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あの娘は走らない  作者: カキテ
4/14

五十嵐の体重には触れない方がいい、そしておうちデートへのお誘い

翌日の昼休み、俺は一人で弁当を食べている五十嵐に話しかけた。



「うまそうじゃん」



 五十嵐が少し恥ずかしそうに微笑みながら返事をする。



「うん、おいしいよ。三浦君はいつもパン?」



「朝早起きして弁当作るの、面倒でさ」



「そっか。けどいつも購買のパンだと飽きない?」



「うーん、もう慣れたかな。今じゃ習慣になっちゃって、土日の昼に購買のパンが食べたくなるくらいだし」



「へー。パン、好きなんだね」



「好きって言うか、だから習慣だよ」



 五十嵐と何気ない会話をしていると、気持ちがゆったりとしてくる。



 ペースが合っているというか、自然体でいられるというか、心の中の自分ではあまり意識していなか

った部分を優しく揺り動かされている気分になる。



 うまく言えないけど、少しだけ温度が上がって、けどそれは熱さじゃなくて。



 とにかく今までの人生では体験したことのない感覚だ。



「あ、そうだ、CD返しちゃうね」



 五十嵐がかるく屈みながら横にある鞄を開け、CDを探す。



 栗色の髪が、窓から差し込む昼の光を受けてきれいに揺れる。



「もう聞いたんだ?」



「うん、一曲目からラストまで二回も聴いちゃった。その後でパソコンにも落としたんだ。はいこれ、ありがとう」



 五十嵐からCDを受け取る。



「どうだった?気に入ってくれた?」



「すっごい良かったよ!確かに三浦君の言ってた通り勢いがあって、シンプルで。」



「二曲目、良かったでしょ?」



「タンバリンから始まる曲だよね?すごい好き!」



「俺レベルになると、五十嵐がどんなものを好きかなんて簡単に分かるんだよ。何を考えているかも全部まるっとお見通し」



「そうなんだ、すごいなあ。えっと、じゃあ問題です、私は今何を考えているでしょう?」



 俺は腕を組み考えるフリをする。



「そうだなあ……。痩せたらいいな、と思ってるだろ?はい、当たり」



 五十嵐の笑顔が瞬時に凍る。



「え……、私ってそんなに太って見える?」



俺は笑う、五十嵐のショックを受けた顔がツボに入ったのだ。



「ごめんごめん、冗談だよ」



「ううん、いいの。確かに最近ちょっと太ったの。指摘してくれてありがとう」 



五十嵐の顔色が若干青い気がする。



俺はもちろん慌てて弁解する。



「いやいや、だから冗談だって!全然太ってないって!」



「ふう」



五十嵐が食べかけの弁当を片付け始める。



「なんかお腹一杯になってきちゃったな」



俺は必死で続ける。



「何やってんだよ、まだほとんど食べてないだろ?五十嵐は太ってないよ、どっちかって言ったら痩せてる方だよ!」



「ううん、いいの。ほんとにお腹一杯なの。そうだ、明日からお弁当ブロッコリーだけにしてもらおう。私ブロッコリー大好き、ブロッコリーマイラブ。ブロッコリーって小さな木みたいだよね、たくさん食べたらお腹から木が生えてくるのかなあ。私きっと森みたいになっちゃうね。移動する森、これはもう町の名物だよ。みんな見に来るね。私、森の名に恥ずかしくないようにこれからは生きるよ。リスさん達にも遊びに来てもらえるよう頑張るよ」



 駄目だ、五十嵐がかるく壊れている。



 俺が余計な事を言ったせいだ、とにかく謝らないと。



「森になんかなんねーよ、とりあえず弁当食べようよ。いや、ほんとに申し訳ありませんでした、軽い冗談だったんです。こんなに傷つけるとは思わなかったんです。謝ります、すみませんでした。だから森になることは諦めて、人間としてもう一度弁当を食べて下さい」



