11話
前半は三人称視点なのかな?で書いてみました。案外書きやすかった。
ヘルストラトスはスキルで逃走すると、直接魔王城に帰還していた。
彼に負傷や消耗は全くない。
ヘルストラトス自身は逃走する必要などなかったのだ。
使ったモンスターも従えた中では最弱に位置する者ばかりで、魔王城の地下や防衛用のモンスターを使えば、あの場など容易に制圧することができた。
だが――
ヘルストラトスは跪くと恭しい態度で話し始めた。
「魔王様。申し訳ございません。魔王様より賜ったキメラ・アンデット・ゴーストを倒されてしまいました」
その言葉を聞き、玉座に座る長身の男……魔王は興味深そうに呟いた。
「ほう。アレが倒されるとは、俄かには信じ難いが何があった?」
「はい。まず、強力な守護霊持ちの者が相手に居まして」
「それは相性が悪かった。だが、なぜそこから負けた。強力な守護霊が居たところで、アレは素の状態でもある程度強かったはず」
キメラ・アンデット・ゴーストはゴーストの透過能力を、実体を持ったモンスターとを合わせることで、相手からは見えない不可視の攻撃が可能なモンスターだ。数多のゴーストを結合させ強化し、モンスターの優秀な部位のみをつなぎ合わせた肉体を、更にアンデット化と霊力で能力を向上させた強力なモンスターだ。
前提として見えないが、もし見えたとしても肉体的な攻撃力と耐久力は折り紙付き。
そう簡単に倒されないと魔王自身も思っていた。
「それが……。防御の上から真っ二つに斬られました」
「……そうか」
魔王は静かに呟いただけだ。
もし、一時的にでもキメラ・アンデット・ゴーストの霊力を相殺して剝がすことができれば弱体化する。その隙ならば倒すことは数段階容易になる。
相性が悪い上に、運も悪く負けたのだろうと考えた。
「それで、核の回収はできたのか?」
「はい。ここに」
ヘルストラトスがローブから出したのは、虹色に光る力の塊だった。
彼は負けそうになって逃走したのではなく、ただ理性的にキメラ・アンデット・ゴーストの核から力が霧散する前に処置を施したいからの撤退だったのだ。
魔王は玉座から降りると、キメラ・アンデット・ゴーストの核に触れた。
「変更点は無しで良いだろう……」
魔王から力が注がれると、核はドクンドクンと鼓動を打つように明滅し始めた。
そして……。
メキィッと元の体が生えてきた。
その姿は、寸分たがわぬアキラが戦ったキメラ・アンデット・ゴーストだった。
「ありがとうございます。魔王様……」
完全に復活したキメラ・アンデット・ゴーストは、ヘルストラトスが指輪をかざすとその中に戻っていった。
「ヘルストラトス。ところで、君に頼んでいた物は入手できたかい?」
何のことか記憶にないヘルストラトスは頭の角度を傾け疑問符を浮かべた。
「も、申し訳ございません。何の事か分かりかねます……」
「俺が6日前に頼んだ買い物だ!あの時、お前も返事しただろう!覚えてないのか!!」
「も、申し訳ございません」
それでも何の事か分からなかった。
「幼女物の同人誌を買ってこいと言っただろう!!」
「え、ええ……!?」
確かに、そんな記憶はある。
だがそれは、四狂星全員が集まった会議中に言っていたことだ。
場の雰囲気を和ませる目的の発言だと思っていたのだが……。
「恐れながら、あれは冗談ではなかったのですか?」
「そんな訳あるか!冗談で神聖な幼女を汚せるか!?」
「そ、そうですか……」
ヘルストラトスの心中は混乱しかなかった。
具体的には、魔王の依頼を忘れていたことや、尊敬する魔王が実は真正のロリコンだったことや、いつも冷静沈着なあの魔王の初めて聞いた大声が幼女の事だったとか……だ。
「し、しかし、魔王様のご趣味に合うものが買えるかどうか分かりかねます。とてもデリケートな部分です。ご自分で行かれてはどうですか?」
「お、俺が行ったら、また勇者にケツ追いかけられるだろう!?」
「そ、そうですか……」
