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7Days  作者: 藤島ヴォルケイノ
4/9

第4話「第3夜」



 3日目の朝。

俺とフィーは少しだけ話をした。


互いに顔は向け合えども、俺達の瞳が交わることは決してなく。


「なぁ――、どうして、まだここに居るんだ?」


唐突に、宙へと放り投げた俺の問いは、彼女に届くまでに少しの時間を要した。

やがて、フィーがゆっくりと口を開く。抑揚のない声が、そこより零れた。


「他に、行く当てもありませんから……」

「……そっか」


と、それっきり。


再び部屋に沈黙が戻ってくる。

俺達は、互いに一言も発せぬまま、再び膝に頭を埋め続けた。










   ――7Days 『 第 3 夜 』 ――












 12月に入った。


街からは、ハロウィンのカボチャが消え、入れ替わりに並べられた色とりどりのクリスマスツリーとオーナメント。

あちこちの店舗から流れてくるのは、どれも陽気なクリスマスソングばかりで、俺とフィーは、そんな景色の中を歩いていた。


「あの、良かったんですか?」


雑踏の中、この期に及んでまだおずおずと確認するフィーの様に、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。


「いいんだよ。それに、いつまでもあのワンピースと、俺の服だけじゃなんだろ?」


以前のバイトの残りがまだあるからお金の方は大丈夫、と続けてから、俺は自分の胸を強く叩き、わざとらしくむせて見せた。


 今日は駅前のデパートまでフィーの服を買いに来ていた。

出会った日に彼女からも聞いていた通り、フィーは元の世界に戻る術を知らない。

なのでここ数日は、近所の神社や神隠しの噂のあるトンネル等、いわゆるパワースポット的な場所を散策するのが日課となっており、今日はその延長戦と言う形でこの場所に引っ張り込んだ次第である。

 彼女と暮らすようになって、そろそろ10日が経とうとしている。

最初は敬語が多かった俺達の会話も、徐々に自然なものとなってきたように思う。

それでも、フィーは遠慮することをやめない。家に住まわせてもらっているという負い目もあるのだろうが、それでもこれは必要経費であると言いたい。

フィーが今大切そうに両手で抱えている紙袋を横目に思う。

さっきも俺が言った通り、彼女が今日まで着ていた服は、元から身に纏っていた若草色のワンピースか、俺の持っていた男物のジーパンやシンプルなシャツやセーターばかり。俺とフィーとではかなりの体格差があるので、俺の服を着ている時は、何重にも袖を折る必要があった。