「……私、人でいいの?」



「人です、人類です、ヒューマンビーイングです。ほらほら、まだランチの途中ですよ」



「……じゃあ、食べるね」



五十嵐はしまいかけた弁当をもう一度机の上に広げ、ようやく続きを食べ始めた。



 俺は冷や汗をかきながら、CDを持って自分の席に戻る。



 それにしても珍しい傷つき方だった。



 なぜ体重の話から森になる話に飛ぶのだろうか。



 二度と五十嵐に体重の話はふらないようにしよう、そう心に固く誓いながらパンを齧った。








「というわけで、貧乳も巨乳もどちらも素晴らしいということに俺は気づいたわけだ!」 



 侑が結論を導き出す。



「大きさの問題じゃないんだよ、何ていうかこう……、分かるだろ、航平?」



「わかるわかる、世の中って大きさにこだわり過ぎなんだよな。ていうかみんな胸にこだわり過ぎ。大事なのはケツだよ。尻だよ、尻」



「いや、ケツより顔だろ?」侑が言った。



その日の放課後、いつものように侑、明日菜と教室の窓際でダラダラと喋っていた。



「明日菜はどっちだと思う?」



隣で椅子に座りぼんやりと聞いている明日菜に話を振ってみる。



「胸もお尻も顔もいいけど、『心』は?」



「……そんなの考えたこともなかった」



俺と侑がハモりながら同時にうめく。



「最低」



明日菜が二文字で的確に自分の気持ちを表現する。



 いやいや、男なんてこんなもんだって。



 そんな見えないもんより『ドンッ!』て分かりやすいものに惹かれるのは、体がたぎってしまうのはしょうがない。



 そう、高校生は色々とたぎってしまったりするのだ。



「まあいいからさ、明日菜パンツ見せてよ」



俺はいつものように訊いてみる。



「いいよ、責任とってくれるなら」



「しょうがねえな、俺のパンツ見せてやるよ。一生もんの記憶画像になるぞ、今夜変なことに使うなよ」



「責任のレベルが違う。こうちゃんのパンツと私の下着じゃ、スーパーの袋とケリーバッグくらいの差があるの。話にならない」



明日菜が冷たく言い放つ。



「わかったよ、俺のも見せるよ、そうすりゃいいんだろ?カルバンクラインのクールなボクサーパンツだぜ、拝んで見ろよ。けど記憶を変なことに使うなよ」



と侑。



 ニヤリと笑いながら、明日菜が言った。



「そんなの使わない、もっといいものがあるから」



え?



なにそれ!



その話、すげー興味ある!



色めき立つ俺と侑に、



「冗談に決まってるでしょ」



 いやいやいやいやそんな事言っちゃってー、もっと詳しく訊きたいな!



「なあなあなあなあ、いいものって?いいものって何?」



 よだれを垂らさんばかりで謎の『いいもの』に食いつく侑。



「もうちょっと大人になったら、ね」



 妖艶に微笑む明日菜。



「あー、俺生まれて初めて早く大人になりたいと思った!ドラえもんがタイムマシーン持ってきてくんないかな!あんなこといいな、出来たらいいな、あんなことこんなこと出来たらいいな!」



侑が叫ぶ。



もちろん俺は侑の言葉に力強く頷く。 



たしかにドラえもん、来て欲しいな。



 そしたらスモールライトでかわいい女の子をちっちゃくして、制服の胸ポケットに入れて連れ歩いて、マグカップでちっちゃい風呂なんて作ってあげたりして……



「なんか盛り上がってるな。じゃ、また明日な」



下ネタ全開の俺たちに、クラスメイトが声をかける。



「お、おう、じゃあな」



知らないうちに桃色天然色の世界に思いっきり入り込んでしまった。



明日菜、恐るべし。



妄想で熱くなった頭を冷やそうと、外を向いて窓からの風を顔に受ける。



ふと下を見ると、部活終わりを除けば今が下校のピーク、たくさんの生徒が校門から徒歩や自転車でそ

れぞれの目的地へと向かっていくのが見える。



「あ、そうそう、これ言おうと思ってたんだ」



落ち着きを取り戻した侑が話し始める。



「サッカー部に一人フットサルに興味のあるやつがいてさ、たまたま俺がメンバー探していることを話したらすげー乗り気なんだ。何でも狭いスペースでの一対一が上手くなりたいから、フットサルが練習に最適なんだと。すげーいいやつだしサッカーもけっこう上手いし、五人目のメンバーにしちゃってもいい?」



 五人目のメンバー……、二人にものえるにも話していないが、俺の中ではもう決まっている。



 今のところ断られる確率の方がはるかに高いが、それだって誘ってみなくちゃ判らない。



「わりい侑、その話断ってもらってもいい?言ってなかったけど、実は俺にもアテがあってさ。そいつが入ったらすげー楽しくなると思うんだ。」



「まあ航平がそう言うんなら断ってもいいけど……、明日菜も別にいいよな?」



侑が明日菜に訊く。



「こうちゃんのしたいようにすればいい」



「ごめんな、二人とも」



「けどさ、航平が考えてるやつって誰だよ、経験者?」



「経験者だよ」



「男?」



「違う、女子」



侑が驚く。



「女子で経験者?そんな子、この学校にいたか?一年か三年とか、それとも別の学校の子とか?」



 五十嵐は、クラスの誰にもサッカーをしていたことを話していない。



 あまり勝手に俺がペラペラ喋るのも良くないだろう。



「いや、ま、その辺は後々、な」



「言えないの?」



 俺の返事が曖昧になったのを聞いて、明日菜がなかなかの鋭さで突っ込む。



「別に言えないって程じゃないんだけどさ、ちょっと話が複雑っていうか微妙っていうか……」



「何故だろう、俺の勘がお前が怪しい隠しごとをしていると言っている」



 侑の目が光る。



「私の勘も言ってる。その子、誰?」



 明日菜の目が怖い程強く光る。



 なんとなく嫌な空気だ。



しょうがない、ここは無理矢理ごまかしてしまおうと俺は心に決めた。



別に嘘をついているわけじゃないが、話の性質上あまり問い詰められたくはない。



「ま、誘ってみなきゃどうなるかわかんないし、何か進展あったらすぐ報告するよ。だから二人共そんなに真剣に見るなって、な?それよりさ、練習場所どうしようか。試合はフットサルコートを借りるとして、普段の練習からコート借りてたら金がいくらあっても足らないだろ?」



