第六話~涙~
放課後になって、彩羽はすぐに九十九の捜索に出かけていた。すでに雨は本降りになっていて、前方もまともに見えない有様である。念のためと思って持ってきていた折り畳み傘もすでに役目をなさない。
彩羽は諦めて傘も差さずに九十九の捜索に乗り出した。
だが、彼女たちの住む町というのはそれなりに大きい。そんな中で捜索を行うというのははっきり言って無謀である。その上、彼女が行きそうな場所の検討もついていないのだ。ただ闇雲に探しているうちに、すでに時刻は夜の八時を回っていた。
雨足は強くなる一方である。だが、彩羽は止まらなかった。彼女は額に浮かんだ汗を手で拭い、それから周囲を見渡しつつ九十九の名を呼び続ける。
しかし、それに応えるものはない。ただ虚しく声だけが響き渡る。
「キュウちゃん……どこ行ったんだろう?」
当然ながら、九十九は携帯などは持っていない。手がかりも何もない中探すのは、ただいたずらに体力と時間を消耗していくだけである。彩羽は小さくため息をついた。
(……もしかして、もう帰って……ないよね?)
九十九は家の鍵を持っていない。彩羽と一緒にいることを想定していたからだ。
それがまさかこんな事態を招くとは思っていなかっただろう。彩羽は静かに瞑目した。
「……どうしよう」
儚い呟きは雨音にかき消される。このような豪雨では前方を見ることもままならない。彩羽は大きく息を吸い、それからとぼとぼと歩きだした。すでにびしょ濡れで、体もボロボロである。
ずっと走り続けたせいか、彼女はわずかに足を引きずっている。そして、彼女の目からは大粒の雫がこぼれていた。それは雨と混じり合い、地面へと落ちていく。
もうあきらめて帰ろうか――そう思った時だった。
どこからか、誰かの泣き声が聞こえてきたのは。
彩羽ははたと足を止め、それから周囲を見渡した。だが、やはり視界はすぐれない。彼女はじっと息を潜め、聴覚を研ぎ澄ませた。
すると、確かに聞こえる。誰かの泣き叫ぶ声が。
彩羽は痛む体にムチ打ってそちらに歩み寄り、そこにいた人物を見てハッとした。
「キュウちゃん……?」
そう。そこにいるのは九十九だった。近くにいる彩羽の存在にも気づかず大声で泣き叫んでいる。
彩羽は彼女に向かって大きく声を張り上げた。
「キュウちゃん!」
「……彩羽?」
そこでようやく、九十九は彼女の存在に気づいたらしい。赤くはらした目で彼女の方を見てきた。それを受け、彩羽は口の端に笑みを浮かべる。
「探したんだよ? ほら、お家に帰ろう?」
「……いやです」
それは、九十九が初めて告げる反抗であった。彩羽は訳がわからないといった様相で立ち尽くしている。
九十九は立ち上がり、目に浮かんだ涙を拭いもせず口を開いた。
「私は化け物です。この世界にいていい存在ではありません」
「そんな……違うよ!」
「来ないでください!」
九十九は右手を銃に変え、近づこうとしていた彩羽の心臓に照準を合わせる。思わず足を止める彩羽に九十九はさらに続けた。
「近寄らないでください。死にたくないでしょう? 私はやはり人を殺すことしかできない存在なんです。過去に多くの命を奪ってきたのですから」
二人の少女は互いに向き合ったまま涙を流している。
方や後悔の涙。目の前の少女が抱えている闇に気づいてあげることができなかったということに対して泣いている。
方や罪悪感の涙。これは自分のエゴだとわかっているのに、それに無関係な少女を巻き込んでしまったことに対して泣いている。
二人の間には、雨音だけが響いていた。