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女々しくても筋肉を  作者: 中田 伸英
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1話 自称魔法少女おじさん

 ブリキ人形を手に入れた子供は握りを回し、ゆっくりと動くソレに無邪気な笑みを浮かべる。

 ゼンマイ仕掛けを回し、その応力で規定通りの動作を数々の歯車に強要するソレは一つの完成形だ。

 精巧で、美しく、儚く、盲目的。

 だから少年となったその子供はブリキ人形を破壊した。

 それは純粋な善意と厚意のみの感情で、一欠片の悪感情など存在しない愛だった。

 なのに何故、散らばった歯車たちは少年を責め立てるのだろうか。

 人は理解の及ばぬものを拒み排斥する。

 故に少年は思う。

 ああ、歯車になれたらどれ程幸せだっただろうか。

 願わくば――




 ***





「アハッ! よく来たね! 平之ひらの あきらくん!」

「……」


 心地よく肌を撫でる柔風。白銀に煌めく雲海。頭上に浮かぶ黄金の太陽。

 そこは全てが美しく調和のとれた神秘的な場所だった。

 そんな風景の中、話しかけてきた者の風貌を目にしたアキラは、引きつった表情を浮かべるしかできなかった。

 その者はフリルのあしらわれたアイドルのような衣装を着て、満面の笑みに目に辺りにピースを添え、更にバチッとウィンクまで決めながら話しかけてきている。まるで語尾に☆マークが付きそうな衣装とポーズ。

 ――ただ少し違ったのはその者がおじさん(・・・・)だということだ。


(なにこの状況……)


 アキラは寝起きながら珍しく冴えている頭で記憶を頼りに状況を理解しようとした。だが、すぐに諦めた。

 誰であろうと朝起きたら自分のベッドが美しい風景の中に浮遊していて、目の前にアイドルが居る。そんな非現実を唐突に押し付けられても混乱してまともな思考ができる訳が無い。

 ましてやそのアイドルが服装とポーズの全く似合わないおじさんなら、思考を放棄しても仕方ない。情報量が多すぎるのだ。

 アキラは現実逃避気味におじさんから視線を外し、周りの風景を見た。

 不純物一つ無い清く美しい空間。その風景を一言で表すなら天国そのものだろう。


(もしかして死んだのか? いや、違うか……)


 不吉な予感が浮かんだが、自身の行動を思い返してあり得ないと自信をもって否定できた。

 高校を中退して2年ほど引きこもり、ゲーム三昧の日々。そんなタダ飯万歳のニートが天国に行けたら地獄の存在意義が怪しくなってしまうからだ。

 それらの事から、アキラは結論を出した。

 ごく自然な動作で布団に入る。


(これは夢だ。だから目の前でピースサインをキメてる誰得生物も毎日の疲労から来る幻覚なんだろう)


 最近のアキラは不眠症を疑われるレベルで睡眠時間が少なかった。ゲームのプレイ時間を増やすためとはいえ度が過ぎているとは自覚しているのだ。


(いや、もしかしたら親泣かせの僕に神様が天罰を下したのかもしれない!)


 実際には、アキラの母親は世話好きで泣くどころかむしろ生き生きとしてアキラの世話を焼いている。父親は内心では色々と思っているようだが、嬉しそうな母親を見てアキラを更生させる気も失せている様子だった。

 年単位の長い付き合いになる家族で、アキラもそのような心情は理解しているため、弱みに付け込んでいるようで今更ながら申し訳なさを感じた。


(ごめんなさい神様。反省しました。今日から……いや、やっぱ明日から改心します。許してください……)


 起きたらいつもの甘く怠惰な日々が待っている事を願って、アキラは本格的に眠りに入る。

 そんな三歩歩いたら忘れそうなほど希薄な決心を心の中でブツブツと唱えるアキラに、おじさんは呆れたような申し訳なさそうな視線を向けた。


「あの~その神様が目の前にいるんだけど……?」


 アキラはゆっくりと目を開けておじさんを見た。

 意訳を間違えているのかと、その言葉を二度三度脳裏で反芻させたところで……。


「うぼあっ……」


 ようやく理解すると制御し難い感情が口から溢れ出した。




***





「そ、それで神様、何の用でしょうか?」


 アキラは恭しい口調に切り替えておじさんに言いながら口元を拭った。

 神という存在が目の前にいる奇人だという事実に、体の内から溢れ出る物を抑えきれなかったせいで、テレビではキラキラでラメラメのアレが口元に付いていたからだ。

 もしも真下に村があったら、今日のお天気は強酸性の雨になっているだろう。

 だがそれも仕方ないと言える。

 白い髭と髪のおじさんがアイドルの服を着てそれに準じる行動を取っているという事実は誰であろうと受け入れがたい。

 長身のせいでスカートから覗く全くもって瑞々しくない枯れ果てた樹木のような生足が異様に長く見え、ミニスカートを穿いているように見える事も相まって凄まじい攻撃力だ。

 そんな生理的嫌悪をもたらす者が、人々が崇める奉る神々(こうごう)しいイメージの神だというのだから拒絶反応を起こしてしまうのも無理はない。

 それでも一応神様という事でアキラは決死の思いで覚悟を決めて、おじさんの方へ視線を戻している。

 その瞳はまるで死地へ赴く戦士のようだ。


(目の前の敵は強大。意思を強く持っていなければ、すぐさまやられてしまうだろう。僕の胃のように……)