まぁ、ぶかぶかの服の袖を折ってどうにかこうにか着ている彼女の様は、それはそれで良いものがあったが、いつまでもこのままというわけにもいかない。

特に今後、長期の休みに入って外出が増えるようになるのであれば、それは絶対に必要なものだった。


「でも……」

「気にすんなって」


とはいえ、本件に関してフィーが必要以上に負目を感じてしまう理由は他にもあるのだろう。

下手すれば雪もちらつくこの季節ではあるが、フィー自身は例えワンピース姿であっても寒さを感じる事はないのだ。

それはエルフという種族が寒さに強い、という意味ではない。

ただ彼女には俺達とは異なり魔法の力ある。

炎の精霊を呼び出しお願いをすれば、彼女や場合によっては俺も、外気の寒さを感じるような事はなくなるのだ。

だが、だからと言って薄着で外を出歩けば奇異の目に触れることは避けられない。

そうでなくともフィーの容姿は人の目を惹く。

結局は、外を出歩く以上は周囲に合わせた格好も必要となるのだ。


 かくして選んだフィーの服は、今は彼女の腕の中で大事そうに抱きしめられた紙袋の中。

彼女の白い肌と美しい金髪が映えるようにと、購入した黒のセーターと黒いスカート。

単色で染め上げるあたり、俺の美的センスの低さを示しているが、その辺は勘弁して貰いたい。

そもそも、女モノの服など見立てた経験はなく、だというのに、フィーは俺に選んでほしいの一点張りで。


「分かりました。でも、本当に、ありがとうございます」


何度目かの『気にするな』を繰り返し、ようやくフィー顔から憂いの色が消える。

代わりに浮かべられたのは、本当に嬉しそうな微笑みで、それを見れただけでも出資したかいはあったと思えた。


『帰る方法探し』とは違う、俺の本日本来の目的を果たし、俺達が次に向かったのはデパートの最上階にある展望レストランだ。

ファミリー向けのそのレストランはそこまで高価な値段設定ではない。結局は自炊となるとレトルトか野菜炒めかな我が家の食事情。フィーにも色んな料理を食べてみて欲しかったし、たまにはこういう日もありだろう。


「うわー、鉄郎様の家からの眺めもいいですけど、ここから見るのも随分と綺麗ですね。」


運よく座れた窓際の席。

クリスマス色に輝く街の明かりを瞳に映し、感嘆の声をあげるフィー。

周囲の人を気にしてか、控えめな声ではあるが、彼女がはしゃいでいる事は、隠しきれていない頬の綻びからも容易に理解できた。


「あっちのホテルの方が高いから、あっちのレストランからの景色の方がもっと凄いだろうけどね」


俺はメニューを眺めながらこの街で一番高い建物を指差した。さらっと褒められたボロアパートが恥ずかしかったと言うのもあり、俺は誤魔化しがてらにそう返した。

もっともあちらのレストランはかなりの高額な値段設定で俺には一生縁の無い場所なのだろうが。

と、何を頼もうかなと開いたメニューの向こうで、急にフィーがその身をもじもじとさせているのに気づく。

はて、どうかしたのかな、と、俺は開いたメニューをいったん閉じ、テーブルの隅に片すと、いったんグラスの水で喉を潤し――


「……鉄郎様のえっち」

「――っ!!」


喉を通る途中だった水が、俺の喉を逆流する……のを辛く堪えた。

堪え、即座に席を立ったは俺はフィーの背後へと回り込むと、彼女の薄い目の金髪に両拳を突き立て、


「どこで、そんな知識を手に入れてくるんだ、お前わ!」

「いたいいたい~っ」


ぐりぐりと攻撃しておく。

弁解しておくと、これは暴力でもなければ、DVでもない。これは教育的指導だ。


「そう、いわば、愛の鞭!」


開いたほうの手で拳を作り、強調。


「愛ですか?!」


まだ俺の教育不足なのか、腕の下のフィーの顔が、もう一度赤面する。

冗談上のやり取りだという事は十分に分かっていても、その愛らしい様に、


「……」


握りしめた拳を再びフィーの頭へと戻し、ぐりぐりの回転速度を無言でアップ。


「のぉおぉぉおっ」


腕の中、ヒロインとはかくやという声を上げ、必死に俺のホールドから逃れようとするフィーであったが、そこは男と女の腕力の差。

非力な彼女に俺の攻撃から逃れる術はなく、慈悲もない。


フィーは時々俺をからかうような事を言う。

俺は俺で今のように冗談には冗談でそれに返し、でも――と思う。


でももし、彼女に少しでもその気があるのであれば、

彼女が現実を知りもし帰る事を諦めてしまうのであれば、

俺は、フィーを、好きになってもいいんじゃないか? と。


そんな事を考えながら、結局、俺のぐりぐり攻撃は、店員さんがオーダーを取りに来るまで続いたのであった。


しばし後、テーブルの上に頼んだ双方の料理が並んだ。

俺の前に置かれているのが、値段そこそこ、ありふれたハンバーグセット。

そして、フィーの前に置かれているのは、

 

