第六章 祭の日 第七章 熱戦1
私の故郷では、夏の間、9が付く日には縁日というか、夜市というか、ちょっとした祭りがありました。
裸電球に彩られた色彩豊かなグッズや食べ物の数々。少年の心をときめかせるにはまさにうってつけ。小遣い握りしめて通ったものです。
しかし今はどうなんでしょうね。まだやっているのかなぁ
というわけで今回もどうぞお楽しみください。
第一章 フルチン先輩
第二章 青空の彼方へ
第三章 夢をつぐもの
第四章 夏の陽射し
第五章 岩松兄弟
第六章 祭の日(今回はここと、)
第七章 熱 戦(ここの一部です)
第八章 夏のおわりに
第九章 秋 風
第十章 1週間
第十一章 死 闘
第十二章 天高く
第六章祭の日
翌日は、本当にレクレーションの一日だった。
帰る前に、みんなで近くの渓流に行った。浅瀬を見つけて、川に入って遊んだ。
昼食の弁当を、涼しい木陰で食べた。
帰りの列車でも、みんなではしゃぎまわったから、家に帰り着く頃にはもう、ぐったりしていた。でも、今日は高浜さんからの日記もあるはずだし、投げ込みに行かなきゃ。
学校に着くと、くつ箱の日記を受けとり、早速開いてみた。
先ず、「合宿おつかれさま!」と書いてあり、そしていつものようにいろいろと書いてあって、最後に「七月二十九日の縁日にいこう」と書いてあった。あの神社では7月8月の9のつく日は縁日というか、夜店が並ぶ。学校近くの神社だけど、もうみんなに知られているから、今さら隠すこともない。それに、夏の大会まではまだ2週間あるから大丈夫だ。
さて、それじゃあさっさと投げ込みして帰ろう。そう思ってプール横の壁に行き、いつもの壁あてを始めた。
三十球くらい投げた時、父さんの声がした。振り返って見ると、会社帰りの父さんがいた。
「おう、がんばっているようだな」
父さんは笑っていた。
「どうしたの?」
「いや、今日は早く終わったからちょっと寄ってみた」
僕は、その辺に無造作に置いている日記が見つからないか、そっちの方が心配だった。
「いつも通りだから心配するなよ。早く帰れる時くらい早く帰ったら?お母さんはいつも遅い遅いって怒っているから」
父さんは笑いながら言った。
「まあ、いいじゃないか。それより、合宿どうだった?」
「うん。楽しかったよ」
「試合は?」
「勝ったよ。僕らが負けるわけないだろ」
「そうか。おまえが投げたのか?」
「そうだよ。6年生には他にピッチャーいないもん」
「ちゃんと投げられたか?」
「もう、当たり前だろ?いつもちゃんと練習してるんだから。それに1試合目はノーヒットノーランだったよ」
「ほんとか?そりゃあ、いくら小学生とはいえ、すごいな」
「わかったら、もういいだろ?」
「まあ、そう言うな。どうだ、父さんが受けてやるから投げてみろ」
「いいよ。別に」
「いいからいいから。ちょっとグラブをかせ」
父さんはそう言って僕からグラブを取り上げ、さっさとキャッチャーの位置についた。
「そのグラブ、父さんには小さいだろ?僕の球、速いから危ないよ」
「大丈夫。これでも元高校球児だぞ。いいから投げてみろ」
「でも」
「いいから。本気で投げてみろ」
仕方ないから僕は投げることにした。でも硬球は危ないので軟球に変えた。
「いくよ、ちゃんと捕ってよ」