 気を紛らわせようとするアキラに、おじさんは申し訳なさそうな表情で口を開く。


「あの……アタシってどーゆう存在に見えてるの……!?」


 その返答は先程の問いとはかけ離れた内容だ。

 思い返せば吐く直前の会話も不自然だったとアキラは気が付いた。

 そう、まるで心の声を読んだように。


「……もしかして神様だから心が読めるんですか?」


 アキラが疑問を投げかけると、おじさんは首を傾けて珍妙な物でも見るような視線を向けた。

 言葉には出していないが、その表情を意訳すると『何言ってんだコイツ?』だろう。


「ねえねえ、そんな事よりもアタシってどう見えてるの~? なんで質問に質問で答えるの!? 会話できる? バカなの? サルなの?」

「突然のマジトーン!? あんたこそ情緒どうなってんの!? いや、まあいい――」


 神という事で、変人ではあるが一応敬う気持ちはあったアキラだが、この瞬間どうでも良くなった。


「どう見えてるか……、どう見えてるかだったなぁ……!!」


 親指を下に向けながら盛大に叫ぶ。


「オカマで変態で年を考えないミドリムシ以下の低脳だ! 人生出直してこいっ!」

「そ、そんな!? ミドリムシ!?」


 驚愕の表情で大袈裟な程ショックを受けているおじさんを見て、アキラは少し満足した様子を見せた。

 アキラも素の見た目をどうこう言うわけではないが、悪ガキのような態度ではなく年相応の威厳のある立ち振る舞いをしてもらいたいと思っているのだ。


「ていうか自分自身ではどう思ってるんだ? 流石にその年でアイドルは無理があるだろ!」

「え!? アイドル!? ないない。流石にアイドルになろうとは思わないよ!」


 さも当然とばかりに言い切るおじさんに、アキラは頭上に大量の疑問符を浮かべた。


「じゃあその恰好は?」

「もちろん! ……魔法少女だよ! マジカル♪リリカ――ぶぐへぇっ」


 突然変身ポーズをキメ始めたおじさんのあまりにも痛々しい絵面に、アキラは思わず回し蹴りを叩き込んでいた。

 その衝撃でおじさんは落下していった。


(おっと、暴力で解決するのは良くないな……)


 そう思いつつも見ていられないセリフを阻止することができてアキラは満足そうな顔だ。

 しかし、次の瞬間にはその気分も霧散していた。


「そういえば心を読めるかだったよね! もちろん読めるよ! だってアタシは魔法少女だからね!」


 おじさんは何事もなかったかのように浮上すると、しわくちゃな顔に無邪気な笑みを浮かべて言った。

 神だから何の痛痒も与えられない事は理解できる。しかし、先ほどは質問に質問を返しただけで不機嫌になっていたのに対し、神からしたら下等生物の人間に蹴られた事に不快感を感じていないのはちぐはぐさを感じる。

 アキラはおじさんのアイデンティティが理解不能だった。


(これはあれだ。関わったらいけないやつだ!)


 ここまでくると対話能力の低いアキラにでも、おじさんの特異ぶりは深く理解できた。


「そっすか……」


 アキラはテキトウな返事を返した。その声音には諦めの成分が多く含まれている。

 バカはバカだからこそ、自身がバカだという事を自覚できないのだ。そこに反応する事は、巨大な綿毛を殴るような手ごたえの無い徒労でしかないのだ。

 早々に用件を聞いて帰して貰おうと思い、アキラは話を戻す事にする。


「それで? その神様が僕に何の用で?」

「そうだったね! でもその前に、アタシの事は『神様』じゃなくてもっと気楽に呼んでほしいんだ!」

「……。名前は?」

「神様だから~」


 言外に『分かるよね? だから名前つけて!』という期待に満ちた表情で、勝手な理解を押し付けているおじさんの態度に、アキラは心底めんどくさそうに溜息を吐いて言った。


「……んじゃ『ヤバイおじさん』で」

「ちょ、ちょっとぉ!? その名前絶対悪意あるよね!? 『ヤバイおじさん』って絶対悪い意味だよね!」


 顔を寄せて来て騒ぐおじさんに、アキラはやはりめんどくさそうに半目で天を仰ぎながら答えた。


「違う違う。『ヤバイ』って悪い意味に取られがちだけど、良い意味で『ヤバイ』もあるから。近代っ子がよく使う語彙力低下の原因とか言われる万能の言葉だよ。他意はない」

「そ、そうなんだ。なるほど……」


 おじさんは理解したようで『ウンウン』と言いながら首を縦に振ると、ニッコリと満足そうな笑みを浮かべた。


「じゃあ、これからアタシの事は『ヤバイおじさん』って呼んでね!」

「お、おう……」


(ていうか『おじさん』の部分は否定しないのかよ。魔法少女の『少女』どこいった!?)


