第四話
机の上に現れた人体の一部を、朱王は無言のまま一枚の和紙に包み小引き出しに放り込む。
そして、この事は絶対海華には話すなと志狼に固く口止めしたのだ。
また余計な事に首を突っ込み、危険な目に逢われたら一大事、そんな思いから出た言葉だろう。
そんな彼の気持ちが痛いほどわかる志狼は、口を返すこともなくただ頷く。
「いいか、海華だけじゃない。この事は誰にも言うな。俺は……このまま仕事を続ける」
青褪めた表情のまま、そう呻くように呟いた朱王。
癖のある髪をガシガシ掻き回し、志狼は強く唇を噛む。
「このまま、見てみぬフリ決め込むのかよ? ―― さっき言ったことは撤回だ。これ、人の骨だぜ? なにも言わずに放っておくのか?」
「いや……。いや、このままにはしておけない。だから志狼さん、一つ頼みを聞いてもらいたい」
「頼み?」
「そうだ。これを桐野様にお渡ししてくれ。 それから、寺の家事で死んだ人達の身元を調べて、出来るなら……墓の場所も知りたいんだ」
「朱王さん、この骨が死んだ寺男のモンだと思ってるのか?」
少しの驚きを含ませた低い声色が問う。
そうだ、とも違うとも答えずに朱王は器の蓋を閉じた。
室内を満たす静寂。
その時、戸口の方から向けられるいくつかの視線が志狼の肌をなめる。
弾かれるようにそちらを振り向けば、ほんのわずかばかり開いた戸の隙間から、ワァァッ! と甲高い、歓声とも悲鳴ともつかぬ叫びが上がる。
「お化けだぁぁ!」
「逃げろー!」
バタバタと賑やかな足音に混じり聞こえる子供の叫び。
興味の塊と化した子供らが部屋を覗きに来たようだ。
「お化け、か……。確かにな」
そう独りごち、朱王はその場から腰を上げると部屋の隅に転がっている手足や胴体、首を抱えて戻ってくる。
「今は只の木偶だが、コレを塗って組み上げれば、立派な化け物だ。釈迦の形をした化け物だよ」
何かを考えるようにじっと人形の顔を見詰める彼の横顔を眺めながら、志狼は左腕の肘辺りにきつく爪を立てた。
「この器、確かに預かった。人形が仕上がったら教えてくれ。墓は……なるべく早く見つけ出す」
骨の粉末を拭き取った手拭いで器を包み、しっかりと握り締めて志狼は土間に飛び出す。
『頼んだぞ』そんな言葉と共に見送られた志狼がその足で向かったのは、主がいるであろう北町奉行所であった。
志狼が長屋を訪れて六日余りが過ぎたこの日、朱王から『人形が仕上がった』との連絡が入る。
一人では到底持ち運び出来るものではなく、秋扇の屋敷まで運ぶのを手伝って欲しいと頼まれ、志狼は長屋まで走った。
息を切らし、部屋の戸口を開けた彼の目に飛び込んできたのは、真っ白な布にすっぽり包まれた朱王の力作、釈迦像だった。
「随分とでかいな。あんたくらいはあるんじゃないか?」
「あまり小さいと迫力が無いだろう? 運ぶのは骨が折れるかもしれんが……表に荷車を借りている。それに乗せてくれ」
目の下にうっすら隈をつくり、くしゃくしゃに絡まる髪を手櫛で梳かす朱王。
どうやら徹夜をしてこれを仕上げたようだ。
朱王が頭の部分を、そして志狼が足を持ってその像を表へ運び出す。
天空からこぼれる光の矢が像を包む純白の布で反射し、二人の目を眩ませる。
きつく目を閉じ顔をしかめた志狼の耳に、『お化けだ』とはしゃぎ騒ぐ子供らの声が木霊した。
頭上からジリジリ照り付ける陽射しの中を荷車を押し、秋扇の屋敷を訪れた二人。
作品の完成を首を長くして待ち侘びていた秋扇は、もう子供のように歓声を上げ喜びを爆発させて二人を出迎えた。