そう言って僕は全力で投げた。いつもの速球が、真っすぐ父さんのグラブにつき刺さった。父さんはびっくりしたようだった。
「だから、言ったでしょ。危ないって」
「ほんとだな。おまえすごい球投げるんだな。これなら確かに小学生には手も足も出ないだろう。たぶん百キロは出ている」
「白石はね、百二十キロくらいあるって」
「そうかもな」
父さんは安心したのか、1球で「もういい」と言ってキャッチャーをやめ、僕に近寄って言った。
「よくがんばったな。腕の振りといい、下半身の使い方といい、申し分ないぞ。でも無理して肩を壊すといけないから、ほどほどにしとけよ」
「何なの?肩を壊すって?」
父さんはちょっと考えてから答えた。
「まあ、投げられなくなるってことだ」
「そうなの?」
「まあ、そういうことも、あるってことだ。だからほどほどがいいんだ。ある程度の間隔で休んだ方が筋肉も付くしな」
「ふーん、そうなのか」と僕が新たな知識に感心していると、父さんが日記を目ざとく見つけた。
「なんだこれ?」
そう言って父さんは日記を開こうとした。
あ!僕は日記を取り返そうとしたが、大人の身長にはかなわない。
「何だおまえ、交換日記しているのか!」
「もう!読むなよ」と、僕はふくれた。
父さんはちょっと離れて日記を読んでいた。
「なかなか感じのいい子じゃないか。今度家に連れてきなさい」
「絶対やだ」
「まあ、そう言うな。縁日行くんだろ?特別に小遣いやるから」
それだけは予想外のラッキーだった。何しろ僕らはお小遣いで大人に支配されている。
「本当?」
「ああ。本当だ。最近おまえは良くがんばっているし、ごほうびだ。母さんには俺から言っておく」
僕はめちゃくちゃうれしかった。やっぱりお金がないと高浜さんにいいとこみせられないし。
「しかしまあ、速球といい、ガールフレンドといい、おまえはどんどん成長しているんだな」
父さんはそう言って笑った。
七月二十九日になった。
その日、練習が終わるとダッシュして帰った。夏休みの練習は、午後1時から5時までだ。夜店は5時からだから、もう始まっているが、充分明るいうちに夜店に行ける。急いで帰って着替えをすませ、僕はお小遣いをポケットに突っ込んで出かけた。
父さんは特別お小遣いを三千円もくれた。僕には夢のような大金だ。月々の倍額なのだ。結局、お母さんは怖いから言い出しにくかったようで、自分の小遣いの中から出してくれた。
「父さんの十日分の小遣いだぞ。心して使え」と、真剣な顔で言っていた。
神社に着いた頃には、辺りはもう薄暗くなっていた。参道の両側に並ぶ夜店の明かりがきれいだった。僕は人ごみをかき分けて、約束のこま犬のところに急いだ。高浜さんはすでに来ていた。
「高浜さん!」
僕が声をかけると、高浜さんは僕に気づいて、はにかんだような笑顔を浮かべながら手を振った。 僕は高浜さんに駆け寄った。
「ごめん。ちょっと遅れて。練習後のミーティングで橋本がこっぴどく怒られて時間がかかって・・・」
そう弁明すると、高浜さんは、ちょっと浮かない表情をした。どうしたの?「別に」と高浜さんは言うけれど、僕は気になった。高浜さんは、横を向いてうつむき、僕はその横顔をのぞきこんだ。確かにかわいいやなどと思えた。東原ベストテンというのも、うそじゃないかも知れない。
あ!