 そう思ったところで、心が読まれている事を思い出した。追及されると面倒なので急いで話題を変えることにする。


「そ、それでこの場所に呼んだ理由を教えてもらっていいかい?」


 おじさんにジト目を向けられ、アキラは居心地悪く目を逸らす。

 秀麗しゅうれいな景色が視界に入る。

 美しい。緩やかに流れる雲は絶えず形を変え一時として同じ形相を見せることはない。こんなにも近くに見える太陽は、暑さではなく心地よさを届けてくれる。時折吹き付ける風はまるで春風のようだ。

 不思議と心が浄化されるような錯覚を覚えた。


(もし行ける場所なら一人で景色でも見ながらお茶と和菓子で一服したいなぁ……)


 そんな完全に他事を考えるアキラに、おじさんは先ほどまでとは一転して真剣な表情を向けた。


「本題に入るよ。――君には異世界に行って、世界を救う手助けをしてほしいんだ!」


 おじさんの雰囲気が変わり、別人のように超然とした様子で言った。

 そこには神としてのなんたるかが素人目にも垣間見られる。おじさんの認識を一新させるには十分なインパクトを持っていた。

 ただしそれはアキラが景色に気を取られていなければの話だ。


「そんなことはどうでもいい。ここはどこなんだ?」


 景色の美しさに半ば呆然としていたアキラにはどうでも良く聞こえ、バッサリと切り捨てた。

 おじさんも予想外の事に困惑気味だ。


「あ、あれー? こーゆー話って好きじゃない? ゲームとかアニメは嫌いなの?」

「あっ、いや、ゲームは好きだけど。……そんな事より、この景色が綺麗だったから、もし行けそうな場所ならと思ってさ」


 おじさんの慌てる雰囲気に、アキラは口が滑ったことを理解してまくし立てた。


「き、綺麗か……」


 その言葉に、おじさんは両手を頬に当てクネクネし始めた。

 若干頬に赤みが増し、両手を顎髭のラインに合わせるような姿は、アイドルの衣装も相まって形容しがたい不気味さを醸し出している。


「な、なんだこの汚さは!? 直視できない!? 目が、目があぁぁぁ!?」

「そっかそっか。そうだよね! さっきから神に対する態度が変だと思ってたんだ! もうっ、ツンデレさんなんだからぁ~」

「おまっ、神なのかおじさんなのか魔法少女なのかはっきりしろよ!?」


 既に自分でも何を言っているのか理解していないアキラのせめともの言い返しも、おじさんは照れ隠しの笑みを浮かべチラチラと視線を向けながらアキラの腕辺りをツンツンと突くだけだだった。

 それにより一度吐いたほど低いアキラのSAN値がさらに下がり、ゾクリと鳥肌を立てながら狭い足場ベッドの端まで引き下がる。

 そんな様子も、おじさんは優しく微笑みながら見ていた。


「……でもごめんね。ここはアタシの世界だから来れないんだ!」

「ちょっと何を説明したのか分からないな。もしかして遠回しな、とち狂ったという事の自己申告? あと触らないでください。マジお願いします」

「ふふっ。……簡単に説明すると、世界という大宇宙に対するアタシという小宇宙の存在値を逆転させた風景なんだ」

「すごいね! もっと分からなくなったよ! あと笑って流さないで!! 触らないで!!」

「地球で有名な例えだと……、固有結界かな? 確かこんな服装でこんなの持ってって……


 おじさんのアイドル衣装が、一瞬で赤と黒の服に変わり二振りの剣を握りもごもごと口をすぼめ変顔で言う。


「《アンリミテッド・ブレイド――」

「おお、わかったわかった。それ以上言わなくていいよ!」


 あまりにも似ていない顔芸と声真似を、アキラは慌てて止めた。

 本家様が可哀そうに思える程悲惨で、見ていられなかったのだ。


「ていうかおじさんにピチピチの体の線が出る服って似合わないから。もっと神らしい服装になってよ!」

「神らしい服装……つまりコレだね!」


 おじさんの服装がアイドルの衣装に戻った。


「ど~ぉしてなんでだよぉ!?」


 そこでアキラはいつの間にかおじさんのペースに飲まれている事に気が付いた。

 バカだから関わらない、反応しないと決めていたにも拘らず、反応していたことに強い疲労感を感じた。


「はぁ~。まあいいや。それで、ここは心象風景の具現化的なアレなんだな?」

「そうだよ! この景色はアタシの心の在り方そのものなんだ!」

「…………」


 今更ながら、この自称魔法少女おじさんの心が美しいなど理解できない。

 どこまでも続く青空に、濁り一つない透明感のある雲、そして朗らかな陽光。

 これら全ての情景をおじさんの心が体現しているなど信じられるものではない。


(まあ、あれだ。馬鹿と天才は紙一重とも言うし、少しランクアップして、馬鹿と神は紙一重なんだろう。それより、今は早くここから脱出するために話を進めないとだ……)


 アキラは自分でも良くわからない理論で再度納得すると、脱線させた話を戻すことにする。

 おじさんはアキラの事をツンデレと思っているようで、心を読んでなおニマニマと危い笑みを向けていた。

 アキラにとっては都合のいい事でもあり、努めて反応しないように話を切り出す。


「それより異世界を救う手助けって?」

「ふふっ、そうだったね! ちゃんと説明するよ! あ、でもアタシ、話をまとめるのが下手だから、長くなるけど大丈夫?」

「ああ、気にしないからがんばってくれ」


 ここで返事を渋り脱線するより、即決の方が速く終わると判断して上手くまとめてくれることを願いながら、アキラは笑顔でサムズアップして見せる。ただ親指は下を向いていたが。

