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野球少年 小学編  作者: 神瀬尋行
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第二章  青空の彼方へ

今回は「奇跡の硬球」初登場です。

それによって、気まぐれで仲間からもあまり信頼されていなかった主人公が「モンスター」へと成長していくことになります。

一方、春季大会が始まり、絶対的エースふうちゃんが懸命に優勝をもぎ取ります。

少年たちの熱い闘いをお楽しみください!

   第一章  フルチン先輩

   第二章  青空の彼方へ(今回はここです)

   第三章  夢をつぐもの

   第四章  夏の陽射し

   第五章  岩松兄弟

   第六章  祭の日

   第七章  熱 戦

   第八章  夏のおわりに

   第九章  秋 風

   第十章  1週間

   第十一章 死 闘

   第十二章 天高く



第二章 青空の彼方へ


梅の季節がおわり、桜の花も終わろうとする頃、僕は6年生になった。

いつもの様に練習し、勉強し、その頃には、なぜか僕のさぼりぐせが治り、ちゃんとしないと落ち着かなくなっていた。もちろん例の投げ込みも続けていた。

実は6年になる一ヶ月ほど前、ちょっとした事件があった。

それは、練習後、僕はいつものように投げ込みをしようと、プールの壁に行った時のこと。壁の横に置いてある金網タイプのごみ箱に、薄汚れた硬式のボールが捨ててあった。なんでこんなところにと思って拾い上げると、それは異常に重かった。硬式球は少年軟式球より大きいことは知っていたが、こんなに重いはずはない。1キロくらいはありそうだ。こんなに重ければ、いくら大人でも野球にならないだろう。不思議な球だ。鉄でも入っているのか。


硬式球への憧れもあり、ちょっと投げてみた。やはり重い。しかも大きい。思ったように投げられない。しかし気に入った。ゴミ箱に捨ててあったのだから、かまわないだろう。これからずっとこのボールを使おうと思った。


それからの僕は、そのボールでちゃんと投げられるように、いろいろと工夫した。ボールの握り方、手投げになるときついから下半身の上手な使い方、そしてリリース時のスナップの利かせ方。野球の解説書を立ち読みして知識を仕入れたり、はるちゃんに聞いたり。それに、握力が必要だとわかるとゴムボールを買ってもらってヒマな時は握りしめたり。風呂の中で手首を返す動作を何度もやったし、登下校時にはつま先立てて歩いたりもした。とまあ、いろんなことをやった。それだけ、この不思議なボールに夢中になっていた。そのうち、このボールを普通に投げられるようになると、なぜか部の練習でもいい送球ができた。今まであまりコントロールが良い方ではなかったが、今は相手の胸元にズバリと投げられるのだ。意識することなく、どんな時でもいい送球ができるのだ。僕はうれしくなって硬球での投げ込みに、さらに精進した。


力もついて気分も乗ってきた春季大会直前。

6年生になって初めての練習試合が発表された。相手は昨年の優勝校、白峰台小学校。僕らと同じ東部リーグに属するライバル校だ。


試合が決まってから、僕らには真新しい試合用ユニフォームが支給された。一人一人、監督から手渡しでもらった。もちろん、それぞれのポジションが背番号だから僕は3番。驚いたのは、デザインが去年までと大きく変わったことだ。去年までは、みんなが憧れている東京のプロ球団に似たものだったが、今年は全く違う。全て真っ白になったのだ。上も下もアンダーシャツも。それに、帽子まで。誰かが、「高校球児みたいだ」と言った。「練習着と変わらない」と言うものもいた。みんな、どよめいていた。監督が言った。

「あの嫌な事件を教訓として、みんな真っ白な心で新たに出発して欲しいという保護者会の願いが込められている」


僕には良く分からなかった。「真っ白な心って何?」。


でも、やはり新しいユニフォームはうれしい。それに、素材が今までの綿ではなく、最近出始めたばかりのメッシュ生地だった。通気性が良いそうで、いつも真っ白な塩をふくほど汗をかく僕らには、何よりのプレゼントだ。補欠も含めて、5・6年生には全員支給された。僕は、とても新鮮な気持ちになった。ひとケタの背番号になったこともあり、本当に一軍になったのだと思った。


そして試合の日。

僕らは新しいユニフォームに身を包み、相手チームの学校に乗り込んだ。相手は昨年の優勝校なので、僕らが「胸を借りる」という立場だ。


プレイボールがかかった。僕らは先攻。


1番ガンちゃんが打席に入ると、相手の3塁手が前進守備を敷いた。相手は吉川小学校から聞いたのか、良く調べているようだ。ガンちゃんは、仕方なくヒッティングに切り替えた。3塁線に強い当たりを打とうという意図が見えた。

1-1のあとの3球目。3塁線いっぱいの強い打球が行ったが、相手の3塁手は逆シングルで見事に捌いた。

2番まっちゃんは、あえなくセカンドフライ。


3番のやまちゃんは、いい当たりだったが、レフト正面のフライに終わった。僕らは意外にあっけなく三者凡退に終わった。


こうなると、投手戦の覚悟が必要だ。僕らの期待のふうちゃんが期待通りのピッチングで、相手も三者凡退に終わった。


2回の表。

ふうちゃんはショートゴロに倒れた。僕は内角高めのボール球を打ち上げてキャッチャーへのファールフライ。田中はセカンドゴロ。

相手ピッチャーは球に力がない分、コースをきっちりついてくる。相手捕手のリードもうまい。しかし僕らの黄金バッテリーも負けてない。相手バッターをきっちり料理していく。これはもう本当に投手戦だ。打てない分、守備のエラーは絶対許されない。こんな時はミスした方が負ける。


試合が動いたのは5回の表。

4番ふうちゃんが、なんと振り逃げ。低めのワンバウンドになる球を相手捕手がはじき、見失っている間に1塁を駆け抜けた。両チームを通じて初めての出塁だ。

僕は気落ちした相手エースの初球、真ん中高めの失投を逃さずレフト線へ2ベースヒットを打った。これでノーアウト2・3塁。

続く職人田中は1ー2から前進守備を敷いたショートの頭の上を越えるレフト前ヒット。1点先制はもちろん、この試合初めての連打が出て、ノーアウト1塁3塁。

僕らのベンチは俄然盛り上がった。

しかし、相手エースはここで開き直ったのか、今までにない力のある球で7番新田を三振にとると、8番橋本はこのチャンスに緊張したのか、セカンドゴロゲッツーに倒れた。スリーアウトになったが、僕らが1点リードだ。


自らホームを踏んだこともあり、気を良くしたふうちゃんが、その裏も三者凡退にきってとった。


6回は何事もなく終わり1点差でいよいよ最終回7回裏、白峰台最後の攻撃だ。


何でもないライトフライを橋本が落とした。

それでもふうちゃんは、動揺を見せずに2-1と次の打者を追い込んだ。

4球目。

アンダースローのため、やや動作が大きいふうちゃんの隙をついて相手ランナーが走った。エンドランだ。相手走塁コーチの「走れ!」という声に反応したふうちゃんがウェストし、はるちゃんがキャッチした時にはもう完全に間に合わなかった。ここで相手バッターは、3バントの構えを見せたので、僕は前進守備を敷いた。相手は見事3バントを決め、ワンアウトとなったが、ランナーは3塁まで進んだ。

さすがのふうちゃんにも疲れが見えてきた。投手戦を一人で投げぬいたのだから仕方ない。ここまで楽に来られるほど甘い相手ではなかったはずだ。外野フライでも同点だ。相手ベンチは盛り上がっている。

2-2からの5球目。相手バッターはファールした。6球目もファール。何とか外野フライを打とうと粘っている。ふうちゃんは相当疲れてきたようだ。帽子をとり、額の汗を左腕でぬぐい、肩で息をしている。最終回だから、どんなに疲れていても連打を浴びるわけにはいかない。不思議なもので外野の時は、そんなピッチャーの苦労などあまり分からず、ただ、早くなんとかしろよ。程度にしか思わなかった。でも、内野は違う。目の前のゲームに一体化していた。だから何が何でも守り抜いてやると思った。

