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心の隙間を・・・

サイコパスとは、執着によって動く人間です。

一見好意や愛に見えるものすらも。

 彼が異世界に転生してから、五日間が過ぎた。

 姉は最初の宣言通り、四日間に渡ってみっちり彼を弄り回した。


 一六は質問の回数は三回だから三日だと強く主張したが、彼女は最後の姉になって欲しいという部分も含めて四日だと主張し譲らず、結局彼の側が折れる結果となった次第だ。

 散々弄くりまわされた四日間の内容は最早書くべくもないだろう。

 

 この四日間で彼の中の思い出したくないリストの最上位が何度更新されたことやら。


 とはいえこの五日間の生活でここでの生活にも幾分か慣れてきたように彼は思う。

 女性の身体に関しても排泄や入浴などまだ色々と細かく慣れない部分はあるが、概ね満足している。

 特筆すべきはこの五日間で何とか一人で歩けるようになった事だろう。彼にしてみればこれは大きな進歩だ。


 が、一方で彼はいくつかの問題にも直面していた。


 まず一つ目は語学である。

 姉と魔術によって言葉が通じるのだから、当然他の人間にも言葉が通じて当たり前だと彼は都合よく考えていたのだが、どうも違うという事が分かったわけである。


(姉さんの言い分を要約すると、魂に直接作用して無理矢理言葉を変換しているという事らしいけど……。)


 その説明が余りにも抽象的過ぎて一六にはイマイチ良く理解出来なかったのだ。

 ただ、この問題は彼が思ったよりもずっと深刻だった―――特に食事において。


 どうやら、その魔術というのはお互いの世界における語彙を無理矢理互いの頭の中にある最も近いものに置き換えているようなのだ。

 これがかなり曲者で、例えば一六がハンバーグを食べたいと思ったとする。

 そして彼がそれを姉に伝えたとしよう。

 すると姉の頭の中ではこの世界の動物の肉をミンチにして、つなぎで固めて焼いたこの世界の別の料理として変換されるわけだ。


 ここまでは彼にも分かる。


 だが、実際に出てくる料理はハンバーグと似た形式で調理された全く味も食感も全く異なる料理なのだ。

 勿論この世界の住人が実際に食べている食事である以上、美味しい事は美味しいのだがどうも味や食感から釈然としない感じは否めない。


 つまり、元の世界とは使っている食材も調味料も違う為に概念の置換において生じる齟齬が料理の本質そのものを変えてしまう。という事を彼は身をもって気づかされたわけである。

 他にも彼がここで暮らした五日間の間になまじ言葉が通じてしまうだけに生じた細かい問題はいくらかあったが、殊料理においてはその齟齬が大きくなってしまうようだった。


 しかもこの問題に関する質問によって更に一日がプラスされ、計五日間彼女に好き放題嬲られる事になったのだから、一六としては踏んだり蹴ったりである。


 兎に角、彼としてはいずれもっと酷い形でこのような問題が再発するのではないかという懸念もあり、この世界で生活していく為にこの世界の言葉を一刻も早く習得する必要性を彼は感じたわけである。


 これが一つ目の問題。


 次に二つ目の問題。

 ここ五日間の生活は、姉の過度のスキンシップを除けばそう悪いものではないと彼は思う。

 が、同時に彼はここで永遠に姉と二人きりの閉じられた世界で暮らし続けるわけにはいかないとも思っている。

 一六にとってニルヤアンナと姉弟二人きりの世界は余りにも狭すぎるのである。


 彼はもっともっとこの世界についてたくさんの事を知りたいし、新しいこの命でこの広い世界をもっともっと感じたい。


(何より、姉さんと二人きりの家族ごっこをするだけの人生なんて退屈すぎるよね。)


 それに、元の世界に残してきた彼女―――優香に対する彼の想いは未だ途切れていない。

 それどころか彼のその想いは日ごと強くなり、毎晩夢で視る彼女の姿はより鮮明になっていくほどだ。

 けれども、今の所彼が元の世界に戻れる算段はない。


(だからこそ、この胸にぽっかりと空いた穴を埋める誰かが必要だ……。)


 と考えみたが、一方で彼女ほどに魅力的な誰かを見つけるのはかなり難しいだろうとも彼には思われた。

 彼にとって優香という存在はそれほどまでに魅力的な女性であり、同時に彼の心に芽吹く異常性の萌芽に優しい雨を降らせてくれるような何かを持った女性だった。


 残念ながら彼には、姉をその代わりにする事は出来そうもなかった。

 というより、不思議な事に彼は彼女に対してそういう浮ついた感情を一切持つ事が出来ないのだ。


 尤も、彼がそういう感情を抱くという事はつまり好意を抱いた相手の内臓から毛細血管の一本までもを切り開いて、自分が本当に相手を余す所なく愛せるのかどうかを調べる事に他ならないから、現状を鑑みれば幸いと言えるのかも知れない。


(だが、何で僕は姉さんにそうした感情を抱かないんだろう?)


