異世界に転移したら、一流女冒険者のヒモになった件
完全なるヒモの思考回路とは違うと思いますが、女性に養って貰う時点でヒモだと思います。
異世界に転移すると言う物語は、昔から存在する割とポピュラーな物だ。俺は虫みたいなロボットが活躍する異世界や、鳥に変形するロボットに乗るイケボ主人公が活躍する異世界を好いており、転移するならそんな世界でロボットに乗りたいと軽く考えていた。勿論、ツンデレご主人様の奴隷になる異世界も好きだし、電子世界で相棒のモンスターと共に冒険する異世界も好きだし、近年では自衛隊が活躍した異世界や、何度も死んではやり直す異世界も好きだ。けれども、俺が理想とするのはやっぱり巨大なロボットにのって戦う異世界であり、そういう意味では女子中学二年生にTSして魔法騎士になることすら吝かではない。
けれど現実は厳しい。俺という人間が地球とは異なる星、又は世界に転移した。しかし待っていたのは、そこがロボットの存在する愉快でロマンに溢れた世界では無かったという悲しき現実だった。どこぞの銀髪少年転生者ならば、理想のロボットを造る為に奔走するかもしれないが、この世界にはロボットの姿が影も形も無い為、期待出来ないという始末。魔術とか、魔物とか居る世界の癖に、定番のゴーレムすらないとは何たる不幸か。
まぁ、転移したのなら仕方ないと、この世界で生きようと考えた。しかし、此処でも都合が良い方向には向かない。少し散策しただけでも分かるが、この世界の文明レベルは地球換算で十八から十九世紀レベル。地球では科学が制度として導入され、映画や写真、蒸気機関や、飛行船が造られる時代だ。科学が魔術に置き換わっているとは言え、後百年の内に世界大戦が起こるぐらい現代地球と近い文明と言えば、その発展ぶりが分かるだろう。そして、こんな時代で「マヨネーズ最強」やら「リバーシ作ってボロ儲け」やら「現代の御菓子作って俺SUGEEE」など出来る筈が無い。四則演算が出来ただけでちやほやされないし、鉄は熱に強いし、包囲殲滅陣など出来ないし、なんちゃって三勤労働制など通用しないし、十枚の金貨が十セット有れば百枚の金貨だと分かるし、椅子と机が普通に有る時代だ。文明も文化も進んでいる世界で、高々日本の平均的男子高校生に、知識チートなど出来る筈が無いのだ。
当然、露頭に迷う嵌めになる。神様からの恩恵も無ければ、見知ったゲーム世界でステータスが有る訳でも無い。幸い、言葉は何故か通じた為、会話に苦労することは無く、文字も不思議と読めた。しかしこの世界で通用するお金も無いし、伝手も無いのが致命的過ぎた。時間経過で地球に帰れると思える程、楽天的でも無く、働くにしても明らかに異人な俺を受け入れてくれる「真っ当な職場」は無かった。このままではマジで尻の穴を掘られるお仕事か、嗜虐的趣味嗜好を持つ熟年の貴婦人に無茶苦茶にされるお仕事をやらざる得なかった。奴隷スタートにならないだけマシだったと思いたい。しかし、そんな俺に、特大級の幸運が訪れた。
メアリー・ダイアンサスと言う女性との出会いが、恐らく俺の最大級にして、これ以降絶対に訪れないだろう限りない幸運だった。綺麗な銀髪をツインテールにし、抜群のスタイルを誇る彼女は、その美貌も相まって、とても現実に存在する少女とは思えなかった。彼女はこの世界に来て三日経って食うにも寝るにも困っていた俺を拾ってくれて、寝床と食事を与えてくれた。嘘のような出来事だったが、現実だった。とても信じられない幸運で、逆に猜疑心を擽られた程だ。