「なんでお子様ランチなんだ?」

「えっと、ご飯の上に刺さってる旗が、どんな味するのか気になって……」

「それは飾りだ。」

「――詐欺ですね!」


俺のツッコミに、返す刀のフィーの2連ボケが斜め45度に突き刺さる。

呆れた俺の目の前で、どうやら本気で食べれると思っていたらしい、中東あたりのどこかのミニ国旗を指でつまみ、恨めしそうにしているフィーの姿があった。

ともあれ、久しぶりのまともな食事が冷めてしまってはもったいない。

早急に食事を開始したい俺は、半泣き状態なフィーに、慰めの言葉をかけその場を収めた。


「俺には時々、フィーが無知なのか、馬鹿なのか分からなくなるよ」

「たまには慰めてくれませんっ?! ねぇ!?」


その場を収めた。










「ふぅ、――ふぅ」


荒い息を押し殺し、俺は山頂まで伸びる長い階段を昇る。


  ようやくコレで半分くらいなのか。


手すりをしっかり握りながら、振り返った階段の上り口は、既に遠く、それでも、まだ山頂にはたどり着かない。

視線を戻し、見上げた山頂。

山頂までまっすぐに続くその階段の二十段くらい先、普段なら俺の隣か後ろを歩く事の多いフィーが先行、脇目も振らず懸命に頂上を目指しているのが見えた。

彼女の頭からは白い湯気が上がっていた。既に、時間は夜の十時を回り、昼ですらコートが必要なこの時期だというのに、今の俺達にはそのコートすら必要がない程に体は熱を帯びている。


  そうだよな……


懸命に山頂を目指すフィーの背中を眺めながら、俺は一人ごちる。

何気なく、ただ、面白おかしく、そして穏やかに過ごしてきたこの数週間。

穏やかに面白く過ごせていたのは『手がかりすらなかったから』俺達はそうあれたのだ。

だから、だからこそ手がかりを得た彼女は、そこに微かな可能性を見いだせれば、俺の隣から去り、一人で、前へ前へと行ってしまうのだ。


  言わなければ良かっただろうか?


デパートの展望レストラン。

食事後も周囲の景色を嬉しそうに眺めるフィーの為に、追加注文したデザートと紅茶。

それを店員が運んできた時、彼女が窓の外を指差し、俺に問うた。


「あそこの一角だけ、暗いのはどうしてですか?」


そこは丁度、俺の家の近所にある裏山にあたる場所だった。

その麓にはちょうど東の麻雀屋敷がある小高い山。


「山頂に、広い公園があるけど、そこまで昇るのが大変だから、誰も寄り付かないんだ。」


苦笑を浮かべ返した俺の答えに、フィーは、いつになく真剣な顔を浮かべ、、


「――鉄郎様。私、あの場所に行ってみたいです。」


そう言ったのだ。


 フィーが石段を駆け上っていく。

音すら飲まれる夜の森。

彼女の小さな息遣いと、足音だけが響いていた。


この山頂の公園に、何かがあるという確証はない。というよりも今日までそれなりに神社やそういった類のパワースポットを巡ってきた。

だから、きっとそこには何もない。何もあるわけがない。

これは彼女の単なるカンでしかない。

だというのに、フィーが石段を一つ登るたび、俺から一歩遠ざかるたび、こんなにも不安になるのは何故だろうか?


  いいのか?


明確な主語を持たぬ問いが、俺の中浮かんでは消えた。


  行かせて、いいのか?


