7月14日
初めまして、Piroと申します。
友人が小説を書いているのをきっかけに、自分も何か書いてみようと思い、書き出したのがこの作品です。
ありきたりな部分、他作品に影響されている部分も多いと思いますが、楽しんでいたいただければと思います。
「そこまで。では後ろの人は解答用紙を回収してください」
試験監督が止めの合図をすると、クラス中からペンを置く音が聞こえてくる。その後には、ガッツポーズをする者、頭を抱える者、疲れはてて机に伏せる者と様々だ。
「よし、ではこれで、前期第二回定期試験を終了します」
起立、礼、ありがとうございました。チャイムと共に響くその号令は、試験の終わりを実感させてくれる。
今回はいつもより疲れたなあ……。なんとか80は取れただろうか……。
「ふう……」
僕が力なく椅子に腰を下ろし、背中を完全に預けてぼーっとしていると、左から調子の良い声が僕の名前を呼んだ。
「なんだよリュウ、もう疲れてるのか?今日はこれからが本番なんだぞ?」
「平均80を取るのは楽じゃないのさ」
「おう、言ってくれるねぇ優等生」
声をかけてきたのは、僕のクラスメイトであり、友人である桑田蓮だ。
彼とは中学三年の頃からの仲で、高校では今年、二年になってからまた同じクラスになった。二年以上の間柄ともなると、学力で茶化すのも日常茶飯事だ。
「ふたりともおつかれー!どうだった?」
そうして二人で試験の話をしていると、今度は右から女の子が声をかけてきた。振り向くと、そこには同じくクラスメイトで友人の有栖川早紀が、腰に手を当てて何やら得意気に立っている。
「俺は平均ちょい上はセーブできたと思うぜ」
「僕は各80をなんとか」
「ふっふーん。今回は勉強頑張ったんだ!だから多分龍雅よりも点数上だよ!」
男子二人組の成績を聞いて更に得意気になった早紀が、ブイサインをしながらそう言うと、隣で、そりゃ無理だろ、と小さく呟く声が聞こえた。どうやらそれは早紀にも聞こえたらしく、なにをー!と怒って蓮を叩こうとするので、なんとかその場を治める。その後、屋上で試験後の穏やかな昼食をとることにした。
僕、上原龍雅と、蓮、早紀が仲の良い理由というのは単純で、今年の春、新しいクラスになった時の席が近かったからだ。そして僕と蓮が会ったのは中学三年の時。
当時僕は受験期にも関わらず、稀に授業中、ノートにゲームキャラの落書きをしていたのだが、運悪くそれを蓮に見られてしまったのが始まりだ。偶然にもそのゲームを蓮が知っていた為意気投合し、それ以来、ゲーム仲間として日々ともにゲームを楽しんでいる。
幸いにも屋上には誰もおらず、三人でゆっくり話をすることができた。
しばらく試験の話をし、ある程度一段落ついたところでコンビニで買ったパンを片手に、蓮がスマホを見ながら
「そういや、もうアップデート実装されてるんだよな」
と言った。今日、7月14日は、僕ら三人がやっているMMORPG『Another Life Online』、通称ALOの大型アップデートの実装日。
このゲームは一年前の二月にサービスを開始し、王道ながらもそのストーリー性、キャラクターグラフィックといった点から評価を受け、今では世界で1000万人もの人がプレイしている、大人気のゲームのひとつだ。
僕と蓮がこのゲームを始めたのは中学三年の冬、ちょうど受験が終わった頃で、実質初期組と言われるプレイヤーにあたる。早紀は僕たちに影響されて4月中旬から始めたので、まだ三ヶ月弱といったところだ。
「もう最前線の人たちは入ってやっているだろうね」
初期組と言っても、学生の身分である僕たちは社会人である大人に到底敵わず、準最前線の位置にいる。更に僕は今年度に入ってからほとんど出来ておらず、ほぼ二ヶ月くらいログインすらしていない。早紀にいたってはまだ初めたばかりなので、本当に初心者であり、この三人で前線に往くのは少々危なっかしい。
「ねぇねぇ、ログインしたらまずなにやる?」
早紀が弁当のおかずを食べながら聞いてくる。