どうやらメアリーは若い女性でありながらも、親から自立した人間であるらしく、この家は彼女個人の物で、一人暮らしをしているようだった。一人暮らしにしては広い家であり、彼女が相当稼ぐ人間であることが薄々分かった。当然、若い女性が俺の様な怪しい男を家に招くなどと言う愚かな真似をするとは思えなかったので、何かの罠かと思い込み、最大限の警戒をしようとした。けれども減ったお腹と、それに比例する様に衰弱した脳の働きが悪かったのか、素直にホイホイと彼女に付いていき、温かい食事と清潔な風呂、そしてフカフカのベッドで無防備に寝るという無警戒にも程が有る愚行を犯してしまった。起きたら四肢が無くなっていて、嬲る様に身体を切り刻まれて殺されても可笑しくなかったレベルの警戒心の欠如である。しかし、何ということか、起床しても身体に異変は無く、寧ろ久々の文明的生活のお陰で身体が全快している始末であった。この時点で、なるほど、きっと彼女は底抜けのお人よしな善人なのだろうと思った。しかし、そうではなかったようなのだ。
なんでも、メアリーはあろうことか、この俺に一目惚れしてしまったらしい。「貴方の弱っている姿を見て、劣情を催しました。これはきっと恋です。どうか私の物になってくれませんか」なんとも倒錯した告白である。今は弱って無いが、そんな俺のことをどう思う?と尋ねて見ても、「もう好きになってしまったのだから、関係ありません。貴方の全てが愛おしいです」と答えられた。彼女の何を刺激したのかは全く分からないが、どうやら好かれてしまったらしい。自分の中の卑しい感情が、彼女の好意を利用しろと囁いて五月蠅かった。しかし、自分でこの世界を生き抜くことは難しいと判断した為、彼女の好意に甘えることにした。彼女の物になるという言葉は少し恐ろしかったが、他に出来ることも無いので仕方の無いことだと受け入れることにした。
不安は杞憂であり、メアリーが俺に求めてきた関係はよくある恋人関係だった。朝起きて、仕事に出かける彼女に行って来ますのキスをせがまれ、仕事から帰って来た彼女に、只今のキスをせがまれた。随分とベタ甘な新婚生活の様な真似をさせられた。彼女の容姿は驚く程整っており、そんな美少女にキスをせがまれるというのは嬉しさよりも気恥ずかしさが先に立ってしまった。その為、何ともまぁ、酷い無様を晒してしまった。慌てふためいている俺の姿を見て、彼女は顔を赤くしながらも笑っていた。色々と精神がすり減るような感じで、労働をしてないと言うのに肩を重く感じた。
俺のことをメアリーは、生産性の無い男だと分かっているのか、「好きにして使って下さい。足りなくなったら言って下さいね」とお小遣いを渡した。年若い女性に一方的に養って貰うと言うのは、男のちっぽけなプライドを刺激されつつ、負担を掛けていることへの心苦しさを感じた。しかし、なんとも駄目人間なのか、俺はこの世界の市場調査だと言い訳を作って買い物に出かけた。そこで物価と金銭の価格など様々なことを知ることが出来、彼女が渡してくれたお小遣いの額がトンでもないことも分かった。
なお、俺自身の素性などの事情を説明したら、どうやったのかは知らないが戸籍まで用意してくれた。メアリー曰く、「お金が有れば何でも出来るの」だそうだ。一体幾ら使ったのか分からないが、少しばかり怖くなった。また、俺の言うことを何でも信じてくれたのは、面倒にならなかったと安堵すると共に、そこはかとなく不気味さを感じてしまった。
こんな生活を続けていると、メアリーに本当に申し訳なくなってしまった。彼女は俺に肉体的スキンシップを多分に求めており、俺はそれに答えていた。しかし、余りに典型的なヒモ過ぎて物質的に満足している筈なのに、精神的には苦しさが生まれた。彼女は「シン君はそんなこと考えなくていいんですよ。私がなんでもしますから」と言って、俺が働くことをやんわりと止めた。彼女の口ぶりでは、働いて欲しくないとも取れ、俺が自立出来る様になることを心良く思っていないのではと深読みしてしまった。