僕は、そこでやっと気づいた。高浜さんは、浴衣を着ていた。
「浴衣、似合っているよ」と、僕は言った。モノの本によると、こんな時は浴衣をほめないといけないらしい。
「谷山くん、おそいよ。でも、ゆるしてあげようかな」
高浜さんは、やっと笑った。まったく女の子って難しいなあ。でも今日のためにちょっと予習していて良かった。
それから僕らは、たこ焼き、わたあめ、射的に金魚すくいで遊んだ。高浜さんはお金の心配していたが、僕には特別お小遣いがある。だから心配ないんだ。
父さん。ありがとう。父さんのおかげだ。でも「家につれてこい」という話だけは絶対しないよ。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。もう8時になろうとしていたので、僕は高浜さんを送って行く。
ふたりで歩く夜道もけっこう楽しかった。高浜さんの家は、本当に学校のすぐ近くだった。
「ちょっと寄っていかない?」と高浜さんは言ったが、これから投げ込みしたいからと断った。
「谷山くん、まじめなんだね」
高浜さんは真顔で言った。昔は、投げ込み以外適当にさぼっていたから、ちょっと耳が痛い。それにちょっと照れもあったので、そんなんじゃないよと言った。
「でも、お父さんも感心な子供だって言っていたよ」
「何、それ?」
「だって、私の家、学校に近いでしょう?だから、夜お父さんと学校を通って散歩したりしていると、必ず谷山くんが投げ込みしてるんだよ。毎日毎日ね。だからお父さんも知っているの」
僕には思いもしなかったことだ。ひょっとすると、僕は投げ込みのおかげで、この辺りではちょっとした有名人かも知れない。
「それで、この間の試合で谷山くんがピッチャーやって、ノーヒットノーランを達成したよって言ったら、感心な子供だ。一度連れて来いっていうの。お父さんも野球好きだから」
確かにノーヒットノーランのことは日記に書いた。でもそれがよその家で話題になっているとは夢にも思わなかったし、「連れてこい」なんて、うちの父さんと同じことを言っている。大人って不思議だな。
「でもね、お母さんに言わせると、ほんとはお父さん、キャッチボールの相手が欲しいんでしょう?って言うんだ。うちには男の子がいないからって」
高浜さんには、4年生の妹しかいないことは知っている。でも、僕が何で?というか、どんな顔して高浜さんのお父さんとキャッチボールしたらいいんだろう?
「あ、谷山くん。またまじめに考えてるな?顔に出ているよ」
高浜さんは明るく笑った。
「いいのよ。お父さんのことなんて適当で」
だったら、言うなよ。
「じゃあね。谷山くん。またね。投げ込み、遅くなるけど、気をつけてがんばってね」
そう言うと高浜さんは家の中に入って行った。
思えば僕の初デートは、こんなものだった。何のドラマもなく、最後は、結局野球の話だった。でも、ポツンと一人取り残されると、何だかひどく寂しくなった。夜店の喧騒と、さっきまでのあたたかい空気がうそみたいだ。
僕はひとり街灯の照らす道を駆けて帰った。
第七章 熱 戦
僕は変化球を覚えなかった。試しに投げてみたことはある。ちゃんとカーブした。はるちゃんは「初めてにしては良く曲がったな」と言っていた。監督は「今から覚えても小学校の間はどうせ使い物にならん。かえって速球をダメにすることだってある。だから覚えなくてもいい。そのかわり、しっかりチェンジアップを覚えろ」と言っていた。だから、例のチマチマした野球になるけれど、それでも合宿の交流試合で成功したこともあり、緩急と制球中心の練習を続けた。直球だけでも、僕は「誰にも負けない」という自信をつけ始めていた。
いよいよ夏の大会が始まった。
