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館の地下では・・・

 コツ、コツ、コツ。

 狭く暗い石造りの通路に一六の足音だけが響いていゆく。

 彼が見つけた書斎の隠し通路は、長い一本道の構造となっていた。

 足元は比較的緩い勾配の坂となっていて、どうやら地下へと通じているらしい。


 どの程度の距離を歩いたかは定かではないが、書斎から差し込む光はもうかなり小さくか細くなってしまっている。


(これ以上先に進んでも明かりが無ければ、足元も覚束なくなるのは時間の問題だろう。)


 そう彼に思わせるほどの深い闇が通路の先にたちこめていた。

 コツ……コツ……。

 闇が深くなってゆくにつれ、彼の足取りも少しずつ遅くなってゆく。


(面白い物も無さそうだし、もうそろそろ引き返そうかな?)


 そんな事を考えていた矢先である。

 カツン。

 そんな金属音と共に、彼の足に何かがぶつかった。

 暗くてよく判別出来ないが、どうやら床に設置された金属製の扉の取っ手に爪先がぶつかったらしい。


 目を凝らしてよく見ると、床の石畳の模様に似せた扉の上に取っ手の金具があったようだ。

 偶然足が当たらなければ気がつかなかっただろう。


(面白そうな物、見つけちゃった。)


 彼は跪き、扉の取っ手に手を当てる。

 扉の下には梯子が取り付けられており、ここから更に下へ通じているようだった。


(姉さんはこの先に居るのかなぁ……?)


 梯子の先は底知れぬ闇ばかりが広がっている。


(降りてみよう。)


 一六は梯子へと足をかけ、仄暗い穴の底へとするすると降りていった。




 ほどなくして彼は開けた通路のような場所に降り立った。

 先ほどの道よりもかなり広く、そして明るい場所だ。

 辺りを見るに、通路に沿って等間隔でランプとも電球ともつかないような薄い青緑をした謎の発光物体が壁に掲げられている。


 しかもその上床や壁は、先ほどの石造りの通路よりも更にしっかりとしたコンクリートのような物体で出来ているようで全体がつるつるとした光沢を帯びているのだ。

 今まで見てきた洋風の館や石造りの通路からは一転した現代風の雰囲気に困惑する一方で、彼の暮らしていた元の世界に帰ってきたようなそんなほのかな懐かしさも感じる。


 が、更に心の別の場所では慣れ親しんだ身近な雰囲気であるが故の不気味さも一六は感じていて、何とも言えない不思議な気分に包まれていた。

 彼の感じるこの複雑な感情を一言で表すなら、突然夜の校舎や病院に迷い込んだ気分といったところだろうか。


(兎に角、姉さんを探さないと……。)


 この風景に得体の知れない何かを感じつつも、彼は歩き始めた。

 カツ、カツ、カツ。

 彼の履いているヒールが地面を踏む度、石畳の時よりも高い音が響く。


(この五日間ですっかりヒールにも慣れちゃったなぁ。まぁ、走るのはちょっと無理だけど。)


 彼としてはあまり歓迎したくはないが徐々に女性の身体に染まりつつあるのかも知れない。


(流石に女性下着は未だに着用していないけど、僕がパンティーやブラをつけるようになるのも時間の問題なのかも。)


 何より下着を着用していないと、彼のスカートの内側はどうにも風通しが良すぎるのだ。

 やはり女性と男性では身体の構造からして、根本的に異なる生き物なのだと一六は思う。

 ここ数日、彼はそれをこれでもかというほど痛感させられた。


(けど、絶対に女性下着だけはつけないぞ。)


 彼はそう固く決意して、通路の更に奥を突き進んでゆく。



 

 しばらくすると、眼前に分厚い金属製の扉が見えてきた。


 扉の前で一六は立ち止まった。


 何となく彼は扉の持つ、重厚感というか威圧感に圧倒される感じがしたからだ。

 だが、すぐにそうした感情は流れ去って彼の心から消えていった。


 一六は扉に近づき、ノブを回す。


 意外なことに施錠はされていないようだった。

 彼は思い切って扉を開く。


 ギィィ……


 属同士が擦れあう時に出す独特の嫌な音を出して、扉は開いた。

 扉を抜けた先はホールのように開けた場所だった。


(暗いなぁ。)