流石に何もしないのであれば、心が堕ちてしまいそうだったので、料理や家事を率先して行うことにした。メアリーは魔物退治を専門とする魔術師らしく、冒険者として中々の実力者らしい。何とも心が躍るワードだが、夜中のベッドでの彼女のマウントっぷりを見るに、俺の身体では満足には出来ない仕事だと分かってしまった。あの細い身体の何処に人外の様な膂力が有るのか、とても興味深かった。割と遠方へ赴くこともある冒険者というお仕事は、家を空ける時間が多く、俺がこの家に居候することになった最初の数日は日帰りだったが、最近では二日以上家を空けることも多くなった。必然的に、料理を作る人間が居なければ行けないと思い立った。彼女は「外食してもいいんですよ」と言っていたが、俺が「君に俺の料理を食べて貰いたいんだ」と言ったら途端に「お願いしますぅ」と言って興奮し、少し他人には見せられない顔で肯定してくれた。
こうして、俺はメアリーの家で料理と掃除等の家事を行うと言う役割を持てた。最初は本格的な家事などやったことも無かったので、多いに戸惑った。少し焦げの付いた食事を出しても彼女は笑顔を絶やさずに、「感激ですぅ」と言って食べていた。恋は盲目と言った物だが、彼女の為にももう少し料理の腕を磨くべきだと奮起した。幸が不幸か、この家にはお金と立派なキッチンが有り、俺には働いて居ないが故に時間が有る。その両方を使えば、調理の腕を上げるのは然程苦労することではなかった。最も、明らかに上達した腕を見せても、彼女は変わらず同じ様に感激していただけだったが。うん、俺が作った料理と言う事実に感動しているのだろう。そう思うことで少しばかりの自尊心を癒した。「もう外では食べれません。シン君の作ったお料理美味し過ぎですぅ」と言ってくれるのは、とても嬉しいが、失敗していた頃と言っていることがそう変わらないので、本当に上手くなったのか少し疑問に思ってしまう。
費やした日数と比例する様に、俺の家事の腕は上がっていった。一人で家事をしていると、実家で全てを取り仕切っていた母がどれだけ凄かったのかを実感させられる。時が経つにつれて最適化を成し、家事をスムーズに熟せる様になると、自然と時間が生まれる様になる。ニートと変わらぬ少し前の自分と比較して、何とも時間を有意義に使えているではないかと感動しつつ、空いた時間を使って読書をすることにした。幸い、メアリーの家にはそこそこの蔵書が有り、彼女の裕福さを実感しつつも許可を貰って読むことにした。彼女曰く、危険な魔導書以外なら幾らでも読んでも良いとのことなので、遠慮なく書に耽ることにした。本の内容が面白かったのも有るが、読んだお陰で彼女と共通の話題が生まれ、会話のレパートリーが増えたのが何より良かった。また恐ろしいことに、彼女が読むのを制限した魔導書は、常人が読むと発狂してしまう様な物らしい。うっかり読みそうになって死にかけたのは今での恐怖体験だと思っている。
こんな生活を三年も続けていたら、地球での思い出が薄れていくのも仕方無いことだろう。メアリーが提供してくれる物質的満足感は、現代地球での生活を得ていた俺に取っても十分な物であり、彼女の愛を受け入れるようになってからは精神的にも満足出来るようになった。彼女の愛は深く、重く、完全に受け入れるまでは少しばかり時間が掛かった。しかし、彼女の庇護を愛と理解出来る様になれば、自分自身に素直になれた。それに、身体を何度も重ねた相手に情が湧かない方が可笑しいだろう。そして、彼女との関係が此処まで進んでしまうと、まるで夫婦の様だと自嘲してしまう。その上で、これ以上彼女との関係が深まることを少しばかり恐れている自分が居る。彼女から結婚してくれとも言われて無いし、子供が欲しいと言われたことも無い。彼女は俺のことを常に尊重するかの様に行動する節がある。もし俺の内心を察しているのだとしたら、不義理を働いている様で心が痛む。
そんな事を思っていたら、メアリーからたった今、新たに関係を進めることを言われた。
「私、冒険者を引退したいと思っているの。仕事で遠出する事が多くなって、シン君との時間がどんどん少なくなっていくことが耐えきれなくて、もう限界なの。あ、お金の事は大丈夫だよ。貯金がいっぱい有るし、私、薬師の免許持ってるからポーションの製造販売で十分儲けれるから安心して」
「つまり、冒険者を引退すれば、俺と一緒に居る時間が増えると言うことかな」