夏の大会は、盆休みを中心に行われる。春のように間の休みはなく、基本的に連戦だ。しかし、参加校は1日1試合しか行わないよう配慮してあり、西部リーグとのかねあいもあり、市民球場だけでは足りないから、各小学校に試合会場が割り当ててある。僕らはDブロックで、東原小は1・2回戦の試合会場となる。ライバルの中島小はAブロック。白峰台はBブロック。それぞれシードされている。僕らは昨年ベスト4になっていないのでシードされておらず、1回戦から戦うことになる。
開会式は春と同じ市民球場で行われた。
式典も終わり、移動の準備をしていると、中島小のキャプテンとごつい番長のような4番が僕らのところにやって来た。キャプテンは殊勝な態度で挨拶し、こう言った。
「春の雪辱戦をしたいから、ぜひ、決勝まで残ってください。僕らもがんばります。決勝で会いましょう」
彼らとは決勝戦まであたらない。
はるちゃんが答えた。
「お互いがんばろうね。でも、そちらと準決勝であたる白峰台は強いよ」
「知っています。でも、僕らの目標は打倒東原さんです。春以来それを励みにしてきました」
中島小は、いわゆる私立のエスカレーター式お坊ちゃん学校だ。しつけも厳しいらしく、礼儀がいい。野球部にも一流のコーチ陣がついているし高等部は甲子園の常連校だ。よほど自信をつけたから、こうして大見得きりにきたのだと思った。物言いは穏やかでも、その表情の端々に不敵な自信が垣間見えた。
「恥の上塗り」と、橋本がこっそり言った。
中島小のキャプテンにも聞こえたらしく、さすがにちょっとムッとしていた。ごつい番長は露骨にムッとして「何だと、こら、あ?」と橋本をにらみつけた。そうなると血の気ブラザーズのまっちゃんとやまちゃんが黙っていない。「何だ、やんのか?こら」と色めき立っていたが、田中がとりなすように言った。
「あ、ごめん。あいつはバカだから気にしないで」・・・
険しい表情のまま中島小のキャプテンが言った。
「そちらも準決勝であたる池上小には気をつけてください。今年が初参加だけど、強いですよ」
池上小?聞いたこともない学校なので、僕には疑問だった。中島小のキャプテンは、さらに教えてくれた。
「とにかくノリのいい選手が揃っています。各選手が天才的というか、一度打ち出すと止まらなくなるそうです」
「それを、わざわざ言いに来てくれたのか?」と、ガンちゃんが聞いた。
「そうです。そんなところで止まって欲しくはないから」
「わざわざありがとう」と、はるちゃん。
「ところで新しいエースの谷山君は、どなたですか?」
中島小は、僕の名前まで知っているのか。
「僕だ」
「ああ、やはり君か。春の大会で最後にホームへ突入した人ですね」
「勝算は、あったよ」
「そうですね。タイミング的にもセーフでした」
「ああ」
「球も速いそうですね」
「たぶん」
「変化球はないのですか?」
いきなりど真ん中の質問だ。探りを入れている。はるちゃんが首を横に振ってこっちを見たので、僕はとぼけて答えた。
「さあ、どうだろう。良く曲がるけどね」
中島小の二人は顔を見合わせた。
「まあ、いいです。でも池上小は速球には強いそうですよ」
僕はわざと鈍い反応をした。
「ふーん。そうなの」
はるちゃんが場を打ち切るように言った。
「じゃあ、僕らこれから移動するから。決勝では、おてやわらかに」
「そちらこそ。楽しみに待っています」
そう言って中島小の二人は引き上げていった。
まったく中島小は、殊勝なのか不敵なのか、わからない。僕らのブロックはたいした敵はいないけど、彼らは白峰台とあたる。白峰台は半端な敵ではないのに、もう決勝に行くつもりでいるらしい。それにしても僕らにマークが付いているのは確かだ。
「気にするな。みんな。僕らはいつものようにやれば、絶対負けないから」
はるちゃんがそう言った。
当然だ。
負けるつもりなんてハナからないって。
市民球場をあとにして、学校に帰ると、さっそくウォーミングアップの練習を始めた。それが終わる頃、相手チームがやって来たので、僕らは練習を切り上げ、グランドを譲った。
彼らが練習を始めると、僕らは校庭の適当なところに陣取って、その様子眺めながらいろいろ論評しつつ分析したが、僕らがビビる程のチームではないという結論になった。