7球目。またファール。

相手バッターも勝つために必死だ。かなりしつこいがタイミングがあっている訳ではない。

8球目、ボール。これでカウント2-3。

9球目。またファール。

それは1塁の、かなり後方にあがった大きなフライで、ほとんどライトの守備範囲だ。しかし僕はダッシュしていた。これで決めてやると思った。これを捕れば、相手がタッチアップする。それをホームで刺して終わりだ!。ベンチのみんなは「ファールだ!捕るな!」と叫んだが、おかまいなしにボールを追いに追った。僕は元外野だ。これくらい絶対捕れる!走りながら半身の体勢で捕った。案の定、相手3塁ランナーはタッチアップした。僕は振りむきざま、夢中でバックホームした。その球は一直線に飛び、ホーム上のはるちゃんの胸元に突き刺さった。相手ランナーはびっくりして立ち止まりホームの手前でタッチアウトになった。

一瞬の出来事に、グランドは静まり返った。

そして、僕らのベンチから歓声が沸き起こった。勝った。とにかく勝った。相手は昨年の優勝校だ。


両校整列してのあいさつが終わり、ベンチに戻ると、僕はみんなからもみくちゃにされた。「火事場のバカ力」とか「一世一代の大まぐれ」とか冷やかされた。


その夜。

僕の家では父さんがビール、僕がジュースで祝杯をあげた。いろいろあったから、父さんもそれなりに心配していたようだ。ほどよく酔っ払い、「目指せ!三連覇!」などとわめいていた。久しぶりに楽しかった夕食も終わり、部屋に戻って寝ようとした時、僕はベッドのそばに置いている、あの不思議な硬球を握りしめ、しみじみ思った。


「これがあったから今日の送球ができた。これで毎日毎日練習したおかげだ」

僕はそのボールに、『奇跡の硬球』という名前をつけた。


あくる月曜日。

授業が終わり、いつものように練習に出た。キャッチボールを始めようとした時、僕はコーチに呼ばれた。

「谷山、ちょっと投げてみろ」

いきなりなんの事だろうと思った。

「俺がキャッチャーをやるから。思い切り投げてみろ」

「え?じゃあ僕がピッチャーですか?」

「そうだ」

そう言って、監督は、ちょっと離れて構えた。昨日の送球のせいか?でもあれは、自分でも半分まぐれだと思っていたので、ちょっと困った。

「いいから、遠慮なくいけ」とコーチに促された。

僕は適当に場所を取り、大きく振りかぶった。体が普通に反応している。そんな自分にちょっと驚い たが、そのまま遠慮なく投げた。パーンという響きとともに、勢いのあるまっすぐが、監督のミットに突き刺さった。みんなは何だろうと、こっちを見ている。

「もう1球投げてみろ」

僕はボールを受け取ると、もう1球投げた。また同じように、ミットに突き刺さった。監督は立ち上がり、僕のところに歩いてきた。そして信じられないことを言ったんだ。


「お前、今日からピッチャーの練習もしろ。1塁とピッチャーの両方できるようになれ」


僕の顔面が紅潮した。

そして事態を整理しようと考えた。

つまり6年生チームには控えのピッチャーがいないから僕がその役割をもらったということだ。そして普段は1塁、いざというときに交替する。絶対的エースであるふうちゃんに控えはいらないだろうとも思ったが、昨日のような場合もある。大会が進めば日程の関係でダブルヘッダーだってある。

まあ、そんなところだろう。

 でも、すごくうれしい!だって野球はピッチャーだ。やはりかっこいい!


 それから、僕の練習メニューが、ちょっと変わった。ピッチャーグループに混じっての投球練習が加わった。僕は普段から自分なりの投球フォームを研究し、しかもあの硬球のおかげで球が軽くて仕方ない。速くて、伸びのある球が思うように決まった。さすがのふうちゃんも、僕の隣で「すげぇ」と感心するばかりだった。


 練習後の投げ込みにも、力が入った。それまではただ漫然と投げていたがコースを突くことを意識したものになり、しかも球数が増えた。きついけど、楽しかった。


 1週間後の日曜日。

 いよいよ春季大会が始まった。それはゴールデンウィークを利用して行われる。その日は、朝早くから都心部の市民球場で開会式があり、各会場に分かれて一斉に1回戦が行われる。僕らは運が良く、そのまま市民球場で行われる予定だ。


 東部リーグは、市の東半分にある小学校が属していて全部で二十八校。5回勝てば優勝だ。1回戦は今日。2回戦はあさっての祝日。3回戦は来週の土曜日午後。そして準決勝と決勝がダブルヘッダーで来週の日曜日だ。準決勝と決勝は、プロ野球も開催される県営球場で行わる。僕らの聖地。憧れだ。


 ここ市民球場は多目的なグランドでとても広く、少年野球なら同時に4試合できる。僕らはBブロックの第1試合だ。1回戦の相手は、はっきり言って僕らの敵ではない。


 試合が始まった。僕らは先攻だ。

 相手ピッチャーは緊張のあまり4球を連発し、それが止まらない。ノーアウト満塁となり、打席には頼りになる4番ふうちゃんだ。何とかストライクを取ろうとして真ん中にきた球を見逃さず強烈にひっぱたき、その打球は仮設フェンスが組んである規定ラインを越え、グランドスラムとなった。

 そうなるともうこっちのもので、僕が右中間ツーベースヒット。田中も3塁線を抜くツーベースと連打して1点。新田はセカンドゴロ進塁打。橋本はファールフライアウト。はるちゃんが1・2塁間を抜くライト前ヒットで1点。ガンちゃんは例のセーフティを決めツーアウト1・2塁。まっちゃんはファーボールを選んで満塁。相手ピッチャーは真っ赤な顔して一所懸命投げていたが内野も外野もしらけていて、何と自分たちのエースをやじっていた。そんなチームに僕らが負ける訳はない。3番やまちゃんがとどめの走者一掃3ベースヒットを打ち、これで合計9点。5回コールドの点差を越えた。

 もう完全にセーフティリードなので、続くふうちゃんは1回もバットを振らずに三振した。相手エースはベンチに戻るなりグラブを叩きつけた。

 その裏。

 ふうちゃんは見事なピッチングだった。わずか7球で終わった。相手バッターは、打たされたことに気づかずに、「おしい」とか「運がわりぃ」とか言っていた。


 2回表。

 先頭打者は僕だったが、エースのふうちゃんがやったのだから、僕も1球も振らなかった。それでも2-3までいって三振した。相手ピッチャーがそれで気を良くしたのか、みんながふうちゃんに続いたのかは分からないがその後、4回まで両チーム無得点だった。


 そして5回裏。

 監督はピッチャーの交代を告げた。

 僕のピッチャーデビューがいきなりやってきた。まだピッチャー練習を始めて1週間なのに。

 ふうちゃんが僕に笑顔を見せて言った。

「大丈夫だよ。谷山。落ち着いていけ。おまえにはがんばってもらわないと困るから。頼むぞ」

 そう言って僕のおしりを軽く叩き、ライトの守備に向かった。かわりに橋本が1塁に入った。

 相手のベンチがざわついた。これまで手も足もでなかったエースが退くということは、チャンスであると思われたようだった。

 僕はちょっと緊張し軽く投げてみた。大丈夫だ。そんな直感が走った。

 これまでおよそ5年間、欠かさず投げ込んできたものが、しっかり体に染み付いている。僕は自信を深めた。


 この回は、相手の4番バッターからだ。相手ベンチからさかんに声が出ている「へいへい!相手は控えだぞ!打て打て!」「ホームラン!ホームラン!」確かそんな感じだった。

 僕の意識は、はるちゃんのサインに集中していた。はるちゃんは、「思い切ってこい!」と言っていた。ちょっとベンチの方を見た。お母さんが、すごい顔して悲鳴のような応援をしているのが見えた。監督が大きくひとつうなずいたのが見えた。そして、はるちゃんのミットが大きく見えた。

