表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傀儡奇伝(くぐつきでん) ~行路の章~  作者: 黒崎 海
第十三章 怪談は漆闇に活きる
PR
66/227

第五話

 「兄様が言った通りの場所から、骸が出てきたんですって」


 壁に凭れて煙管をふかす朱王に向かい、洗濯物を畳みながら海華が言う。

その隣では、朱王の正面に胡坐をかいた志狼が二人の様子をチラチラ窺いながら、三つの湯飲みに茶を満たしている最中だった。

普段は滅多に煙草に手を出さない朱王だが、今朝二人が部屋を訪れた時、いつもは部屋の片隅に押しやられている煙草盆が作業机の横に置かれ、狭い室内には顔を顰めるほど苦い煙草の臭いが充満していたのだ。


 煙草の臭いに散らかった部屋、それを見てすぐに朱王の機嫌が悪い事を覚った海華は、特に文句をいう事もなく黙々と朝飯を作り部屋の掃除を終わらせていく。

それにならい、朱王を変に刺激せぬようにと当たらず障らずの態度で掃除を終わらせた志狼、昼も近くとなり、朱王の表情が朝から幾分和らぎ口数も多くなってきたところで、海華は例の件について話し始めたのだ。


 「旦那様が、兄様にお礼を言っておいてくれ、って。……あの男の父親も、お爺さんも共犯だったんだって。きっと、薬種問屋もお取り潰しになるわ」


 「そうか……。俺は、父親だのじじぃだのは気にも留めていなかったんだがな。まぁ、これであの姑獲鳥も浮かばれるだろうさ」


 そうこぼした朱王の手が煙管を煙草盆にガン、と打ち付けて雁首の火種と灰を打ち落とす。

そんな彼の前に志狼が恐る恐ると言った様子で湯飲みを差し出すと、彼は軽く微笑んでそれを受け取った。


 「昨日、桐野様から大体の事は聞いたんだが……。あの男は『薬の原料』で赤ん坊を欲しがっていたんだな」


 「あぁ、そうだよ。しかも親父や爺もみぃんな共犯だ。全くとんでもねぇ家族だぜ。赤ん坊の黒焼きが業病によく効く薬に……あ、いや、すまねぇ」


 隣に座る海華がわずかに眉を寄せたのを見た志狼は慌ててその口を閉じてしまう。

その様子に今度は海華が慌てて志狼に向き直り、困ったような笑みを見せた。


 「ごめんなさい、いいのよ志狼さん。あたしの事は気にしないで続けてちょうだい」


 「そうか? じゃぁ……」


 できれば女がいる前で話したい話題ではないが、ここで彼女を表に出してしまうのもなんだか気が引ける。

チラ、と一度朱王と目配せをしてから、志狼は軽く咳払いをした。


 「じゃぁ、続きを……。一言で言っちまうと、息子が女を孕ませて、親父が堕胎薬を渡すか医者を紹介して堕胎させる、その胎児こどもを爺が薬に仕上げる、そんな流れだ。女の方も、世間体を気にして訴えもしねぇし、堕胎おろしたなんて口が裂けても言えねぇだろう? 」


 業病に効くと口伝え広まった漆黒の粉薬、それは赤ん坊を丸ごと黒焼きにし、臼で挽いた物だった。

『最低』そう一言吐き捨てて、畳んだ洗濯物を抱えた海華がその場から立ち上がる。

硬い表情のまま長持ちに向かう彼女の後ろ姿を目で追って、朱王は煙草盆を作業机の奥へと押しやった。


 「鬼畜外道の所業……とでも言うべきだろうな。死んで当然の男が死んだんだ」


 「もっと苦しんで死ねばよかったのよ」


 「あぁ、俺も同感だぜ」


 朱王に続いて海華、志狼が憎々しげに呟く。

着物や肌着を片付け、再び戻ってきた海華は志狼の入れてくれた茶を一口啜り、朱王へ顔を向ける。

そんな彼女の横で、志狼はガリガリと己の頭を掻きむしった。


 「でよ、昨日都築様方が掘り返した骸の事なんだが……確かに孕み女だった。首の骨も折れていて、縊り殺されたってのは本当らしい。でも、腹の中に赤ん坊はいなくて、足の間から臍の緒がぶら下がっていたんだと」