 通路と同じように照明が設置されているが、部屋の広さに対して数が足りず彼には照明の周囲だけがぼうっと青緑色の光で浮き出て見える。

 暗くて今ひとつ判別し辛いが彼の立っている場所はどうやらホールの中央手前側で、扉を中心に左右に通路が伸びている。


 通路を挟んで向かい側にはシンメトリーのように金属製の扉が規則的に並んでいるようだが、数までは彼には判別できない。

 ホールの上側にはタラップのような足場があり、二階にも同様に金属製の扉が並んでいるのがぼんやりと彼の視界に映っている。


(とりあえず、一部屋ずつ確認していくしかないかな。)


 そう思い、彼は一番近くにある扉に近づいていった。

 そして扉のノブに手をかける。


 ガチャッ、ガチャッ。


 どうやら扉には施錠が施してあるようで、彼は開く事が出来なかった。

「ん?」

 と、そこで彼はノブの下に横長の四角い金属蓋がとりつけられている事に気がついた。

 見た所、元の世界の玄関にあったポストに似ている。


(ここから中が見れないかなあ?)


 彼は膝をつき、金属蓋を調べる。


(蓋は内側に開くようになってるみたいだ。)


 一六は蓋を押し込んで、中を覗きこんだ。

「………。」

 中は真っ暗で彼には何も見えない。

 しかし、それでも彼は諦めずじっくりと眺める。


 すると次第に闇に目が慣れてきて、ぼんやりとだが中の様子が分かるようになってきた。


 部屋の中は狭く、一番奥にベッドのようなものが横たえてあった。

 そしてそこにはっきりとは見えないが、人影のようなものが座っているように彼は見えた。


 すっ―――


 おもむろに、影が立ち上がる。


 そして驚くほどの速度で彼の方に接近し―――

 金属蓋の僅かな隙間から手を突き出して彼に掴みかかったきたのだ!


「うわっ!」

 彼は思わず、後ろに飛びすさった。


 ガツン!


 そんな衝突音がして、手はすごすごと隙間の向こうに戻っていった。


「はぁ、はぁ。」

 彼の心臓の鼓動は一気にかけあがっていた。

「は~、びっくりしたぁ。あぶなかったなあ。」

 思わず彼の口からそんな声が出る。

 とっさに下がっていなければ、首を絞められていたかも知れない。


(でも、さっきの手―――。一瞬刺青がしてあったように見えたけど。)


 もし彼のみたものが錯覚でないとするならば、さっきのは姉ではなさそうだ。


(とりあえず、もう一度確認する勇気はないし別の部屋を探そう。)


 と、一六が踵を返した瞬間である。

 

 カン  カン カン


 扉の向こう側の誰かが、扉を叩き始めた。


 ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ


 徐々にその音が大きくなり始める。

 

 ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!


 それだけではない。このホールにある他の金属扉の向こう側からも扉を叩く音が聞こえ始める。

 

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン


 やがてそれは音の大合唱となって彼の鼓膜を強く打った。

 異常な精神をその身に秘める彼もこれにはさすがにちょっと気味が悪くなってきて、その音に追い立てられるようにホールの一番奥までじりじりと後ずさっていった。


 ふと、彼の後ろにひやっとした感触が触れた。


「ひゃんっ!」

 その何とも言いようの無い感触に一六は思わずびくっとして、変な声を上げた。

 すぐさま彼は後ろを振り返る。


 幸いな事にドアの金具が背中に触れただけであった。


 ほっとすると同時に、彼はふと「この状況を自分が招いたと姉にばれたら不味いのではないか。」という考えにとらわれた。

 彼は故意にやったわけではないが、今やホールの中はちょっとした騒ぎのレベルである。


(もしバレたら、罰として一日中触られまくりそう……。)


 やっと昨日彼女のスキンシップから解放されたのにまたそんな風になってしまうのは、彼としてはごめんだった。

 いや、それだけならまだしもこれが原因で姉との関係性に早くも亀裂が入ってしまう可能性だってあるのだ。


(早々に家族ごっこに亀裂が入っちゃうのも興ざめだよね。)


 彼は先ほど背中が触れたドアを開けてみた。

 幸運にも、部屋には鍵がかかっていないようであっさりとドアは開いた。


(とりあえず、騒ぎが収まるまでここに隠れていよう。)


 そうして彼は未だ騒音の止まない部屋から脱出した。



 

 彼の潜り込んだ部屋はさきほど覗き込んだ部屋と同じぐらい暗かった。

 余りにも音がうるさかったので彼はドアを完全に閉めてしまったが、今度は暗すぎて何も見えない有様だった。

 けれどもとりあえず、あの耳障りな騒音がある程度小さくなってくれたのは一六にとって有難い事である。


(電気のスイッチとかあったら便利なんだけどなぁ。)