「うん、そうなの。ごめんね、シン君。私の勝手な都合で長い間家を空けている時が有って。でも安心して。これからはずっと一緒だよ」
メアリーは満面の笑みを浮かべている。生活基盤を彼女に完全に依存している身としては、収入が減るかもしれないという俗な考えが浮かんでしまったが、それは問題無いらしい。実際、彼女を好いてしまった身としては、身の危険が有る冒険業を続けていくのは、少しばかり抵抗が生まれていた所だった。ある意味では、彼女の提案は渡りに船と言った物だ。
「あぁ、安心した。メアリーにばかり危険な目に合わせてしまって、本当は心苦しかったんだ。もう危ない仕事をしないと言うなら、大賛成だ」
「それでね、えっとね、私ね、その、ね、シン君に、お願いがあってね」
珍しくメアリーは、言葉に詰まっていた。言い難いことでも有るのだろうか。
「なんだい」
「私達、もう出会って三年でしょ。私は冒険者を引退するし、これを機に、その、私達、えっと」
此処まで言われれば馬鹿でも分かる。だったら、彼女から言わせるのは、完全に砕け散った男のプライドの欠片がそれを許さない。
「結婚してくれ、メアリー。俺は君を心の底から愛している」
「嬉しい。ありがとうシン君。二人で幸せになろうねっ」
メアリーは感極まったのか、俺に抱き着いてきた。豊かな胸が懐で押し潰され、サラサラの銀髪が頬を軽くくすぐった。少しばかり彼女の好きにさせたが、何ともまぁ愛情表現が直接的で少し恥ずかしくなる。今回も、先んじて彼女が、俺に言われたら喜ぶであろうセリフを言っただけだ。彼女の望むセリフを言うことが得意になったというのは、愛が成せる技なのか、それともヒモとしての生存本能なのか分からないが、後ろめたい気持ちが少しあるので、後者なのかもしれない。
メアリーは心の底から嬉しそうな顔をしているが、それに対して今の自分の心境に少し反吐が出た。彼女を愛している気持ちは本当だが、心の隅に薄暗い打算がある。三年という時間は二人の関係を深めるには十分過ぎる程だが、俺にはまだ、彼女に捨てられるかもしれないという不安が有る。彼女の愛を信じきれない自分に腹が立つ。しかし、ヒモでしか無い自分が彼女に返せるのは精神的、肉体的な愛だけだ。家事を行うだけで生かして貰えるのは破格である。しかし、彼女から受ける恩恵と比べると、余りに足りない。だからこそ、結婚と言う絶対の繋がりを求めてしまうのは、俺の弱さに他ならない。彼女に縋ることしか出来ない俺の不出来を自責してしまう。
次の日。メアリーの家に多くの人間が訪れた。なんでも、彼女の仕事仲間らしい。彼らは、メアリーは自分達の仕事の大事な要なので、どうしても仕事を辞めて欲しくないと主張した。
「誰よ、この美男子」
初対面の癖に何とも慇懃無礼な女性だ。しかし、文句を言うにも、腰に提げた剣が恐ろしくて口を噤むことしか出来ない。黒髪ロングな美人さんが台無しだ。
「えっとね、クレア。彼は、その、私のぅ、恋人です」
「嘘でしょ!?アンタ、外で男作ってたの!?まさか、引退するって」
「はい。私と、シン君は、この度結婚することを決めました」
照れくさそうに言うメアリーはとても愛いが、結婚と言うワードを聞いたクレアさんは、顔を真っ青にして、その後に真っ赤にした。なんとも、まぁ。顔色がコロコロ変わる人である。
「おめでとうございます。それならば、最初に言って下されば良かったのに。祝福しますよ。結婚式には是非呼んで下さいね」
「ありがとう、セシリア。当然、貴方達は呼ぶつもりよ」
混乱しているクレアさんを無視して、メアリーはセシリアさんと穏やかに会話している。ここだけ切り取れば、ただの女子会の様相だが、実際には彼女らは強大な魔物を討伐する冒険者であることを考えると、随分とギャップを感じる。銀髪と金髪が並ぶと絵になるなぁ、と軽い事を考えてしまったが、彼女らは百戦錬磨の実力者であることを考えると、舐めて見れない相手だと嫌でも理解してしまう。