お昼を挟んで、1時半から試合が始まった。「よし行け!」という掛け声が保護者会の一人からあがった。
僕らは強い。
だから僕らは試合が楽しくて仕方ない。保護者会も強い僕らの活躍が楽しみなのだろう。
僕らは後攻だった。
まっさらなマウンドに僕があがった。
僕の先発投手としての公式戦デビューだ。
小さい頃から投手に憧れ、ひとり黙々と投げ込みしてきた僕には、感慨深い。
投球練習が終わると、僕は錦小の時と同じように天を仰いだ。あの時と同じ青空が広がっている。
「よし!」
心の中で気合いを入れて、僕は大きく振りかぶった。初球は、ど真ん中豪速球だと、はるちゃんと決めていた。
足を上げ、下半身のバネを利かせながら大きくテイクバックした。腰を入れて踏み込み、そして思い切って右腕を振りきった。リリースされたボールは、シュウシュウと空気を切り裂く音をたて、真っすぐに飛んでいく。パーン!といういつもの捕球音とともに、はるちゃんのミットに突き刺さった。
両ベンチからどよめきが起こった。今日は僕らの学校での試合なので保護者会の人たちが大勢来ているが、僕の速球を目の当たりにするのは初めての人が多い。
2球目。はるちゃんのサインは、外角低めへ、やまなりの遅いボール球というものだった。僕がその通りに投げると、バッターは見事にひっかかり、ボテボテのセカンドゴロに倒れた。
ちなみに監督から豪速球は1回に1球しか投げるなと言われている。この頃には『遅い球』『速球』『豪速球』と3種類をはっきり区別して使い分けていた。つまり基本的には『速球』と『遅い球』でピッチングを組み立てろということだった。父さんの言った『肩を壊す』事と何か関係があるのかも知れないから、その指示に従った。5年生エースの吉田には「どうしてストレートだけであんなに緩急がつけられるのか不思議だ。同じフォームだし」とも言われるが僕にも何故だかわからない。僕の場合、始めからできていた。
後続のバッターも、はるちゃんの指示通りに投げて討ちとった。3分かからずに交替だ。僕も野手だったから分かるけど、守備時間が短いほど調子にのれる。「よし!攻撃がんばろう!」という気になる。逆に四球を連発したり、だらだらと投球されると野手もつい嫌気がさし攻撃まで散漫になってくる。
さて、1番は僕らの切り込み隊長ガンちゃんだ。
1球目からバントの構えをした。しかし、相手チームは前進守備をしなかった。深読みしてバスター警戒なのか、それともレベルが低いのか。
相手ピッチャーが、第1球を投げた。ボール球だったのでガンちゃんは落ち着いてバットを引き、ボールとなったが、相手チームはダッシュもせず、ただボール球になったことに対して「ドンマイドンマイ」とか「おしいおしい」とか励まし合っているだけだった。
僕には分かった。
このチームはレベルが低い。
確かに、励まし合うこと、一所懸命やることは大切だが、勝つためのごく基礎的なことすらできていない。僕らとはレベルの違いすぎるチームだ。僕らは、鬼監督のしごきに耐え、ふうちゃんのうまいプレイを手本にし今や保護者会の人から「中学生チームと試合しても勝てる」と言われるほど圧倒的な力なのだ。まあ1回戦だから仕方ない。よし。この試合はもうもらった。そう思っている間に、ガンちゃんがしっかりとセーフティバントを決め、いつものように出塁した。
僕も攻撃の準備をしようとヘルメットをかぶると、「谷山くん」という高浜さんの声が聞こえた。振り返ると、ベンチの人ごみからちょっと離れたところで高浜さんが手を振っている。その隣には見知らぬおじさんが立っていた。高浜さんが「父さんよ」と言っているようだった。それに気づいた僕はつくり笑顔でぺこんとお辞儀をしたものの、内心慌てた。連れてくるなよ。でも感じのいい親父さんで僕に会釈をしていた。今日は休日だから見物に来ているのだろう。僕の両親は用事があって来ていないのが何よりの救いだ。
