初戦闘
「前回のあらすじ」
自分たちのいる世界について情報収集を始めたリュウたち四人であったが、作業が思うように進まない。そんな中、リュウとアルテマの所属するギルド『フルムーン』のギルドマスター、バレットから、ギルド会議を開くというメールが届く。
ついにギルド全体で本格的に動き出したリュウたち。その最初の仕事は、リュウとアルテマが、バレットさんらのクエストに同行することだった。
RPGであるALOにおいて、クエストは主に、「恒常クエスト」、「ストーリークエスト」、「イベントクエスト」の三種に分類でき、さらにその中でも、「納品系クエスト」、「討伐系クエスト」、「探索系クエスト」の三つに分類される。
恒常クエストというのは、常に酒場や街の集会所などで受けることのできるクエストで、大半が納品系クエストや、雑魚モンスターの討伐クエストだ(これは村人などからの依頼だからという設定だと何かの雑誌に書いてあった)。ストーリークエストも、その名の通り、そのクエストをクリアすることで物語に影響を与えるクエスト(正確にはこれにもメイン、サブの二種類がある)。最後の探索系クエストは、基本的には「あるマップの様子を見てきてほしい」といった内容のものが多く、この類いのクエストをクリアするとフラグが立って関連した討伐系クエストが出現したり、稀にクエスト中に思わぬ場所にたどり着いて財宝が手に入ったりする。これらのクエストは、種族の大陸毎に傾向が異なり、ワービーストでは討伐が、エルフでは納品がといった、実に細かい設定が成されている。
空は青く、木々は生い茂る。
そんな森の中を僕とアルテマは「二人」で歩いていた。
ピクニックに来たなら、今日は中々にいい日和だろう。だが、残念ながら今日はピクニックに来たわけではない。
ではなぜこんなところにいるのか。
「バレットさんたちといつになれば合流できるかね?」
僕の後ろでアルテマは呑気にそんなことを言っている。すっかり忘れていたよ、彼が、マップが左下に表示されていたゲーム時代から方向音痴だったことを。
「こうなったのは誰のせいだよ、全く……」
「だーかーらー、ごめんって言ったじゃん、許しておくれよー相棒」
アルテマが後ろで手を合わせる音が聞こえたが、僕は後ろを敢えて見ない。
二人で歩き始めてから、既に三十分ほど経過した。歩いても歩いても、一向に景色は変わらない。
「あーさすがにそろそろ疲れてきたな」
僕もそろそろ限界だ。
「分かった今すぐ街に転移するか黙るか決めてくれ」
どうして僕がここまで怒っているかを、先程の「なぜこんなところにいるのか」という問いと合わせてお答えしよう。
僕たちは今、迷子なのだ。
それは数時間前に遡る。
僕とアルテマは、レンとアリスに情報収集を任せて、昨日バレットさんに頼まれたクエストの同行に向かった。
今回のクエストは、僕たちがゲームの世界に来てから行動していた、ポートベルクのすぐ近くにある、ポルタの森というダンジョンにある潮風草の納品クエストだ。実際の目的は外部調査なので、何があるかわからない討伐クエストではなく、まずは納品クエストにしようと決まった。とは言っても敵は当然出現するので注意しなければならないのだけど。
道中ではアルミラージに出くわした。アルミラージは外観はウサギで可愛らしいが、攻撃のクリティカルヒット率が他の敵に比べて高く、ポルタの森では最も警戒すべきとされていた敵だ。
幸いにもレベル差から相手が逃げ出したのだが、アルテマは大のウサギ好きで、それを見るなり「かわいい!」と叫んで追いかけいってしまった。何かあると困るので、僕が付いていき、後でバレットさんたちに合流しようという手筈だったのだが、アルテマの方向音痴が炸裂し、運悪く道に迷ってしまったというわけだ。
で、今に至る。アルテマは僕が叫んだのに少し驚いた様子だったが、謝るどころか逆ギレし始めた。
「いやだって迷ったのはしょうがないでしょ!マップだって使えないしゲーム時代と違って上から見れないんだから!」
「僕が言いたいのはそうじゃなくて、いちいち文句を言うくらいなら戻ってくれってことだ」
「じゃあクエストはどうすんのさ!」
「別に一人欠けたってクエストクリアは問題ないし、戻ってくれたって構わないさ」
さすがに言い過ぎかと思いつつも、経緯を考えると言わずにはいられない。本来こんなことをしている場合ではないんだけど……。
「大体ね、アルテマは……」
ガサガサ……
「!?」
いきなりの音に驚きつつも、すぐに二人は戦闘体勢に入る。アルテマは前で、僕はその後ろで、それぞれ武器を構えた。
近くの茂みでなにかが揺れた?まさかモンスターか?この周辺なら、さっき見たアルミラージと、ゴブリン、あとは……。ダメだ、長期間離れていたせいで思い出せない。
「まさか、初の戦闘がこんな形になるとは」
「誰かが大声あげるから……」
小声ではあるが、茂みを睨みながらも会話を続ける。こんなときでも比較的落ち着いていられるアルテマを本当凄いと思う。
次の瞬間、緊迫した空気が解かれ、初の戦闘が始まった。
「シギャアアアアァァ!」
「な、ゴブリンが四体!?」
嘘だ、ゲームではこのあたりは多くても三体が限度だったはず!