 おじさんは記憶に浸るように遠い目をしながら話し始める。


「昔々、あるところで――」


 童話のような前置きだが、異世界の史実という事もありアキラは俄然興味が湧いて聞き流すつもりだったが耳を傾けた。


「――空間すら存在しない場所と定義するかも怪しい所が大爆発を起こしました」

「おい、なんでだよ!? 誰が宇宙誕生のビッグバンから話せって言ったよ!?」


 予想の斜め上を行く言葉に思わすツッコミを入れてしまった。反応しないと誓っていようと、おじさんに対しては難しいようだ。

 そんなアキラの態度におじさんは不満そうに頬を膨らませた。


「なんで文句言うの~。だからアタシは話をまとめるのが下手だって言ったじゃん……!」

「まさかの全て話せば一緒だよね精神!? よし、じゃあ、今の一番デカイ国の歴史から話してくれ!」

「ふーん、そういうものなのかなぁ……」


 アキラの範囲指定に何が不満なのかは分からないが、おじさんはムスッと不機嫌そうな表情で口を尖らながら話を始めた。


「今から遡ること810年。湖近くに栄える村の村長の息子……レアス・ボーンと、その少し上流の支流で栄えた村の村長の娘……ペント・スウォードが出会ったことから始まりました」


(まさかの恋愛系だった!?)


「当時は互いに互いの存在を知らなかったためそれは衝撃でした。そうしてお互いの情報をすり合わせて行くと、同じ水を神聖視していることわかりました。女が多いペントの村では、川自体を『水精霊様の恩恵じゃ~!』と崇め奉り、入浴や祭典などの身を清める際に使われ。男が多いレアスの村では、池にさちや綺麗な水をもたらし肥えた土を運んでくる『生命の川だ!』と感謝を感じている事を伝え、互いの共通点に話の花を咲かせました。レアスも子供の頃からこの水が好きで、『特に上流に近づく程、甘く芳醇な香りがするんだ!』と自慢した。その時、ペントはなぜか引きつった笑みを浮かべていたそうです」


(おや? 話の雲行きが怪しいな……)


 女性が入浴に使っている水を『甘く芳醇な香り』などと言ってしまえば引かれるのは当たり前だろう。そしてそれを嗅ぎ分けることのできるレアスは真正の変態のようだ。


「それからもレアスは村同士の関係を築くために何度も会談に行き、その度に引きつった笑みを浮かべられていたそうです。そんなある日、レアスは好みを共有しようと川の水を汲んでペントに会いに行った。村に着いて『この水が、すこし甘い香りがしていいんだよ!』と言ってペントに渡すと、『お風呂の残り香がそんなに好きなの!?』と本気の怒りをぶつけられたそうだ」


(なんともまあ、ご愁傷さま。ていうか歴史の話だよね?)


「でも、よく理解できなかったレアスは、とりあえず水の事を言って話を合わせようとして『やっぱ湖の水は神聖だな!』と言いました。そのことから、村の関係は悪化していったようだ」


 実際にはレアス村の人々が感謝しているのは水産物だろうが、レアスの言い分では女湯のお湯を神聖視して飲んでいる危ない村にしか思えない。村の関係悪化も仕方ない事だろう。


「なぜそうなった……。レアス頭悪すぎるだろ!」

「まあ人の知能も時代と共に進歩していくんだし、こんなもんなんじゃない? それより、話戻すね」

「おっと失礼。続きどうぞ」


 話を脇道に逸らしていた事にアキラは謝りつつ先を促した。

 先ほどまでの反応したら負けという考えは忘れ去られているようだ。


「レアスはそれに気付かず村同士の親睦を深めようと何度も話に行き、その度に関係は悪化していったようです」

「いや、レアス何やってんの!?」

「レアスは日に日に扱いが雑になり、『粗茶です』と牛のフンが出される頃にようやく気が付いたそうだ」

「そんな扱いになるまで気付かないのかよ……」

「レアスは自分の村に戻ると『向こうの村では独自のおもてなしをされるくらい信頼は深まった』といった」

「ダメだ。全く気が付いてなかった!?」

「それから、村同士の付き合いを始めようと交易などの話を持ち出すも全て断られた。でも、レアスは照れ隠しだと思い『もう、ツンデレなんだから~!』と言いながら何度も何度も交渉に向かったそうです」

「ああ、そういう……」


 アキラの事をツンデレだと思い始めるおじさんと、ご都合主義の解釈をするレアスに、アキラはイコールの図式を見出した。

 即ち『ああ、レアスもヤベェ奴だぁ』という事だ。


「何度断っても上機嫌でやって来るレアスに、ペントも本気で恐怖を抱き始め、拒絶ではなく処理をするようになっていった。村に来たレアスに思いつく限りの罵詈壮言を浴びせる。事故に見せかけて攻撃する。罠を仕掛ける。などなど色々な対策を講じたが意味を成さず、やはりニコニコと笑顔でやって来るレアスに、ペントは精神を衰弱させ形振り構っていられなくなり、遂に川に毒を流すことにした」