「うーん、基本としてはやっぱり追加ジョブの確認かな。蓮はなにかある?」
「俺もジョブの確認だな。多分新しい敵はそこのバランスもついてくるし」
「そっかー、折角今日に合わせて吟遊詩人をカンストさせたのになあ」
え、もうカンストしたの?と驚くと、早紀は嬉しそうにすごいでしょーと言った。
ALOでは蓮が前衛、僕が魔法攻撃系のジョブに就いていたことと、三人でやりたいからということから、回復兼支援枠として早紀が吟遊詩人をすることになった。しばらく僕がインしていなかったので、二人でやらなければいけなかったのだが、そこはどうにかなったようだ。
今回こんなに早くレベルを上げたのはサプライズも兼ねてということらしいが、昔は何ヵ月もかけてレベルを上げていたのに今では二ヶ月程度で上がりきってしまうのを考えると少し悔しい。
「でも早紀すごいんだぜ。レベルもそうだけど、飲み込みが早くてめっちゃ助かるんだ。ボス戦でも大活躍間違いなしだよ」
蓮がそう言うのだから、きっとすごいんだろう。そう思いながら早紀の方を見ると、誉めちぎったせいか天狗になっていた。
「さて、じゃあさっさと帰ってアップデート済ませますかね」
早々に食べ終わった蓮は早くも帰る支度をし始めた。こういう時だけは行動が速いのが蓮の悪いところであり良いところだ。
「あ、私は先生に用があるから少し遅れるね」
蓮が支度を終える頃にちょうど僕と早紀も食べ終えて帰る支度をしている中、早紀がふと言った。
「吹奏楽部のコンクールだっけ?次期部長は大変なことで」
「どっかの誰かさんと違ってただ遊んでるだけじゃないのよ」
「ほう、それがレベリングを手伝ってくれた人に対する態度かね?」
「あら、そのレベリングの効率を下げてくれたのは誰かしら?」
ゲーム内で何があったのかは知らないが、また口喧嘩が始まった。蓮が煽り、早紀が喧嘩を買い、僕が止める。もはやこれもいつもの光景だ。階段を下りる時間を仲介に費やし、一階の廊下に出ると、早紀だけが職員室の方へ足を向けた。
「じゃあまた後で」
「おう」「お疲れ様」と手を振って別れの挨拶をすると、早紀は職員室の方へと姿を消した。僕と蓮は靴に履き替えて少し走りぎみになって校舎を出る。家の方向はそれぞれ逆なので、校門を出たところで解散して帰宅した。
「ただいまー」
玄関の扉を開け、靴を脱ぎながらただいまと言ったが返事がない。誰もいないのかとリビングに入ってみると、テーブルの上に置き手紙が置いてあった。
「勉強合宿で週末は友達の家に泊まります、か」
置き手紙は妹の柚希のものだった。柚希は中学三年生で、今年受験だ。熱心なことに早くから受験に向けての勉強に励んでおり、週末も友達の家で友人ともども勉強漬けにするらしい。
両親は共働きで帰ってくるのも遅く、普段は柚希と二人で交代で家事等を行っているが、その妹もいない。仕方がないかと思いながら取り合えず自室に鞄を置きに行き、PCを起動する。ALOのソフトを起動し、データのダウンロード時間を見ると、26分と表示された。
少し掃除でもするか。
データのダウンロードの時間を使って家事を済ませてしまおうと思い、掃除機を物置から取り出して掃除を始めた。粗方掃除を終えて自室に戻ると、ダウンロードの方もちょうど終わるところだった。少し得した気分だ。
ダウンロード終了後、自分のアカウントのIDとパスワードを入力し、ログインサーバーの選択画面に入る。まだ午後二時半だからか、どのサーバーも混雑はしていないようだった。フレンドの人が多くサーバー1にいたので、自分もそこを選ぶ。フレンド一覧の様子からしてまだ蓮はログインしていないようだった。
「よし、ログイン!」
ヘッドフォンを付け、期待に胸を踊らせながらゲームスタートのボタンを押した瞬間、急に画面が真っ暗になってしまった。
「え、あれ……?」
まさかここまできてPCが落ちた?
急な出来事に動揺していると、何やらノイズのような音が聞こえる。つまり落ちた訳ではないのか……?