屋敷についた頃には全身汗まみれ、純白の布地に汗を滴らせ、釈迦像を蔵の中へと運び入れた朱王はそれを蔵の一番奥へと設置する。
地獄巡りの最後を締め括る釈迦像、罪深き罪人達を救うその像は、未だ白い布の向こうにその姿を隠したままだ。
「思ったより時間が掛かってしまいました、 申し訳ありません」
「とんでもございません先生! もっと時間が掛かるかと思っていましたもので……色々と面倒な注文をしてしまったかと、心配しておりました」
燭台を傍らに、深く頭を下げる朱王を前に秋扇は頭が取れてしまうかと思うほど首を左右に振りたくる。早く人形を覆い隠す布を取り去りたいのだろう、彼の目は興奮にギラギラとした光を放ち、頬は湯上がりの如く紅潮する。
彼から放たれる熱気、狂気すら感じさせるその様子に朱王と志狼は互いに顔を見合わせた。
「お気に召して頂けるかはわかりませんが、どうぞお納め下さい」
そう一言、朱王はゆっくと釈迦を覆う布を取り去っていく。
燭台に灯る蝋燭、その薄明かりに照らし出される柔和な、それでいて凛々しい顔立ち。
細身だがしっかりと筋肉のついた身体を薄絹で包み、繊細な細工が施された蓮華台に座り優雅に座禅を組む一体の釈迦像は、人形や仏像には全く縁がない志狼ですら息を飲むほど美しい物だった。
丁寧にムラなく重ね塗りされた胡粉が滑らかに光を反射させる肌、桜貝の粉末が混ぜられほんのりと桜色に染まる爪、優雅な曲線を描き膝の上で組まれる細くしなやかな指は無限の優しさと慈愛を表現しているようだ。
木彫りの仏像とは違う生々しさと神々しさ、そして妖艶な色気までを醸し出すその人形に目を奪われたのか、秋扇は真ん丸に目を見開いてしばしそれに見惚れる。
『美しい』何度もそう呟きながら、秋扇の震える手が柔和な微笑みを浮かべる釈迦の顔へと伸ばされる。
荒れた指先が、少女の頬に良く似た釈迦の頬をそっと撫でた、その瞬間だった。
「なんだ、これは……違う……こんなものは違うっ!」
悲鳴じみた叫びを張り上げて、秋扇の身体が雷に打たれたように跳ね上がる。
弾かれんばかりの勢いで背後にいる朱王へ振り返った彼の目は興奮した獣よろしく血走り、額には玉と化した脂汗が滲んでいた。
「先生……なぜ約束を違われたのです!? これには、この人形には、アレが使われていな い……! 」
両手をワナワナ震わせて、そう低く呻いた秋扇は今にも朱王に飛び掛からんばかり、一瞬にしてその場を支配した緊迫感に、志狼は拳を握り締めてをグッと息を飲む。
しかし、朱王はあくまでも冷静に構え無言のまま首を縦に振った。
「申し訳ない。仰る通り、先生からお預かりしたアレは、使いませんでした」
「どうしてですか!? なぜ、どうして!? アレがなけりゃ……『清さん』がいなけりゃ完成じゃない! こんな物は只の木偶だっ! 」
駄々を捏ねる子供よろしく地団駄を踏み鳴らし、髪の生え際まで真っ赤に紅潮させて怒鳴り散らす秋扇は、急にハッと目を見開き、穴の開くほど朱王を凝視する。
「先生……あんた、『清さん』をどこへやった? 返せ……返してくれ! 私の『清さん』を返してくれッ!」
先の怒りはどこへやら、みるみる青褪め悲鳴に近い叫びを上げる秋扇は、山猿の如き素早さで朱王へ飛び掛かり、その胸ぐらを力一杯鷲掴む。
『清さんを返せ!』そう喚き散らす秋扇を慌てて朱王から引き剥がした志狼はそのまま勢いあまって蔵の床に倒れ転がる。
舞い上がる埃と揺れる燭台、激しく咳き込み秋扇を床へ押さえ付ける志狼、その時、彼を目指すように真っ直ぐな光の帯が蔵の入り口から差し込み、彼の目を眩ます。
『清さんとはこれの事か?』