そして、今回だけでなく過去にも同じような行動を取っていたという事に、更に混乱する。
「分からないなら、全種類だ。同人誌コーナーの隅から隅まで、各種買ってこい!」
「魔王様!それでは、最近流行っているBL関係まで――」
「いいから早く行ってこい!明日中には戻って来いよ!分かったな!」
「魔王様、それは流石にパワハラに……」
「早く行け!」
「は、はい。し、しばらくお待ちください。魔王様!」
ヘルストラトスは慌ただしく玉座の間を抜けていくのだった。
*****
目を覚ますと茜色の空が見えた。
起き上がる。体の至る所が痛いが、さっきほどではない。
どうやら今は馬車に揺られているようだ。そこにはバルドさん達の姿もあった。
「お!アキラ、起きたのか」
いち早く気が付いたバルドさんが気さくに話しかけると、ナヒタさんもこっちを向いた。
「アキラさん、体の調子はどうですか?」
「さっきよりましになったよ。普通に動く分には問題ないかな」
「そうですか……。一応、回復魔法は掛けたのですが、私のは自己治癒力強化なので、これ以上はかえって悪影響が出てしまうんです。力及ばず、すみません」
「え、あ、いや、そんな気にしないで。動けるだけありがたいからさ」
こういった、物腰柔らかな女性に謝られると、普段より重く感じてしまう。
僕は励まそうと思って言うが、やはりナヒタさんを元気付けることは難しい。
コミュ力が欲しい。切実に。
「そう言っていただけるとありがたいです。先ほどまではリンさんも起きていたのですが、今日は沢山魔法を使ったようで眠ってしまって……」
ナヒタさんは膝の上で安らかな寝息を立てるリンさんの頭を撫でながら言った。
後ろでスケルトン数百匹を相手に3人で頑張っていたのだ。疲れるのも無理はない。
「まあ、色々あったしねぇ……」
ソニオックスと戦って……その後、…………全部きんさんに丸投げじゃん。
あれ?僕が一番何もやってないのでは……?
「そういえば、あれからどうなったの?」
僕の問いに、バルドさんが答えた。
「あれから少ししたら冒険者が集まってきたが、魔王軍四狂星――ヘルストラトスは逃走して、全部終わった後だったから、狩りに戻るパーティーは戻って、俺たちは拠点で休憩。それで時間になったから帰ってきた感じだ」
「僕結構寝てたんだねー」
「そうだな。まあ、もうすぐ街に着く。それまでは、ゆっくり休め」
いつもよりしおらしいバルドさん言った。
それから、しばらく沈黙が続いた。
馬車が走る音だけが、暗くなり始めた辺りに響き渡る。
小さな丘を越え、木々に囲まれた道を越え、小川に渡った橋を越え……ようやく街の明かりが見え始めた。
「アキラ……。今日は悪かった……」
そう言ったバルドさんは思いつめた表情をしている。
「お前が初心者だから、カッコ良い姿でも見せてアドバイスでもしてやろうと思ってたのに……。俺の方が先に戦線離脱しちまって、お前に辛い思いさせてるのに、俺だけ呑気に寝ていて……」
なんとなくその気持ちが無力感から来るものだと分かった。
だが、僕は何も言えない。
自分の無力感から目を背けてゲームに逃げ続けて、異世界まで逃避行真っ最中の僕には何も……。
それに全部きんさんがやったことだ。
なぐさめようにも……。
そうだ、全部きんさんに丸投げしよう。
「ああ、その、悪いんだけど、実は僕何もやってなくて……。さっきの戦闘は全部きんさんがやったことなんだ。全部ね、全部!だから、そういうことはきんさんに言ってあげた方が良いとおもうよ!」
よしこれで完璧。
応援してるぞ、きんさん!
「分かってる。お前が優しいからそう言っていることは分かってるんだ!」
あ、あれー。
おかしいぞ。
「それでもこれだけは言っておきたいんだ。すまなかった」
「い、いや。そうじゃなくて、本当に――」
「頼む!俺にも信念があるんだ!それ以上は言わないでくれ!」
そんなこと言われたら。何も言えねーじゃねーか!
こうなったのも全部きんさんのせいだ。
ちくしょう、あの守護霊。いつか覚えてやがれ!
