表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傀儡奇伝(くぐつきでん) ~行路の章~  作者: 黒崎 海
第三十章 創作奇譚 雨の怪
201/216

第七話

 六助が語った『とっておきの話し』とは……。



 とある娘が一人の男に恋をした。

はれて結ばれた二人だが、男は妻子もち。

しょせん娘は遊び相手。

やがて所帯を持とうと迫られた男は、面倒事は消してしまえとばかり、娘を殺めて地中深くへ埋めてしまう。



 惨劇が起きたのは、シトシト小雨の振る夜だった。



 それから数年後の小雨が振る夜、男は自宅の庭で髑髏が跳ねているのを目撃する。

驚き慌てて家人を呼ぶも、もうそこには何もいない。



 それからと言うもの、娘を殺めた日と同じ小雨の振る夜、あの髑髏が男の前に現れるようになった。



 誰の作か分からぬ恋の歌を歌いつつ現れる髑髏。

とうとう精神(こころ)を病んだ男は女房子供を刺し殺し、己は川へ身を投げた……。



 それが六助のいう、とっておきの話しだと桐野は言った。



 シン、と静まり返る室内。

高橋と海華の顔からはみるみるうちに血の気が引き、朱王と志狼は互いの顔を見合わせる。



 「それって……俺や朱王さんがみた夢と同じ、だ。六助の作り話が、どうして……」



 信じられないと言いたげな志狼の一言に、桐野は一度首を振る。



 「志狼、それは違う。これは作り話ではない。六助の夢の話しだ。六助は、この髑髏の夢をよくみるのだと言っていた。自分がみた夢を本にしようとしているのだ」



 あの長屋に越してきてからというもの、月に一度は髑髏の夢をみるのだと六助は桐野に言ったのだ。



 最初は気味が悪いと思ったが、本にするには面白そうだと考え、次に書こうと決めているのだという。



 つまり、朱王も志狼も高橋も、六助が書こうとしている話の先取りをしている。

『余計に訳が分からなくなった』そう帰り道で呟いた高橋の気持ちが、朱王にはようやく分かる気がした。



 確かに気味は悪いが、六助が誰かを殺めた訳ではないし、そんな話を書くなと強制するわけにもいかない。



 こちらとしては打つ手なし。

しかし朱王はあることが引っ掛かっていた。

六助が、あの長屋に越してきてから妙な夢をみる、と語っていた所だ。



 原因は彼ではなく、あの長屋にあるのではないか?

調べたい、そんな気持ちがわき上がってくるが、桐野の手前、勝手に動くことはできない。



 そして何よりも気掛かりなのは、本を読んでしまった修一郎の事だ。

自分達と同じく、あの怪異に見舞われないだろうか。

彼の身に危険が及ばないだろうか。



 そんな事を思いながら、朱王は視線を外へと向ける。

閉じられた障子から射し込む白色の光が、不安に揺れる心に染み込んでいった。






※※※※






 空の機嫌を気にしつつ迎えた夜。

どうやら、今宵雨の心配はないようだ。

修一郎も穏やかに過ごせるだろう。

そう安堵しながら夜空を見上げた朱王の手が、静かに障子戸を閉める。



 右手の指先から伝わる軽い痺れ、無意識に指全体を撫でながら蝋燭の火を消そうとした、その時だった。



 障子の向こう側に小さな影が浮かび、『兄様』と遠慮がちな声が聞こえた。



 「どうした?」



 「ちょっと話したい事があって。入ってもいい?」



『いいぞ』そう答えれば、そろそろと障子が開き、寝巻きの上に薄い羽織ものを纏った海華が現れる。



「もう寝てた?」



 「いいや、それよりどうした? 話したい事ってなんだ?」



 燭台の前に片膝をつく朱王の隣へ腰を下ろした海華は、声を抑えて『あのね』と呟く。



 「明日、何か用事ある?」



 「いや、特には無い」



 「よかった! それじゃぁ、あたしに付き合ってくれない?」 



 唐突な頼みに、朱王は海華の顔を凝視する。



 買い物ならば、志狼と一緒に行くはずだ。

なぜだか嫌な予感がする。



 「お前、どこに行くつもりだ?」



 「どこって……六助さんのいる長屋よ」



 予感が的中してしまった。

そう思う朱王の眉間に、みるみる深い皺が寄る。



 「また余計な事を。お前が首を突っ込むことじゃない。下手に動けば桐野様にご迷惑が……」



 「そんなんじゃないわ、旦那様に頼まれたのよ。あの長屋周辺で、妙な騒ぎや行方知れずの人がいないか調べてみてくれ、って」



 朱王とは正反対に眉を吊り上げる海華の反論に、朱王は言葉を詰まらせた。



 「桐野様が? なぜお前にそんな事を頼むんだ?」



 最もだろう問いに、海華は理由を語り出す。



 まず、今回の件は正式な事件と認識されていない。

誰かの命が奪われた訳ではなく、危害を加えられた訳でもない。



 高橋が頭に怪我を負ってはいるが、自分で足を滑らせた、いわば事故であると言われてしまえばそれまでだ。



 ましてや金品被害が出ている訳でもない。

事件でないものに奉行所が関わることはできないし、桐野らも他に多くの仕事を抱えている。



 「……そこでお前に白羽の矢が立った、ってことか」



 そう言うと、海華は少し嬉そうに『そうよ』と胸を張った。



 「一人じゃ危ないから志狼さんと、って言われたけど、志狼さん明日は用事があるんだって。だから兄様、お願いできない?」



 「桐野様の頼みなら、もちろん行く。……実はな海華、俺も気になっていたんだ」



 「あ、やっぱり? そうなんじゃないかなぁ、って思ってたのよ」



 唇の端から白い歯を覗かせて海華が笑った。



 「バレてたか?」



 「何年兄妹やってると思ってるの? ……じゃぁ、明日はよろしくね」



 弾む声と笑顔を残して、海華は部屋を後にする。

障子が閉められたと同時に訪れる静けさ。

小さくなっていく足音を聞きながら、朱王は蝋燭の火を吹き消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