僕が好きな人 僕を好きな人
「相川さん、好きです。僕と付き合ってくれないかな?」
ある平日の放課後に僕は、2年間秘めていた想いを好きな人に打ち明けた。
「ごめんなさい、渡君の気持ちはすごく嬉しいけど、愛莉に悪いから付き合うことはできない」
だめで元々と思って告白したものの、やはり想いを受け入れてもらえないということは、僕にとって想像していた以上に堪えるものであった。
同時に、断られると心の何処かで確信していた僕は、変に冷静で相川さんの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「そっか、残念だけどこれからも普通に接してくれるとありがたいかな。でも、なんで井川さんに悪いの?」
相川恵と井川愛莉は、いつも一緒にいるいわゆる親友同士である。だから、相川さんの口から井川さんの名前が出ることは自然なことだが、今この場においては不自然だった。
「あっ、いや、なんでもないの。特に深い意味はないから気にしないで。それじゃあ、また明日学校でね。」
そう言って相川さんはその場を後にした。
気にしないでと言われて、気にしない人はいないと思うのだが、独りになった途端、急に冷静だったはずの僕の心はひどく沈んでいることに気づき、相川さんの気になる言葉よりも、ずっと想っていた人にフラれたことに気持ちが移り変わっていた。
兎にも角にも、僕は中学3年生の初夏、初めての失恋をした。
次の日、好きな人にフラれて傷心の僕であったが、当然のことながら、学校も両親も失恋しようが配慮してくれるはずもないわけで、今日も今日とて普通に登校していた。
「渡君、おはよう」
ありがたいことに、相川さんは僕を見て普通に挨拶してくれて、告白当事者間で頻発すると噂の気まずくなり、疎遠になってしまう現象を回避できたようで良かった。
「おはよう、相川さん」
そして、やはりフラれたとはいえ好きな人に対して次の日には普通に接することの難しさを内心で感じていた。
「恵ちゃん、渡君、おはようございます」
靴箱で室内履きに履き替え、教室に向かおうとしていた時、挨拶をしてくれたのは井川さんだった。
「井川さん、おはよう」
「おはよう、あっ、愛莉ちょっと来て。渡君じゃあね。」
井川さんが来た途端、相川さんは井川さんとともに2人の、正確には僕も含めた3人の所属する教室に先に行ってしまった。
告白した相川さんと気まずくならなかったことで、もっと仲良くなって、もう一度告白しようと考えていた矢先だったので、出鼻を挫かれた感は否めなかったが、まあいいかと以外にポジティブに考えることができている僕だった。
「おっす、昂輝」
そんな中、後ろからおはようの膝カックンをかましてきたのは、幼稚園からの友達の上原琢磨である。
「警戒してないところにそれはダメだろう、琢磨」
あやうく膝から崩れ落ちそうになり、すんでのところで膝を床にぶつけずに済んだ僕は、あきれながら抗議の声をあげずにはいられなかった。
「悪かったよ」
全然悪びれた様子がないので、ちょっとむかつくが、まあ、良い奴ではあるからしょうがない。
「ところで昂輝、昨日、どうだった?」
ひどく曖昧な問いであったが、僕が相川さんのことが好きであり、告白することを伝えていた唯一の友達であるので、その問いが昨日の告白の件であることは明白だった。
「ダメだったよ、まあ、今朝も普通に会話できたし、またそのうち告白しなおすかも」
琢磨には相談もしていたころもあり、結果の報告と今後の方針について、素直な気持ちを伝えることができた。
「そうか、まあ、まだチャンスがありそうなら良かったじゃんか。いや、俺も昂輝の告白が成功していたら、俺を差し置いて彼女ができた幼馴染に対して、妬みを込めた制裁を加えないといけないし、失敗していたら激励と慰めをしないといけなかったから、その両方を兼ね備えた膝カックンをしたのだよ」
「いや、告白が成功した友達に嫉妬を込めた制裁はわからんでもないが、膝カックンは告白に失敗した友達に対する慰めにはならんだろ。むしろ追い打ちだわ」
前言撤回、琢磨は良い奴ではあるんだが、良い性格をした奴だった。
「そんなことないぞ、学年でも有数の美人に無謀な告白をしてフラれた傷心の友達を元気づけようという粋な配慮じゃないか」
「そんな配慮はいらない。まあ、ありがとうな」
元気づけ方といい、歯に衣着せぬ物言いといい、性格に難があるのではないかと思わずにはいられないが、どうにも憎めないのが琢磨という僕の親友の良いところ?なのだった。
放課後、地区総体が近くなり練習にも普段にも増して熱の入っている部活に向かおうとしていたところ、声をかけてきたのは相川さんだった。