僕は大きく振りかぶり、全身の力を込めて1球目を投げた。


 パーン!という捕球音が響き渡った。

 バッターも、審判も、そして両ベンチも一瞬静まり、そしてどよめいた。味方ベンチからは歓声が起こった。はるちゃんはミットを外し、補球した手を2・3回振った。「イテテ」といった感じだった。結局僕は、あれほど制球の練習をしたのに、真ん中へ9球投げて試合終了となった。相手打者は3人とも手が出ないといった感じで、ただ見送るだけだった。


僕の投手デビューは、上々だった。


 試合後。

 僕らは学校に引き上げ、体育館で祝勝会があった。今日は僕らが負けるはずがなかったので、保護者会の半分が学校に残って準備をしていた。5年の時嫌な事件があったから保護者会なりに気を使ってくれていた。

 先ずは僕の担任であり、野球部の顧問でもある吉井先生から挨拶があった。続いて監督から今日の試合の講評があった。そして保護者会会長、新田の父親が乾杯の音頭を取った。この時はお昼だったので、もちろんジュースだ。新田の父は、「三連覇への第1歩を祝して乾杯!」と言った。

 去年の秋、初めて「三連覇」という言葉を聞いた時はおおげさだと思ったが、今ではそれが決して手の届かないものではないという気がしていた。今日の相手は格下だったが、僕らが本気で攻撃していたら30点くらいとれたかも知れない。それだけタフなチームメイトに加えピッチャーには、ふうちゃんと僕がいる。今の僕らはすごいチームなんだ。


 保護者会が準備してくれたかつ丼をみんなで食べた。飲み物はジュースもサイダーもカルピスもなんでもある。みんな和気あいあいと、話が弾んだ。大人たちは監督に「本当に三連覇できそうですね」と上機嫌で言っていた。僕もそう思ったが、監督は「これからです」と言うばかりだった。


 祝勝会が終わると、保護者会は解散し、僕らは軽めの練習をして終了となった。僕は白石と一緒に帰った。

「谷山、今日は凄かったな。たぶん一番速いので120キロくらい出ていたぞ」

 僕を励ますために大げさに言っているのだろうと思った。

「うそじゃない。近くのバッティングセンターでいつも見ている120キロくらいのボールだった」

「ほんとか!」

「ああ。本当だ。すごいぞ。中学生よりも速い。実は俺知ってるぞ。おまえが昔から一人居残って投球練習していたの」

「なんだ。ばれていたのか。でもみんなには内緒だよ。かっこわりィから」

「分かってる。でも、はるちゃんとふうちゃんは知っているぞ。たぶん監督も」

「なんだ。バレバレじゃないか」

 僕はカラカラと笑った。もうしょうがない。

「頼む、必ず勝って県営に行こうな」

「当然だよ。おまえの親父さんの夢だったから」

 その時、ちょっと先の電柱に寄り添って、白石の妹がいた。白石の帰りを待っていたのだろう。妹は僕らに気づくと、笑顔を見せて僕らに駆け寄ってきた。

「おにいちゃん!勇太にいちゃん!」

 白石の妹は僕を勇太にいちゃんと言って慕ってくれている。この春2年生になった。

「今日も勝ったの?」と、あどけない笑顔で妹は聞いた。

「ああ。もちろんだ。こいつのおかげだ」

「勇太にいちゃんの?」

「ああ。そうだ。今日こいつはピッチャーやったんだぞ。すごかったんだぞ」

「ほんとう?」

「ほんとうだ」

「じゃあ、お父さんと一緒だね」

「ああ。そうだ。一緒だ」

 白石は笑った。


 白石の父親は小学校、中学校、高校と、地元では名の知れたエースだったという。

 高校最後の夏の予選決勝で延長15回の末、力尽きてサヨナラホームランを打たれ、甲子園への夢を断たれた。その舞台が県営球場だった。

 3年前、若くして癌で亡くなった。

 その願いは、見果てぬ夢に終わった甲子園へ、父を越えてゆけというものらしい。

 実は僕の父さんは同じ高校の2年後輩で甲子園への夢を見たもの同士だった。だから父さんもたまに「先輩のために」と言うことがある。

 それに、もの心つくかつかないかだった頃、まだ野球の野の字も知らなかった僕に、その楽しさを教えてくれたのも白石の父親だ。近くの公園で、僕と白石は親父さんの投げる球を夢中で打って競い合った。

 青空の中の親父さんの笑顔は、とても透き通って見えた。

 それが僕の野球の原風景だ。


 僕も自然と「親父さんのために」と思った。


 さて、2回戦だ。

 今度の相手は1回戦を不戦勝でパスした昨年の準優勝、私立中島学園小等部だ。さすがにシード校だし、文武両道の名門中島学園は常に強いチームだ。現代は選手の身体的な成長という問題があって小学生の変化球は禁止だが、当時も投手に変化球の指導はあまりせず、カーブをわずかに使う程度だった。しかし、この学校は違う。伝統的に変化球主体だ。その代わり多人数のピッチャーを擁し一人に負担をかけすぎないようにしていたから余計始末が悪い。次々と新手のピッチャーを繰り出され、リズムがつかみづらいという。また打撃もクリーンナップを中心に、つなぐ野球が伝統だというからまるで隙がない。過去に対戦したこともないし、さすがのはるちゃんも首をかしげ、「この相手ばかりは様子を見よう」と慎重だった。まっちゃんがどこからか仕入れてきた情報では、このカードが事実上の決勝戦ではないかという大会関係者もあり注目を集めているそうだ。


 彼らは試合前の練習を淡々とこなしていた。1回戦の相手のように浮き上がっておらず、誰一人無駄な動きをしない。必要最低限の動作を確実にこなしている。こいつらは強い!という感想を僕は持った。みんなもそう感じたようで、やまちゃんは「こわかねえぞ!来るならこいや!絶対勝つ!」と咆えていた。そして、どこからともなく、噂を裏付けるかのように多くの観客が集まった。他校の選手や誰だかわからない大人たち。そんな異様な雰囲気に僕らは少しのまれていた。


 僕らは今回、後攻だった。

 まっさらなマウンドにふうちゃんが上がった。

 初球、相手はいきなりガンちゃんばりのセーフティを3塁線のうまいところに決めた。僕らは慎重策だったのでやや深めに守っていた。その裏をかかれた格好だ。あわててダッシュしたやまちゃんが捕球し1塁の僕に投げたが、ギリギリ間に合わなかった。

 今日は、何だか嫌な予感がした。

 続く2番。初球から1塁ランナーが走った。ふうちゃんはウェストしたが間に合わず、まんまと盗塁されてしまった。投球動作がやや大きいふうちゃんの弱点を突かれた。相手は、僕らをよく研究しているようだ。ここで2番バッターは送りバントを決め、ワンアウト3塁になった。僕らはタイムをとり、マウンドに集まった。監督からの指示は特になかった。相手ベンチから大きな声が出ていて、それも僕らにプレッシャーを与えた。いつもクールなふうちゃんが、珍しく落ち着かない様子だった。

