混濁1:彼女の死 - 2
彼女の棺の前に座り、顔を覗き込む。外傷は一切なく、本当に眠っているような綺麗な顔をしている。検死結果は、まったくの死因不明。発見された時、特に苦しんだ様子もなく倒れていたそうだ。眠る彼女の頬をそっとなぞると、蝋人形のように冷たいが、人間の肌の感触が伝わってくる。
「一体、何があったんだい?」
寝ている彼女に話しかけるが、もちろん反応はない。電話を切るのが後五分遅ければ。だとか、電話ではなく会って話していれば。なんて”もし”を持ち出して色々と考える。結局、今出ている答えが覆ることはないのに。肌の感触を手のひらに焼き付けるように頭をなでたり、頬を撫でたり、反応することのない手を握る。悲しいだとか涙が流れるなんて事はなく、心に空いた穴がどんどんと大きくなっていくばかりだ。
彼女の死体と遊んでいると、背後から彼女の母が声をかけてきた。
「ねぇ、もし良かったらこの子の持ち物を持っていってくれないかしら?」
遊ぶのをやめて振り返ると、立ちくらみしているのか、壁によりかかってボンヤリとこちらを見ていた。彼女を元通りに戻して立ち上がる。二階にある彼女の部屋へ向かうとまったく女の子らしい部屋がそこにあった。
本棚には色々と雑誌やら漫画がならび、ベッドはシンプルにまとまっているが、大量のぬいぐるみが花を飾っている。グルリと見回した後、本棚の脇にあるCDラックからCDを物色する。洋楽やら演歌やらポップスとまったくの関連性のないCDが大量においてある。一緒にいるときに見れなかった一面をいまさら発見する。適当にCDを見繕ってもらってその日は帰ることにした。
翌日の告別式も終わり、本当にもう彼女を見ることが出来るのは記憶と記録の中のみになった。むしろ、そちらの方が綺麗な思い出だけが残るからうれしいと思う僕を自虐的に嘲笑した。
喪服を脱いで、タバコをつける。取り上げられないタバコに寂しさを覚える。ぼんやりとタバコを吸っていると、昨日貰ってきたCDを思い出した。CDラジカセとかそんなもんは持っていないので、PCを立ち上げる。立ち上がりまでの間に確認しなかったアーティストを見る。
SOUL'd OUT 八代亜紀 電気グルーヴ メタリカ ソナタアークティカ ・・・
メタリカや電気グルーヴくらいなら分かる。八代亜紀にはさすがに笑った。そうこうしているうちにPCが立ち上がったので早速ドライヴに突っ込む。再生される音楽。早口で何を歌っているのか良く分からない歌やら哀愁を誘うような歌が思惟に流れ込んでくる。ベッドに寄りかかりながらタバコを吸って垂れ流す。まったく違う人間から借りてきたような違和感を覚えて、同時に想像できない知らなかった一面に殴られる。しばらくはCDを聞き続ける毎日になりそうだと思ったが、突然音が飛び飛びになる。
CDでも傷ついているのかなと思ったが、何か別の曲がバックで流れている気がした。とりあえず排出しようとドライブのボタンを押すが効かない。PCの不調かと思ったが、キチンとマウスは反応する。おかしい。何が起こっているんだろうといぶかしんでいると、勝手にモニタのカーソルが動き出す。つついーっとインターネットブラウザに向かい勝手にクリックされる。起動されるブラウザ。ネットには接続していないのでエラーが吐き出されるはずの画面に映し出される文字は
”界目のない世界へようこそ”
URLの表示窓にアドレスは記載されていない。なのに開かれたページ。
いつの間にか飛び飛びの音楽は別の曲へと移り変わっている。
”ドロリと一つ 界目のない世界”
ブラウザに開かれたページからも同じ曲が流れる。再生されていた音楽とズレズレで流れ、頭がおかしくなりそうになる。スピーカーのボリュームを絞る、まだ再生される。スピーカーを抜く、まだ再生される。どうにかなってしまう。そう思うと何時の間にか意識は遠のいていた