最終話~微笑み~
「彩羽。起きて下さい。遅刻しますよ」
あれから数か月。変わらぬ日常――いや、以前よりも少しだけ改善された日常がそこにあった。九十九は忙しない様子で彩羽の寝室のドアをノックしている。
彼女もすっかり人間世界に溶け込むことができている。まだ少しばかり不安な面は残るものの、それでも彼女は今の生活を満喫していた。少なくとも、以前のように陰鬱な雰囲気は漂わせていない。
しばらくドアをノックしたのち、彩羽がのんびりとドアから出てくる。彼女はふっと頬を緩めて手を挙げた。
「おはよう、キュウちゃん」
「おはようございます。彩羽。もう朝食はできていますよ」
二人は並んでリビングへと向かっていく。彩羽は自分の席に座りながら唇を尖らせた。
「にしても、お休みの日なのにどうして起こすかな?」
「早起きは三文の得、ですから」
九十九はわずかに肩をすくめてみせる。そこに浮かんでいた微笑を見て、彩羽はニま~っと笑みを作ってみせた。
それを見た九十九は不可解そうに眉根を寄せる。
「どうかしましたか?」
「いや、九ちゃんの笑顔が見れたから、確かに得したなって」
「またあなたはそんな調子のいいことを」
などと言いつつも、九十九はどこか嬉しそうである。だが、それも当然だろう。
彩羽は自分を認めてくれた。一人の人間としてでもなく、一つの道具としてでもなく、今ここにいる存在として。そんな普通のことが、九十九にとっては嬉しかったのだ。
九十九は微笑を浮かべたまま天井を見上げる。その横顔は、これ以上ないほど幸せそうだった。