「気にするな。落ち着いていこう」と、はるちゃんが言った。

「1点は仕方ない。バッター勝負で行こう」と、まっちゃんが言った。

「俺たちが必ず取り返すから」と、やまちゃんが言った。

「いや、相手の3番は強気な奴らしいから、なんとかできると思う。何とか三振を狙ってみるよ。4番は四球覚悟で、5番勝負だ」と、はるちゃんが言った。

「そうだな。1塁にランナーがいたほうがアウトにしやすい」と、田中が言った。

「それに、4番はあいつだろ、あまり足はなさそうだ。5番をひっかけさせて内野ゴロで終わりだ」

「よし、きまりだ」と、はるちゃんが言った。

「春木、頼むぞ」と、ふうちゃんが言った。

 はるちゃんが胸を叩いて「まかせろ!」と言い、僕らは守備についた。

「一丁こい!一丁こい!」やまちゃんが声を張り上げた。

 はるちゃんは内角からボールになるカーブを要求し、ふうちゃんはうなずいた。そして、セットポジションではなく、大きくふりかぶった。

「勝負にくる!」と相手打者は感じたようで、そのフォームに力が入った。

ふうちゃんの、鋭くしなる右腕から、力を抜いたカーブが投げられた。力んでいた打者は、タイミングをうまく外され空振りした。

 さすがだ。

 2球目は外角低めへボール球になる速球。相手は見送ったが、それは手が出なかったのだ。

 3球目は内角高め。ややボール気味の球だったが、その球の勢いにつられて相手は空振りした。僕らは三振ねらいを知っているから妙に息がつまる。ハラハラする。しかし、はるちゃんは落ち着いたもので、見事にリードしている。次は、外角低めいっぱいの速球ストライクというサインだった。それにふうちゃんが見事に応え、狙いどおりの見逃し三振に斬ってとった。ふうちゃんは思わずガッツポーズ。バッターは天を仰いで悔しがった。僕らのベンチから歓声が起こった。


 続く4番。

 いかにも力がありそうで番長のような風貌のごつい男だった。こいつとは無理に勝負せず、1球は力のある球でストライクをとったが、あとは全てきわどいボール球で1塁に歩かせた。事情を知らないベンチ組は「あ~」と残念がったが、これも作戦だ。最初から敬遠すれば、次の5番の闘志に火をつけかねない。その5番は僕らの狙い通りショート右へのゴロとなり、セカンドフォースアウトに倒れた。

 無言でベンチにひきあげる、はるちゃんの背中が大きく見えた。


 さて、攻撃だ。

 ここで、簡単に三者凡退するわけにはいかない。そんなことをしたら、相手が勢いづく。「なんとしても粘れ、最低十球くらい相手投手に投げさせろ」という監督の指示だ。僕らもやる気になっていた。相手には得点できなかった焦りがあるはずだ。

「ここで叩いて、こっちが一気にのってやる!」


 1番ガンちゃんは相手の守備がやや浅いことを見て、バントの構えをした。それは、つまりバスターをやるのだと僕らには分かった。相手バッテリーは用心のため1球目は外角高めに外してきた。ここでヒッティングの構えに移ればこっちの意図が相手にばれるから、ガンちゃんはバントの構えのまま、冷静にバットを引いた。

 2球目は内角高めのストレート。ここでもガンちゃんは冷静に見極め、バットを引いてボール。相手はバスターはないと思ったようだ。

 3球目。外角高めのストライクを投げてきた。力があったのでさすがのガンちゃんも、バントのままバックネットへのファールを打ち上げた。

 4球目はボール。

 5球目。内角低めの難しい球をガンちゃんは足元へのファールバントで逃げた。これで2-3。しかしガンちゃんは相変わらずバントの構えをしている。相手ピッチャーは投球のたびにダッシュしてくるので、もう既に疲れているようだ。間をとるためにキャッチヤーが立ち上がり味方内野手に何か指示をした。

 さて6球目。相手チームの1塁と3塁が猛ダッシュしてきた。例えスリーバントでもガンちゃんがバントすると決めてかかっていた。ピッチャーは、目を見張るような凄いカーブをここで初めて投げてきた。外角高めボールから、内角低めストライクへ食い込むような球だ。僕はボールだと思ったが、ガンちゃんは球筋を見切っていたようで素早く冷静にヒッティングの構えに戻し差し込まれない楽な姿勢で引き込んで左方向へ流し打ち。打球は、ダッシュしてきた3塁手の頭上を越えた。レフト前ヒットとなり僕らのベンチから歓声が起こった。まさに神業だ。内角なのに、なんであんな芸当ができるのか不思議だ。


「動体視力が大切なんだ」とガンちゃんは常々言っていた。「ヒマな時は、道路や線路わきで、通り過ぎる車や列車に乗っている人のひとりひとりの顔を見極める練習をしているし、夜は早くから寝るようにしている」とも言っていた。


 僕の投げ込みのように、ガンちゃんはガンちゃんなりの努力をしている。そうした努力によってピッチャーのリリースの瞬間が見えるのだろう。球筋が良く見えるのだろう。ともかく今1塁上で涼しい顔をしているガンちゃんが味方で良かった。


 2番まっちゃんは、初球大きな空振りをした。曲者だから、たぶん何かを企んでいるといった感じの空振りだった。監督からは何のサインも出ていない。不思議なことだけど、練習では細かいことに目が届き、うるさいほどの指導をする監督が大体いつも試合になると黙っている。いつもベンチ前列で腕組みをしたまま仁王立ちしているだけだ。

 2球目ボール。

 3球目ファール。

 4球目もファール。これでバントはないだろうと思った相手内野手は前進守備を解いた。

 5球目カーブすっぽ抜けのボール。

 6球目またカーブがすっぽ抜けた。

 相手ピッチャーは、得意のカーブがうまく打たれたことで、ちょっと気持ちが引いていたのかも知れない。だから7球目はストレートだった。

 まっちゃんは待ってましたとばかり1塁線へ自分も生きようとするバントをした。相手投手のベースカバーとかけっこになったが、間一髪アウトになった。9割方思い通りだったのに、あと一歩及ばなかったまっちゃんは悔しそうだった。


 僕らは徹底的にバント練習をしていて、いつでもできる自信があるからカウントなんて関係ない。それが相手チームにはやはり驚異に映ったようだ。タイムをとりマウンドに集まった。何事か話し合った彼らが、やがて守備にちり、ゲーム再開。なんとも、1回表の僕らと同じような展開になった。


 ここで登場する3番やまちゃんも、めちゃくちゃ強気なバッターだ。

 相手はピッチングの組み立てを変えてきた。得意の変化球が主体になった。やまちゃんは、ワンアウトをとって落ち着いたピッチャーが繰り出すカーブに翻弄された。やはり打ち気に逸りすぎたこともあり三振に倒れた。

 僕らのベンチはちょっとざわついた。「あんなボールはとても打てない」と5年生の誰かが言った。

 1回表とちょっと違ったのは、4番のふうちゃんが粘りに粘ってレフト前ヒットを打ったことくらいで5番の僕は、外低めに逃げるカーブを引っかけてセカンドゴロフォースプレイに倒れた。


 守備に行く時、橋本が「今日は5番の違いが勝負を決めそうだな」と、性懲りもなく憎まれ口をきいた。


 2回の表は下位打線に回ることもあり、なんとかふうちゃんが切り抜けた。

 その裏、僕らの攻撃。

 田中が4球を選んだものの、続く3人が討ちとられ、無得点に終わった。


 3回表もふうちゃんが抑えた。試合は落ち着いてきた。


 3回裏、僕らは1番からの攻撃だったので、ベンチ前で円陣を組んだ。

 監督が言った。

「みんなも、もう気づいていると思うが中島小は強いチームだ。しかし、おまえたちも強いチームだ。強いチーム同士なら、勝ちたいという気持ちが強い方が勝つ。必ず勝つと思え、気合いを入れろ!以上だ!」

 続いて、はるちゃんが掛け声をかけた。

「ひがしー!」

「ひがし」とは僕らの学校の略称だ。東原小学校という。

 僕らも全員で復唱した。

「ひがしー!」

「ファイト!よぉし!」

 しかし1回裏ほどうまくはいかず、結局三者凡退に倒れた。


 4回5回、相手は何度か塁に出たが、結局得点にはならず、試合が動いたのは6回。


  ずいぶん疲れが見えるふうちゃんだったが、第1打者はセカンドゴロに討ちとった。続く第2打者も簡単に2-1と追い込んだのに、ストライクをとりにいった球が甘く入った。とにかく2-1だから相手バッターは夢中で振って、それがラッキーなライト前ヒットとなった。僕らは「気にするな!」「オーライ、オーライ!」「しまっていこう!」などと声をかけ励ましあった。


