10話
記念すべき10話
これからも頑張っていくつもりです
「待たせてすまぬな。ヘルストラトスよ」
「構わん。我が右腕に取り込む価値があるか見極めるためだ」
僕の体が、僕の意思とは全く関係なく動いているのは少し違和感を覚える。僕は今、霊的なものとして空中浮遊していた。半透明で思ったところに浮遊して動くことができる。今なら、フィギアスケーターや跳躍選手もビックリの回転飛びをお見せすることも簡単だ。
僕の体に憑依したきんさんは青いモヤを纏いながら、地面に落ちていたバルドさんの大剣を拾うと、ヘルストラトスに向き直った。ヘルストラトスの隣には触手を操る半透明の巨人が立っている。
「……主人に憑依するとは恐れ入る。だがその状態もいつまで続く……?主人への憑依は許可を得たとはいえ、膨大な霊力を消費する。そのような状態で、この攻撃をどう受ける?」
ヘルストラトスの指示により巨人が触手を振るった。
先ほどまでの動きとは比べ物にならない程の速度で迫る触手に、きんさんは片手を向け触れ合った。
その瞬間、触手がまるで解けるように霧散していった。
「悪いが小手調べなどという弱者の愚行につき合う余裕はない。全力で行かせてもらう!」
「素晴らしい。素晴らしいぞ!それでこそ我配下に下す価値がある!」
興奮した様子のヘルストラトスを無視して、きんさんは走り出す。
「はああああああぁぁぁぁ!!!!」
大きく振り被った大剣には青いオーラを纏っている。
「行け!我が右腕よ!叩き潰せ!」
大量の触手を束ねた極太の触手と、大剣が交わった。
両者の力がぶつかり合っているのか、青い稲妻が周囲を照らす。
均衡はすぐに失われた。
少しずつ、大剣が触手を切り裂き始めたのだ。
「おおおおおおおおお!!」
一気に触手を斬り裂くと、奥の巨人に浅くない傷跡を残した。
「ぎシュアあアあアぁァぁァ!!」
「ば、ばかな!?」
きんさんはその姿を一瞥すると走り出した。
巨人の奥に溜まっているモンスターへ。
『きんさん。なんでトドメを刺さないの!?』
今なら手負い。
好奇と言っても過言ではない。
あんな化け物、早々に倒しておいた方が為になる。
それなのに――
「それは違うぞアキラ。あいつにトドメはさせないのだ」
手前の動物型モンスターを2体まとめて倒しながら言った。
やるかやらないのかではなく、不可能。
ますます、意味が分からない。
『なんでだよ!?今なら手負いじゃん!』
「ああ、だが火力不足なのだよ。さっきのは霊力を完全に相殺して、全力で斬った。それでもあの硬さだ」
霊的な物ではなく物理の問題という事だろう。
「それに、我の霊力も一日で回復した分しかない。次の攻撃でガス欠だ。言いたいことは分かるな?」
次の攻撃が最後。そして、圧倒的火力不足。
ならやることは簡単だ。
『レベル上げだな!』
今この場で火力を上げればいい。そのためのモンスターもいるのだから。
「アキラ、ステータスなのだが……」
『もちろん分かってる。攻撃力を上げるんでしょ!全部任せるよ!』
きんさんは僕の体で、くすぐったそうな笑みを浮かべると戦闘に集中した。
はっきり言って、きんさんの戦闘技術は上手い。
大剣の大きさと重さをしっかりと生かしいる。加えて視野も広い。
手前の3匹を斬った、と思ったら左右から迫る2体ずつを、体を回転させることで最初の斬撃の威力をそのまま流用して攻撃している。
こまめに立ち位置を変え、囲まれる事を防ぎつつ、大剣の大きさをもって面で倒していく。
隙があればステータスプレートを操作して攻撃力を上げ、更に討伐速度を上げていく。
普段は意味の分からない事ばかりしているきんさんだが、いまはまるで別人のようだった。
後ろを見るとスケルトンに、リンさんが魔法を放ち、ダクサさんが殴って粉砕している。その数も半分程度になっている。
もしかした、勝てるのでは?