その間、試合はガンちゃんの盗塁、まっちゃんの送りバント成功など、着々と勝つために動いていた。僕はネクストバッターサークルに立ち素振りをした。気持ちを切り替えてゲームに集中しなければ。
3番やまちゃんが、センターオーバーのタイムリー2ベースヒットを打った。よし、僕も続こうと思って打席に入った。
相手ピッチャーの球筋も見えている。
僕は、ホームランを打った。
全力疾走で1塁を駆け抜ける時、僕はホームランの判定を確認した。3塁をまわる頃、相手ピッチャーの呆然とした様子と、その向こうで両手を叩いてはしゃいでいる高浜さんが見えた。
試合は、8-0で僕らのコールド勝ちだった。僕も遅い球を2本ヒットされたが、別にそんなのはどうでも良かった。とにかくチームが勝てば、それでいい。
その日の日記に、「谷山くん、カッコよかったよ」と書いてあったのが何よりの励ましだった。しかし続きがあって、「父さんも、小学生とは思えない強いチームだな。みんなが良く野球を知っていて、通好みの試合だった。これからはちょくちょく応援に行こうと言ってたよ。父さんも野球好きだから」とあった。うそ。こなくていいのに。よけい緊張するし、田中と橋本の視線も気になるから。
翌日は2回戦だ。1回戦の相手とそんなに変わらないレベルのチームだった。やはりレベルの違う相手と試合をしても面白くない。秋の大会は強いチームだけの戦いになるかもというが、そっち方が面白そうだ。
この日も僕らはなんなく勝った。
その次の日。3回戦だ。
準々決勝になるので、場所が変わり市民球場で行われる。
僕らの移動は基本的に保護者会の有志が車を出してくれるのだが、移動中、運転していた保護者会のおじさんに、「3連戦目だからそろそろ疲れが溜まっていないか?」と聞かれた。乗り合わせた5人は顔を見合わせたが、声をそろえて「いいえ」と答え「普段の練習の方がきつい」と新田が言い、僕もそう思った。夏の大会中、試合の他は軽めの練習しかしないからいつもより楽なくらいだし、僕らは連勝中で気分も乗っている。それに、大人はよく「疲れ」うんぬん言うけれど、僕には「疲れがたまる」というものが実はよく分からなかった。その日きつくても、一晩寝れば、翌日はケロッとしていた。
市民球場に着いた。
今日の対戦相手である昨年のベストフォー里中小学校は既に練習していた。さすがにベストフォーだけあって、動きがいい。声も良く出ている。今日は面白い試合になりそうだ。
僕らの先攻で、いよいよ試合開始だ。
1番ガンちゃんがバントの構えをすると、前進守備はなかったが投球とともに1塁手と3塁手がダッシュしてきた。ガンちゃんはバットを引いたが判定はストライク。2球目。バントの構えはしなかったが、3塁手がやや浅い位置にいた。ガンちゃんは、ヒッティングし、ファールになった。これで2-0。3塁手は定位置に戻った。3球目、ボール。高めのつり球にガンちゃんは反応しなかった。よく見ている。さすがに落ち着いている。
そして4球目。ガンちゃんは3バントを試みたが内角高めの速球を捉えきれず3バント失敗。ガンちゃんにしては珍しい失敗だった。里中は、昨年のベストフォーだけはある。そしてこれが、これより決勝まで続くことになる熱戦の火蓋となった。
2番まっちゃんも、左右をつく丁寧なピッチングに翻弄され結局セカンドゴロ。
3番やまちゃんは、速球に押され平凡なライトフライに倒れた。
僕らの守りだ。
初球、様子を見るため外角低めへ遅い球を選択したのだが、わずかに高く入り、ライト前へきれいにはじき返された。里中小と僕らは初対戦だった。ただ弱くはないとしか知らなかった。でも、こうして失投を見逃さないあたり、なかなかのチームだ。はるちゃんもそう思ったのか「速球でいく」というサインだった。僕はうなずいた。そしてサイン通り、内角への速球を投げた。2番打者は見送り、ストライク。2球目。また内角へ速球を投げたが、落ち着いて送りバントを決められた。そんなに甘くはなかったのに。
