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第四話~感情~

 教室内は閑散としていた。もう始業間近だというのに、席に着いているのはごくわずかだ。その有様に、九十九は眉根を寄せた。

「相変わらずひどいですね。勉学が学生の本分だというのに、彼らは何をしているのでしょうか?」

「ハハ、まぁ、気楽にいこうよ」

 彩羽は乾いた笑いを漏らしながら自分の席に腰掛ける。九十九もその隣にそっと腰かけて教師が来るのを待った。

 それから数分もしないうちに始業のチャイムが鳴り、遅れて教師が入ってきた。九十九は嘆息しながらその教師の方を見やる。髪もぼさぼさで、服もよれよれのだらしない男性だ。見た目的には四十代に見えるが、彼はまだ二十代である。

 老け顔の彼はそのままだるそうに出欠を取り始める。その様子に、またしても九十九はため息をついた。

 かつて彼女が生きていた時代はこんなことはなかった。規律が厳しく、学生たちは皆一様に勉学に励んでいたものである。だが、その考えは結局九十九のエゴだ。時代は変わる。かつての記憶に、彼女自身まだ縛られているのだ。

 それは彼女自身自覚している。が、だからといってそう簡単に改善できるものではない。九十九は深いため息をつきつつ、窓の外に視線をやった。そこでは鳥たちが楽しそうに空を飛んでいる。

 九十九は昔から見慣れた光景であったそれを見た後で、視界を下に落とす。そこには、コンクリートの建物やよくわからない建築物などがあった。なんにせよ、彼女が生きていた時代とはまるで違うものである。

 九十九は瞑目した。この変わり果てた世界は、彼女の心の均衡を乱す。

 本来なら、彼女の時間は昔で終わっていた。終わっていたはずだった。しかし、彼女はなぜか人の性質を得て、そしてこうして人と共に生きることになった。

 もしあの時死んでいれば――と、何度考えたことだろう。

 彼女はこの世界にとっての異端だ。人でもなく、道具でもないどっちつかずの存在。それが彼女自身嫌っていることだ。

 いっそのこと道具のまま朽ち果てていれば……。

「キュウちゃん!」

「――ッ!」

 不意に聞こえてきた声に九十九は飛び上がる。見れば、横に座る彩羽が心配そうな顔でこちらを見ていたのだ。九十九はそこでようやく、担任が自分の名前を読んでいたことに気づき、小さく声を上げた。

「大丈夫? 何かあった?」

 まただ。またしても彩羽に心配をかけてしまった。自分ごときが。人でも道具でもない自分ごときが。

 九十九は叫びたくなるような衝動に駆られた。そうでもしないと、胸の内で渦巻く感情に呑みこまれてしまいそうだったからだ。

 その感情と言うもの自体、彼女は嫌悪している。感情があるせいで悩み、苦しみ、傷つく。ならば、いっそなければよかっただろうとどれほど考えたことだろうか?

 道具の時は何もなかった。感情も、温もりも、命すらもなかった。

 なのにどうして――自分はこうなってしまったのだろう?

 九十九は再び大きなため息をつき、瞑目した。まるで自分の心と少しでも向き合おうとしているかのように。


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