「えっと、メアリー、本当に冒険者止めるのん?それは困るのん。あたち、今月ピンチで困ってるのん。もっといっぱい冒険したいのん」
「クララ、また貴方は賭博でスッてしまったの?困った子ねぇ。でも、私、シン君と一緒に濃厚な新婚生活を送るの。冒険する時間なんて無いわ」
クララさんの見た目はどう見ても童女にしか見えなかったが、賭博をする様な人らしい。別に博徒を悪くいうつもりは無いが、金に緩い人間はどうかと思う。ヒモが何言っても説得力は無いが。見た目だけなら、元気そうな茶髪の女の子なのになぁ。後、なんか語尾が特徴的な人だ。
「メアリー、アンタとは五年も一緒にやって来たのよ。アタシ達はもう誰が欠けてもダメになるほど連携を密にして来た筈。アンタに抜けられたら、現状を維持するどころか、まともに冒険も出来なくなるわ。お願い、結婚は祝うし、子供が出来てもいいから、引退だけは止めて欲しいの。新婚生活を満喫したいなら、それでも構わないから、落ち着いたら冒険に戻って。ね、お願い」
「嫌よ。冒険は危険が一杯だし、私はもう薬師として生計を立てれるからもう必要ないし。何より、シン君と一緒に居る時間が減るのが何より許せないの。彼と一緒に居れない時間が増えるなんて耐えられない」
二人の話し合いが過熱していったので、紅茶でも淹れることにした。沢山話すと喉の乾きも早いだろうから、その為に紅茶が必要になる筈だ。
キッチンにて紅茶を五人分容易していると、セシリアさんが話しかけてきた。
「アンタ、名前は?」
「シンジです」
「シンジさん、ね。貴方はいつ頃からメアリーと恋人のなったのかしら」
「三年前くらいですね。露頭に迷っていた所を彼女に拾われて、この家にずっと住まわせて貰っています」
「あら、そんなに長い間付き合っていたの?あの子、恋人が居る素振りなんて一切見せなかったから、全然気が付かなかったわ」
「メアリーは俺との関係を一切話していなかった?」
「そうなの。私達、ちょっと冒険に力を入れていてね。男を作っている暇なんて殆ど無かったの。まぁ、メアリーは別だったみたいだけど」
「ところで、貴方は仕事は何を」
「紅茶が冷めてしまうと行けないので、話は此処までと言うことで」
「えぇ、そうね」
無職であることを指摘されるのは別に何とも思わないが、それを自分で言うのは少しばかり憚られる。だから、話を切って落とした。問題の先送りにしか見えないが、どうせ後に知られるのなら、今でなくてもいいだろう。
メアリーとクレアさんの議論は、先ほどよりも激しくなっている。それを不安そうにクララさんが見ているといった様相だ。ほぼ喧嘩をしているレベルでの会話は、一触即発な雰囲気を醸し出している。
「二人とも少し落ち着いて。紅茶でもどう?」
二人はいったん会話を止め、席に座って落ち着いた。俺は二人にポッドから紅茶を淹れた。
「シン君の淹れてくれた紅茶は何時でも美味しいですぅ」
「美味っ。なにこれ、恐ろしいぐらい美味しいんだけど。こんなの飲んでたら、もう普通の紅茶じゃ満足出来なくなるわ……」
「ささっ、セシリアさんとクララさんもどうぞ」
「まぁ、美味しい。貴方、もしかして貴族家の執事でもしていましたか?紅茶を本当に巧く淹れれるのは貴重な技術ですよ」
「美味しいのん!やばいのん。美味しすぎて死んじゃうのん。一財産築けるのん。あんちゃん、あたちと一緒に商売しないかのん?」
大絶賛だ。メアリー以外に淹れたことは無かったが、此処まで褒めて貰えるなんて感激だ。まぁ、彼女以外に淹れるつもりは余り無い。しかし、プロに匹敵するレベルと言うならば、これで商売するのもいいかもしれない。そうすれば、彼女の為になれるかもしれない。最も、彼女の稼ぎには遠く及ばないだろうが。
「ちょっとアンタ、名は?」
「シンジです」
「シンジさぁ、メアリーと別れてくれない?」
「嫌です」
いきなり何を言うのか、この人は。
「何言っているのよ!クレア。私とシン君は、何者にも引き裂かれない親密な関係なの。運命で結ばれた間側だから、別れるなんてありえないの」