そんなこんなで、街に到着した。
*****
街へ着くと、ギルドに向かった。
「アキラ、報酬の分配が終わったら、皆で打ち上げ行かないか?」
いつもの調子に戻ったリーダー善としたバルドさんからの提案だった。
「ま、まぁ、アキラが行きたくないって言うなら……別にいいんだが……」
意気消沈した感じで言ってきた。
全然だめだった。まだ無力感で自信喪失してらっしゃった。
「行くから!そんな落ち込まないで!」
「そ、そうか!じゃあ、依頼達成を報告してくるぞ」
バルドさんが受付へ行った。
少しすると、皮袋を持って戻ってきた。
「ソニオックス9体討伐と素材買い取りで、合計30万チルだ。一人6万チルもあるぞ!」
結構あるんだな。
ゴブリン程度で1匹5000チルだったしそのくらいは行くのかもしれない。
「それとアキラは、ヘルストラトスの撃退で追加報酬があるから受付さんが来いってよ!」
「へー。撃退だけで報酬出るんだ。行ってくるよ」
受付へ行くと、愛称がミアナ母さんの職員さんが営業スマイルで迎えた。
「アキラさん!お待ちしてました!四狂星――ヘルストラトスの撃退という事で、今後の期待も込めて特別報酬が出てます!100万チルです」
「ひゃっ、百万!?」
全部きんさんまかせだったけど、実はアイツメチャクチャヤバイ奴だったのか。
まあでも、あんな攻撃が見えなかったらどうしようもないか。
確かに今思えば強い奴だったな。うん。
僕は何にもしてないけど……。
「ど、どうも、ありがとうございます」
「今後もご活躍を期待してます!」
「ほどほどにお願いします」
引きこもりに応援は、デバフなのだ。
戻ると、バルドさんに袋を渡された。
「はい、これアキラの分け前な」
「ありがとう」
ポケットに突っ込んどいた。
「おいおい、額を確認しなくていいのか?」
「バルドさんだし大丈夫でしょ?」
付き合いは浅いけど、なんだかんだリーダーとしての腕は素晴らしい。それは信頼に値すると思う。
疑うだけ馬鹿馬鹿しい。
「そ、そうか……」
バルドさんは小さく笑みを浮かべると、元気よく切り出した。
「さーて。今日もしっかり稼いだし、打ち上げだ打ち上げ!パーっとやろうぜ!」
「で、どこ行くか決めたの?」
リンさんの一言に、バルドさんは固まった。
場所は未定、と。
*******
あれから街を彷徨った後、偶然見つけた焼肉屋に入った。
そこで誰も異論を挙げないのは疲れているから、という理由もあるのだろう。
「今回の依頼は、なんか色々あったが、まあとにかく無事達成出来たことに、乾杯!」
「「「「かんぱ~い」」」」
開始の挨拶はしたことだし、僕は注文した肉を網の上に置いて焼き始める。
ジューシーな肉汁が垂れて小さく炎が上がった。
ここは日本のように店内に焼肉をすることが出来る設備が置かれている。しかも本格炭火焼きだ。換気の問題も魔法的な装置のお陰で問題ない。
快適だ。毎日来れる自信がある。
早速焼けた肉を、ブラックペッパーの入った甘辛のタレに付けて食べる。
柔らかくて濃厚な肉の旨さが口の中に広がった。
ああ、美味しい。これで白米があれば最高だったのに……。
この世界には米が無い。いや、探せばあるのかもしれないけど一般的ではない。パンが主流になっている。
そしてついでに箸もない。だから、スプーンとフォークで食事をする。
焼肉用のペラペラ肉をフォークで刺して食べるのに違和感を覚えるのも仕方ないだろう。
ふと、バルドさん達の方に視線を向けた。
「あ!それ私が育てた肉!自分で焼いてよバルド!」
「リンは優しいなぁ。俺のために焼いてくれるなんて!」
「焼いてあげてないわよ!じゃあ、あんたのを取ってやる」
リンさんがフォークを伸ばし肉を取る――その前にシュッとバルドさんがかすめ取っていく。
悲しきかな、魔導士のリンさんよりも戦士のバルドさんの方がスピードは優っている。
「遅いぞ!リン!」
「私一枚も食べてないんだけど……!」
「それでは、私のをあげますよ!」
「ありがとう、ナヒタ!」
――シュッ。
恐ろしく速い略奪。
僕でなきゃ見逃しちゃうね。
「ああ!!もう許さない!寝てなさい!」
「のおおおおおお!!ちょっと待って、ギブギブ!!ほんと、すいませんで――」
バルドさんが落ちた。
そんな様子を見て、口に手を当てて笑うナヒタさんと、興味なさそうな素振りで飲み物を飲みながらも、ちゃっかり視線を向けているダクサさん。
なんというか仲良しのパーティーだ。
『いいパーティーだな……』
「うわ!?びっくりした!いきなり現れないでよきんさん!ていうかガス欠とか言って休んでたんじゃないの?」
