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第三話~葛藤~

 それから数十分後。二人は学校へと向かっていた。しかし、彩羽は怪訝な顔をしている。

 その理由はただ一つ。隣を歩く九十九が終始辺りを警戒している様子を見せているからだ。物音がすればすぐさまそちらに振り返り、曲がり角に来たかと思えば自分から先に行って安全を確認してから手招きをしてくる。制服を着た少女がそんなことをするのは、はたから見れば浮いているように思えるだろう。

 その有様に、彩羽は苦笑を漏らした。

「キュウちゃん。そんな風に気を張らなくてもいいんだよ?」

「ダメです。最近は物騒ですから。気のゆるみが最悪死につながります」

 彼女は銃の付喪神だ。しかも、第二次世界大戦期に生まれたものだ。そのせいか、妙に思考が古いというか、前時代的なのだ。彼女はここに来て以来、ずっとこんな調子である。

 彩羽はがっくりと肩を落とし、大きなため息をつく。

 と、その時、不意に右の方で茂みから何かが出てきた。

 九十九はとっさに右腕を銃にしてそちらに向けて――硬直した。

 なぜなら、そう。そこにいたのは一匹の子猫だったからだ。何の警戒心も抱いていないような純朴な顔で九十九の方を見つめてくる。その愛くるしい瞳に、流石の九十九も怯んだように上半身を逸らしていた。

「あ、可愛い。どこの子かな?」

 彩羽はチョコンと首を傾げて子猫の首のあたりを見やる。そこには首輪がしっかりと巻かれていた。やはり飼い猫らしく、人懐っこい。彩羽は足元にすり寄ってきたその子を抱き上げた。

「可愛い~。ほら、キュウちゃんも」

 ズイッと子猫を突き出してくる彩羽。だが、九十九は戸惑った様相を見せていた。銃ではなくなった両手を伸ばしたかと思えばまたひっこめてしまう。

「……早く行きましょう」

「あっ! 待って、キュウちゃん! ご、ごめんね。バイバイ!」

 彩羽は抱えていた子猫をそっと地面に下ろしてから九十九の後を追った。かなり早足で走ってようやく追いつく。九十九は険しい表情でうつむいていた。

 その表情を見るのは、今日が初めてではない。彩羽は喉元まで出かかっていた言葉をぐっと飲み込んだ。

 九十九はたまにこのような状態になる時がある。まだ共に生活して少ししか経っていないが、彩羽はわかっていた。彼女が何かを抱え込んでいるということに。

 無論、九十九がそのことを教えたわけでも、彩羽の父親が教えたわけでもない。これは、彩羽が人の機微に気づきやすい性格だからと言うのが最適だろう。

 九十九はただ黙っているだけだ。普段は変なところで口やかましいのに、と彩羽は思う。けれど、それは自分も同じだということに彼女自身気づいていないだろう。

 と、そうこうしているうちに学校が見えてきた。それを見て、彩羽はわずかながら表情を明るくする。

「ほら、キュウちゃん! もうすぐ学校に着くよ! 笑顔笑顔!」

 九十九は横で満面の笑みを振りまく少女を見ながら、小さく息を吐く。

 なりゆきとはいえ、彩羽は自分を受け入れてくれた。しかも、分け隔てなく接してくれる。だが、それが九十九にとってはある種の苦痛だった。

 彼女は人間ではない。元は道具だ。それも、人殺しの道具だ。

 そんな自分が、果たして人から好意を向けられていいのか……それは九十九の至上命題だった。

 九十九は視線を自分の両手に移す。今見えているこれは、かりそめの肉体に過ぎない。本来の姿は、武骨で、不格好で、血なまぐさい武器だ。

 彩羽が自分に優しくしてくれているのは、この姿があるからではないか?

 もしもこの姿ではなく、道具の姿のままでいたならば、彼女はきっと自分のことなんかすぐに忘れてしまうのではないか?

 そして自分はいつしか捨てられてしまうのではないか?

 そんな思いは常に九十九について回った。元々、道具とはそういうものだ。

 人に酷使され、時が来れば忘れられ、捨てられる。

 だから、いつか自分もそうなってしまうのではないか、と九十九は考えていたのだ。

「……キュウちゃん」

 不意に聞こえてきた彩羽の声に、九十九はハッとする。顔をあげてみれば、彩羽はこれまでにないほど心配そうに顔を歪めていた。

 慌てて、九十九は口を開く。

「す、すいません、彩羽。ちょっと考えごとを……」

「大丈夫? 学校休む?」

 九十九が口を開けば開くほど、彩羽は不安そうにしてくる。それが、九十九にとってはたまらなく嫌だった。

 自分のことで誰かを不安にさせることが。

 自分のことで誰かが傷つくのが。

 思わず泣きそうになるほど嫌だった。

 だからこそ、九十九はグッと唇をかみしめ、それか無理矢理笑みを作ってみせる。

「何でもありませんよ。行きましょう、彩羽」

 言いつつ、彼女は校門をそそくさと潜っていく。その後ろ姿は、どことなく寂しげだった。


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