 第3打者。

 2球目をひっかけ3塁ゴロになった。「しめたゲッツーだ」とみんな思ったが、2塁送球を焦ったやまちゃんの送球は2塁手の頭を越える暴投となってライト前にころがった。それを見て相手ランナーは3塁に向かった。緩慢で適当なベースカバーしかしていなかった橋本ではなく、突っ走ってきたガンちゃんがボールをおさえ、3塁に送球しようとしたが、タイミング的に間に合わなかったので、2塁上のまっちゃんが「こっちだ!」と声をかけ、ガンちゃんは2塁に送球した。おかげで1塁ランナーは1塁にくぎづけとなった。


 いきなりピンチとなった。


 内野手がマウンドに集まった。やまちゃんは、ひたすら謝った。誰もやまちゃんを責めてはいなかったが、ピンチには違いない。

「気にするな。落ち着いていこう」とはるちゃんは言った。

 この場面を切り抜けるには、やはりふうちゃんにがんばってもらうしかなかったが、今日のふうちゃんはどこかおかしい。かなり疲れているようだ。やはり、中島小の攻撃はすさまじいものだった。 全体的に見ると、攻撃では中島小の方が一枚上手だ。僕らの守備に阻まれていたが押し気味に試合を進めてきたのは中島小だ。だからと言って僕に投げろとは誰も言わなかった。昨日今日ピッチャーになった僕なんかに誰も期待していなかったし、その現実は僕が一番知っていた。やはり、ここ一番は、ふうちゃんしかいない。


 何も具体策はなかったが、できるだけゲッツー狙いで行ってみよう。ということになった。しかし、相手バッターに簡単に外野フライを打ち上げられ、先制点を許してしまった。


 ふうちゃんは悔しそうだったが、僕はそれ以上に悔しかった。僕が、この場面を任せられるほどのピッチャーであれば、なんとかなっていたかも知れない。現に相手チームは4回からピッチャーが代わっていて、この暑いなかでも疲れを見せない。


 続く打者もなかなかしぶとかった。フルカウントからも3球ファールで粘られた。

 9球目、ランナーが走ってきたため2塁カバーに入ろうとしたまっちゃんのわずか左に打球がきた。まっちゃんは逆シングルで抑え、ベースカバーの田中にトスして何とか3アウトだ。相手のエンドラン失敗に助けられた。


 その裏。

 とにかく全員粘れ!という監督の指示に従うつもりだった。なんとか点をとりたかったし、ふうちゃんが少しでも休めるよう、時間稼ぎをしたかった。打順も良く1番から。でも結局、三者凡退無得点に終わった。

 途方もない大きく重い壁に押しつぶされそうな気がした。しばらく忘れていた「負けるかもしれない」という気持ちが胸をよぎった。

 僕は首を振った。

 絶対勝つ!

 そう自分に言い聞かせた。


 最終回の7回表。

 相手は早打ちせず、じっくり攻める作戦のようだ。くさい球は全てカットしてくる。しかし、この回のふうちゃんは逃げてない。第1打者の最後は内角低めにズバッと決まった。続く打者も結局三振。最後の力を振り絞るかのような気迫のピッチングで、次の打者も三振に斬ってとった。

ふうちゃんは、マウンドで咆えた。


 僕らは、円陣を組んだ。

 監督が言った。

「勝ちたいか」

 僕らははっきりと大声で答えた。

「はい!」

 監督は言った。

「よし!勝ってこい!」

 監督からは何も具体的な指示はなかったが、もう僕らにそんなものは必要なかった。7回表をぴしゃりと抑えたこともあり僕らは気持ちが乗ってきていて、とにかく「勝つこと」しか考えなかった。


 中島小はピッチャーを交代した。3人目のピッチャーだ。前の二人より、直球に力がありそうだ。しかし、それがどうした。


 第1打者のふうちゃんは、かわりばなの初球を狙えという鉄則どおり、1球目をライト前にヒット。東原ベンチは、沸いた。


 僕は絶対つなぐと決めて打席に入った。相手ピッチャーは動揺したのか、変化球が2球外れた。3球目。ストライクをとりにきた直球を僕は逃さず振りきって、3遊間を抜いた。 


 僕がサヨナラのランナーになった。よし!と思った矢先、いきなり、けん制球を投げてきた。慌てて戻ってギリギリセーフ。危なかった。そんなのでアウトにでもなれば、一生橋本に嫌味を言われそうだ。

 相手ピッチャーは、またけん制した。どうもやりにくそうなピッチャーが、とりあえずけん制で気持ちを落ち着かせようとしているようだ。つまり、気持ちが逃げている。ここで一気にたたみかけるべきだ。


 さて、1球目。

 職人田中が、簡単に送りバントを決めた。

 ワンアウト2・3塁。僕らは盛り上がったが次のバッターは、気の弱い新田だ。「新田ガンバレー」という声もむなしく、低めのボール球を引っかけてショートゴロ。相手ショートは落ち着いてランナーをけん制し1塁に送球した。


「あ~!」という悲鳴が、僕らのベンチから。

「よ~し!」という歓声が相手ベンチから。


 ツーアウトだ。相手ベンチから「あと一人」コールが起こった。

 そして8番橋本。

 橋本の打率は1割6分。チーム内では最低だ。5年の時にはもっと良かったのに。橋本は「外野に替わったせいだ」と言い訳していたが、今はそんなこと、どうでもいい。とにかくつないでくれ。


 真っ青な顔で、橋本は打席に向かおうとしたが、監督に呼び止められ代打が告げられた。ちょっと安心したような顔でベンチに引き上げる橋本に代わって出てきたのは、白石だった。白石の全身から気迫のようなものを感じた。眼光鋭く、いつもの大人しい白石とは明らかに違う。2~3回鋭いスイングをして、打席に入った。白石は、5年時も含めて初めて他校試合に出る。だから中島にもデータがないらしく相手キャッチャーが何かベンチからの指示を受けていた。

 僕と白石は、ずっと一緒にやってきた。がんばれ!と僕の心の底から悲痛な願いが沸き起こった。


 1球目。外角低めへのカーブが外れた。白石は反応しなかった。

 2球目、内角高めボールになるストレートのつり球。

 これにも白石は反応しなかった。白石は良く見えている!僕は直感した。そんな時の白石は内野の頭を越えるヒットを打つ。だから白石がはじき返したその瞬間に、迷わずホームまで走ってやる!ここでもし同点どまりなら、もう、ふうちゃんはもたない。


 相手バッテリーはやりにくいようだった。何かさかんにサインを交換している。

 もし歩かせるとすれば次は、はるちゃんだ。はるちゃんは、打順9番だし今日はいいとこなしだが、チャンスにはめっぽう強い。だから隠れ4番とも呼んでいた。そんなデータを中島はおそらく持っている。だから、ここで勝負するに決まっている。必ずチャンスはあると僕はその瞬間を密かに狙っていた。

 3球目。高めのストレートをバックネットへ打ち上げた。

よし、あの速球にもタイミングが合っている。白石は何かを確認するかのように素振りをし、打席に入りなおした。

 4球目、シュートが外れた。これで1-3。絶好のバッティングカウントだ。白石が集中している。くる!と僕は直感し、ひっそりと、いつもより大きめのリードをとった。

ピッチャーが投げた。

 よし、ストレートだ!