 志狼の台詞に海華は勿論、さすがの朱王も言葉を失う。

臍の緒が出ていた、それはすなわち女が出産していたという事になる。


 「なら、あの男は生まれた子供だけを持ち去ったと?」


 「まぁ、そうだな。でも、生きて産まれたかはわからねぇ。死産だったもしれないと。首締められたり、腹ぶつけたり、なんかの弾みで出ちまう事もあるみたいなんだ」


 「どっちにしても、女の人と自分の子供殺したのは同じよ! 信じられない、畜生以下よ!」


 顔を赤く染め、手にした湯飲みを壁に投げ付けんばかりに怒り出す海華。

しかし彼女の怒りは当たり前、朱王も志狼も下手な言葉でなだめるのは気が引けた。


 「でも、これで『姑獲鳥さん』も成仏できるかしら? そうだ、志狼さんから聞いたんだけどね、兄様、姑獲鳥さんに、何を渡したのよ?」


 怒りが収まったのか、大きな目をパチパチ瞬かせて海華が小首を傾げる。

彼女の問いに朱王は少しばかり戸惑った風だったが、すぐに『赤ん坊の身代わりだ』と一言答えた。


 「子供の身代わり? なによそれ、もしかして兄様、どっかで赤ちゃん拐ってきた訳じゃ ……」


 「馬鹿を言うな! そんな大それた事する訳ないだろう! 人形だ、人形! 前に作った赤ん坊の生き人形があっただろう、あれを渡したんだ」


 海華の言葉に思わず壁から背中を浮かせて大きな声を上げた朱王は、先ほど海華が着物をしまった長持ちを指差した。


 「あの中にしまっていた物を手直しした」


 「あぁ……あの人形か」


 彼の指先を眺めて、志狼は思い出したように軽く手を打つ。

そう、その生き人形を彼は一度手にした事があったのだ。

他所から流れてきた姉妹が、訳ありの赤ん坊や育てられない赤ん坊を親達から譲り受け、ある寺に集め、金目当てに売り飛ばしたり餓死させた事件。

その解決に一役かったのが、ここにいる三人なのだ。


 「あの時の人形を使ったの? でもね、あの人形は頭と手足の先だけじゃなかった? 確かあたしが遣っていた人形と同じで、胴体は無かったはずよ?」


 「そうだ、だから手足と胴体を作ったんだよ。なるべく本物に近いようにと苦労したが、受け取ってもらえてよかった」


 そう言って美味そうに茶を啜る朱王を見て、志狼と海華は思わず顔を見合わせる。


 「なぁ、朱王さん。どうして朱王さんは…… あの女にそこまで親身になったんだ?」


 不思議そうに、ひどく不思議そうに志狼は目を瞬かせて問い掛ける。

今度は朱王がキョトンとした表情を見せて二人を見詰めた。


 「どうして、とは? なぜそんな事を聞く?」


 「だって……なぁ、海華」


 「そうよ。いつもの兄様なら、『関係ない、放っておけ』言うに決まってるもの。なんだかおかしいわ」


 一体朱王に何があったのか? 穴が開くほど二人に見詰められ、少々面喰いながらも朱王は渋々ながらその唇を開き始めた。


 「どうもしないさ、ただ……。ただ、あの女は似ていたんだ。俺の母親に」


 彼の口からその台詞を聞いた刹那、海華は『アッ』と小さく叫ぶ。

バツが悪そうに二人から顔を背け、作業机に頬杖を付いた朱王は更に先を続けた。


 「子供を取られたって話を聞いたとき、すぐに『あの人』を思い出した。きっと……あの人も、姑獲鳥と同じ気持ちだったんじゃないか、そう考えたら、どうも放っておけなくなった。俺が出来るのは人形を作る事だけだから……」


 少しでも慰めになればいい、そんな思いであの人形を作り上げたのだ。

遊女であるが故、この世に生まれた直後すぐに引き離されてしまった実の母親、自分に会いたいと言う彼女を冷たく拒絶してしまった己。

そんな後ろめたさが、まだ自身の中に燻っているのだ。

赤ん坊の人形を愛おしそうに抱き、頬擦りして泣く女に、朱王は自身の母親を重ねていた。


 「まぁ……所詮は俺の自己満足だったんだ。 こんな物、と叩き返されても文句は言えなかった。受け取ってもらえて、本当に良かった」


 軽く唇を綻ばせて湯飲みの茶を飲み干す朱王。

そんな彼の横顔を見詰め、海華もにこやかに微笑んだ。


 「自己満足なんかじゃないわ。だって、姑獲鳥さんは喜んでくれたんだもの。兄様は、姑獲鳥さんを助けたのよ、人形がなきゃ、このままずっと浮かばれないままだったんだから。 ねぇ、志狼さん?」