そう考えたのがいけなかったのだろう。
巨人が立ち上がって触手を出していた。
『きんさん!後ろ!』
「わかっておる」
きんさんはいったん攻撃をやめて、大きく跳び退いた。
地面に触手が叩きつけられると、砂埃が舞った。
「クッハッハ!!理由は分からぬが、我らに回復の隙を与えたことが間違いだったな!全力だ!行け我が右腕よ!」
振るわれた巨大な触手は、きんさんが回避するたびに、自分で呼び出したハズのモンスターをも巻き込んで吹きとばす。
「アキラ、悪いが少し負傷する。文句は言うなよ」
『別にいいけど、どうするの?』
「こうするのだ!」
先ほどまでと比べると小さく避けると、触手は地面に突き刺さった。
砂埃が舞いあがり、間近で飛び散った石で傷だらけになる。
しかし、そんな状況で近くのモンスターを斬り飛ばした。
何度も何度も。
触手の余波で傷だらけになりながら、モンスターを倒していく。
「どうやら勝敗が見えてきたようだな……」
ヘルストラトスが嫌味ったらしく言った。
「守護霊よ。貴様には驚かされたが、残された力は残り僅かだろう。無駄な抵抗はやめて、我が軍門に下るがいい」
「…………」
ヘルストラトスが喋っている間は巨人も空気を読んで攻撃をやめている。
だが、きんさんは止まらない。
空気なんて読まない。
バッサバッサとモンスターを倒していく。
「その力。その技。貴様には新たな肉体をくれてやろう。悪い待遇にはしないと誓う。どうだ?」
「…………」
それでも、モンスターを倒すきんさんの手は止まらない。
「それが貴様の答えか……。ならば――」
ようやくきんさんが止まった。
ステータスプレートを取り出し、空気を読まず喋り出した。
「ようやく終わった。ところでそこのアンデット。なにか喋っておったか?」
あれ?本当に聞いてなかったパターン?
「だから!貴様を!」
「もしかして話長くなりそう?」
黙っていてもヘルストラトスから怒気が伝わってくる。
「そんなに死にたいか!」
「む?何の話だ?」
きんさんは何も聞いてなくて素の反応を見せるが、ヘルストラトスはそれを煽りと勘違いしているようだ。
ヘルストラトスは巨人に指示を出すと、束ねられた巨大な触手が、今度は3本出て振るわれた。
「もういい!殺せ!」
「それならば、話は早い……。ハッ!!」
その3本ともを大剣で切り裂くと、根元まで霧散していった。
「まだそんな力が残っていたか。だが……」
きんさんは巨人に向かって走り、途中で大きく跳躍した。
同時に巨人が両手をクロスして防御態勢を取った
「貴様の攻撃など通るはずもなかろう!やれ、我が右腕よ!押し返してしまえ!!」
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
次の瞬間、裂帛の気合と共に振り下ろされた大剣は……。
先ほどまでは、小さく傷つけることしかできなかった巨人を、防御の上から真っ二つに切り裂いた。それだけでは止まらず、地面を打って轟音を響かせながら小規模なクレーターを作っていた。
「ば、馬鹿な!?あり得ん!?な、何故……何故、我が右腕が負けるのだぁ!?」
そんな様子のヘルストラトスを見て、きんさんは。
「すまん、アキラ。ガス欠だ。あとは任せるぞ」
フッと僕の体を纏っていた青い煙が消えた。
突然視界が変わった。
元の体に戻ったのだ。
「いっったああぁぁ!?」
体中の傷がズキズキと痛む。涙がにじむ。
こんな痛みでよく、きんさんは戦えたものだ。
「こんな事が、こんな事が認められるわけが無かろう!!【サモン・アンデットウォール】…………!!」
地面からソンビやスケルトンが湧きあがり結合していき、ヘルストラトスを覆い隠す壁を形成していく。
「次に会うときが貴様の最後だ。また会おう。冒険者よ……」
「待て!逃がさないぞ!」
手に握られていた大剣を振った。大剣の重さは全く感じられず、壁を簡単に破壊できた。
しかし、その奥にはヘルストラトスと生きたモンスターの姿は無い。リンさんたちの方もスケルトンが消えていた。
残ったのは、巨人やモンスターの残骸だけだった。
「終わったのか……」
その言葉を口にするやいなや、全身の痛みに苛まれた。
さっきは、アドレナリンやらなんやらで大丈夫だったが、冷静になると痛すぎる。骨とか筋肉とかも痛いかも。あれ……意識が………………。
倒れこむと、心配そうに走ってくる2人と、相変わらず無口なダクサさんが。その後ろには、バルドさんが倒れているのが見えた。
体痛いし寝るか!
そんな気分で意識を手放した。