不思議に思いながらも、画面を見続けると、今度は急に眩いばかりの白い画面に変わった。
「眩し、うわッ!」
いや、ただの白画面ではなく、本物の光だ!眩しさのあまり目を閉じると、再びノイズのような音が聞こえ、同時に『Game Start』というフレーズが脳内に響いた。
……もう、目を開けてもいいだろうか?
恐る恐る目を開けると、そこには先程まであった景色が消え、代わりにどこかの都市の風景が広がっていた。通りにいるのは……獣の耳や尻尾を付けた人(?)や、背中に羽の生えた人だ。服も日本で見るものとは大分違う。
どういうことだ?そう思ったその時、背後から叫び声がした。
「なんなんじゃこりゃー!」
見ると、通りにいた人のように獣の耳と尻尾が付いている人が、頭を抱えて叫んでいた。いや、その人だけじゃない。その周りにいる人が皆、何やら動揺した様子でいる。
「一体なんなんだ……うわ!」
そんな中自分の手や体を見ると、羽や尻尾こそ生えていないものの、先程までの高校の制服ではなく、赤いコートを身に纏っている。更に背中には大きな杖があり、先端には赤い宝玉が付いている。
何がどうなっているのかわからないままもう一度辺りを見回すと、通りの先に大きな石像が見えた。
「あれって、確か……」
そうだ、あれはALOの街にあったシンボルの女神像!でもなんでここに……?
そう思った瞬間に、ここまでの景色のすべてが繋がった。
羽や尻尾が生えた人、街のシンボルの女神像、自分の服や杖。ここは、ALOの世界なんじゃないか?その考えに至った時、
なんなんじゃこりゃー!
僕も、そう叫びたくなった。
整理しよう。
ゲームを始めたと思ったら眩しい光に包まれて、目を開けたらそこはゲームの世界だった。って
「そんなことがあってたまるか……」
確かに夢見たこともあるよ。それにVR技術も発達してもしかしたらできるかもしれないというところまできてるけど。これは違う……。
街のメイン通りから少し外れたところのベンチに座りながら、さすがに頭がおかしくなったかとも思ったが、感覚がどうも偽物のようには思えない。
「……どうすればいいんだか」
人に聞くにも他の人も動揺しているし、聞けるような状況じゃない。
まいったなーと思い頭を抱えていると、再び叫び声が聞こえた。
「相棒?相棒じゃないか!?」
なんだなんだと思って顔を上げると、そこにはこれもまた見慣れた格好の人がいるなあと思ったら……
「……アルテマ?まさかアルテマか!?」
そな声の主は、ゲームALOでよく一緒に遊んでいた、相方のアルテマのようであった。アルテマが近づいてくるので、僕もベンチから腰を上げる。どうやら本当にアルテマのようだ。
「よかった、知ってる人がいて」
本当によかった。こういうときほど知り合いがいてほしいと思うときもないだろう。
「感動の再会といきたいけど、取り合えず宿屋にでも行こう。ここじゃ落ち着いて話せないだろ」
わかった。そう言ってアルテマに付いていき、宿屋の一室を借りることにした。手続きは全部アルテマがしてくれたので、僕自身は本当にただついていっただけだった。
部屋にはいるなり、両者ベッドに倒れ込む。
「助かったよ。ありがとう」
礼を言うと、アルテマはいやいやと手を振った。
「俺も相棒が来る20分くらい前に来たばかりでさ、ギルドのメンバーも誰もいないから不安だったんだ。相棒が来てくれて本当によかったよ」
二ヶ月ぶりだな、復帰おめでとう。ありがとう、と感動の再会を終わらせて、早速本題にはいる。
アルテマが20分でわかったことは、この世界がALOに準拠していると言うことで、手持ちのアイテム、所持金、ステータス等はすべて自分のアカウントのものと同じだったそうだ。
また、右手を左にスライドするとメニュー欄が出現し、そこからゲーム時代と同じように、道具、強さ、戦歴、フレンド、ギルド等各項目を見ることができるらしく、僕もやってみたところできた。
「なるほどね……」
つまり、本当にALOの世界に来たといって言い訳だ。だがだからといって、どうすれば戻れるかはわからない。
「一先ずは様子見で……」
アルテマと今後について話そうとしたその直後、フレンドがログインしたと言う通知が来た。ゲーム時代に僕がログイン通知の設定をしたフレンドはアルテマを除いて二人しかいない。
「蓮と早紀が来た……!」
突然僕が叫んだため、アルテマが驚いた様子で僕を見た。
「悪い、フレンドが来たから行ってきてもいいか?」
ああ、とアルテマに許可をもらい、話の途中だが部屋を後にして、ログインした蓮と早紀のところへ向かった。
「どこだ……!」
一応馴染みの街といっても、今の状況では人を探すのは容易ではない。その上、装備や外見はある程度決まりきっているので、似たような人に遭遇するということも十分あり得る。たしか、レンは白銀色の重鎧、早紀は薄緑の羽付帽子がトレードマークだったから多分気づきやすいはず……!