 僕は、ダッシュした。白石は必ず打つ!という確信があった。確信どおり白石はきれいにはじき返し、その打球は2塁手の頭上を越えた。ベンチのみんなから「よっしゃ!」という歓声があがった。

3塁のふうちゃんが先ず生還。同点。

そして僕は、ライトが右中間に走り、ツーバウンドで捕球した時、既に3塁を回っていた。

 橋本が「暴走だ!」と悲鳴をあげた。

 はるちゃんは「こい!こい!こい!」と絶叫している。

 ライトがバックホーム。中継はない。キャッチャーがブロック。後ろ側がわずかに空いている。僕は回り込んだ。送球はキャッチャー手前でバウンドし、それが、ややイレギュラー気味に高くあがった。僕はヘッドスライディングし左手でベースタッチにいった。

 クロスプレイになった。

 土埃が舞い上がった。

 審判の判定は。

 一瞬の静寂のあと。

「セーフ!」。

 審判の両手が大きく左右に開いた。逆転サヨナラ勝ちの瞬間だ。

「わあっ」と歓声がおこり僕らのベンチから4年生も5年生も6年生もみんな飛び出してきた。僕と 白石はみんなにつかまりボコボコにされた。僕にケリを入れた5年生もいた。白石は腹の底から笑っていた。それは、僕らが無心で競い合っていた頃の、あの笑顔だった。


 その日、試合から学校に帰ると全学年で整理運動のような軽めの練習をした。その後、特別メニューが言い渡された。それは4年生が守備につき5・6年生が打つから、そのバッティングピッチャーを僕がやれというのだ。形式は試合形式。ただし、いくつアウトをとっても交代にはならない。延々と投げ続けるのだ。


 面白い。

 これまでひたすら投げ込みしていたが打者がいるのといないの、それに実戦形式ではまるで勝手が違う。いまひとつ自分でもよく分からなかった自分の力を試してみたかった。


 先ずは6年生。みんなも面白がっていた。

「ボコボコにされても泣くなよ」とまっちゃんが言った。

 はるちゃんだけは、打撃から外れキャッチャーをすることになった。

 1番ガンちゃんは、いつものセーフティを決めようとしてきたが、簡単にキャッチャーフライに討ちとった。

 2番まっちゃんは3球三振。

 3番やまちゃんも3球三振。

 ここでチーム内からどよめきが起こった。僕にも驚きだった。どんなに投げても、恐ろしくキレのある球がズバンズバンと決まっていく。監督からコーナーを狙って投げろという指示があった。どのコーナーかは、その都度コーチが指示するというものだった。

 先ず、内角低め。さすがにコーナーを狙うと球速がわずかに落ちたが、はるちゃんのミットの位置にピシャリと決まった。他のコーナーも一緒だった。僕ら一軍のレギュラーが、コースが分かっていながらも誰も打つことができない程だった。

 さて、6年生は一巡してお役御免となり、今日は解散した。あとは、4・5年生が居残って僕の練習相手となった。フリーでは誰も打てないから場面場面を想定し、ランナーを塁上に置いたり、バントしたり、わざと打たせたりしながら、実戦での確認事項をチェックしていった。


 結局その練習は、2時間も続いた。 

 明日からも時間をみてやるそうだ。今日みたいなこともあるから、控えの僕を鍛えようとしているのだろう。しかし、それでも僕らにとってふうちゃんは絶対だ。そんな慌てて練習しなくても。と僕は思った。正直、さすがにきつかった。このあと、例の硬球での投げ込みもしたいし、帰ったら勉強もさせられる。

時間は、いくらあっても足りないなあ。


 そして1週間がすぎ、僕もマウンドさばきに自信がついてきた頃、3回戦が行われた。相手もここまで勝ちあがってきた訳だから、そんなに弱いチームではなかったが中島小と比べるとかなり見劣りがする。


 序盤、いつものように足をからめた攻撃で得点し主導権を握ると、エースふうちゃんを中心にした鉄壁の守備で有利に試合を進めた。最終回、僕の登板があるかなと思っていたが、この日は、点差もあまりないため、僕がマウンドにあがることはなかった。ふうちゃんがピシャリと抑え、なんなく勝った。これでベスト4。

もう、僕らの実力は飛び抜けていた。このチームなら、絶対優勝できると信じた。


 さあ、いよいよ明日は県営球場だ。


 その日は、明日のダブルヘッダーに備え、早々と解散した。僕は一旦自宅に帰り着替えをして、例の硬球を持って、再び学校に行った。今日も投げ込みするつもりだった。

いつものプール壁の前に、妹と一緒に白石がいた。僕が来るのを待っていたようだ。白石より妹の方が先に僕を見つけ、かけ寄ってきた。

「勇太にいちゃん!」

「ああ、どうしたんだ。二人とも」

 白石は照れくさそうに僕に近寄ってきて言った。

「いや、明日はいよいよ県営だなと思って」

「ああ」

「明日は頼むぞ」と白石が言うと、妹も「たのむぞ」と復唱した。

「おまえこそ、頼むぞ。なにしろ代打の切り札なんだからな」

「ああ。チャンスがあったら、がんばるよ」

「がんばるよ」と妹がまた復唱した。その様子が可笑しくて、僕は、「なおちゃんは何をがんばるんだい?」と聞いた。妹は白石直子。だから僕は「なおちゃん」と呼んでいた。 

 妹は、ちょっとはにかんで「おうえん」と言った。

「そうか、応援か。なら、がんばらないとなあ、白石」

「わたしだけじゃないよ。お母さんもくるよ」

「おばさんも?」

 僕が白石の方を見ると、白石がうなずいた。

「明日は、きっときつい戦いになる。ダブルヘッダーだし、このままいけば、決勝は白峰台だし。だから、きっとチャンスはある。気持ちを切るなよ」

「わかっている」

 白石はそう言うと、まじめそうな顔してうなずいた。

「親父さんも、きっと見ているぞ。応援しているぞ」

 白石は、天を仰いで、「わかってる」と答えた。それからしばらくして、白石兄妹は帰っていった。


 さて、準決勝は朝早い。

 僕らは第1試合だったので8時半開始だから7時半には県営球場に着いた。係の人に案内され、初めて見るロッカールームに通された。すごい!ここは、プロも使っているのだ!でも、感慨にふけっているひまはない。手早く準備を済ませ、3塁側ベンチを通りグランドに出た。

広い!とても広い!

 もちろん、ダイヤモンドや、ホームランゾーンは、少年野球サイズに処置してあった。

 ついに来たのだ。憧れの県営球場。この先に、父さんと親父さんの夢、甲子園が続いている。僕らは今、その第一歩を印した。


 両チームとも規定時間内で手短にウォーミングアップを済ませ、試合開始の時間を待った。その間に保護者会や4・5年生部員、そして学校の先生や、友達たちがスタンドに集まってきた。約2万人入るという球場からすると、ごく控えめな応援団だが、それでも、いつもより見知った顔がたくさん来ていて、ちょっとした有名人の気分になった。 


 試合前、ベンチの前で円陣を組んだ。

 コーチから、相手チームの情報や注意点などの指示があり、そのあと、作戦の指示があった。要は「走れ」ということだ。走塁も捕球もベースカバーも、とにかく全力で走れとのことだった。最後に監督から話があった。

「いつもどおりの野球をすれば必ず勝てる。これが準決勝だということは考えるな。落ち着いて、ひとつひとつのプレイをいつものように丁寧にやれ」

 最後に、はるちゃんが掛け声をかけた。

「ひがしー!」

「ファイト!ようし!」

 審判が、「整列!」の号令をかけた。

 両チームの選手がダッシュして打席付近に整列した。僕は相手チームの顔を眺めてみた。どいつもこいつも青い顔している。勝負前だが勝ったと思った。僕らとあたるというだけで相手にはプレッシャーになるのだろう。振り返って僕のチームメイトは新田と橋本を除くレギュラーは、みんな涼しい顔をしていた。いや、まっちゃんだけは、相手を三白眼で睨みつけていたが。


「これより東原小学校と東稜小学校の試合をはじめる!一同、礼!」

「お願いします!」。


 相手の東稜小は、市の郊外にある新設校だ。準決勝初出場でもあり学校挙げての大応援団のようで、殆どの児童や保護者が応援にきているようだ。僕は内心「お気の毒」と思った。僕らが勝つに決まってる!

