第四話
やっと海華が泣き止んだかと思いきや、今度は怒りに顔を赤く染めた朱王が姿を現し、客間には更に嫌悪な雰囲気に包まれた。
志狼とどんな話をしたのか、修一郎が問いただせど、朱王から返るのは『あいつは話しにならない』そんな忌々しげな答えだけ。
当の志狼は部屋を出て行ったきり帰ってこないときては、さすがの修一郎も桐野もお手上げ状態だ。
結局、気持ちの整理をつける時間も必要だ、との桐野の一言により、この日はそれぞれ解散となった。
清蘭とお藤を送りがてら帰宅すると、玄関先で桐野から提灯を受け取る修一郎と雪乃、本来ならば志狼の仕事だが、今日ばかりは無理矢理引き立てるのは忍びないのだろう。
桐野は特に何も言わず、四人を見送りに出る。
その間、朱王と海華は客間に二人残される形となった。
「兄様ごめんなさい……」
泣き腫らし、赤く充血した目を瞬かせ、畳にへたり込む海華が、蚊の鳴くような声を出す。
がっくり肩を落とす彼女、その背後にある行灯の光に目をやる朱王の眉間には、今だ深い皺が刻まれたままだった。
「お前が謝ることじゃない、勘違いは誰にでもある。それよりお前……」
『これからも、志狼とやっていけるのか?』
自分から視線をそらす兄の口から出た一言に、海華は軽い目眩を覚える。
胸の奥からせり上がる悲しさと苦しさは、鉄の塊の如く心を押し潰していった。
「それ……どういう意味?」
「そのままの意味だ。お前も見ただろう? あいつは、お前を残して逃げた。庇いも何もしないで逃げたんだ。そんな男と……これからも一緒に暮らせるのか?」
次第に厳しいものと変わる台詞に、海華の肩が小さく震える。
なぜ海華がこんな目に遭うのか、怒りと腹立たしさをぶつけるべき相手は今だ雲隠れ、『逃げてはいない』先ほど聞いた台詞も白々しいものに感じてしまう。
嫁には出したが、可愛い妹に変わりはない。
見捨てるような真似をされた以上、黙って帰る訳にはいかなかった。
「桐野様には申し訳ないが、志狼があんな男だとわかっていたら、お前を嫁にはやらなかった。お前さえよければ、帰って……」
「嫌よ」
兄の言葉を遮るように、うつ向いたままの海華は低い声色で否定の台詞を紡ぎ出す。
睨むが如き厳しい目付きで兄を見据える海華の瞳には、激しい怒りと固い決意が秘められていた。
「志狼さんは、絶対にあたしを見捨てたりなんかしない。さっきだって、逃げた訳じゃない」
涙をこらえているのか、顔を真っ赤に染めて声を震わせる海華は、見ていられないほど痛々しい。
『そう思いたいのはわかる』口許まで出掛かった言葉は、永遠に朱王の胸の中へと消えた。
「兄様、言ったじゃない。ちょっとやそっとで戻ってくるな、って。あたし帰らない。ここが、あたしの家なんだから。志狼さんは、あたしの大事な人なんだから!」
ばん! と勢いをつけて立ち上がる海華の目から、一筋の涙が滴り落ちる。
怒っているのか、それとも泣き叫びたいのか、どちらともつかぬ表情に顔を歪める彼女の唇が、『帰って』と冷たい台詞を吐き出した。
『身の振り方をよく考えておけ』 そう言い置いて、朱王は屋敷を後にした。
そんな彼を玄関先で海華と共に見送った桐野も、そのただならぬ雰囲気に何かを覚ったのであろう、表情を固くしつつ、隣に佇む海華へ視線を向ける。
「―― 海華よ、今回は残念だったが……もう二度と子ができぬ訳ではない。あまり気落ちするな」
「は、い……。旦那様、ご迷惑をお掛けして、なんとお詫びしてよいのか……」
