五話目~雨~
九十九は学校を出た後で、ひとり近所の土手へと来ていた。彼女は憂い気な瞳で流れる川を眺めている。
「どうして……私はこんな体になってしまったのでしょうか?」
ポツリと漏らした言葉には、彼女の思いが込められていた。
九十九は普段は感情を表に出さない。いつも押し殺し、自分を抑圧している。それの反動か、はたまたこの場にいるのが自分だけという安心感からか、彼女は珍しく本音を曝け出していた。
「……私は化け物です。人殺しの兵器です。本来ならあの場所で……戦場で私という存在は終わっていた……はずだったのに」
彼女はグッと唇をかみしめ、地面を殴りつける。鈍い痛みが走るのも構わず、彼女は駄々をこねる赤子のように地面を殴打した。小石で切ったのか、その拳からは血が流れ出ている。それを見て彼女は顔面を蒼白にした。
「ひっ……!」
九十九の口から微かな悲鳴が漏れ出る。彼女の脳裏に浮かぶのは、過去の記憶だ。
かつて自分がまだ銃だった頃、人を殺した時の記憶。舞う血飛沫と肉片。飛び交う怒号と悲鳴。それらが全て彼女の脳裏を駆け巡る。
「あ……あぁっ!」
九十九は頭を抱えてうずくまる。目を閉じれば、あの時の光景が鮮明に浮かび上がる。
「違う、あれは私の意思じゃ……」
彼女は誰にともなく呟いた。
銃であったころは、感情も意思も存在しなかった。ただ使われるだけの存在だった。けれど、今は違う。人間の姿を得たことで、人間が持ちうるすべては手に入れたのだ。その弊害に、彼女は今なお苦しめられている。
気づけば、彼女の目からは涙がこぼれていた。それは凛と咲き誇る花の上に雫となって落ちていく。
――と、花の上にもう一粒雫が落ちてきた。しかし、それは彼女の涙などではない。雨だ。勢いはどんどん強くなり、やがて雨音だけがその場を支配した。
九十九は少しだけ顔を上げて、周囲を見渡した。誰もいない。
嗚呼、これならば……泣くことができる。
九十九はわずかに頬を歪め――赤子のような鳴き声を上げた。
普段の彼女からは想像もつかないような姿だ。涙をぼろぼろと流し、頭を抱えながらひたすら謝罪を口走っている。過去の罪に懺悔を繰り返している。
この雨が自分という存在を流してくれたらどれだけよいことだろう――九十九は切にそう願った。
だが、しかし、その願いは聞き入れられない。