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逃げた魚  作者: 岩長昨夜
本章
4/6

ウィスタリア

「あら。折角の紅茶が冷めてしまったわ。よろしければ、殿下方もおかけになりません?」


ドアに一番近い、一人掛けのソファの前にローズは立ち、部屋の奥の窓側の二人掛けのソファには、ローズ側からスカーレットとウィスタリアが立っている。

スカーレットに席を勧められ、先程の3人の姿に毒気を抜かれたカーマインは、「う、うむ」と、席に着く事にした。

本来であるなら、カーマインがローズの対面の一人掛けのソファに座るべきなのだろうが、その席をバーミリオンに譲り、二人掛けのソファに、銀色の髪に水色の瞳の、「本当に16歳以上なのか?」と、問い詰めたくなる程の少女とカーマインが座った。


先程、カーマインの背中をつついたのも彼女だ。


少女───バニラ=ルベル男爵令嬢がソファに腰かけると、カーマインも腰をおろし、それが当たり前の様にバニラの肩に手を回した。

それを、ローズは、見て見ぬふりをした。


新しい紅茶が運ばれるまでの沈黙を破ったのは、バーミリオンだった。


「ウィスタリア。俺の元に帰って来い。お前なんかを嫁に娶ろうなんて男は、俺しかいないだろう」


確かに、ウィスタリアは、ローズやスカーレットに比べて、いかにも平凡な令嬢だ。髪の色も、ローズの明るいブロンドだったり、スカーレットのストロベリーブロンドなどではなく、元々が平民であった事を如実に語る平凡な黒い髪であるし、彼女達の様に透き通る様な白磁の肌など持っていない。

しかしそれは、彼女の父が、平民でありながらも、類まれな武術と信頼によって爵位を得た証であるし、彼女の肌が灼けているのも、父や父の部下達が怪我をした時の応急処置としての、ハーブなどを育てる手伝いをしている為である。


「お生憎様。私も、先日、プロポーズされましたの。もちろん、お受けいたしましたわ」


ウィスタリアは、バーミリオンを一顧だにせず拒絶した。


「なっ。そんな奴がいるわけが…」


と、バーミリオンが驚愕の表情を浮かべ、腰を浮かせたところで、ローズの侍女が、バーミリオンの後ろのメイド用のドアから、6人分の紅茶を乗せたカートを押して入室してきた。気をそがれ、バーミリオンは浮かせた腰を、再びソファに預ける。

それぞれの前に紅茶が置かれる間、誰も、言葉を発しようとはしなかった。


お茶が置かれ、侍女が後ろに控えると、バーミリオンは、忌々し気に

「あーそうか。どうせ、将軍に阿る爵位を継ぐ当てもない輩だろう。そーだよな。お前なんか将軍の威光がなければ、結婚なんかできるわけないからな」


この暴言に、ローズもスカーレットも何の反応もせず、新しく淹れられた紅茶の香りを嗅ぐ。


「そうですわね。バーガンディー様は、ダヴィド辺境伯の三男ですので、爵位はございませんが、お父様やお兄様の補佐を、入隊以来ずっとなさって下さっておりますわ」


バーガンディー=ダヴィドの名前が出た所で、バーミリオンは、ガタリとソファを後ろに押した。

もし彼が、出されたお茶を口に含んでいたならば、吹き出していた事だろう。

バーガンディー=ダヴィドと言えば、今のコルネイユ王国軍に属していれば知らぬ者が無い程、見事な剣技の持ち主である。弱冠26歳でありながら、昨年の御前試合において、見事優勝を勝ち取り、最近では、近衛隊長として山賊の大捕り物を成功させている。


「10歳近くも年上の方をお支えするのは、私には出来そうもないと一度はお断りさせていただいたのですが…」


ウィスタリアは、そこまで言うと、思わず「うふっ」と、頬を赤らめ


「「貴女の作った料理を毎日食べたいと思っていた」って…やだっ。もう」


左手を左頬に添え、バーガンディーのプロポーズの言葉を噛みしめた。


「ウィスタリア様のお料理の腕前は、素晴らしいですものね」

「ええ。以前、お呼ばれした“鱈の香草焼き”は、本当に美味しゅうございましたわ」

「まぁ。私、頂いた事がございませんわ。ねぇ。ウィスタリア様。今度、御馳走して頂けます?」

「もちろんですわ。ローズ様。ローズ様のお好きなパセリとバジルのジェノベーセパスタも、ご用意させて頂きますわ」

「まあ、素敵。今から楽しみですわ」

「私も御邪魔してよろしいかしら?」

「もちろんですわ。スカーレット様。是非、いらして下さいませ」


3人は、またもや、カーマイン達を置き去りに女子トークを始めてしまう。

バーミリオンは、その姿を見ながら、ウィスタリアの料理など、一度も食べた事が無い事に気づく。


「くっ」


小さく唸ると、カーマインに向き直り、


「殿下。申し訳ございませんが、退出させていただきます」


「あ…ああ。」


カーマインに退出の許しを請い、バーミリオンは、席を立った。


「あら?どうかなさいまして?バーミリオン様?」


女子トークに夢中になっていたローズが、ドアノブに手をかけようとするバーミリオンの背中に声をかける。


「ええ。少しばかり急用を思い出しましたので…失礼いたします」

「あら、まぁ。そうですの。ごきげんよう」


バーミリオンは、静かに、サロンを退出していった。

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