『フッ、祭りの気配を前に寝てなどおれるか!』
「相変わらずだなぁ」
静かな生活が好きな僕だが、こんなテンションも悪くないなと思った。
それからも、騒がしい打ち上げが続いた。バルドさんが何度も落とされたり、謎の腕相撲大会もやった。
そうして、長いようで短い打ち上げは終わった。
満腹の幸せ感にお腹を摩っていた僕に、バルドさんが言った。
「アキラ、今日はありがとうな」
「いや、僕の方こそ楽しい一日だったよ。このパーティーで戦えてよかったよ!」
少々変態はいたが、楽しい一日だった。
「それなんだが……これからもパーティーを組まないか?お前ならこれから伸びるだろうし、俺たちにもついていけるだろうしな!」
「そうよそうよ!アキラなら頼りになるし、私も反対しないわよ……とは言ったけどさ。そういえば私、アキラが戦ってるとこ見てないから、知らないわ」
「きんさんに任せただけだよ?」
『そんなに聞きたいか!聞きたいな?聞きたいだろ!聞かせてやろう!』
ああ、めんどくさいの来た。
そう思ったが、皆乗り気だった。
『あの時は、相手が霊でアキラでは厳しかった。だから我はアキラに憑依して戦ったのだ。我も元は戦人であったらゆえに、ある程度剣の扱いは熟知しておる。故に、我は霊力で相手の攻撃を防ぎ、一気に切り伏せようと思ったのだ。だが、予想以上に相手が硬かったのと、筋力不足で致命傷ではなくてな。あの場でレベルを上げたのだ』
巨人を負傷させて足止めして時間を作ったのではなく、偶然だったらしい。
『なるべく急いでモンスターを狩っていたのだが、流石に間に合わなくて、相手の霊も復活してしまった。そこからは、こちらも余裕がなくなって、負傷覚悟でレベルを上げて、その結果ギリギリ間に合ったのだ』
ヘルストラトスが喋ってるから、巨人が空気を読んで攻撃しなかった事を良い事に倒しまくっていたからな。
『念願のレベル13に到達したのだ!』
「レベル13?ソニオックスと戦った時はさらに低かったってことだよな」
さらっとレベルをばらしやがった。
まあバルドさんだし大丈夫と信じよう。
『そうだ!レベル6から7も上げたのだ!それで、ステータスポイントが14と、スキルポイントが繰り越しと合わせて21だ。もちろん、基礎能力は攻撃力を上げるために筋力を上げた』
振り分けを全て筋力に注いでいるため、称号と合わせて筋力値35だ。
他のステータスは初期値の1なので、当分はそっちを上げることになりそうだ。
『そして、ようやく…………スキルポイント20を使い――【覇豪なる者】を取得できたのだ!』
ふーん。そうなんだ……。
【覇豪なる者】を…………。
ん?
【覇豪なる者】…………??
【覇豪なる者】だと!?
「はああああああ!?嘘だろおおおお!?」
僕は急いでステータスプレートを取り出し、スキルを見る。
ちゃんと【覇豪なる者】があった。
「おわっ……た」
膝から力が抜け、地面に倒れた。
放心状態の僕を見て、バルドさんが質問した。
「【覇豪なる者】ってどんな効果なんだ?」
リンさんもこんな状態の僕を見たからか、バルドさんを咎める気はないようだ。
僕は昨日見て記憶にある【覇豪なる者】の効果が覚え間違いだと祈るしかない。
『【覇豪なる者】の効果は、筋力に大きな補正と、ステータス・スキルポイントを自動的に筋力へ振り分ける効果だ!』
聞きたくなかった。
確かに、あの状況は【覇豪なる者】が必要だったのかもしれない。取得しなければ、そのまま死んでいたのかもしれない。今この場に誰かいなかったのかもしれない。
だから、きんさんを怒るに怒れない。
でも……それでも、こんなハンデを抱えて冒険者をやっていくのはリスキーすぎる。
いや、待てよ。
さっきバルドさんは僕をパーティーに勧誘した。
お荷物だって分かっても、今日のよしみで……。
「バルドさん!」
バッと起き上がると、力強くバルドさんの肩に手を置いた。
その衝撃で何か布の破片が見えたが些細な事だ。
「パーティーを誘ってくれた件について返事を――」
「ああ、その事だな……」
僕の言葉を遮ってバルドさんが口を開いた。
大丈夫だ。バルドさんは優しい人なんだ。
僕の人生、まだ舞える!
「ああ、えっとな…………。また会ったら、一緒に冒険しようぜ!」
「ちっくしょーーーーー!!」
僕は走り出した。
夜の街並みが濁流となって後ろへ流れていく。
今だけは現実逃避しても誰にも文句は言わせない。
どれだけ世界が世知辛くとも。
僕は……僕は……。
「こんな世界、やってらんねーよおおおおぉぉぉぉ!!」
何故か書き始めたら、魔王がロリコンになってしまった。
おかしい。おかしいぞ!
どうなってるんだぁ!