1アウト2塁。3番打者は6球目、高め速球のつり球に引っかかり、ショートフライに討ちとった。そして4番。粘りに粘られ十二球目でようやくセカンドゴロに討ちとった。これで3アウト。なかなかしんどい相手だ。
2回表は僕の打順からだ。左右高低を丁寧につかれたが、捉えられないことはなさそうだと粘るうちにわかった。ストレートとカーブではリリースポイントが違うし、球は速いが軽そうだ。きちんとミートするだけで、外野まで行くだろう。僕はそう思って8球目のストレートをセンター前へはじき返した。
続く5番の田中が送りバントを決め、僕は2塁に進んだ。
6番は白石だ。例の集中した顔つきだったので、僕はまたホームを突いてやるつもりでいた。案の定、白石がセンター前に打ったので、ホームへ突入。しかし、センター正面の浅い打球を猛ダッシュしてきたセンターがワンバウンドで押さえ、真っすぐホームへダイレクト送球し、タッチアウト。すぐさま2塁へ送球。バックホームを見て2塁へ走った白石もタッチアウト。僕も白石も足はある方なのだが、一瞬にして3アウトになった。
僕らのベンチから落胆のどよめきが起こった。もちろん里中ベンチからは歓声だ。里中バッテリーはハイタッチをしていた。ノーマークだったが、なかなかの敵だ。
2回裏。
初球。僕は外角低め遅い球から入った。5番打者は見送ったが、ストライク。2球目。今度は速球で同じコースのややボール球を投げた。打者は食らいついてきてファール。3球目。はるちゃんの指示通り外角低めで遅い明らかなボール球を投げた。見送られてボール。4球目。内角高めボールくさい速球を決めた。大振りして三振。これで1アウト。
次は6番打者。初球。外角低め速球。ファールでカットされた。2球目。外角低めへ遅いストライク。タイミングを逃したようで見送り。3球目。外角高めへ速球。打者は1球外すと思っていたようで、慌てて振ってバットの下にひっかけ、セカンドゴロ
次は下位打線の7番。はるちゃんは1球で決めるつもりのようだ。真ん中高め遅い球という危険なところを要求した。下位打線相手なら遅い真ん中の球でも僕の球威が勝つと見たのだろう。はるちゃんもなかなかの勝負師だ。おもしろい。僕は、はるちゃんのミットめがけて要求通りの球を投げた。打者は、まんまとひっかかり何でもないショートフライに討ちとった。しかし、息が詰まる。コースミスは許されそうにない。こんな投球がいつまで続くのか。
その後、試合は膠着状態になった。僕と、里中小エースの投げあいのようになった。試合を押していたのは僕らだ。何度も出塁したが要所をしめられ、得点に結びつかなかった。今ひとつ、流れをつかみかねていた。
そして最終回。
先頭打者の新田が6球粘ったあと高めの失投を右中間へ2ベースヒットした。誰も期待しておらず延長も見えてきたこの回、伏兵の一撃に僕らのベンチは俄然盛り上がった。
続く8番橋本は、ファーボール狙いのようで、さかんにカットして粘った。とうとうピッチャーが根負けしてファーボール。橋本なりに真剣だ。
里中小は、タイムをとり、内野がマウンドに集まった。何やら相談しているが、もう遅い。ここで登場するのは得点圏打率3割6分のはるちゃんだ。
僕らは遠慮しない。この辺りで決めてやる。
里中バッテリーはゲッツー狙いのようで盛んに低めに投げてくる。でも、もう球に切れがなく、そんな球に引っかかるようなはるちゃんではない。ボールを見極め、打てる球を冷静に待っていた。
その球が来た。
外角高めに抜けた失投だ。はるちゃんは、踏み込み、右中間へはじき返した。あのセンターは強肩だから3塁コーチは新田を止めた。
ノーアウト満塁。
僕らベンチは押せ押せムード。ここから上位打線の登場だ。大量得点の予感があった。もちろん、ここでガンちゃんが続くことができれば、だ。