 自分たちが神聖視している川に毒を流すのは辛い決断だろう。

 だがその決断をしたという事は、己の信念を曲げる覚悟。そして絶縁だけでは足りず、村そのものまで滅ぼさなくては、と思えるほど重度の精神衰弱を起こしていたのだろう。

 アキラは、むしろそこまでの事態を無意識に引き起こせるレアスに尊敬の念を抱き始めた。


「薄まっているとは言え、それを飲んだレアスの村人たちは、一人、また一人と体調を崩していった」


(おかしいな。いつの間にか殺人系にジャンルが変わってるよ)


「しかし、レアスは『聖なる川の水に支えられていながら、体調を崩すとは気合が足りん!』と村人たちを怒鳴りつけ。改心のためにキツイ筋トレを貸した。流した汗と一緒に毒は流れて行き、いつのまにか毒の耐性も付けて平和が戻ったそうです」


(なるほど……。筋肉はすべてを解決する……のか?)


 異世界に地球の常識を持ち込むことが間違っている以上、おじさんがまともじゃないのか、歴史がまともじゃないのか判別はできないが、アキラはそろそろ理解の範疇を超え始めたため聞き流すことにした。


「日に日に筋肉が付いて元気になっていくレアスたちに、恐怖を覚えたペントたちは(ry)。ペントたちは村の呪術師に呪いをかけさせて(ry)。魔法の雨を降らせて(ry)。死力を尽くしたペントたちは疲弊していき村は壊滅した」


 そんな目の前でカオスな話が展開られる中、アキラは……。


(昨日の朝ごはんなんだったっけなぁ……)


 まったりと他事を考えていた。


「こうして、ペントは数少ない生き残りと平和協定という名の合併をして、ペントも筋肉の素晴らしさに気がついてめでたく結婚したそうです」

「ねえ、あとどれくらい続く?」


 アキラはふと気になり質問した。


「そうだねー。文明の起こりについて話したから、次はここから村を再建して、拡張して街にしていく部分だから……」

「続きどうぞ」


 アキラは終わりそうにない雰囲気を察して、一刻も早く終わってもらうべく続きを促すと、居眠りを始めた。

 授業中にもバレない楽な姿勢や不自然にならない首の角度は研究済みだ。






*****






「――という事があって、君には異世界に行ってもらいたいんだ!分かってもらえたかな!?」

「あ、ああ、うん。分かったよ」


 終わる気配を感じたのか少し前に意識を取り戻し、重要な部分だけは聞いていたアキラがごく自然に返した。

 ポケットからスマホを取り出し時間を見る。

 おじさんが話初めてから8時間が経過していた。

 アキラはおじさんが話し始めてすぐに居眠りを始めて、もう眠れなくなるまでそれを続けたが、おじさんの話は終わらず。全く眠気も沸かないので仕方なく他事を考え続け、考えることが無くなった頃、おじさんの話に耳を傾けてみるとまだ終わりそうになく。永遠に続く話にゲシュタルト崩壊を起こし、新たな道でも開いたのか無我の境地へと至り、時間を忘れて聞き流すことができた。そして10分ほど前に意識を取り戻し今に至るわけだ。


(あ、日付変わってるやんけ。1日経って8時間で……)


 アキラは深く考えない事にした。

 なにはともあれ、最後の10分の話を要約するとこうだ……。


 地球ではない別の世界。そこには人を襲うモンスターが溢れており、更にそれらを束ね人類を滅ぼそうとする魔王がいるという。しかし、戦いは長く続いているが力は均衡しているという。そのままでは両陣営は疲弊し絶滅する可能性があるらしい。そこで魔王でもなく、勇者でもなく、普通の高校生であるアキラを送りその絶妙なバランスを崩してもらおうと思っているそうだ。

 アキラは勇者と魔王という単語に心躍るものを感じた。アキラも一人の男として、そういった事に興味があるのだ。

 そこにおじさんは少し言いにくそうに話を続ける。


「それでね、その世界にはゲームみたいにステータスとかスキルがあるからそういう方向を好きそうな人を呼んだんだけど……。実は君には強い力を与えられるわけじゃないから危険なんだ。だから、……嫌なら断ってもいいんだよ?」


 不安そうなおじさんの様子を見て、アキラは疑問に思った。


(なんで断られる前提ではなしてるんだ?)


 アキラにはその理由が分からなかった。

 モンスターや魔王が存在する世界。そこは戦いがありふれ、掛け金に命を差し出す世界だ。負ける心配の無い程の強さを持つ訳でも、特殊な技能や知恵を持っているわけでもない状態で行けば、近い未来の結末など誰であろうと容易に予想できる。命の心配など必要ない安全な日本から離れる決断など普通はしない。

 しかし、アキラには理解できなかった。いや、命の危険を理解したうえで許容ししていた。

 異世界に行ける。アキラにとってはそれだけが全てであり、それ以外の事など些事だったのだ。

 アキラは全てから逃げ出して、引きこもりになり親の寵愛に縋って生きてきた。いつ愛想を尽かされるか分からない。そしてその時には自身の人生は詰む。そんな他者に自身の命を預け、遠くない未来に訪れる破局を、ただ指を咥えて待っている生活はアキラから生への執着を薄れさせていた。