網膜を貫く光の向こうから聞こえた聞き覚えのある太い声色に志狼は勿論朱王も顔をしかめながら、光の彼方へ目を向けていた。
『清さんとは、これの事か?』そんな台詞と共に現れた大柄な人影。
影と一体化した黒羽織を差し込む光にさら、こちらへ歩み寄る影の顔辺りを白い陽光が照らし出す。
「都筑様!」
「おう朱王、志狼も久方振りだな」
ズンズンと重みのある足音を響かせてやって来たのは、北町奉行所同心である都筑だ。
突然現れた見知らぬ侍に、秋扇は身体と表情を固まらせる。
そんな彼を一瞥し、都筑は懐から例の器を取り出した。
「桐野様からの預かり物だ。お前、夏樹 秋扇とか申したな? お前が探している物はこれであろう? 中はあらためさせてもらったぞ」
熊のような体躯を屈めて秋扇を覗き込む都筑。
色の薄い唇を戦慄かせ、秋扇は都筑と朱王へ素早く、そして交互に視線を投げる。
「北町、奉行所……どうして、お役人様がこのような、所へ……」
「どうしてもこうしてもないわ、お前いつまでシラを切るつもりだ? 朱王から事の次第は全て聞いた。単刀直入に聞くが、お前、清之助の骸をどこへやった?」
誤魔化しは効かぬ、そんな強い意思を視線に含ませて、都筑は秋扇を睨み付ける。
ぐぅ、と一つ小さく唸ったままその場に立ち尽くし、貝のように口を閉ざしてしまう秋扇。
気まずく重たい沈黙の時が流れ、都筑が苛立たしそうに胸の前で腕を組んだ、その時だ。
「おい都筑! 都筑! いつまでこんな気味の悪い所に籠っているつもりだ!」
男にしては甲高い叫びが空気を揺らす。
声のした方向に顔を上げた志狼が目にしたのは、立ち並ぶ人形らへ怯えと嫌悪がない交ぜになった表情を向け、小走りにこちらへやって来る侍、高橋の姿であった。
「なんだ、怖じ気づいたのか? いくら気味が悪いと言ってもただの人形ではないか。ところで……墓の中身はどうだった?」
「どうもなにも、墓はどれも空っぽだ。棺桶の残骸が多少あるくらいだな。清之助の墓は勿論、和尚と親戚の女の墓も同じく空だった」
蝋燭の明かりに浮かぶ朱王らの顔をグルリと見渡し、高橋がキッパリと言い切る。
そんな彼を前に、秋扇は深く肩を落として掠れた溜め息を漏らす。
逃げも隠れもしない、その気力すら失ったような様子の彼は、やがてゆっくり面を上げ泣き笑いの表情を都筑や高橋らに向けた。
「御迷惑を、お掛けしました。全て話します……。だから……だからお願いです。それを……清さんをお返し下さい」
『お願いします』苦し気に呟いて、彼は額を埃だらけの床へ擦り付ける。
影に埋もれる悲しげな、どこか鬼気迫る彼の姿に誰もが言葉を失い、緩やかな弧を描く背中をじっと眺めていた。
都筑と高橋に挟まれるように蔵から出された秋扇は子供のように素直に、そして魂を失ったようにボンヤリと虚ろな眼差しで引き立てられて行く。
焼けた寺の寺男こと、清之助の墓はここの近くにあり、彼と住職らの骸を確かめるため桐野の命により墓が掘り起こされた。
『墓の中を確かめて欲しい』そう依頼したのは朱王である。
あの割れた歯が入っていた器を託した志狼は主の元へと走り、朱王の頼みとその器を彼へ差し出したのだ。
朱王からの言伝てを聞いた桐野はすぐに動いてくれ、その日のうちに清之助の墓を掘り返す準備が整えられた、という訳だ。
勿論桐野本人が墓堀りをするわけではなく、彼の代理として都筑と高橋が掘り起こしを見届け、秋扇の屋敷を訪れた。
清之助の墓がどんな状態になっているのか気にならない訳ではないが、あまり周りをチョロチョロしては迷惑だろう。
その日、朱王はそのまま長屋へ、志狼は屋敷へと帰る。