はっとして顔を上げる。

フィーはまだ階段を登っていた。

それでも、さっきよりも開いた二人の距離。

その距離は


  きっと、どうにもならない。


フィーは言った。

なんとしてでも、故郷に帰る、と。


  それが彼女の願いなのだから。

  だから、俺はここで奥歯を噛み、じっと耐えるのだ。 

  そうするのが、きっと一番良いのだから――


フィーが階段登り終えた。

今まで見えていた彼女の小さな背中が、階段の向こうへと消えて行く。

その時になって、ようやく駆け出した俺の足。

頭の中を渦巻く声に、何一つの答えも見出せぬまま、

それでも俺は、ただただ見失わぬように、残りの石段を駆け上った。


そして山頂に辿り着く。


「……っ!!……っ!!」


荒い息をそのままに、消えたフィーの背中を捜す。

目の前には低い山の山頂を、こそぎ落としたような、ただ、だだっ広い公園。

そこを照らすのは、たった一本の電灯と、星明りのみで、正直かなり視界が悪かった。


「――っ」


フィーの姿がどこにも見えない。

俺は焦り、彼女の名前を呼ぼうかとしたが、日ごろの不摂生が祟り、激しい呼吸がそれを妨げた。

けれども、叫ぶまでもなかった。


右を見て、

左を見て、

そして、ゆっくりと正面へと戻した視界。

フィーはそこに居た。


あっけなく見つかった。

何の事はない。

この山は、ただの俺のアパートの近所の裏山。

そんな場所に都合よく彼女の帰る術など転がっているわけがないのだ。

公園の中央、星空を眺めているのか、じっと空を仰ぐフィー。

近づく俺の足音に気づいたのか、彼女はこちらを向き直ると、


「えへへ、空振りでした」


大きな瞳に少しばかりの悲しみを、

美しい顔に微かばかりの失望をのせ、

そう言う彼女に、俺は正直どこか、ほっとしたものを感じていた。









  ぎぃこ、

    ぎぃこ、


夜の公園に、ブランコを漕ぐ音が響く。


「あはは~、この遊具、楽しいですね~」


ブランコにはフィーが座っていた。陽気な声。楽しそうな笑顔で。


「そうか? そいつは、結構」


俺はブランコの後方、振り子の原理で戻ってきた彼女の背中を、勢いをつけて押し返す。


「はい~、こんなにシンプルなのに、楽しいです~」


こんな時間だ。

順番待ちの子供なんて居やしない。

もっとも昼間来たところで、今の子供がこんな所まで遊びに来るかは定かではないが。


「つくって、みると、いいさ――」


また戻ってきた彼女の背中を、俺は力いっぱい押す。


「え~? 何をですか~?」


勢い良く進んでいくフィーの背中。

それはすぐさま力をなくし、俺の元へと戻って来る。


「ブランコ! ロープと、一枚の板!

 後は、ふっとい樹にでも括っちまえば、完成だ!」


また遠ざかるフィーの背中。

けれども、俺がそこに不安を感じることはない。


「元の、世界に、戻ったらさ!」


何故なら、彼女は必ず俺の元へ戻って来るからだ。

どんなに強く突き放そうとも。どんなに彼女が俺の元を離れて行こうとも、


「うわ~、それ名案ですね~」

 

彼女は俺の元に戻って来る。

それが、このブランコという遊具なのだから。


「おらぁ! もうちょっと強く行くぞぉお!!」

「きゃ~、強すぎますぅ~」


夜の公園に、二つの笑い声が響く。

けれども、その笑い声の一つは、どこか物悲しく――

そしてもう一つは、やけに空虚で、


だから俺は約束したんだ。


「そうだ、フィー。今度、ボーリングへ行こう!

 お前にこの世界の遊びを見せてやるよ」


こんなついでじゃない。

寄り道がてらの公園や、言い訳をしながらの買い物なんかじゃなく、


「トンネルを掘るんですか?!」

「だから、どこでそういう知識を――」


俺は、フィーとデートの約束をする。













*****************************************













3日目の夜。

フィーと俺は、また少しだけ話をした。


互いに、顔を向け合えど、その瞳が交わる事は決してなく、


「ねぇ――、どうして、あんな事を……したんですか?」


唐突に、宙へと放り投げた彼女の問は、俺に届くまでに少しの時間を要した。

幾つもの答えが脳裏を過ぎった。何を言うべきか、何と答えるべきか。

答えを見いだせないでいると、自然と俺の口が言葉をこぼした。


「別に……、ただ、ヤりたかっただけだ」

「……そう、ですか」


と、それっきり。


再び部屋に沈黙が戻ってくる。

俺達は、互いに一言も発せぬまま、再び膝に頭を埋め続けた。










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