「だったら、メアリー、お願いだから冒険者続けて。結婚は、羨ましいと嫉妬もするけど、本当に祝福するから。結婚したって、冒険者は続けられるでしょう。時間だって今までと変わらないようにするから、ね」
「メアリー。俺との時間を大切にしてくれるのは本当に嬉しいのだけど、彼女らは大事な仲間なんだろう。だったら彼女らと喧嘩するのは良くないよ」
「けどぉ、シン君ともっと一緒に居たいのぉ」
「いきなり辞めようとするから諍いが起きるんだ。少しずつ仕事を減らしていって、メアリーの代わりの人を探していって、徐々に交代していけばいいんじゃないかな。どうかな、クレアさん」
諍いは何らかの障害や問題が発生することで生まれる。だったら、それを解決出来れば自然に争いも収まる筈だ。
「それが出来たら問題無いんだけど、メアリー程の実力者が居ないのが問題なのさ」
「メアリーが居ない状態を慣らしていく行くのは?」
「私達の連携は一種の美術品と同じだ。一人でも欠けたらその時点で、完成しないし、失敗作になる。赤の無いリンゴの絵なんて、リンゴとは判断出来ないだろう、それと同じだ」
「いっそのこと、みんな辞めれば良いじゃない。クレアとセシリアは別に困らないでしょう。クララは多分死んじゃうけど」
俺の恋人はサラリと酷いことを言うなぁ。
「そうなの!借金がヤバいのん!お金が稼げないと死んじゃうのん!」
「アタシは別に金が欲しい訳じゃない。この四人で冒険がしたいんだ」
「私は別に構いませんわ。今の仕事は、私の修行の一環に過ぎませんから」
冒険を続けたいのはクレアさんとクララさんの二人で、セシリアさんはそこまで冒険に執着が無いことが分かった。つまり、この二人を説得出来れば、この問題は収まるということだ。
「クララさんは、お金に困らなければ問題無いのか」
「そうなのん!もう博打も酒もしないのん!だからお願いのん!」
「だったら、新しい仕事を斡旋出来れば問題は無いと言うことかな」
「無理なのん、あたちはバカだから、冒険しか出来ないのん」
「メアリー。クララさんを家政婦として雇えないか?俺が家政婦としてのイロハを徹底的に仕込むから。そうすれば、俺が家事をする時間が減って二人でいる時間が僅かながら増えるし、クララさんが冒険以外で仕事が出来る様になる下地が出来る」
メアリーの為に家事を始めたと言うのに、新たに家政婦を雇うのは何とも酷い話だ。しかし、今はクララさんがお金に困るという状況を打破すればよい。これまた酷い話だが、技術を仕込めばクララさんを解雇しても彼女が露頭に迷うことは無くなるという打算もある。
「お願いするのん!メアリー、あたち、真面目に働くのん。凄い家政婦さんになるのん」
「これでクララさんの問題は解決された。さて、クレアさんですが」
「シンジ、テメェ、クララを懐柔しやがって」
マジ怖ぇ顔してる。睨まれただけで殺されそうだ。大事な仲間が、見ず知らずの男の言うことに簡単に乗ってしまったのが気に入らないのだろう。まぁ、こんなに簡単に話に乗ってしまうクララさんのことは少し心配だが。
「クレアさん一人なら、別のグループに入るのは駄目なのか」
「ふざけるなよ、シンジよぅ。アタシ達ぐらいの実力者は、高度な連携を完成させている。一人欠けるのも、一人増えるもの問題だ。アタシを欲している上位連中はまず居ない。異物を受け入れる程のスペースを空けてるのはハッキリ言って素人だ」
困ったなぁ。前提が難しい。金銭が原因のクララさんは、それを補えば良いが、クレアさんは冒険その物をしたいと言うのが面倒だ。
「お一人で冒険と言うのは」
「これだから素人はよぅ。程度を下げれば一人でも問題なく冒険出来るが、現状を維持するのは不可能だ。四人を一人で出来る訳が無いしな。そしてアタシは後退する気は無い」
今はメアリー引退に賛成に偏っている為、議論を無理に終わらせることも可能だろう。しかし、それでは円満には終われない。メアリーは俺に偏った考えをしているが、それでも彼女らとの関係を維持して欲しい。友達と別れるというのは、寂しい物なのだから。