 事前のコーチの説明では、エースは制球はいいが球が遅い。まとまっている分、僕らには打ち頃の球がびゅんびゅんくるだろう。また、打撃は月並み。守備も月並み。足もない。まあ普通にやれば5-1くらいで楽に勝てるとのことだった。


 僕らは先攻だ。

 相手エースの第1球は、ガンちゃんの懐をえぐるような鋭い内角直球だった。僕らはあぜんとした。コーチの説明とは違う、威力のある球だだった。相手もやはり準決勝まで上がってくるほどのチームだ。僕は気を引きしめた。


 ガンちゃんは、くさい球はなるべくカットで逃げて、数多くの球を投げさせようとしていた。相手エースの力を僕らに見せるためだ。さすがガンちゃん。1番打者の役割を心得ている。いたずらに打ち気に逸ることはない。

 これは練習試合でも格下との試合でもない。公式戦の準決勝であり僕らの三連覇の道程なのだ。ここで途切れるわけにはいかない。そんなガンちゃんの気持ちが伝わってきた。ガンちゃんは、粘りに粘って8球目を左中間にヒットした。


 そして2番まっちゃんが例のバットをくるくるさせるクセをしながら打席に入るとガンちゃんが「初球、走るぞ」のサインをした。いくらなんでも初球はまずいなあと僕は思ったが、ガンちゃんには勝算があるのだろう。


そして見事に盗塁を決めた。


 ここで、まっちゃんが送りバントの構え。

 内野は前進守備。2球目。1塁と3塁がダッシュしてきたところを見極めて、曲者まっちゃんは3塁頭上を越えるプッシュバントを見事に決めた。これでノーアウト1・3塁。


 次のやまちゃんは「よし!まかせろ!」と言って打席に入った。相手は前進守備のまま。1点もやらない構えだ。

 初球、やまちゃんは大きな空振りした。やまちゃんの場合、演技ではない。本当の空振りだ。2球目、相手エースがランナーへの警戒を怠ったため、まっちゃんは楽々盗塁を決めた。投球はボール。ここで、相手外野手もやや浅い守りになった。とにかく点はやらないが、慎重でもあるという守備だ。しかしその思いもむなしく、3球目、やまちゃんは右中間を大きくやぶる2点タイムリー2ベースヒットを打った。あっけなく、2点先制だ。

 ここで相手エースの気持ちが切れた。

 僕らは次々と連打して結局初回だけでコーチが予言した5点を取った。準決勝とはいえ僕らは相手チームを圧倒した。

 僕らは、僕らのチームの力を信じた。その源泉は、目線を切らない食らいつく打撃にもあるが、やはり鉄壁の守備と、その中心にいる黄金バッテリーの存在だ。こんな大舞台でも、僕らのバッテリーは頼もしかった。はるちゃんが的確に計算し、ふうちゃんは、その要求に見事応えて凡打の山を築いていった。僕らのリズムは良循環となって回転し、まったく負ける気がしなかった。もともと黄金バッテリーには自信があったが、鬼監督の下、いちから鍛えなおされた成果だったのだと僕はその後しばらくして気づいた。その時のみんなは、とにかく夢中で声を出し、走り、捕って投げた。何度かあった抜けそうな打球もみんなで抑えた。最終回、最後のバッターをセカンドゴロに討ちとると、僕らは、全員マウンドにかけ寄ってよろこびを分かち合った。


 ふうちゃんが、ノーヒットノーランを達成した瞬間だった。


 僕らがみんなで成し遂げたのだと監督が言った。コーチは普通ならヒットだった当たりが、3本はあったと言った。ベンチ入りしていた保護者会の代表者たちは泣いていた。思えば、僕らだけではない。監督、コーチ、そしていつも支えてくれる、父さんやお母さんのおかげでもあるんだ。


 さて、次は決勝だ。

 また必ず勝つぞと気持ちを切り替え、軽いどよめきと歓声が残るグランドを後にした。


 準決勝第2試合が行われている間、僕らはスタンドで観戦していた。

 第2試合は、強敵白峰台と、昨年のベスト4である藤田小で行われていた。僕らの下馬評では、圧倒的に白峰台だった。彼らは強い。そのことは僕らが一番知っていた。ふだんはのらりくらりとかわしてくるが、ここ一番は恐ろしく威力のある球を投げるエース。僕らと変わらぬ固い守り。そして、ノーヒットノーランを準決勝でやらかす程のふうちゃんを、あそこまで苦しめるしつこい攻撃。僕らは静かに戦況を見つめた。


 ゲームは、やはり白峰台主導で進んだ。

 やがて昼食の時間となった。保護者会が準備してくれた弁当を、みんなで食べた。

食事中、監督が僕に言った。

「谷山、このあとの全体練習の時、藤井と一緒にブルペンで投げろ。そして試合中も攻撃の時はブルペンで投球練習をしておけ」

 僕はあっけにとられた。まさかこの大事な場面で僕が投げるのか?コーチが補足した。

「あのな谷山。この前の練習試合の時の返球を白峰台は見てるだろ。だから揺さぶりをかけるのさ。あの時の奴はピッチャーだったのか、いつ投げるのかと考えると敵はたぶん冷静さを失うからな。早めに攻略しようと早打ちして終わりだ」

 監督が言った。

「うちのエースはあくまで藤井だ。決勝のような大舞台をまかせられるのは藤井しかおらん。しかし、おまえの球を見せることで藤井を、チームを救えるかも知れん。頼んだぞ」

「それほど白峰台は強いんだよ。おまえも知ってるだろ?」と、まっちゃんが言った。

僕はふうちゃんを見た。ふうちゃんは、いつもの優しげな笑顔を見せ、ゆっくりとうなずいた。


 結局、僕らの決勝の相手は白峰台だった。

 両チームベンチ入りの時間となり、練習が始まった。僕はブルペンに向かった。ふうちゃんが、「落ち着いていけば大丈夫だよ」と声をかけてきた。僕はハッとした。やはりあがっていたようだ。まだ練習なのに。「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせた。

大きく振りかぶってみた。違和感はない。いつものようにテイクバックした。そして腰を入れて投げた。パーン!といつものように捕球音が響いた。よし、いける僕の気持ちとは裏腹に、体の方は、いつものように動いた。隣で見ていたふうちゃんが笑いながら言った。

「先は長いから、とばし過ぎるなよ」

 僕らのブルペンの様子に白峰台が気づいたようだ。作戦どおり、多少ざわついている。 


 やがて練習時間が終わり、僕らはベンチに引き上げ、ダッグアウトに入ろうとした時。

「勇太にいちゃん!」と、僕を呼ぶ声が聞こえた。なおちゃんだ。スタンドを見ると笑顔で「がんばれー」と言いながら手を振るなおちゃんがいて、その隣に白石の母親がいた。おばさんは笑顔を見せて深々深々と頭をさげた。ちょうど外野から引き上げてきた白石は母と妹を見上げ、にこっと笑った。


 いよいよ決勝開始だ。

 審判の号令とともに、僕らは「よし!GO!」と叫んでダッシュし、整列した。

「これより春季大会決勝、白峰台小学校対東原小学校の試合を始めます。全員、礼!」

「お願いします!」

 両チームから大きな声が出た。やはり決勝だ。みんな気合いが入っている。

 守備につこうと振り返った時に気づいたが、スタンドの観客が増えていた。学校の同級生や親たちがたくさん来ていた。僕の友達もたくさんいて、金網にへばりつき、身を乗り出して笑いながら騒がしく手を振っている。


 ふうちゃんの方を見るとマウンド上で右手に持ったボールをみつめ、何かつぶやいていた。そして天を仰いで大きく深呼吸した。初めて見せるリアクションなので僕は意外な気がした。あの冷静なふうちゃんでさえ、やはり緊張していたのだ。