 「あぁ、そうだな。海華の言う通りだ。朱王さんは姑獲鳥を成仏させたんだ。――でも、まぁ。こう言うとなんだが、朱王さんって、意外に優しいとこもあるんだな……」


 意外そうな表情でポツリとこぼした志狼に、朱王と海華の眉根が寄った。


 「なんだ、俺は血も涙もない男にみえたか?」


 「そうよ、まぁ、兄様は一見冷たくも見えるでしょうけどね。でも、本当は優しいのよ? あたし、兄様みたいに優しいひとはなかなかいないと思うわ」


 ひどく真剣な面持ちで言い切る彼女に、思わず朱王は頬を赤くして机に突っ伏してしまう。


 「やめろよ、恥ずかしい」


 「だって本当なんだもの、そんなに恥ずかしがることないじゃない」


 顔を伏せたまま動かなくなってしまう朱王の肩をグラグラ押して、海華は白い歯を覗かせる。

そんな二人を苦笑交じりに眺める志狼は、空になった湯飲みを自らの元に寄せて、急須に新たな湯を注ぎ始めた。








 「暗い淵の中から、水かきの付いた緑色の手がニュ―ッと伸びて、女の足を……」


 「だぁからぁ! もう止めて下さい! 修一郎様の意地悪――!」


 薄暗い部屋に海華の叫びと男の笑い声が混ざり響く。

消していた行燈を志狼が再び付けた時、そこには両耳を手のひらで塞いで畳にうずくまる海華の姿と、その横で呆れた眼差しを送り猪口を口に運ぶ朱王の姿があった。


 「いや、すまんすまん。海華よ、これは俺の作り話だ」


 酒精のまわった赤ら顔で呵々大笑する修一郎に酌をする桐野は、諌めるような眼差しを彼へと向けた。


 「だから、そう海華を怖がらせるなと言っておるだろう。海華、今の話は全部嘘だ、安心せい」


 志狼の手を借り身を起こす彼女に小さく微笑んだ桐野、目尻に薄ら涙を浮かべる海華は一度鼻を啜りつつ指先で涙を拭った。


 「もう怪談話は止めにしましょうよ……もう、お化けと関わるのは真っ平ですもの」


 掠れた声で告げる海華、この日、修一郎と朱王は事件解決の祝いと言う名目で桐野の屋敷に呼ばれていたのだ。

男達も酒も進み、良い頃合いとなって始まったのが、またもや怪談話だったのである。


 「そうだな、怪談話は幽霊を引き寄せるとも言われる。また妙な事件に巻き込まれるのはかなわん。怖い話はこれで終わりだ、終わり」


 ぽんと一つ手を打って、桐野はあっという間にその場の空気を変えてしまう。

ほっと胸を撫で下ろした海華が隣に座る朱王に酌をしようと徳利を持った時、彼女はあら、と一瞬驚いた表情を見せた。


 「あら、こんなに軽いわ。兄様、一人で飲んでたの?」


 「あぁ、お前がキャーキャー騒いでちっとも相手をしてくれないからな。一人寂しく手酌でやっていた」


 どこか拗ねたように言う朱王の言葉を聞いていた修一郎と桐野は顔を見合わせ苦笑いだ。


 「やだ、ごめんなさい。すぐに新しいの用意するわ。修一路様も旦那様も、少しだけお待ちください」


 空になった徳利を盆に載せ、慌ててその場を立ち上がった海華は障子に手を掛けた瞬間ピタリと動きを止めてその場に立ち止まってしまう。

一向に障子を開けない彼女に首を傾げた朱王、と、すぐに志狼が立ち上がり障子を開いた。


 「ほら、行くぞ。旦那様、私も少し失礼します」


 軽く修一郎らに頭を下げて、志狼は海華の背中を軽く押し部屋を出て行く。

そんな二人を見送った朱王は、ニヤ、と口角を軽くつり上げる。

きっと海華は一人で台所に行くのが怖いのだろう、いや、もしかして暗い廊下を歩くのも怖いのかもしれない。

怖い話を聞いた今では猶更だろう。

そんな事を考えながら猪口を唇に運ぶ朱王の横顔を、行燈の炎が柔らかく揺らした。