 彼は一応、入り口の付近を手探りしてみたがスイッチらしきものはない。


(そもそも、あの照明がスイッチを必要としないのかも知れない。)


 考えてみれば、そちらの方が妥当であるように彼には思われた。


「ふぅ。」

 緊張の糸が途切れたのか、彼はへなへなと床に崩れた。

 今やすっかり細くなってしまったふとももをふにゃっとした感触の胸に抱きかかえるようにして、座り込む。


(語学の本を借りにきただけなのに、何だかとんでもない事になってきた気がする。)


 はぁ、と彼は深いため息をつく。


(一体ここはどこで姉さんは何をしているんだろう。)


 彼のその問いに答える者は居ない。

 未だに外では騒音が響いている。


(良く考えればさっさと途中で引き返せば良かったんだ。何で引き返さなかったんだろ。)


 それは恐らく一六の好奇心によるものだろう。

 よく考えを巡らせて物事を分析する癖に、いざ動こうという段階になると感情を優先して行動してしまいがちな部分が彼の欠点だ。昔からよくそれで失敗してきた。

 彼としてはそういう部分は治さなくてはならないと思うだが、そういう欠点に限ってなかなか治らないものである。


(まぁ、良いか、クヨクヨ悩んでても仕方ないし―――ん?)


 一六は入り口の方を振り返った。

 あれだけうるさかった音がいつの間にか止んでいたのである。


(落ち着いたのかな?)


 彼はドアをほんの少しだけ開けて、ホールの様子を伺う。

 すると、彼の視界に人の姿が映った。


(あれは……姉さんだ。)


 見れば彼女は先ほど一六が掴まれかかった一室の前に立っている。

 姉はパチンと指を鳴らす。

 すると、ガチャン。という音と共にギギギと開いてゆく。

 姉はそのまますぅっと中に入っていった。


 そして数秒後、


「嫌だ!!離せ!離してくれ!頼む、お願いだ。もう嫌なんだ。これ以上は!」

 そんな声がホールに響き渡る。


(ちょっと待て、これって……日本語?)


 ほどなくして、姉ともう一人全身に刺青を施された裸身のスキンヘッドの―――恐らくは女性であろう。乳房が膨らんでいる。が、一六の視界に入ってきた。


 だが不自然な事に、スキンヘッドの女性は両手で必死に扉の縁にしがみついているのである。

 けれども、下半身だけがまるで別個の意思を持っているかのように姉についていこうとする。

 その様子はまるでシュールなコメディでも見ているかのような印象を一六に与えた。


「はいはい、抵抗しないの。」

 そう言いながら姉は何かを呟き、くるんと指を回した。

 すると、女性の身体に彫られた刺青が発光し始める

「ぐぁあああああああ!熱い、あづいぃぃぃ!」

 女性が呻き声を上げて倒れる。やがて彼女の身体からぷすぷすと煙が上がり始めた。

「抵抗するからそうなるのよ?大人しくついてくるならやめてあげる。」


 どういう仕組みになっているのかは分からないが、相当な痛みがスキンヘッドの女性を襲っているようで、彼女は床に転げて身体をくの字に曲げたまま呻き、すすり泣き始めた。


「どう?大人しくついてくる?それとも、ここで全身が生焼けになるまで放置しておきましょうか。」

 女性はすすり泣きながら、必死に首を横にふる。

「最初からそうして素直にしてれば良いのに。」

 姉はもう一度指をくるんと回した。

「はーっ、はーっ。」

 スキンヘッドの女性は息も絶え絶えといった様子だ。未だ身体からは微かに煙をふきあげている。

「さぁ、行きましょうか。」

 そんな女性を引きずるようにして、姉は一六の居る部屋の方へと向かってきた。


(まずい、こっちに来る。)


 彼はそっとドアを閉めて隠れる場所を探した。

 慌てていたせいもあるが何となくあの姉と対峙するのは不味いと直感で感じたからである。


 カツン、コツン、カツン。


 姉の足音が徐々に近づいてくる。

 部屋には色々と何かがごちゃごちゃ置いてあるようだが暗くて良く見えないせいで、隠れる場所が見付からない。

 姉の履くヒールがホール反響しリズミカルな音を立てる。その音が次第に大きくなる。


(あった!)


 ようやく、彼は何か机のようなものの下に引き戸の収納スペースを発見し、そこにするりと潜り込んだ。

 彼のいる部屋のドアがガチャリと開いた。

 一六は引き戸の裏側でこれから何が起こるのだろう、とドキドキしながら待ち構えていた。 

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