そして翌日の夜、桐野の遣いだと志狼と海華が長屋を訪れたのだ。
「ここへ来るのも久し振りねぇ。ちゃんとご飯食べてたの?」
酒の肴にと持参した蒲鉾や天ぷらを抱え、海華は懐かしそうに室内を見渡す。
使い倒した彫刻刀の手入れをしていた朱王は少しばかり眉を寄せ、竈に置いた鍋の中を覗く彼女を横目で見た。
「何でお前まで来たんだ? 話しなら志狼一人だけで充分だろう?」
「なによ、せっかく来て上げたのに邪魔者みたいに言わないでよね」
「なにがせっかく来た、だ。二人して屋敷を留守にしたら、桐野様に御迷惑が掛かるだろうが」
『少しは立場もわきまえろ』そう吐き捨て机へ向かってしまう朱王に思いっ切り舌を突き出しながらも、海華は前掛けを締めつつ酒の支度をし始める。
来て早々勃発した兄妹喧嘩を苦笑いして眺めていた志狼は、苦い表情を見せる朱王の隣に胡座をかき、懐から紫の風呂敷に包んだ小さな包みを取り出して、朱王の目の前へと置いた。
「旦那様からだ。秋扇があんたに渡して欲しいと。人形の代金だそうだ」
ゴト、と重たい音を立てて置かれた包みを前に、彫刻刀を拭いていた手が止まる。
依頼の品は作り上げた、報酬を得るのは当然だが、なぜか受け取って良いものか迷う自分がいる。
「あれから……先生はどうした?」
「大人しく聞かれた事は喋ってるようだぜ? ま、今更誤魔化しても仕方ねぇがな。それから……海華をここへ寄越したのは旦那様だ。たまには兄貴に酌でもしてやれ、ってな。だから、そう不機嫌になるなよ」
「それならいいが……。取り敢えず、今わかっている事を教えてくれ」
「おうよ、そのために来たんだからな。おお海華! 酒はそのまま放っておけ、蒲鉾なんざ切るだけでいいから、お前もこっち来いよ」
酒を温めながらチラチラこちらを窺う海華を手招けば、彼女は満面の笑みで室内へ飛び上がる。
畳を滑るように自分の隣へ海華が座るのを確かめて、志狼はその唇を開いた。
「まずはどこから話せばいいか……。そうだ、先生のガキん時の話しからするか。
あの先生が寺に貰われたのは、十にもなれねぇ頃だった。 海華、お前が言ったみてぇによ、寺男じゃなく てお稚児さんで貰われたようだ。
で、その寺には和尚とその親戚の女、それと寺男が一人いた。 その寺男が清之助だ。 こいつは三十路も近くの男だったんだが、一見すりゃぁ若い、誰でも振り返るような美男子だった。 ここまで言えばわかるだろうが……」
意味ありげに言葉を区切り、チラと朱王へ視線を送る志狼。
「清之助も元はお稚児か。いい年になったから、代わりとして先生が連れてこられたんだろう。なにが和尚だ、好色爺が」
汚いものを見るような目付きをして机に肘をついた朱王は、徳利が数本入れられた鍋を睨む。
しゅうしゅうと白い湯気を立てる鍋、朱王の視線を追った海華は前掛けで手を拭いつつその場から立ち上がる。
しばし無言となる二人の男の前にぬる燗の酒と、山葵が添えられた蒲鉾が出されたのは、それからすぐの事だった。
『清さんは、本当に仏様のようなお人でした。 親を亡くした孤児の私を、実の息子か弟のように可愛がってくれました。 えぇ、私も貧乏を絵に描いたような水呑百姓の子供です。 赤の他人から優しくされた覚えなど、その時が初めてでしたねぇ』
どこか恍惚の面持ちで秋扇は清之助がどのような人間だったのかを語っていく。
都筑らの詞べの中で秋扇がとつとつと語りだした真実。
酒を飲みつつ志狼の口から語られていくそれに、朱王と海華は聞き入った。