とんだ騒ぎに主を巻き込んでしまった、心を締め付ける罪悪感と、穴があったら入りたい恥ずかしさに苛まれ、海華は深々と頭を下げる。
そんな彼女を労るように、暖かな手のひらがそっと肩へ置かれた。
「要らぬ心配を致すな。なにが迷惑なものか。お前は、自分の身体を心配しろ。お前も志狼もまだまだこれからだ。子供とて二人でも三人でも好きなだけつくればよい。ただ、あまり焦るでないぞ?」
にっこりと柔らかな笑みを投げ掛けてくれる桐野と同じ表情を作り出し、小さく頷く海華。
彼は、客間で朱王と交わした会話の内容を何も知らないのだ。 話したい、しかし話せない。
そんな苦しい気持ちをひた隠し、志狼の様子を見てくる、そう告げて桐野と別れ、離れへ向かう海華の足取りは心なしか重い。
どう声を掛けてよいのか、自分を受け入れてくれるのだろうか……そんな不安だけが頭の中、そして心の中を駆け巡る。
いつもより時間を掛けて辿り着いた離れ。
閉め切られた襖のわずかな隙間からは、糸のように細い柿色の光が黒い廊下へ伸びていた。
告げる言葉も見付からないまま、そろそろと音も立てずに戸口を引き開ける。
火鉢の火も火力が落ち、肌を粟立てるような冷気が満ち初めた室内で、志狼は部屋の片隅に置いた柳行李に屈み込み、黙々と何かを詰め込んでいた。
それは純白の産着に丁寧に縫われたおしめ、そして赤ん坊の誕生を心待ちにする雪乃や、友人らから贈られた、でんでん太鼓や木製の玩具……。
この短期間、二人を包み込んでいた幸せの名残が、それらを準備した志狼の手によって次々と片付けられていく。
自らに向けられる暗い影を背負った背中を目の当たりにし、海華は愕然と立ち尽くす。
「しろ、さん……っ! ごめん、なさい……ッッ!」
胸の中へ氷の刃を突き付けられたような痛み。
へなへなとその場に崩れ落ち、両手で顔を覆ってしまう海華の頬から、止めどなく透明な滴が滑り落ちる。
室内に響く悲痛な啜り泣き。
やがて、全てをしまい終えた志狼は静かに行李の蓋を閉じ、ゆっくり腰を上げた。
すぐ傍に彼が屈み込む、その気配を感じて、海華は泣き濡れた顔を上げた。
「もう、泣くな。お前が悪い訳じゃねぇ。 ―― さっきは、すまなかった」
苦し気に顔を歪ませて、呻くように呟く志狼に慌てて首を横に振ってみせ、小さくしゃくり上げる海華。
そんな彼女の右手をそっと取って、志狼は涙に溺れた瞳を真っ直ぐに見詰めた。
「朱王さんから三下り半を書けと言われた。 確かに、俺はお前を見捨てたと言われても仕方がねぇ事をした。……こんな俺でも、まだ一緒にいてくれるか? もし、愛想が尽きたなら……」
『朱王さんのところに帰れ』その台詞は、喉の奥にに絡み付いてなかなか出ては来ない。
こんな事は言いたくない、だが、海華がもう嫌だと言うならば、このまま自分に縛り付けておくわけにはいかない……。
骨も折れよとばかりに強く志狼の手を握り締め、海華はまたしても首を強く横へ振る。
『嫌だ』と、短く答える彼女の鼻先から滴る涙は、緋色の着物へ次々と吸い込まれた。
「嫌だ……! 志狼さんと離縁なんかしたくない、ずっと一緒にいたい……志狼さんが嫌だって言っても、あたし、志狼さんと一緒にいたい!」
わぁっ!と声を上げて泣き崩れる彼女を咄嗟に抱き締める志狼は、泣き出したいのを堪えるようにきつくきつく唇を噛む。
二人の間で押し潰された左腕が、じんわりと染み込むような痺れを生み出した……。