 プレイボールがかかった。


 僕らの三連覇の先ず一つ目がかかった大切な試合だ。押し付けられたようなものだったが、今や僕らみんなの目標だ。


 ふうちゃんが振りかぶった。

 1球目は。

 外角低めストレートに相手打者が空振りし、僕らのスタンドから拍手が起こった。

 2球目。真ん中から外角低めに逃げるカーブを引っかけさせた。変な回転のゴロが1・2塁間に転がった。

「オーライオーライ!」

 まっちゃんが大声をあげて追いつき、腰をおとして体の中心でがっちりと捕球した。送球を僕がしっかりキャッチして「よっしゃあー」と声をあげた。内野がボールを廻しながら、先発もベンチも「ワンダンワンダーン!」と声をかけ合った。


 2番は初球から打ってショートゴロ。

 3番は2-1からの内角速球を打ち上げサードファールフライに倒れた。


 よし!次は僕らの攻撃だ。

 1番ガンちゃんは2-3まで粘ったが、サードゴロに倒れた。

 2番まっちゃんは1-2からショートゴロ。

 3番やまちゃんは初球を打ち上げてセカンドフライに倒れた。

 やはり、白峰台だ。ちゃんとしたバッテリーを持ち、守備がいい。僕らと同じようなタイプのチームであり、強い。今日もまた投手戦を覚悟しなければならない。繰り返すが、守りのミスは厳禁だ。


 2回表。

 相手チームは何か打ち急いでいるようだ。早いカウントから打ってきて簡単に三者凡退に倒れた。


 その裏。僕らの攻撃。

 先頭打者はふうちゃんだ。今日のふうちゃんは、いつもの涼しい顔ではなく、かなり厳しい表情だ。

 初球。

 ふうちゃんは思い切りバットを振りぬいた。

 打球が天高く舞い上がった。

 その球は大きな放物線を描いて、仮設フェンスが組んである規定ラインを越えた。

 ホームランだ。

 僕らのベンチから、スタンドから、大きな歓声がわきあがった。ベース1周してきたふうちゃんを、ネクストバッターの僕がハイタッチで迎えた。ふうちゃんは厳しい表情のままだった。

続く僕と田中と新田は、申し訳ないが凡打に終わった。


 3回表。

 白峰台は、先頭バッターがセーフティバントで出塁した。

 次の8番が送りバントを決めた。相手も必死だ。しかし、ふうちゃんは落ち着いて9番をきっちり抑えたので、もう大丈夫だと思った矢先、何故か1番打者に四球を与え、2番にも四球を与えてしまった。

 ツーアウトながら満塁。それにクリーンアップがここから登場する。今大会の彼らのアベレージは3割台。

 いきなり何故崩れたのか分からなかった。こんなこと、今までのふうちゃんにはなかった。やはり、ふうちゃんと言えど、ダブルヘッダーはきついのか。

 僕らは、マウンドに集まった。

「とにかく打たせろ。俺たちがなんとかする」と、やまちゃん。

「気楽にいけよ」と、まっちゃん。

「ふうちゃんは凄いピッチャーなんだから」と僕。

 田中がうなずきながら言った。

「まだ3回だからな。これから、これから」

「まあ、タイムを取ったのは気分転換の時間かせぎだよ。ちょっと休んで気分を変えて、いつものようにやればいい」はるちゃんがそう言うと、まっちゃんがおどけて言った。

「よし、じゃあぎりぎりまで何か話しているふりしようぜ」

 ふうちゃんは、にこっと笑って「ありがとう」と言った。


 試合再開。

 守備についた僕らは、いつも以上に声を出し合ったが、結局3番にも四球を与えて押し出し同点となった。もう止まらない。これは覚悟を決めないと。

 次は4番。

 白峰台ベンチの大声援の中、ふうちゃんは、また0-3とした。

 4球目。真ん中速球で見逃しストライク。おそらく「待て」のサインが出ていたのだろう。5球目。真ん中高めの見逃せばボールかもしれない球を相手4番は思いっきり叩いた。打球は天高く左中間にぐんぐん伸びて行った。僕らのベンチから悲鳴があがった。僕はもうあきらめた。たぶん、ふうちゃんも、はるちゃんも、みんなそう思っただろう。しかし、ガンちゃんはあきらめていなかった。その方向に一直線に走った。走りに走った。こっちを見ている。まだ向こう向きにはなってない。

捕れるのか?

「捕ってくれー!」と、まっちゃんが叫んだ。

 左中間一番深いところ。仮設フェンス前。ガンちゃんの足が止まった。そしてジャンプ。ドンピシャのタイミングでしっかりキャッチした。

 ホームランボールをもぎ取った!

 ふうちゃんが、マウンドで踊りあがった。

 僕も両手を突き上げよっしゃー!と叫んだ。

 今度は相手のベンチから悲鳴があがった。東原サイドは大騒ぎ。風の向きを読みコースを読んで、あきらめなかったガンちゃんの勝利だ。ガンちゃんは、ベンチからハイタッチで迎えられた。

 こうして、まるで魔がさしたかのような、長い長い3回表が終わった。


 それからの試合は、落ち着いた展開となって進行した。同点どまりでも今日は気落ちしなかった相手エースと立ち直ったふうちゃんの投げあいとなった。 


 そして最終回7回裏。僕らの攻撃だ。

 僕らはベンチ前で円陣を組んだ。監督が言った。

「勝ちたいか?」

 僕らはありったけの声を張り上げた。

「はい!」

 監督はいつものように言った。

「よし!勝ってこい!」 


 打順は2番まっちゃんからだ。まっちゃんは、バットをいつものようにくるんくるん回しながら打席に入り、両手につばを吐き、力を入れてバットを握った。そして2~3回大きく素振りをした。

「よし!こいやあ!」

 勇ましく掛け声をかけ、ちゃっかりと1球目をセーフティバントした。うまい作戦だったが、右バッターはどうしてもダッシュが遅れる。落ち着いて3塁手にさばかれ、あと一歩及ばなかった。それでもヘッドスライディングまでやって見せたまっちゃんのガッツに、スタンドから拍手が起きた。


 続くやまちゃんも、「よし!こい!」と勇ましく叫んで空振りした。繰り返すが、やまちゃんの場合、演技ではない。そのまま相手バッテリーにいいように翻弄されて三振に倒れた。 


 ツーアウトだ。

 味方スタンドから、ため息が漏れ延長も見えてきた。僕がマウンドにあがるかもしれないという考えが、ちらっと頭をよぎった。ネクストバッターサークルを出て行くふうちゃんの横顔は、また厳しいものだった。

 ふうちゃんの気迫を感じ取った相手バッテリーは、用心のためボールから入った。しかし、ふうちゃんは打ち気に逸りすぎ、その球を空振りした。

 2球目はファール。

 3球目はあきらかなボール。

 4球目ファール。

 5球目ボール。粘るふうちゃんに、味方から大きな声援がとんだ。

 そして6球目。

 その快音を、僕は一生忘れないだろう。

 青空の彼方へ消えていった、サヨナラホームランだ。

 東原サイドから、大歓声があがった。

 1塁をまわる頃、ふうちゃんは高々と右手を突き上げた。

 ダイヤモンドを1周してきたふうちゃんは、ベンチから飛び出してきたチームメイトに、もみくちゃにされた。まったく、ふうちゃんにはかなわない。せっかく僕はマウンドにあがる覚悟を決めていたのに。今日は、ふうちゃん一人で勝ったようなものだ。


 ふうちゃんは、しわくちゃの笑顔で、みんなの歓喜の輪の中心にいた。そしてそれが、僕らとふうちゃんが一緒に戦った最後の試合になった。


 ふうちゃんが転校していなくなるなんて、その時、僕らは思いもしなかった。


完読御礼!

小学編も熱心に読んでくださる皆様に感謝です!

今回も最後までおつきあいいただけますよう、どうぞよろしくお願いします。

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