「その和尚ってのがな、俗物が頭丸めて袈裟着ただけってぇ代物だ。 酒に博打に色事が三度の飯より大好きってぇとんでもねぇ爺でよ、住処が寺だから、表だって女は引っ張り込めねぇ、だから清 之助を代わりにしていたんだな。 それか、元々男色の趣味があったのかもしれねぇ」
色の趣味は人それぞれだ、そう付け足しながら蒲鉾を口に放り込む志狼を前に苦い顔で朱王が黙々と酒を啜る。
元よりその対象で見られやすい彼は、この手の話しが一番嫌いなのだ。
『寺にいるのは生臭坊主にその親類の阿婆擦れ女……なに、言い過ぎですか? いやね、そうとしか言いようがないので、なにしろ浮気癖が直らずに三下り半を二度も叩き付けられた女でして……まぁ、それらと清さんと私だけ。
毎夜のように清さんが和尚の部屋に行き、夜更けまで何をされていたのか……気付くのに時間は掛かりませんでした』
同じ屋根の下に住む者同士、隠し通せる筈はない、そう思っていた朱王と海華だが、志狼からの続きを聞いてびっくり、和尚と清之助の『現場』を見せたのは同居していた『阿婆擦れ女』だったのだと言う。
「嫌ねぇ、その人。阿婆擦れってより色気違いじゃないの」
自分用にいれた茶を前に朱王へ酌をする海華の目は真ん丸に見開かれる。
「色気違い……とはまた違うが、まぁろくでもねぇ女だったのは間違いねぇさ。正直、知りたくなかったと言ってたらしいぜ、先生」
『当たり前だな!』そう短く吐き捨て、一気に猪口の酒をあおる朱王は、やおらそれを放り投げ腰を上げると湯飲み茶碗を二つ手に戻ってくる。
それを一つ志狼へ渡し、海華へ酌をするように命じて自分は手酌で縁の欠けた湯飲みへ酒を注いだ。
「…… 朱王さん、やけに荒れてるな?」
「まぁ、他人といえども同業者だから……」
柳眉を逆立て怒る朱王に聞こえぬようヒソヒソと声を潜めて話す二人。
そんな彼らをジロリと睨め付け、朱王は話を続けるよう志狼へ目線だけで促す。
『お侍様、貴方様にお分かりになりますか? 心の底からお慕いしている方が、目の前で穢されていくのを見る気持ちが。 清さんをただ慕っていたのか……愛おしく思っていたのか、それは私にもわかりません、ですが……私は憎かった。和尚もあの女も、殺したいほど憎かったのです』
どこか哀しげな眼差しで秋扇はそう語ったという。
しかし、次に志狼の口から出た言葉に海華は勿論朱王までもが驚愕の表情を見せた。
「でもよ、先生は和尚と女は殺してねぇってんだよ。 なんでも、和尚と女が刺しつ刺されつ共倒れ、 清之助はその巻き添えを食らって死んだと言ってる」
「和尚と女が? なぜ殺し合わなきゃならないんだ?」
「そうよ、理由がないじゃない」
「それがそうでもねぇんだよ。女はな、段々と清之助に惚れていったんだとよ。まぁ、年はいってるが役者みてぇにイイ男だ、不思議じゃねぇわな。 で、ある晩和尚の目を盗んで乳繰り合ってたのを見付かっちまった、で、怒り心頭の和尚が鉈で二人に襲い掛かって……」
「おい、一体どうなってんだ。ありがたい仏の前で痴話喧嘩の殺し合いか?」
頭を抱えて大きな溜め息を吐く朱王。
海華もすっかり呆れ果てた様子で、新しい酒を用意するために土間へと向かう。
「そんな事、俺に言われたって仕方ねぇだろ? でよ、女の頭をかち割った和尚は清之助と取っ組み合いになって、清之助の喉首をかっ切った、その弾みで廊下から庭へ転がり落ちて、庭石で頭を打って死んじまった、と、先生は言っ てる。…… 本当かどうかはわからねぇがな」
蒲鉾の端にたっぷりと山葵を乗せて頬張る志狼は、鼻を抜ける辛味に小さく呻いて額を叩く。
目尻に涙を浮かべて鼻の下を擦った彼は、再びその口を開いた。