「―― 本当に、俺でいいんだな? これから先も、俺と一緒に……」
「何回も言わせないで……、あたしは、ずっと志狼さんと一緒がいいんだから……っ!」
自分の胸にすがり付き、声を詰まらせる海華の身体を静かに押しやって、涙に濡れた頬を一度撫でた志狼はおもむろに後ろへ手を伸ばし、柳行李を引き寄せる。
産着や玩具が一揃い詰め込まれたそれの蓋を静かに開けて、彼はここへ来て初めて小さな笑みを浮かべた。
「子供がいないって聞いた時によ、勿論悲しかったしがっかりもしたんだ。でも、その前に……これらをどうしようかって、思ったんだよな」
桐野や海華から『気が早い』と笑われながらも縫い揃えた産着におしめ、そしてあちこちの店を巡り、品定めして買い求めてた玩具や着物……。
狭い室内に置かれたそれらを、どうにかしなければ、あの時、混乱と戸惑いの中で志狼の脳味噌はそんな考えを巡らせたのだ。
「ここへ戻って来た時に、こんなのが部屋にあったら、お前きっと辛いだろうと思ってさ。早く片付けなきゃあって、そればっかりが頭にあって、それで……。逃げたって思われても仕方がねぇ事をした。―― 悪かったな」
淡々と語られる事の真相と謝罪の言葉。
じわりと胸に熱いものが込み上げてくる。
それは愛しさなのか、感激なのか、海華にもわからなかった。
「いいの……。志狼さんが、あたしを置いて逃げるはずないもの。それよりも、ありがとう……」
ぎゅっ、と志狼に抱き付いて、そっと瞼を閉じた海華の目尻から一筋の涙が滑り落ちる。
それは悲しみからではなく、言葉にならない嬉しさから生まれたものだ。
「今回は、残念だったけどな。流れたとか、お前の身体に害があった、とかじゃなくてよかった。子供ができるまで、これは大事にしまっておこうぜ」
「赤ちゃんができたら開ける、夢の箱、って事かしら?」
『上手いこと言うじゃねぇか』そう笑いながら、志狼は海華の肩を抱く。
いつか、二人でこの箱を開けるのだ。
いつかきっと、この夢を現実の物とするのだ。
「絶対に三下り半なんざ書かねぇからな。 …… 早くこれを開けられるように、頑張ろうぜ」
耳許で囁かれる台詞に、くすぐったそうに微笑みながらも、海華が小さく頷く。
肩を抱く手に己が手のひらを重ねて、彼女は志狼へ身体を預けた。
「旦那様は焦らなくて、いいって仰ってたけど……やっぱり一人目は早く欲しいわね」
「そうだな、一人目と二人目は年を近くして、三人目は少し離してつくってもいい。上手くいけば四人目も……」
「いやだ、そんなにつくるの? やっぱり志狼さん、気が早いわ」
ころころと鈴が転がるような笑い声を上げる海華も、満更ではない様子だ。
再び未来への設計図を描き始めた二人。
だが、このまま放っておけない問題が一つある。
それを解決するべく、二人は翌日、ある場所へと向かったのだ……。
二人の気持ちが決まった以上、あとは朱王を説得するだけ。
朝一番で長屋に出向いた二人が朱王の部屋で目の当たりにしたもの、それは部屋のあちこちに転がる酒瓶と割れた湯呑み、乱雑に脱ぎ捨てられた着流しや肌着の山だった。
先日、志狼がきれいに掃除した部屋のあまりの変わり様に、二人は声も出せずその場に立ち尽くす。
何をどうすればここまで乱雑に出来るのか、尋ねたい相手はどこへ行ったのか、部屋には誰もいなかった。
「……こりゃ、だいぶ荒れたな」
「こんなの初めてよ。兄様、どうしちゃったのかしら?」
惨状を前に唖然と立ち尽くす二人。
昨夜、朱王に何があったのか?