 異世界、魔王、モンスター。ゲームをこよなく愛するアキラからしたら大好物のワードだ。その好奇心は軽薄な命の価値観を容易く上回っていた。


「分かった。その世界に行くよ」

「え!? 本当に!? ……やったあ! ありがとう!」


 おじさんはその返事を聞き目を丸くすると、嬉しそうに両手を広げて抱き着こうとアキラに飛びついた。


「ちょっ!? やめろ! 来るな!」


 まるで幼い子供がやりそうなことだが、それはアイドルのような服装の魔法少女おじさんだ。


「絵面が悪い。というか気持ち悪い。離れろ!」

「むぅ……。仕方ないなぁー」


 おじさんはぶーたれた顔で渋々引き下がる。それからすぐに切り替えて笑顔を浮かべると話題を戻す。

 足元から純白の燐光が溢れだした。


「異世界に行っても言葉がわからなかったり、戦ったり殺したりが怖いってなっても意味がないから、最低限のスキル……【言語翻訳】と【精神衛生】をプレゼントするよ!」

「ああ、そっか。なんも考えてなかったけど、その時になってみないとわからないし、ありがたい」

「うん。それと近くにいた、守護霊……なのかな? も一緒に送るよ」

「そんなのいたの?」

「うん。まあ、アタシはあんまり関わりたくないから一応報告だけね」


 釈然としないが、どうせの自分の守護霊なんてナマケモノかハムスターみたいなものだろう。そう思ったところで、アキラは疑問が浮かんだ。


(ん? 関わりたくない? ……もしかして、台所のGとかじゃないよね?)