「よくさ、ボールが外に出ないように天井まで金網で四角に囲まれたスペースのある公園ってあるじゃん?フットサルコートより一回り小さい、バスケのコートくらいのさ。そういうとこでいいんじゃない?」



 侑が素直に答える。



「ああ、そういうのたまに見るね。じゃあ学校の近くとか駅の近くにも探せばそういう公園あるだろうし、これで練習場所問題は解決したわけだ。いやあ、良かった良かった」



 ふと明日菜の方を見ると今もこっちを睨んでいる。



『まだ質問の答えを聞いていない』と両目が雄弁に語っている。



おーこわ。



 目を逸らす為に首だけで振り向くと、窓の外、校門が目に入った。



 さっきより帰る生徒の数が減ってきてるな、と思いながらぼんやり見つめていると、見慣れた栗色のセミロングが……五十嵐だ。



 気がつくと、何故だか俺の手は鞄を持ち、足は五十嵐の元へ駆け出そうとしていた。



「わりい!急用思い出したから帰るわ」



「こうちゃん、逃げようとしてる」



明日菜が俺の背中に言う。



「違う違う、そういうわけじゃないって。じゃあまた明日!」



廊下を走りながら俺は、五十嵐を説得する方法を必死に考えていた。










校門から少し外に出たところで、息を切らしながら五十嵐を捕まえる。



「うす、今帰り?」



 少し驚きながら振り向いた五十嵐と目が合う。



「あれ、三浦君、さっきまで教室で明日菜ちゃん達と話してなかったっけ?」



「まあそうなんだけどさ。そんなことより今日予定ある?」



駄目で元々、いきなり本題を切り出す。



「別にないよ、どうして?」



「ジェットのセカンドアルバムがうちにあるから、今から取りにこない?」



気づけばいきなり誘っていた、もう後はなるようになれだ。



「また学校に持って行ってもいいんだけどさ、音楽の話もしたいし、お茶ぐらい淹れるし。俺ハーブティー淹れるのが得意でさ、すげーうまいんだぜ。明日菜もこれだけは褒めるぐらいでさ、ちょっとだけおいでよ、家族もいないから気を使うこともないし」



 断る隙を与えないよう、矢継ぎ早に話す。



「うーん、せっかく誘ってくれるのは嬉しいんだけど、今日はやめとこうかな」



「大丈夫、何にもしないから!」



 言ってから『しまった!』と思った。



 何を言っているんだ、俺は。



 いや、確かに何かするつもりなんてないんだけれども、これじゃあまるで何かしようとしているやつが自分の下心を隠して誘っているみたいじゃないか。



 こんな事を言ったら逆に警戒するに決まってる。



 ふと五十嵐の方を見ると、クスクスと可笑しそうに笑っていた。



「ごめんね、急に変なこというから笑っちゃった。何にもしないのはわかってるよ?そんな大声で宣言しなくても大丈夫だよ」



「い、いやあのね、ジェット以外にもオアシスとかマルーン5とかおすすめのバンドがあるんだ。どうせ全部パソコンに入れてるから二十枚でも三十枚でも持ってっちゃってよ。俺んちCDたくさんあって邪魔だからさ、一時的にでも減るとラッキー、なんて思ったりして」



 俺は赤くなりながら必死に続けた。



もう自分で何を喋っているかもよく分からない。



「そんなにたくさんは持って帰れないよ」



まだ五十嵐の顔はにやけている、笑うのを我慢している顔だ。



「ま、まあ無理にとは言わないよ。五十嵐だって急に誘われても困るだろうし、やっぱりいきなり過ぎだったな、うん。まあ俺は基本暇だからいつでも」



「じゃあちょっとだけお邪魔しようかな」



「侑とか明日菜とかもしょっちゅう俺んちにいるし、改めてその時にでも……、へ?」



「ハーブティー、飲んでみたいし」



 意外な急展開に頭がついていかない。



「え?ほんとに来るの?」



「……ごめんなさい、迷惑だったら私」



俺は慌てて否定する。



「ち、違う違う、迷惑なはずないじゃん!五十嵐を呼べて嬉しいよ!」



「よかった。じゃあ、やっぱりお邪魔しよっと」



おっしゃあ、第一関門突破!



「男の子の部屋に行くのって初めてだけど、安心だな。何もしないらしいから」



 五十嵐がいたずらっぽくチョロっと舌を出す。



「……い、五十嵐、もうその話は忘れてくれ」



 五十嵐のクスクス笑いは、しばらく経っても止まらなかった。



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