 「ごめんね志狼さん。手間かけさせちゃった」


 徳利を乗せた盆を手に、海華は志狼の背中に小さく謝る。

と、志狼はその場で足を止めて彼女の方へ軽く振り向きニヤ、と唇を上げた。


 「なに、迷惑なんかじゃねぇよ。この暗いところを一人で歩くの怖えぇだろう? それに、こうでもしねぇと二人でいられねぇしな」


 右手を伸ばして彼女を自分の方へと引き寄せ志狼が囁く。

照れ臭そうに彼に寄り添う海華の黒髪を光の粒が彩っていた。

月明かりだけが光源となる暗い廊下、足裏に感じる冷たさが、今はなぜか心地良い。

盆の上でカチャカチャとなる徳利と、二人の足音だけが聞こえる空間。

夏だと言うのに、なぜか虫の音一つ聞こえてこない。


 「……静かね」


 「あぁ。俺達しかいねぇみたいだな。――修一郎様、今夜はどのくらい飲まれるんだろうな」


 志狼の口から零れた台詞、それは修一郎に早く帰って欲しい、そんな思いの表れなのだろう。

だが、海華はそんな彼を咎めることなくその場で足を止め、左手で志狼の袖を軽く引っ張った。


 「ここなら、誰にもみられないわ。少しくらいなら……兄様達にも怪しまれないし」


 そう言いながら、海華は手にしていた盆を静かに廊下へと置く。


 「そうだな、なら、少しだけ」


 口元を綻ばせ、彼女を抱き寄せた志狼はその身体を壁に軽く押しつける。

廊下の片隅で重なる二つの影、志狼の背中に回された海華の両手がやんわりと着流しを掴み、息継ぎの軽い吐息がその唇から漏れる。

全身に感じる志狼の体温に潤み始めた目をそっと開いた彼女の視界の端に、ボゥッ、と青白い光が浮かんだ。


 「え、っ!? なに……?」


 ビクリと身体を跳ねさせて、怯えた表情で志狼にしがみ付いた海華。

そんな彼女をきつく胸に抱き締めて、志狼は素早く周囲を見渡す。

と、自分達の右側、ちょうど海華の斜め向かい辺りにある庭先の松の木が生えている辺りで青白い燐光が一つ、二つと浮かび上がる。

冷たく揺らぐ光は瞬く間に増えて一塊となり、それは小柄な人型を成した。


 「誰、だっ! 誰かそこに……」


 微かに震える、しかし相手を威嚇する声色を光る人影に向かって発した志狼。

それに答えるように『オギャァ……』と微かな赤ん坊の泣き声が聞こえた。

ここでは聞き慣れない赤ん坊の声、思わず志狼の陰から顔を覗かせた海華の目の前で、燐光は一人の女の姿となる。

瓜実顔をした女は純白の着物を纏い、慈愛に満ちた微笑みを湛えて二人を見詰める。

彼女の胸には、着物と同じ純白のお包みにくるまれ、スヤスヤと眠る赤ん坊が一人抱かれていた。


 「あ……なた、姑獲鳥、さん?」


 おっかなびっくり、志狼に手を掛けたまま女に向かって海華が掠れた声で呼び掛けると、女は小さく頷き二人に向かって深く深く一礼した。

彼女の胸に抱かれていた赤ん坊が紅葉よりもまだ小さい手をパタパタと上下に動かす。

それを合図としたかのように、青白く光る女は次第にその姿を薄れさせ、漆黒の暗闇に溶けるようにその姿を消してしまった。


 再び静寂が支配する廊下。

呆然とした様子で女が消えた松の木辺りを凝視する二人。

海華の足元にある徳利同士がぶつかり、カチャンと涼やかな音を立てた。


 「消えちゃった、わね」


 「あぁ……。今の、絶対見間違いじゃねぇよな?」


 互いの顔を見合わせて、そう呟いた二人。

二人同時に同じ幻を見るなど有り得ない。

あれは、化け物屋敷にいた姑獲鳥であるなら、胸に抱いていた赤ん坊は朱王の渡した『人形』だろう。

しかし、あの人形は『動いていた』のだ。