 優香もかなり可愛い女の子だったと彼は記憶しているが、姉の半分人間を逸脱しかかったような美しさに比べると見劣りする感は否めない。

 ニルヤアンナという女性の美しさは、生物では本来あり得ない一種の完全性を抱しているように彼には見えるのだ。


(ああ、だからなのかも知れない。姉さんの美しさは生きている筈なのに、完全に完成されているが故にどこか作り物のような気がして、僕はその矛盾がどうしても引っかかってしまうんだ。)


 だが、その美貌故に彼女では彼の心の隙間を埋める事は出来ないのだ。

 よって彼は外界に出会いを求めていく他ないわけだが、ここで三つ目の問題が立ちはだかる。

 姉は一六を外部と接触させるのが嫌なようなのだ。

 三日ほど前にそれとなく外に出たい旨を伝えた時はちょっとムっとしたような感じで


「外に出たって何も面白い物なんて無いから、ここで私と一緒に居る方が楽しいわよ。」


 と言って取り合ってくれなかったのだ。


(まぁ、姉さんの性格的に本気で頼み込めば折れてはくれそうだけど……。それにもし無理でも隙を見て殺しちゃえば良いわけだし。)


 しかし今の段階で外に出た所で言葉が通じなければどうしようもない為、まずは語学を学ぶのが最優先だと彼は考える。


(なら、善は急げだ。)


 彼は語学に関する本を姉に借りるべく、自らにあてがわれた寝室を(寝室をあてがわれる際危うく姉と同室にされそうにもなったが、流石に彼は断固拒否した。)出て、長い廊下を歩いていく。


 この五日間で館の構造も大体彼の頭に入った。


 館は二階建てで部屋の総数は五十から六十ほどと言った所だろうか。どうやら館自体にもなんらかの魔術が施されているらしく、廊下も含めて外の冷たさを彼が感じる事はない。

 実際に外が凍死するほどの温度なのか疑わしく感じるほどだが、実際ああして釘を刺された以上は外は余程過酷な環境なのかも知れない。


 長い廊下は姉があまり明かりをつけたがらない事もあり、薄暗い。

 けれど外から月明かりが差し込む為真っ暗というわけではない。


 この月というのも元の世界のソレとはかなり趣きの異なったものであるらしく、詳しい原理は彼も分からないが一夜の内に大きくなったり、小さくなったり、増えたり減ったりする。


(もしも元の世界と同じ地球の衛星だとするのならば、潮汐力だけでもとんでもない事になりそうだけど。)


 けれども実際にはおかしな事になっている様子は無いので元の世界の月とは根本的に異なるものなのだろうと彼は思う。


 彼はT字状になった廊下を右に曲がる。


 姉は普段、書斎に居る事が多いそうだ。

 一六にあてがわれた寝室は二階の中央にある階段から向かって左側のT字の曲がり角を更に左に曲がった所の一番奥だ。

 書斎は階段から一階のエントランスを抜けて右の奥にある部屋だ。


 数分後、首尾よく書斎についた彼はコンコン、とドアをノックした。

「姉さん、居ますか?」

 だが、返答は無い。


(居ないのかな?)


 しかし書斎の前で立ちぼうけも何だったので、彼はもう一回ノックをした後ドアのノブを回す。

「姉さん、失礼します。」

 ガチャ、という音と共に扉が開く。

 果たして書斎の中に姉の姿は無かった。


(やはり居ないのかな?)


 そう思いつつ辺りを見回した彼はあるものを見つけた。

「?」

 書斎を構成する本棚の一角がスライドしていて、後ろに通路があるのだ。


(姉さんはこの先に居るのかな?)


 とりあえず、待っていても特にする事も無かったので、彼は迷わず隠された通路へと足を踏み入れたのだった―――

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