪魔するような野暮はしない。
街道を通り、細道を通り、ズンズン進んで行く。
でも先輩が街の中心に向かっているのは気のせいだろうか?
……いや、気のせいではなかった。
路地裏を抜けるとその先には、この世界にきてすぐ目にした見えげるほど大きな城が見えた。
ただし疑問に思ったのは、城の周りが広大な荒野になっていることだ。
「先輩の家は王城?」
変装して使用人でもやっているのだろうか。
そんな事を考える僕の方を先輩が向いた。
「何を言う……。ここは魔王城だぞ?」
「え……。魔王城……包囲されてるやんけ……」
ここ、始まりの街じゃなかったの……?
「その程度も知らずに住んでいたのか。大方、魔法都市からの流れ者なのだろう。……見ていろ。包囲ではない」
先輩が足元の石を拾って投げると、空中で粉砕した。
「ここには魔王様が張られた【風絶結界】がある。魔王様の加護が無ければ通ることなどできまい。だから包囲されているのではない。魔物を倒すのが面倒で人間に任せているのだ。その隙にこちらの戦力も整えられるというものだ」
「そ、そうなんだ……」
この街は誰の手にも統治されてないようだ。
そして、昔からお互いに睨み合っているのだろう。だからこそ、ヤバイ神は僕を呼んだと。
ということは、今もこれからも平和だ。
僕はまったり冒険者が続けられるという事だろう。
それに、先輩とご近所さんだとも言える。
色々と好都合だ。
「それではな。次に会える時を楽しみにしているぞ。好敵手よ」
好敵手……?
意味は競争相手、ライバル。
つまり、同じ趣味を分かち合う者。親友だ!
素直に言わない所とか先輩らしいチャームポイントだ。
「じゃあねー。先輩!」
僕は手を振って先輩を見送った。
横を見ると、引きつった顔のきんさんが視線を向けてきていた。
なんでだろう?
そういうえば、コイツが買った本ってBL本だった。
い、いやだなぁ……。
誤字脱字あったら教えてください。