その答えは、以外にも早く出る事となる。
「あれまぁ海華ちゃん、旦那と二人でお早いねぇ」
聞き覚えのある陽気な声が背後から飛び、二人は同時に後ろを振り返る。
そこには、分厚い半纏を纏ったお多喜が幼い女の子と手を繋ぎ、柔らかな笑顔を見せている。
「お多喜さん! 御無沙汰してます。おさきちゃんも、元気だった?」
ペコリと頭を下げた海華は、そのまま子供の前へ屈み込み、白い歯を覗かせる。
おさきと呼ばれた子供は母親であるお多喜の後ろへそそくさと隠れつつ、はにかむように笑った。
「なんだいこの子は、照れてないでちゃんと挨拶おしよ。……あ、そうだ。海華ちゃん、今回は、その……残念だったねぇ。でも、まだあんたはこれからなんだからさ、気を落とすんじゃあないよ?」
志狼をチラチラ見遣りながら、お多喜は小声で海華へ声を掛ける。
昨日判明したばかりの事柄を、なぜお多喜が知っているのか、海華は驚きに目を丸くした。
「お多喜さん、その事……どうして知ってるの?」
「どうしてって、夕べ朱王さんから聞いたよ。夕べ遅く、べろべろに酔っぱらってそこの川へ落っこちてたのを、うちの人が抱えて連れてきたんだよ」
ひゅう、と吹き抜ける寒風に身を縮こませ、おさきを半纏の中へ包むお多喜の口から出た言葉に、一瞬二人の時間が止まる。
「兄様が、酔っぱらった!? あの笊が!?」
「べろべろって……嘘だろう!」
二人がほぼ同時に張り上げた驚愕の叫びが長屋一帯に木霊する。
いくら飲んでも顔色一つ変える事のないあの朱王が、へべれけに酔っぱらった挙げ句に川へ落ちるなど、志狼や海華には到底信じられなかった。
「あたしも吃驚仰天だよ。頭の天辺から爪先までずぶ濡れなんだからさ。そこで海華ちゃんの事を色々と……。あぁ、朱王さんは今湯屋に行ってるからね。それと……」
一度言葉を区切り、がさついた手を擦り合わせながら、お多喜は再び志狼をちらりと見る。
「志狼さんのいる前じゃぁ言い難いんだけどさ、朱王さんがね、『もしかしたら、海華が戻ってくるかもしれない。その時は、あまり深く聞き出さないでやって欲しい』って言われて、この子らに人形と、竹トンボをくれたのさ」
人形と竹トンボ。
それを聞いた刹那、海華の胸は締め付けられたように苦しくなる。
それは志狼も一緒、きっと二人は同じことを考えているのだろう。
お多喜も二人の様子を前に薄々気付いたのか、肉付きのよい丸顔にどこか寂しげな笑みを浮かべて、半纏の中の小さな頭を撫でる。
「朱王さんも、楽しみにしてたんだと思うんだよ。男の子か女の子かわからないから、両方作ったんだろうさ」
お多喜の台詞に、海華は無言のまま小さく頷く。 嬉しい、悲しい、切ない、申し訳ない……。
様々な感情が胸中で混ざりあい、息が詰まりそうだ。
うっすらと目尻に浮かぶ透明なものを指の先で拭う海華を、半纏の合わせ目から顔を覗かせたおさきが、どこか不思議なものを見るような目付きで眺めていた。
残った酒精で濁った思考と気怠い身体を引き 摺るように湯屋から帰った朱王が自室の戸を引き開けると、そこには綺麗に片付けられた部屋と、火鉢に炭を足す志狼、その側で外した襷を袂に押し込む海華の姿があった。
「あ、お帰りなさい」
「…… お前ら、なにやってんだ?」
風呂道具を抱えたまま、驚いたようにこちらを見る朱王へ、海華はどこか呆れたような眼差しを投げ掛ける。
湯上がりで赤らんではいるものの、彼の顔は目の下にうっすらと隈が浮かび、吐く息は未だ酒臭い。
「二日酔いの時にお邪魔してます。お多喜さんからみんな聞きました。酔っぱらって川に落ちたんだって?」