 「あの赤ん坊、動いてたよな? 確かに、手が……」


 「動いてたわ。もしかして、人形が本物の赤ちゃんになったのかしら?」


 信じられないといった面持ちで志狼を見詰めていた海華だが、やがてその唇に小さな笑みを浮かべて志狼の胸凭れ掛かるように今一度きつく抱き付いた。


 「おい、海華……」


 「よかったじゃない、兄様の人形が本物の赤ちゃんに変わったんだわ。きっと、あの人も赤ちゃんと一緒に成仏できたのよ。きっと、それを報せに来てくれたんだわ」


 殺められた赤ん坊の魂が、あの人形に乗り移ったのだろうか。

それとも人形自体が生を持ったのか、それは海華にもわからない。

ただわかる事は、あの親子が無事、行くべき所に行けたのだ、という事だった。


 「あたし達にも、あんな可愛い子ができるといいわね?」


 「そうだな。多分……いや、きっとできるさ。 なぁ、今夜、修一郎様がお帰りになったら……」


 後の台詞は、海華の耳元で小さく小さく囁かれる。

彼の提案に海華は頬を赤らめて、コクンと頷きながら彼の背中に腕を回した。

こうなれば、じゃんじゃん飲ませてさっさと酔い潰し、朱王もろとも帰宅させてしまおう。

そう志狼が心の内で考えた、その時だった。


 「志狼―! 海華! どこにいる、……ッッ!?」


 ドスドスと重たい足音が闇に響いた次の瞬間、廊下の曲がり角から赤鬼よろしく紅潮した修一郎がニュゥと顔を覗かせる。

廊下の端で固く抱き合う二人の姿を目にし、そして驚きに目をひん剝いた志狼とガッチリ視線がかち合った刹那、修一郎はまるで化け物を見たような面持ちでアングリ口を大開にした。


 「修一、ろ……様ッ!?」


 「え!? 嘘ッ!」


 「しろ……っ! お前達何をやっているんだっ!」


 赤い顔から冷や汗を吹き出し叫ぶ修一郎。

その尋常ではない叫びを聞き付けた桐野と朱王がこの場に駆け付け、抱き合ったまま凍り付いたように立ち尽くす二人を目撃してしまう。

さぁ、薄暗い廊下は大騒ぎだ。


 「海華ッ! おま……こんな所で何やっているんだ、はしたないッ!」


 「離れろ! どうでいいから早く離れぬか!」


 酔いもどこかへ吹き飛んでしまったのか、朱王は柳眉を逆立て二人へ向かって突進し、その後ろを行く修一郎は朱王とは正反対に今にも泣き出しそうに顔を歪める。

一人残された桐野は、曲がり角から顔を出したまま耳朶までを赤く染め、二人から目を反らしてしまった。


 「いつまで経っても戻ってこないと思ったら、ッ! 志狼っ! お前最初からコレが目的で海華と一緒に……!」


 「ちが……誤解です修一郎様! 俺はそんな!」


 「そうですよ! 誤解です! さっき、そこに姑獲鳥が……」


 「何が姑獲鳥だ! 誤魔化すならもう少しうまく誤魔化せ、この馬鹿っ!」


 廊下に置いていた猪口を蹴散らし、海華から無理矢理引き剥がした修一郎は、丸太のような腕で志狼の胸ぐらを掴み上げる。

目を白黒させて必死に弁解する志狼。

彼の横では、青い顔をした海華が鬼の形相の朱王に頭ごなしに怒鳴られている。


 『本当なんです!』胸ぐらを掴み上げられる苦しさに、志狼が悲鳴じみた叫びを上げた時、ようやく気を取り直したのだろう桐野が助け舟を出すべく四人の元に駆け付けた。


 が、相変わらず響く喧々囂々の叫び声、修一郎に蹴飛ばされた猪口のうち一本が、コロコロコロ、と廊下の端まで転がる。

転がるそれと戯れるように、青い鬼火が一つ揺らぎ消えた事に気付く物は誰もいなかった……。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