「いた、蓮!早紀!」
思ったより早く見つけられた、というか装備が前と全く変わってないな。おかげで探すのが楽だったから助かった……。僕が手を振りながら走っている姿が見えたのか、蓮と早紀も「龍雅!」と叫びながらこちらに来てくれた。
「良かった、二人とも無事だった」
息を切らして言いながら二人を見ると、早紀の方はもう泣く寸前だった。
「龍雅こそ、無事で良かった」
お互いに安否を確認し、まずは安静を取り戻す。二人をそのままにしておくわけにもいかないだろうと思ったので、先程部屋を出る前にアルテマに確認し、二人もいれていいと許可はもらっているので、そのまま二人を宿屋に案内する。
「ただいま、ごめんね。話の途中だったのに」
ただいまという声と共に、後ろでお邪魔します、という声がしたのを聞いて、無事会えて良かったな、とアルテマが言った。
「えっと、一応前にも会ったことはあるんだけど、ちょうどいいしもう一回紹介するね」
こちらがアルテマ、僕の所属するギルドのメンバーで、二人以外で僕がよく遊んでた僕の相棒。て、こちらがレンとアリス。僕の高校のクラスメイト。でよく遊んでいる二人。前にアリスのストーリークエストで一緒になったことがあるんだけと、覚えてるかな?
どうやら両者覚えていたようだが、念のため改めてそれぞれの説明をし、改めてよろしく、と互いに握手する。
ALOでは、蓮はレン、早紀は名字と名前からアリスという名前でプレイしており、僕は名前の一部からリュウという名前だ。
間違えると面倒だから、プレイヤー名で呼び会おう、と
宿屋に入る前に二人と約束した。リアルでの友人だからといってゲームでの名前があるのにそちらで呼ばなければ、混乱を招くだけだからだ。
「じゃあ二人もいるから、もう一度最初から話をしようか」
レンとアリスに一通り話をし、現状についての話はまとまった。
「クソ、どうすりゃいいんだよ!」
「元の世界に戻る方法はないってこと?」
まだ確定ではないが、現時点でわかっている情報を聞いて、二人は落ち込む。まあ、僕も例外ではないけれど。
「いまのところはね。ただ、今後解決策が出てくるかもしれない」
気休めでしかないが、今言えるのはこれだけだ。
そして、先程中断してしまった今後の話に入る。
「さて、今後についてなんだけど……」
僕を除く三人が僕を見つめる。正直、これから言うアイデアは突発的でしかないし、嫌だと言われても仕方がないんだけど……。
「この四人でPTを組んでしばらくやり過ごさない?もちろん皆がよければ、だけど」
情報収集や、緊急時の対処、ゲームの世界ということを考えて、敵が現れたときのためと、思い付く限りのメリットを後付けで言っていく。
「俺は全然構わないけど、リアルの友達なんだろ?いいのか?」
アルテマが少し申し訳なさそうに言うが、当の二人は寧ろお出迎え状態だ。
「リュウの相棒なら、心強いよ。良ければ、一緒に組まないか?」
「私も、まだ足引っ張るかもしれないけど、精一杯頑張るので!」
挨拶の時と同じように二人が差し出した手を握って
「そうか……。じゃあしばらくの間、よろしく」
アルテマは答えた。三人の了承を得たので、早速僕からパーティ申請を送る。すぐに三人が仲間に加わり、RPGの基礎となる四人PTが完成した。
「よし、じゃあまずは情報収集だ!」
レンの掛け声で三人も「おー!」と叫び、各々が宿屋から、まだ混乱した人々がひしめき合う街へと飛び出した。
後に、プレイヤーたちはこの日を、『悪夢の7月14日』と呼ぶ。