じろ、とこちらを見る海華の視線から逃れる ように顔を背ける朱王の口から、『余計な事を』とお多喜に対する恨み言がこぼれた。
「少しばかり飲み過ぎただけた。掃除は? 終わったのか?」
「たった今ね。志狼さんにも手伝ってもらいました。そんなところに突っ立ってないで、入ったら?」
『言われなくてもそうする』そう毒づき、湯道具を海華に押し付けて室内へと上がる朱王を、志狼は視線だけで追い掛ける。
定位置である作業机の前へと胡座をかいた朱王の前に、二人は並んで正座した。
「兄様、色々面倒掛けてごめんなさい。あたし、やっぱりここには帰らない。これからも、志狼さんと一緒にいる」
「朱王さん……俺、これからもずっと、海華と一緒にいてぇ。昨日は、馬鹿な真似したと思う。朱王さんにも海華にも、すまなかったと思う。それでも……俺は海華と生きていきてぇんだ」
畳に右手をつき、深く頭を下げる志狼を無言で見詰め、肺の底から息を深く吐き出す朱王。
やがて彼は作業机は方肘をついて困ったような面持ちを海華へ向けた。
「本当に、こいつでいいんだな? 後から泣いて帰ると言っても、俺は知らんぞ」
「そんなこと言うわけないじゃない。あたしが頑固なのは兄様も十分知ってるでしょ?」
ぷくりと頬を膨らませる海華は、なにかを思い出したかのように何度か目を瞬かせ、己の懐を探る。
彼女がそこから取り出したのは、朱色のお守り袋。
以前、朱王が安産を願い渡したものだ。
お守りにつけられた小さな鈴が、チリンと涼しげな音を立て、それにつられるように志狼も顔を上げる。
「これは、ありがたく頂くわ。本当に赤ちゃんができるまで、大切にする。それと……もし、女の子が産まれたら、また、子守り人形を作って欲しいの」
『子守り人形』そこ言葉が海華の口から出た途端、朱王はどこか気まずげに視線をさ迷わす。
お多喜から聞いただろう事は明白、今さら『違う』と誤魔化しても仕方が無いのは朱王自身が一番よくわかっているはずだ。
「女の子が、産まれたらな。男の時は……どうする?」
「竹トンボ辺りがいいんじゃねぇかな? なぁ、海華?」
ようやく表情を和らげて志狼が言った台詞に、海華も満面の笑みで頷く。
「そうね、兄様が作ってくれるものだもの、きっと喜ぶわよ。そのためには、まずはあたし達が頑張らなくちゃね」
にこにこ顔の海華に、志狼は……そしてなぜか朱王までもが恥ずかしそうにうつ向いてしまう。
「今度は、腹が出てから報せにこい。人形でも竹トンボでも、好きな物作ってやる」
ボソリとこぼれた呟きを耳にして、志狼と海華は顔を見合わせにんまり笑う。
どうやら、『帰ってこい』との冷たい言葉は彼の本心ではなかったようだ。
でなければ、志狼はとうの昔に部屋から追い出されているに違いない。
『お茶でもいれるわ』そんな一言と共にその場から腰を上げる海華。
いつもなら机の下から酒瓶を引っ張り出すであろう朱王も、今ばかりはその気配がない。
二日酔いのせいか、はたまた酒瓶自体が空なのか……。
「朱王さん、今回のお詫びに修一郎様や先生方をうちにお呼びして、一杯どうかと思っていたんだ。朱王さんも、来てくれるよな?」
「そうだな……。そういう話しなら、お邪魔させてもらうか」
志狼の提案を受ける朱王の頭のなかには、あの夜の酷く落胆した修一郎の顔が浮かぶ。
それぞれが歓喜し、そして落胆した今回の一件。
だが、二人にはまだまだ輝かしい明日が待っている。
新たな命が授けられる時まで、二人を見守ることが周囲のものに与えられた役目なのかもしれない。
純白の雪布団の下で微睡む江戸市中。
皆の『夢』が芽吹き、『希望』が誕生するのはいつになるのか、それは誰にもわからないことだった。
終