 守護霊という超常的な存在が憑いていて嬉しいような、でも見たくないような。

 そんな微妙な表情のアキラを、おじさんは苦笑気味に見て、その後笑顔に変えて手を振る。


「そーゆー訳だから、よろしくね!」

「ああ。なんかこう色々と……。任せてくれ!」


 足元の光量が増していくと同時に、おじさんが厳かな雰囲気を醸し出す。


「ゴホンッ。――それではアキラくん! 世界の命運は君の手に!」

「なんか急に重い話になったなぁ……」

「そう気負わなくていいよ! テキトウにそれらしいこと言ってるだけだから!」

「ああ、そう……」

「ええと、取り合えず、アタシたちの決戦はここからだ!」

「……? ここからだ~」


 アキラもそれらしく反応をしていると、途端に足元の光が強くなり視界を塗りつぶした。





@@@






 ホワイトアウトした視界が戻ると、そこに見えたのは石畳の地面とレンガ造りの家々だった。


「おお! このレトロチックな感じ、テンプレ感というか王道感的というか、なんかいい感じだ! 時代感は中世ヨーロッパくらいの……ってヨーロッパの街とか知らんわ!」


 異世界の街並みに自分で自分にツッコミを入れ始める程の振り切れたハイテンションで、更に視線を巡らせる。

 一番目立つのは聳え立つような城だ。かなり距離が離れているというのに見上げる程の巨大さを誇る。色は艶やかな黒……漆黒という表現が似合う美しい城だ。

 どうやらここは細い裏道のようで少し先に大通りが見える。そして、そこに見えたものに思わず感動して大声を上げる。


「あ、あれは、……ケモミミだ! しっぽもついてる!」

『ふむ、そんなに興味があるならば触ってくればよかろう』


 モフモフの耳とか歩みに合わせて動くしっぽに飛び込みモフりたい衝動に駆られる。

 だが、ギリギリ踏みとどまった。


「いや、そんなことしたら捕まるから!」

『しかし、案外さわらせてくれるかもしれんぞ? 世界が違えば常識も違うしな』


 異世界ならではの人との距離感ゆえに、少し驚かれるだけで済む可能性も期待値を含めれば存在している。だが残念ながらそのような度胸などアキラは持ち合わせていない。

 そんな神話の対戦を終結させそうな最終兵器《社交性》があれば、今頃は社会人となっているからだ。

 それから、ある程度風景を堪能して落ち着くと、当たり前の事を思った。


「ていうかさ。当たり前のように登場して、当たり前のように喋ってるけど誰だよ!?」


 異世界に来て早々に背後から聞こえる声を当たり前のように流すのは、いくらテンションがぶっ飛んだアキラにも無理があった。


『ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた!』


 愉快そうな笑い声でもったいぶった含み笑いの後に続ける。


『――我が名は、武田たけだたまき! 織田家の武将にして、お主の叔母の遠い親戚の先祖にして、"守護霊スリーパー"の異名を持つ……』

「長い長い! 武田なのに織田とか謀反むほん起きてるから! まあ、大物ぶって色々言いたいことはあるかもけど、もっとこう一言で言えないの?」

『仕方ないな。うむ、まあ、簡潔に言えばお主の守護霊だ! よろしく頼む!』


 振り向くと半透明で全身に筋肉の鎧を纏った褐色肌の男が、ふんどし一丁で浮かんでいた。


「そっかー、とりあえず警察呼んでいい?」


 感情の籠っていない笑みを浮かべるアキラに、タマキと名乗った男はあたふたと焦りながら弁解をしようとする。

 動くたびに頭部の褐色肌が鈍い光を放ちアキラは目を細めた。

 つまり彼はハゲていた。


『ま、まつのだ! 我のような存在が……守護霊が付いている事をあのジジイも言っておったであろう!』


 おじさんとの会話を思い出す。真っ先に思い浮かんだのは脳裏によぎった黒いアレだった。


「もしかして台所のGさん?」

『だれがゴキブリじゃ! よく見よ! 確かに黒光りしておるかもしれんが、触覚はついておらん!』

「それ遠回しに、触覚ついてたらゴキブリと大差ないって自己申告してるよね?」

『……。ま、まあ? ゴキブリって肉体の性能は高いし? 実質進化? ほ、ほれ、見るよい! 我は霊体ゆえに、壁にくっ付いたように見せたり、高速移動とか簡単よ! ほれほれ――』

「やめろ! カサカサすんな!」


 四つん這いで地面や壁を高速移動するタマキに、アキラは引き気味で叫んだ。


「あのさ、自己紹介ミスったからって、ゴキブリになろうとするのは無理があるぞ?」

『い、いや、我、ミスなどしていないし』

「…………」

『ゴキブリ尊敬しておるし!』

「…………」

『1匹いたら実質30匹いるようなものだし!』

「…………」

『もう一度やり直してよいか?』

「どうぞ」


 30人に分身していたタマキは無言の圧力に負けたようで、分身を消しながら言った。


『――我は、武田たけだたまき! なんかこう……そう……えっと……色々とすごい守護霊である! 常日頃から傍に居るので、よろしく頼む!』

「よろしく、色々とすごい守護霊さん!」


 タマキの性格をなんとなく把握したアキラは、色々な意味で言った。


「……ん? 待てよ!? 常日頃から!? もしかして今後、僕は背後に"暑苦しい奴"がいる変人ってこと!? あ、あれ、もしかして積んだ? 異世界でキャッキャウフフな生活が根本から消し飛んだ!?」


 常時近くにムキムキのお化けが憑いている怪しい人間は警戒させる事間違いなしだろう。

 そもそもの問題コミュ力皆無のアキラは、自身でも女性とお近づきになる未来を予想できていないが、そこは棚に上げて話しているようだ。

 その言葉にタマキがショックを受けたようで、驚愕を隠し切れていない表情で言う。


『な、なぜそんなにげんなりするのだ。我の肉体美が……。ま、まあ……その事についてだが、気にせんでもよいぞ? 我を見ることができるのは、基本的に我自身が許可した者のみなのだ。だから、今のところ我を見ることができる者はあきら、お主のみだ』

「へー、それは安心した」


 タマキの特異な風貌に、視線を向ける人も二度見する人も見受けられない。タマキの言っている事が周りの反応から本当だと分かり、アキラはホッと安堵の表情をみせた。


『あと、"暑苦しい奴"じゃなく爽やかなお兄さんだ!』


 わざわざ蒸し返して言う辺りかなり根に持っていたようだが、アキラはおじさんのおかげで鍛えられた聞き流しでさらっと聞き流した。


「まあ、とりあえずよろしくね、タマキさん」

『……さんなどいらん。向こうの世界では法則に抵触して姿を現せなかったが、我らは一心同体。家族よりも親しい、自身の筋肉にそんな他人行儀な呼び名はあんまりではないか!』

「一心同体……」


 アキラは黒光りする筋肉ムキムキ男と一心同体というのは少し抵抗を覚えた。

 しかし守護霊と言っている事もあり、守護してくれてるのなら、と気にしないように心がけた。


『ほれ、そんな呼び方だから石田君も悲しくて震えているであろう?』


 タマキの右大胸筋がピクピクと震えていた。


「……」


 アキラの表情筋もピクピクと震えていた。

 親しい呼び名と言えばあだ名。そう思ったアキラはタマキに尋ねる。


「昔はなんて呼ばれてたの?」

『そうだな。近しい者は我の名の最後に『ん』を付けて呼んでおった』

「えっと、タマキ……ん~?」


 アキラの首が傾き懐疑的な目でタマキを見始めた。


(なんとなく分かってたけど、コイツ、ヤバイ奴じゃないだろうか?)


 名前が似ているからと、自分を卑猥物に仕立て上げ始める人間は関わったらいけない部類の人種だろう。


「そ、そっかー。よろしく……したくないけど、よろしくね、きんさん」

『うむ』


 アキラはタマキの事を『きんさん』と呼ぶことにした。タマキも納得したように頷いた。


「ていうかさ、なんで名前からして戦国時代の人なのかな? が現代風の言葉遣いを知ってるんだよ! どう考えても時代間違えてるだろ!」

『フッ、そんな事。死してなお戦場を求めた結果に決まっておろう!」

「……??」


 頭に大量の疑問符を浮かべるアキラに、得意げな笑みのままタマキは説明する。


「強さに差はあるが、一人に一体の守護霊がおる。昔にそこら辺の守護霊をどつき回して戦っていたせいで皆に恐れられて逃げてしまうのでな』


 だからこそ最初の自己紹介で言っていた"守護霊スリーパー"なのだろう。


『それでも戦を求めた我は、20年ほど前からネットゲームで活躍しておる。その副産物だ』

「この人こんなコツイ見た目で、ゲーマーだった!?」

『そう言うが、アキラもゲームが好きであろう?』

「確かにそうだな」


 否定はできない。

 高校を中退することになった理由の大半をゲームのやりすぎが占めているからだ。

 同類と言われて認めたくはないが事実なので肯定するアキラに、タマキが爆弾発言を投下する。


『まあ、守護霊と守護している者の思考は、ある程度共有されるからなぁ』

「おい~! 僕がゲーム好きなのはお前のせいかい! ん? いや、待てよ。もしかしてだけど、きんさんが守護霊から怖がられてるから、学校で僕に対するヘイトがすごかったんじゃ……」