「渡君、部活が終わったら昨日の場所に来てくれない?」
昨日の場所、すなわち失恋をした場所に昨日の今日で行くのはつらいものがあり、しかもそれを言ってきたのが相川さんであったのは少なからずショックではあったのだが、他でもない相川さんからの呼び出しに僕が断るはずもなく、むしろちょっとだけドキドキしている自分がいた。
「わかった。部活終わったら向かうよ」
「うん、よろしくね」
そういうと、相川さんは自身の所属する部活へ行くのだろう。荷物を持って体育館の方へと去っていった。
部活後の呼び出しが気になって、練習に集中できないということはなく、大会に向けて普段よりも戦術的なメニューを消化した僕は、約束の場所へと赴いた。
「わ、渡君」
相川さん、昨日の今日でどうしたんだろうと、期待半分、不安半分で向かった場所にいたのは、呼び出した相川さんではなく、井川さんであった。
「あれ、井川さんどうしたの?」
普段、相川さんの隣で常に柔和な笑みを浮かべていて、落ち着いている様子の井川さんが、今はどことなく緊張している様子であった。
「実はね、恵ちゃんに渡君を呼び出してくれるように頼んだのは私なの。えっとね、昨日、渡君が告白して恵ちゃんが断ったのは、多分私のせいかもなんだ」
落ち着かない様子の井川さんが話す言葉の続きをなんとなく察しつつも僕は耳を傾けた。
「私、渡君のことが好きなの。」
「1年生の時、渡君と仲良くなって、その後、私の親友の恵ちゃんとも自然と話すようになったよね。それで、2年生になってから、渡君のことが好きだって気づいたときに、渡君と恵ちゃんの話している様子を見てて、渡君は恵ちゃんのことが好きなのかもって察しちゃったんだ」
「それで、嫉妬しちゃって恵ちゃんに渡君のことで恋愛相談をすることにしたんだ。恵ちゃんは優しいから、私が渡君のことを好きって知ったら恵ちゃんは、遠慮するって分かってて、もし渡君に告白されても私のことを気遣って断るだろうなって分かってて、恵ちゃんの優しさに付け込んじゃったんだ」
「今朝、恵ちゃんからそろそろ渡君に告白したらって、突然言われて、その時に渡君が恵ちゃんに告白したことを知ったの。恵ちゃんが告白を断ったって聞いて安心している自分に気づいて自分が嫌になって、恵ちゃんの優しさに付け込んだことを彼女に話したら、わかってたよって言われちゃった。」
「恵ちゃんは、私の卑しい部分を理解した上で私の親友でいてくれていることに気づいて、そんなに想ってくれている恵ちゃんの為にも渡君に私の嫌な部分も全部話したうえで告白しないとって思ったの」
井川さんはそこで静かに泣き出してしまったが、彼女の勇気のある告白からは、彼女の一生懸命に伝えたいという感情が痛いほどに伝わってきた。
同時に、相川さんの昨日の言葉の意味が、薄々察していたとはいえ、本当の意味で理解できた。
「改めて、私は渡君のことが好きです。お付き合いしてもらえないかな?」
井川さんとは、3年間同じクラスで、1年生の時、同じ保健委員だった井川さんと話していたから、当時別のクラスだった相川さんとも仲良くなれた。だから、相川さんとの縁を繋いでくれた井川さんには感謝しているし、彼女の告白からもわかるように、彼女が誠実でとても優しい子であることは理解している。
だからこそ、中途半端な気持ちで、前日にその親友に告白した僕が、告白を受けるのは誠実ではないし、失礼だと思った。
「ごめんね、僕は今でも、相川さんのことが好きなんだ。井川さんのことは友達としてもちろん好きだけど、相川さんのことを好きなのに、その告白を受けるのは誠実ではないし、井川さんにも悪いと思ってしまうから」
「でも、井川さんの気持ちはすごくうれしいし、できれば明日からも仲良くしてほしい」
「うん、わかった。ちゃんと返事をくれてありがとうね。明日からもよろしく」
涙を流しながら、明日からの友情を誓ってくれる彼女は改めて優しい子だと思った。
その後、約半年間の中学生活は、相川さんとも井川さんとも友達としてつつがなく過ごすことができた。しかし、この2日間のできごとになかなか折り合いをつけることができず、相川さんに再び告白することはなく、高校は皆別々の進路を歩むことになった。
僕には好きな人がいたが、その想いは叶わず、僕のことを好きな人もいたが、その想いも叶わなかった。結局誰の想いも叶わず、それぞれがそれぞれを慮った結果だが、いつかこれらの記憶は思い出になって懐かしむ日がくるかどうか、今後の僕たちの生き方しだいなのかもしれない。
読んでいただいて、ありがとうございます。