0-2からの3球目。ガンちゃんはバントの構えを見せ、相手内野手の前進守備をさそった。判定はストライク。4球目。またバントの構えをしたので投球とともに相手内野手がダッシュしてきた。しかし、バッテリーはウェストしたのでバットを引いて、これで1ー3。5球目。またバントの構えをしていたが、もうボール球は投げられず、内野手もダッシュしてきた。ガンちゃんの作戦は、その頭を超える、バスターだった。見事に決まって1点先制。しかもまだノーアウト満塁。浮き足立ったピッチャーは、もう僕らの敵ではなかった。続くまっちゃん、やまちゃんに僕も連打を重ねた。結局その回だけで打者1巡の猛攻。6得点のビッグイニングとなった。
その裏。
里中小最後の攻撃は、悲壮な覚悟の攻撃だった。先頭打者は、初球をバントしてファール。2球目もバントして失敗。3球目もバントを試みたが、キャッチャーフライに倒れた。続く3番打者も、2ストライクまでバントした。あの岩松兄弟を思い出させる。しかし最後はセカンドゴロに倒れた。
そして4番打者の登場だ。
さすがに4番は、バントの構えをしていない。もう勝負は決まっているから、ここはおそらく、大きい当たりを狙っているだろう。先ずは用心のため外角低めへ投げファールになった。2球目。内角高めボールくさい速球。見事にひっかかって空振り。3球目。はるちゃんの要求はど真ん中へ豪速球というものだった。今日はまだ1球も投げていない。おそらく秋の大会も視野に入れたはるちゃんの計算なのだろう。
僕らへの恐怖心を植えつけるための。
「よし!」
腹に力を入れ、そしてこれまで以上に大きく振りかぶった。
僕は、速球と遅い球のフォームは全く同じになるよう練習してきたが、豪速球だけはどうしてもやや大振りな動作になる。そして、全身の力を込めて投げた。それが、ゲームセットの1球になった。
試合が終わると、僕らは学校へ戻った。
ちょうど整理運動のように、軽めの練習をした。ランニングや、シートノックだ。シートノックを4年生エースが受けているとき、5年生エースの吉田が僕に話しかけてきた。
「先輩、先輩はどうしてあんなにコントロールがいいのですか?」
そう言えば、なぜだろう。僕はもともとコントロールは悪い方だった。
「ふつう、あんなに決まらないですよ」
「そうかな」
「何か秘訣があるなら教えてください」
僕は困った。あまりコントロールは意識していない。ただ、はるちゃんの言うとおり投げているだけだと言うと、吉田は「絶対うそだ」といって信じない。
「じゃあ、おまえはどうだ?いいカーブを持っているけど、意識しているか?」
「まあ、覚え始めの頃は意識して練習しましたけど、今はしてないですね」
「そうだろう?」
ちょっとだけ思い出した。それは、まだ小さかった頃、白石の親父さんから聞いたことだ。
「そうそう、ひじを下げないことと、腕が体の軸線から横方向にぶれないことくらいかなあ」
僕よりも投手歴が長い吉田に教えるなんてちょっと恥ずかしかったが、後輩のためだと思い、小さい頃から続けた投げ込みのことを話した。そして、走り込みや、遠投、ゴムボールのことも話した。どれも野球の本には載っている、ごく常識的な話だ。吉田はいちいちうなずいて「先輩はすごいや」などと言いつつ耳を傾けていた。しかし僕は、奇跡の硬球のことだけは話さなかった。本当はあの重い球をきれいに投げられるようにいろいろと努力した結果なのだとその時自分ではわかっていたが、何かうさんくさい話と思われたくなかったし野球を知っているものに話すとあの硬球がくれた魔法のような力が消えてしまうような気がした。
確かにあの硬球は、僕が憧れのピッチャーになるという奇跡を起こしてくれた。でも、それはきっかけに過ぎなかったことも自覚している。鬼監督も言っているように練習は裏切らない。しかしその一方で、奇跡の力というものを信じてみたいという思いもあり、その両方の狭間で、僕は折り合いをつけかねていた。
完読御礼!
いつもありがとうございます。
次回もどうぞよろしくお願いします。