「二対四か、とにかくやるしかないな!」
前で構えていたアルテマが、勇ましく敵前に突っ込んでいく。
「待て、まだやり方が!」
アルテマは近接系職業だし盾もあるから、最悪剣を振っていればなんとかなるが、僕はどうすればいいんだ?
そんな僕の焦りを考えもせず、アルテマはゴブリンら相手に剣を振る。
取り合えず援護しないと。えっと、呪文はどうやって打つんだ?フィールド同様コマンドか?でもコマンドなんてどこにもないし……。
あれ、これ詰んでる?
自分で詠唱なんてもちろんできるわけがない。となればコマンドが出ない以上、自力で呪文を発動できないのだから攻撃手段がない!
いや、なにか代替となるようなものがあるはずだ!
そう思って必死にあれこれとやってみるがなにも起こらない。そうこうしている内に、アルテマが逃した一体がこらちにやってくる。
「ああ、もう!」
仕方ない、杖だが殴る!
本来呪文によって攻撃する魔法系職業において、MP切れ時を除いて禁忌とされているであろう、物理攻撃。アリスあたりが聞いたら血相を変えて怒りそうだが、状況が状況なので許してもらえることを願って、いざ。
ゴンッ
鈍い音がなって、ゴブリンが後ろにふらふらと下がった。うわあ痛そう。
実際彼らにとって痛いのかどうかは分からないが、少し頭を押さえているのを見ると、痛いらしい。
すると当然ながら、ゴブリンは怒ってこちらに剣を振って襲ってくる。
「うわっ!」
思ったよりも速い!
慌てて後ろに下がって攻撃を回避するが、次から次へとゴブリンが剣を振ってくるためきりがない。
ドンッ
「!?」
ふと背後にした音に驚いて振り向くと、そこには大木が。
しまった、もう下がれない!
「シギャアアアァァ!」
「なら、こうだ!」
目の前に振り下ろされる剣を、なんとか杖で止める。が、これも思ったより力が強く、重い……。
一体でもこんなに辛いなんて……。これ、アルテマの方は大丈夫なのか……?
「ぐっ」
アルテマの方の状態を確認したいが、自分のことで精一杯で見れそうにない。
初戦闘で、まさかの全滅を覚悟したその時。
ザザザアアアアン!!!
先程までアルテマのいた方で、大きな音がした。
「ギャ!?」
突然のことで驚いたのか、ゴブリンの剣の力が緩んだ。
今だ!
「せいやああ!」
僕は力一杯杖先をゴブリンに向けて突き刺した。それによって倒れるゴブリンを他所に音のした方へ向かうと、なにやら理解しがたい光景が広がっていた。
木が一本、ゴブリン三体の隣に倒れているのだ。
どういうことだ?アルテマは!?
姿の見えないアルテマを探すと、倒れた木の後ろにいた。
「アルテマ!大きな音がしたけど大丈夫か!?」
僕が声をかけても返事をせず、うつむいたまま静かに立ち上がった。
「おい、何があった!?」
「……す」
僕が近づいて肩に手をかけると、急にアルテマが顔を上げた。満面の笑みで。
「すげー!神速斬りできた!かっけえええ!」
「は?」
神速斬りって、剣士専用スキルの?でもコマンドなんてないし……。
と、頭の中で混乱してると、アルテマが状況説明を始めた。楽しそうに。
「いやさ、スキルが使えないならせめてスキルっぽく攻撃すればなんとかなるだろ!と思ってやってみたら本当に攻撃できたんだよ!」
「は、はぁ……?」
……つまり、スキルの構えを取れば自然とそれが出来るってことか?でもそんなことがありえるんだろうか……?
アルテマが盛り上がる隣で考えていると、先程倒れていたゴブリンらが立ち上がった。僕が相手をしていた一体もどうにか立てるらしく、状況はあまり変わっていない。が、ふとモンスターの頭上を見ると、なにやらゲージのようなものが見える。
「あれは、HPゲージか?」
そこのところはしっかりゲームなんだと思いつつ、再び武器を構える。するとアルテマが先程とは少し違う構え方をした。
「なんだ、その構えは?」
「いいから見てろって」
アルテマがその構えから動かずにいると、痺れを切らしたゴブリンたちが一斉に襲いかかる。
「アルテマ!」
僕が叫び、ゴブリンたちが剣を振り下ろそうとした次の瞬間、物凄い風が起こり、ゴブリンたちを吹き飛ばした。否、吹き飛ばしたのは風じゃない。剣だ。
そう、アルテマの「神速斬り」によってゴブリン四体は切り刻まれ、その速さによって風が発生したのだ。
「ぐっ……!?」
風によって目を塞いだ僕が次に見た光景は、少し遠くに剣を突き刺した状態でいるアルテマと、吹き飛ばされてゲージがなくなっている四体のゴブリンが倒れているものだった。
語彙力がほしいです。