ふと、思い直した。もしかして、と思ったことを言ってみる。さっきからクレアさんは、仲間の欠如と、他者の介入を嫌っている。憶測に過ぎないが、言うだけならタダだろう。
「クレアさんは、もしかして四人で冒険することが目的なのか」
うっ、言葉を詰まらせるクレアさん。言葉が出ないというのは図星ということだろう。
「そうだよ、アタシはみんなと冒険したいだけなんだ。五年も一緒にやって来たんだ。もっとずっと冒険をしていたいんだようぅ」
なんか、泣き出してしまった。話がメアリー引退に向かっている為、色々と限界だったのだろう。恐らく絆を重視しているクレアさんにとって、結婚を理由に辞めようとするメアリーや、元より執着の無かったセシリアさん、金さえ有れば辞めても良いと考えるクララさんは、彼女の思いを否定するように聞こえるのかもしれない。
「だったら、これまで通りに友人として関係を続ければ良いのでは?」
「強さ以外にアタシに価値なんかねぇよぅ」
涙が止まらない。泣きながら話しているクレアさんを見るのは少し心打たれる。先ほど会ったばかりの俺では、彼女の思いは完全には理解出来ないし、しちゃいけない。
「大丈夫よ、クレア。私、ずっと貴方のことを友達だと思っているわ」
「本当、メアリー」
「えぇ、別に引退するから貴方と別れる訳でも無いし、寧ろ、これからも仲良くして欲しいくらいよ」
「私もです、クレア。冒険は修行の一環でしか有りませんが、それでも今まで培ってきた友情は嘘偽りでは有りません」
「あたちもクレアのことはずっと友達だと思っているの。ずっとずっと助けてくれてとても嬉しかったの」
「みんな……ありがとう」
なんだか蚊帳の外になってしまったが、円満解決しそうになってくれて嬉しい。クレアさんの今後という問題は解決していないが……。まぁ、友情崩壊なんていう危機を脱して、更に絆が深まったみたいだから問題無いのかもしれない。
ここから先は後日談だ。簡単に言うと俺とメアリーは結婚した。今ではラブラブな新婚生活を送っている。ぶっちゃけ、やっていることは結婚前と余り変わらないが、避妊しなくなったことが最大の変化だと思う。いつか子供が出来た時の為に名前を考えているのが最近の日課だ。
結婚式ではセシリアさんの紹介で随分と立派な教会で式を挙げれた。しかし、天涯孤独の身になってしまった俺とは違う筈のメアリーは非常に交友関係が狭いのか、式場には人が少なかった。広いスペースだったので、人が少ない分閑散とした感じになったが、それでも良い結婚式を挙げれたと思う。
メアリーの仕事仲間兼友達の三人は、それぞれ別の道を辿った。セシリアは教会?に戻った。クララは現在家政婦見習いとして家で修行している。そしてクレアさんは……
「メアリー、居るぅ?」
絶賛無職生活を満喫していた。
本来の所属が別だったセシリアさんや、金に困っていただけのクララさんとは違い、貯金額がトンでもない額であるクレアさんは働かなくても良い環境を維持出来る人間だった。
時間が有り余っているので、頻繁に家に来ている。羨ましい身分だが、今の自分の方が明らかに幸せなので嫉妬することは無いだろう。
また、メアリーも貯金は腐る程有るが、彼女は色々と金の使い道を考えている為、働かないという考えにはならないらしい。
「たった今、メアリーは薬を卸に行ったよ」
「あー、惜しいなぁ。あっシンジ、紅茶淹れてくれよ。あれ以来、アンタの淹れてくれた紅茶じゃなきゃ満足出来なくなっちまったんだ」
「わかった。少し待ってくれ」
テキパキと紅茶を淹れていく。クレアさんは頻繁に来るので、好みの銘柄も分かるようになった。
「クララ、紅茶を淹れる時に大事なのは温度だ。茶葉の品質はもちろん大事な物だが、幾ら高級な茶葉であってもそれを生かすのは、淹れる人間の技量に委ねられているから」
「はい、わかったの。師匠」
「はい、かしこまりました、だ。クララ、俺は本職では無いから言葉使いは完璧ではないが、少しでも丁寧な口調に気を付けるべきだ」