『うむ。それについては合っておるな』

「畜生、この野郎!?」


 高校入学一日目から何か目立つような行動をした訳でもないのに妙に距離を取られ睨まれたり、幼稚園の前を通る度に幼稚園児が一斉に鳴きだしたりというのはどう考えても辻褄が合わなかった。

 だがそれらは守護霊が守護霊に怖がられていたのなら説明が付く。

 つまり全てはタマキのせいだ。


「じゃあ、僕が異様に運が悪いのだって、……どうせきんさんのせいだったんだろう。思えばどう考えてもおかしかったよね。僕の近くでばかり……。ん?」

『お、おい! 過ぎた事を気にするでない! そ、それよりも、こんなことやっておって良いのか?』


 何を言おうとしたのか頭の中にモヤが掛かったように思い出せない事に(いぶか)訝しむアキラだが、次の瞬間には慌てた様子のタマキの会話に意識を向けていた。

 アキラはタマキの質問の真意を聞き返す。


「どゆこと?」

『今、一文無しであろう?』

「ああ、確かに。そう思えばそうだね」


 アキラの知る漫画や小説では、初期装備として武器防具やお金が渡されたりするが、何も貰っていない。

 アキラの初期装備は、世界観ぶち壊しなジャージと、ポケットに入った電波の繋がらないスマホのみだ。

 当然、お金など持ち合わせていない。


「あの変な神に頼んどけばよかったな。今何時くらいかな……」


 アキラは太陽の位置から大まかな時間を予測しようと空を見た。

 しかしそこには太陽のような物は存在しておらず、空全体が光を放っていた。

 ほぼ全方位から照らされているため日陰が皆無であり、現在いる路地裏も明るく辛気臭さの欠片も存在していない。

 タマキの頭が光り輝いているのも、全ての角度が入射角であり反射角であるからなのだろう。


『時間などどうでもよいではないか? 朝であろうと夜が近かろうと、稼がなければいけない事に変わりはない。腹が減っては何とやらだぞ?』

「おお、きんさんが初めて戦国時代らしいこと言った! ちなみに、きんえもんは食料出せないの?」

『幻のような物なら簡単に出せるぞ?』


 アキラは先ほどタマキが30匹に分身し始めたことを思い出した。霊というだけあって体は霊体で変幻自在なのだろう。

 ただ間違っても霊体が有機物な訳はない。栄養など存在しないし、もし存在したとしても人肉を食べるような行為をアキラはしないだろう。


「チッ、使えねーな」

『一応、4次元ではないが、広いポケットなら持っていると言えないこともないような……』


 演技がましく言うアキラにタマキは抗弁を垂れるが、当の本人は既に次の考えに。


「うーん。……異世界で稼ぐといえば、やっぱり冒険者ギルドかな」


 様々な方面からの依頼や情報を斡旋してくれるギルドと、それらをこなす言わばなんでも屋のような存在……冒険者。


『定番であるが、もっと現実的な方法があるのではないか?』

「ない」


 キッパリと言い切るアキラにタマキは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、


『いや、昔ペテンだけでチーターのトップギルドを解体したではないか。そのアキラなら口八丁とか嘘八百で――』

「言い方が悪かったな。やるやらないの選択肢の問題じゃなくて、やりたくない。やる気が無いんだよ」


 タマキに真っすぐな視線を向けるアキラ。

 無知なガキを装い、それでいて死んだ魚のような、生命の入っていない抜け殻のような、先程までのアキラとは一変。

 そこには深慮深く相手を見透かすように知性的な眼光を放つアキラがいた。

 まるで別人。しかしタマキは驚かない。それこそがアキラだと知っているから。


「僕はこの異世界で、策が飛び交う血生臭い世界に関わる気はない。傭兵でもなく、もっと別の……冒険者のような愛と勇気と友情のバカバカしい世界で生きて行くつもりだ。だからまあ――」


 タマキの反応から不本意に立ててしまった仮説の諸々。

 思考の共有度合の範囲やタイミングについて。元の世界での監視(・・)の真偽。その行動目標。敵か味方か。etc.

 そういった思考を全てかなぐり捨てて無関心となることで、無知で愚かなクソガキに戻ったアキラは、心躍る冒険に思いを馳せて笑みを浮かべた。


「冒険者ギルド、行くか!」

『そう……か…………。それなら戦闘の事は任せて貰おう。これでも昔の我は戦国大名の――』


 熱く語り始めたタマキの話を聞き流してアキラは歩き始めた。

 見た目不審者で嘘っぽい話しか出来ない人に対する、正常な判断として。

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