「はい、かしこまりました」
「さぁ、これをクレアさんに。まだ紅茶を淹れさせることは出来ないが、配膳は出来るようになっているからね。クレアさんなら、身内だし訓練代わりにやってみなさい」
「はい、かしこまりました」
最近ではクララをそこそこ優秀な家政婦にする為に特訓させている。筋力などは彼女に及ぶべくもない俺だが、一応は師匠として慕われていた。実際問題、俺には家政婦の仕事がどういう物かは完璧に知っている訳では無いが、家事全般が俺レベルに出来る様になるまで育て上げるとつもりだ。家事より余程過酷な仕事をしていた筈のクララが、「師匠は少し、頭が可笑しい程、家事が得意なのん。あたちには無理なのん」などと弱気な事を言っていたので、もっと真剣に教えてあげなければと思っている。
クララはソーサー、カップ、ティーポットを乗せたトレイを持って居間へと向かう。俺は御菓子でも造ろうかと思い立つと、ノックの音が響き、ドアが開く音がする。誰か来たのかと思い、居間に行くと、
「すみません、お邪魔しております」
「勝手に家に上げたわ。セシリアだから良いだろう」
セシリアさんが来ていた。彼女も良く家に訪れる人間の一人だ。彼女は自身の所属する組織の中では相当な地位に居る人物らしく、時間に余裕が有るらしい。クレアさんは、まぁセシリアさんだから良いが、此処を自宅だと勘違いしていないか?
まぁ、そんな事はどうでも良いと思いつつ、増えたお客様の為に追加のティーセットを持って来ようと思ったら、
「ただいまーシン君。待ってたー?」
愛する人の声を聴いて、ティーセットを更に追加して居間に向かう。前よりも少しばかり賑やかな生活になった。新婚なのだから、二人っきりになるものだと思っていたが、まぁ、こんな形も良いだろう。
今でも彼女の愛を完全に信じ切れていない自分が居る。恥ずべきことだが、俺という人間がとても心が狭く、器の小さな男であることの証左だろう。しかし、最近ではそれが少し収まっている気がする。
俺は赤の他人に愛されているという実感が持てて居なかったのだろう。それ故に無償の愛という物を完全に理解出来ないのだと思う。三年以上もこんな関係を続けているのに、理解出来ないというのも不出来な話だが、心根は数年では変えられないということか。
それでも、今の生活はとても満足している。だったら今後、無償の愛を信じれるようになるだろう。自信は有る。これから何故ならメアリーを愛している気持ちは本物だからだ。
愛されることには自信は無い。けれど愛することには自信が付いた。ただのヒモ野郎でも、人を愛することは出来る。
まぁ、結婚したからヒモでは無くなったかもしれないが。
お読みいただきありがとうございます。
実はメアリー以外の三人の女性もそれぞれ主人公を拾う可能性が有り、それぞれ違う結末を迎えるという構想が有りました。そして、それぞれの√で主人公が伸ばす能力が変化します。
メアリー√:本編。実はヒモになるのはこの√だけ。家事技能特化。
クレア√:冒険者となって皆に協力する。一流の冒険者になるので物理的には最も強くなる。四人全員と仲良くなるので実質ハーレム√。身体能力特化。
セシリア√:セシリアが所属する教会の修道士となる。謎翻訳技能で解読困難な聖典を解析する。教会内の政争に巻き込まれるが、セシリアと共に危機を乗り越えて勝利する。最終的には全√中最大の権力を握る様になる。政治力特化。
クララ√:博徒の道を歩み、界隈では有名なギャンブラーとなる。クララをカモにしていたギャンブラーを叩きのめし、彼女の借金を返済する。賭場で荒稼ぎし過ぎてマフィアに狙われるが、逆に自分を売り込み組織の一員となる。裏社会特化。
本編では軽く流されていますが、設定上では彼の家事技能は世界に通用するレベルです。各√の特化技能も全て独学で学んでいるので、本人は意識していませんが、相当な才能の持ち主ということになっています。




